神様が彼女で、彼女が神様で。
近藤ヒロ
プロローグ
2050年。僕の名前は、アレス。僕はとある士官学校にいた。
平和そのものの世界で、僕は安定就職のために入学して、学内で出会った女性の『ミル』と交際をして学生生活を謳歌していた。彼女はとても大らかで年齢以上のやさしさで包み込んでくれるようだった。
いつものように、校庭でランチをしようとした時、急に空の色が暗い赤に染まった。何事かと空を見上げた瞬間。眩い閃光が視界を奪った。そして、そのまますべてが白く染まっていった―。
「ミル。これはどういうことだ?」
顎髭を蓄えた大男が腹に響くような低い声で言った。
僕は、なぜここにいるのだろうか。
白壁で四方が囲まれた部屋に、両手、両足を縛られて僕はいた。なぜ拘束されているのかも何もわからない。前後不覚で立っているのかどうかも分からない。頭の中が混濁していて、何もわからない。
「仕方がなかったのよ。あの状況から”彼”を助けるには。」
僕の前に立っている女性がそう言った。僕は、『ミル』と呼ばれた女性の名前と彼女の声には聞き覚えがあった。だが、頭がぼんやりしていて上手く思考がまとまらない。
「こいつがそうなのか?」
今度は気の強そうな女の声。絶対ドSだと思う。姿は見えないがそう思った。
「ほぉ?にしては、それらしいものを何も感じんな。」
さらに、好青年な声。多分高身長・好成績、そしてイケメン。でも中身は絶対腹黒だろうなと思う。
好奇の目が僕を射抜くのが分かる。というか、こいつら全員眼力強すぎだ。物理的に貫かれている気になる。僕は思わず自分の胴体を確認した。大丈夫だ。新しい穴の実装はされていない。
「ええ、そうよ。彼が●●よ。」
ミルが何かの名を言った。が、僕はそれを聞き取れなかった。しかし、場の空気の変わった。全身の毛が逆立った。それが重大な事で、僕が今拘束されている理由であり、それが好意的なものでないことを本能が感じ取った。
「どう、いうことなんだ?分かるように、説明、してくれよ。」
僕は、ありったけの力でそう言った。あまりの空気の重さに口が普通には動かせなかったのだ。その場の注意が、注目が僕に集まった。
「喋れるのか。なるほど、勢いだけの言葉ではないようだな、ミル。」
好青年からの言葉に、ミルは「当然でしょ」とジェスチャーで返していた。
「しかし、なぜ人間のまま連れ帰った?刈り取ればよかったものを。」
そしてまた僕は空気と同じ扱いを受ける。だが、声を出して僕の頭もようやく動き出した。まだモヤがかかっているようだけど、ここで情報を集めないと。
「できたらそうしていたわ。でも、あの状況だと私も消されるところっだった。連れ帰るだけで精一杯よ。神器なしじゃあんなところ1分と無理よ。」
ミルが事も無げに言う。『消される』とは、一体何に消されるというのか。
「確かに、あれは厳しいだろう。だが―」
今度は髭の大声。脳が揺れているんじゃないか。大声コンテストで物理的に音波破壊できそうだ。おかげでぼやけていた意識も引き戻された。
「決まりは決まりだ。そやつは”洗浄”をして、下に送る。」
「そんな!ようやく見つけたのに!」
「ワシらが、掟を破ることはできぬ。刈り取りをしておればよかったのだがな。」
髭とミルがやりあっている。つまり、ぼくがここにいることがマズいらしい。
「いい加減に誰か説明してくれよ!」
ようやく僕は満足に声を出すことができた。が、ほんの数フレーム後に後悔かも。
「いい気になるな!人間!」
気が付いた時には、ドS女にのど輪をされていた。軽々と持ち上げられた。足をバタつかせるも、まったく意味を成さない。
「やめなさい!」
そう言ってミルが間に入ってくれて、僕は投げ捨てられた。ゴミくずのように宙を舞い、そして地面に叩きつけられた。肺の奥から空気が押し出される。なんて馬鹿力なんだ。僕はその場でむせることしかできなかった。
「ミラージュ。そういきり立つな。」
好青年がミラージュと呼ばれたドS女を諫める。
「気安く呼ばないで欲しいね、ブルータル。」
こちらはまったく気にしていない様子だ。明確な殺意を感じる視線をこちらに向けている。
「やめんか。ミラージュ、ブルータル。」
大声、という地声なのだろうが、髭が割って入った。おそらく、この3人では髭が一番偉い人なのだろう。僕は正直漏らしてしまいそうなプレッシャーを感じながらも、僕は髭に顔を向けた。
「何も知らぬまま消えるというのは、怖いものだ。そうだろう?ならば教えてやらねばならん。お前の体はすでにない。今のお前は思念体とでも言うべきだ。」
髭は僕に向かって、とんでもないことを言い出した。体がすでにない?いや、今普通に見えているこれはなんだっていうんだ?
「お前の体なら、核攻撃で蒸発しておる。跡形もなく、な。同様に地表のほとんどの生き物が消え去った。だがお前はミルに連れられてここに来たのだ。」
とりあえず、僕は死んだらしい。まったく実感が沸かない。そうだとして、ここはどこだ?そして目の前の光景は何だっていうんだ?
「ここはどこなのか?我々が何者なのかを知りたいようだな。アレスよ。」
髭は、まだ名乗っていない僕の名を言った。僕は驚きが顔に出る。
「驚いたか?これぐらい造作もないことよ。天界の神たる我らには。」
事も無げに、とんでもないことを髭が言う。神…だと!実在するはずがない!だが、この威圧感は人では出せないのも事実だ。
「ミルはお前の中に失われた神の力を見出していた。だからお前に近づき、折を見てお前からその神だけを刈り取り、連れ帰るはずであった。残念ながら失敗してしまったが。」
僕の中に神の力?何を訳の分からないことを言っているんだ。常識を超えた事態に僕の思考はまったく追いつかない。
「ここは人の子がいることは許されない場所―。故にお前はこれで消えてもらうのだ。これで理由もわかって満足であろう?」
髭はもういいだろうと言いたげにそのまま踵を返し、奥に消えようとした。
「散華すればそうではなくなるわね。それなら問題ないでしょう?」
奥に消えようとする髭をミルがそう呼び止めた。
「確かに。それであれば既に神となっておる。どうした、情でも沸いたか。」
振り向きもせずに髭が答えた。
「ええ、そうかもしれないわ。彼を気に入っているのも事実よ。」
ミルが気に入ったのは、僕なのか、『僕の中の何か』なのか。この時は僕にはわからなかった。
「奇跡でも起きれば、できるかもしれんな。ブルータル、連れていけ。」
髭はそう言い残し、光の中へと消えていった。
「そういうことだ。行くぞ。一名様ご案内だ。」
そう言うと、ブルータルは僕をひょいと担ぎ歩き出す。
「ちょ…!!」
「させないよ!アンタどうしたんだい!?虫ケラに入れ込んでどうする?」
連れ去るブルータルを止めようとミルはしようとするが、そこにミラージュがすかさず割って入る。これは万事休す。か。こうして僕は光とは逆の闇へ連れていかれた。
「待ってるから!アレス!私はここで待っているから!」
ミルの声をしっかりと僕は聞き取って、闇に消えた。
それにしても、僕の彼女、神様だったんだな。
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