若葉マーク神様はじめました

第1話 トカゲのおやっさん

 「おお!お前さんが今回の迷子君か!シケた面してんなぁ。」

ブルータルに持っていかれたのは数分で、他から見えないところまで来たら拘束を解いてポイっと捨てられた。予想通りの腹黒野郎だった。それから道かどうかわからない道を進んで出た部屋に今のセリフを言ったトカゲがいた。


そう。トカゲ。トカゲだよ?大事だから2回言ったよ。トカゲだよ。

「どないするんや?水洗い?それともFK-2か?ダブル?トリプル?」

トカゲは僕の気持ちを無視して喋る。しゃべるトカゲ…売れるな!しかも言っていることが車の洗車機のメニューじゃないか!

「僕は洗車機に入りに来たわけじゃないよ。」

トカゲに話しかける僕は傍から見たら間違いなく、根暗ボーイなんだと思う。

「当たり前や。お前、真面目か!」

トカゲに怒られた。なんというか、屈辱感。いや、ここはミラージュたちもいない。敵対するよりも情報を聞き出すことを優先すべきだ。

「真面目が取り柄なんですよ。えーと、あなたはなんとお呼びすれば?」

「あん?ワシか?トカゲでええわ。どうせ忘れるんや。」

トカゲは一瞬驚いたような顔を見せてそう言った。ふむ。洗浄とやらはやはり忘れる系の何かの処置なのだろう。

「じゃあトカゲさん。」

「納得するんかい!マジで真面目か!遊び心ないんかい!」

うざぁ・・・・。踏んでしまおうかと思うが踏みとどまる。ジッとトカゲの目を見てもう一度つぶやく。

「トカゲさん。」

「もうええわ。トカゲでええわ。ワシが悪かったんや!」

勝った。いや、何も勝負はしていないのだけど。とりあえずさっきまでと違って話はできそうだ。

「トカゲさん、すみませんが洗浄について教えてもらえませんか?」

トカゲは目をパチクリさせた。少しの間の後、話し出した。

「洗浄っちゅーんはな、無垢の魂に戻すことやねん。次の器に入れるためにな。」

なるほど、それはされたら困るな。僕はまだここで終わるわけにはいかない。

「トカゲさん。」

「またかいな!自分天丼の使い方間違ってるで!」

「どうしてトカゲさんは、トカゲさんなんですか?」

なんとなく、このトカゲは悪いヤツじゃない気がした。なので聞いてみた。

「昔下手こいて、この姿にされてもうたんや。悪いがワシも神やで。底辺ヨロシクな洗浄担当や。」

「へぇ。トカゲにされるような事、したんですね。」

「なんでお前に憐みの目をされなアカンねや。しょうがないんや。」

「そうなんでしょうか?さっき聞いた話だと散華?とかすれば何やらと。」

「散華ェ?あんなもん、できるわけないやん。無理ゲーや無理ゲー。」

「それは、具体的に何が無理ゲーなんですか?」

「そりゃ決まっとるやろ。下で一番の神になって、その世界と引き換えに戻ってくることや。」

矢継ぎ早に聞くことでポロっと重要なピースが出てきた。つまり、1番すごいヤツが返ってこれるという感じなのだろう。もっと情報が欲しい。

「確かに1番になることは難しいでしょうね。でも無理ゲーには遠いかと。」

「少し前、2000年前ぐらいまではそうでも無かったわ。でも今はアカン。この間の人間のバカ事のせいで、今の下は悪魔の巣より厳しいわ。すべてが吹っ飛んだせいで、群雄割拠や。」

「つまり、ライバルが多すぎる。と。」

「せや、それもある。後は先に下に降りてる連中が有利や。それだけ駒も能力も増える。お前さんも何かの加護を持っとるんやろうけど、そいつらよりは弱いわ。」

「なるほど、勉強になります。じゃあ、僕と一緒に下で一旗上げましょうよ。」

「さらっとお前ブッ込んだな…。話聞いてたんか?」

とにかく、僕はここをそのまま抜けていく必要がある。そのためには、トカゲの手を借りないといけない。だから僕は思い切ってトカゲを誘ってみた。いわば巻き込み事故を狙ったのだ。

「はいはいそうですか。行きましょ…なんて言うか!どアホ!」

「おやっさんの返し最高ですね。」

「おやっさんやて!?」

「はい。なんかこう、頼れる兄貴的な。」

急にトカゲがモジモジしだした、ような気がする。トカゲがモジモジするかは知らないから何とも言えないのだが。


 「そんなん言われたん、久々やわ。」

急に背を向けて、おやっさんは動かなくなった。

「お前、三聖に会ったんやろ?どう感じたんや?」

おやっさんが先ほどとは違う真面目なトーンで話しかけてきた。三聖とは、おそらくブルータル、ミラージュ、そして髭のことだろう。

「あんな神様なら願い下げですね。」

僕は率直な感想を言うことにした。

「せやな。ワシも願い下げや。昔のここはこんな感じじゃないんや。夢と希望に溢れたエエ場所やった。それをあの3人が変えたんや。『非効率だ』らしいわ。」

僕は黙って聞き続けることにした。

「エエか。神の戦いは自分の信者を使った戦いや。神同士は戦わへん。そんなんしたら、世界が何個あっても全部無くなってまう。」

そしておやっさんは完全に俯いてしまった。いや、トカゲだからもともと俯いているようにしか見えない説もあるけど。

「ワシは奴らに負けてしもうたんや。娘のミルは何とか守れたけどな。」

おやっさんの娘がミルと言うのだ。さすがに超現象ばかりで麻痺してきた僕も驚いた。つまり、この人も本当に神様だったということだ。

 「僕は、そのミルにここに連れてこられました。そして、もう一度ここに戻ってきて欲しいと頼まれました。」

おやっさんはギュン、とこちらに向き返すと明らかに高ぶった目でこちらを見ていた。何かのスイッチを押してしまったらしい。

「お前、それホンマか?」

「はい。そうです。嘘をついても仕方ないですし。」

「そうか。それなら賭けてみるのも一興や。」

あまりにも簡単に信じられてしまった。嘘はついていないが、驚いた。

「いいや、ワシにはお前に賭ける以外ないんや。ミルが気張ってるのにオヤジがここで腐っているわけにはいかん。ここをこのまま『運命循環装置』にするわけにはいかんわ。」

 そう言うと、おやっさんは僕の肩に乗ってきた。トカゲだから軽いな。若干背中がゾクゾクするのは気のせいだと思いたい。

「ええか。下に降りたら地獄の幕開けや。ワシももう力は何も残っとらん。知識以外は役に立たんからな。心の準備ができたら、あの穴に飛び込め。」


行くしかない。という状況に背中を押され、僕とおやっさんはその穴に飛び込んだ。グニャグニャと全身が曲がるような感触がとても気持ちが悪い。しばらくすると視界が白くなり―。


「あいた!」

お約束通り、尻から地面にダイブした。痛む尻をさすりながら周りを見渡してみる。辺りに広がる光景はおやっさんの地獄という言葉と真逆の緑の多い穏やかな場所だった。

「地獄には来なかったみたいですね。」

と僕がおやっさんに言うと、おやっさんは首を振った。

「これからやで、青年。ありえへん地獄が始まるんは。」

カラカラカラ…乾いた枝でも落ちるような音が、おやっさんが言うと同時にした。音の方向に振り替えると、一人の女の子がそこに立っていた。


 立っていたのだが、何かがおかしい。きれいに整った顔、すらりと伸びた手足。そして猫を連想させるような白い耳が頭に―。

「ネコミミ!?」

思わず出た僕の声に、女の子は驚いて走り去る。走るのは人のようだったが、その臀部には白い尻尾があったのであった。

「とりあえず、娘の言った方向に向かうんや。おそらく集落があるはずや。」

おやっさんに促され、僕は彼女の後を追うことにした。


一方その頃―。天界にて。

「ゼストが逃がしたか。」

「まぁ、トカゲですし、大したことはないかと。直に消えます。」

「追いますか?」

「よい。しばし様子を見る。希望を持たせて潰すのも一興よ。」

「・・・・・・・。」

「ミル、変な気を起こすなよ。」

「分かっているわ。父が負けた時から私は貴方たちのもの。」

「そうだ。それでいい。」

「よく言うわ。ちゃんと見張りもせずに逃がしたのに。」

(頼んだわよ、アレス…。あなただけが最後の希望なんだから。)

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神様が彼女で、彼女が神様で。 近藤ヒロ @koudouhiro

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