第40話 次の国へ
翌朝、ユサとヒルマのふたりはマージ達の家を後にした。
マージは見えなくなるまで手を振っていた。皆、優しい人ばかりだった。去るのが名残惜しい。そう思える程度には後ろ髪を引かれた。
「ユサ、マージにすっかり懐いたな」
ちらちらといつまでも振り返るユサを見て、ヒルマはやや呆れ顔だ。ユサは今日は男装に戻っている。カイルの着なくなった服を譲ってもらったのでやや大きいが、旅にふわふわした服もあるまい。マージは残念がったが、ヒルマはそれで納得してくれた。そもそも自分の服装を人に決めてもらう気はユサにはなかったが。
「だってマージは優しかったからな」
ユサには母親の記憶はない。ないが、いたらあんな風にあれこれ世話を焼いてもらえたのだろうか、そう思った。自分の為に怒ってくれる女性など今までひとりたりといなかった。皆、ユサの元クソ主人を取り合う敵だった。あんな風に女性にあやされるように抱き締められたことなど皆無だった。ユサの心がほんわかと温かくなるようなそんな女性だった。
「また会いたいな」
「ああ、そうだな。全部集まったら、どっちにしろ一度報告に来ようか」
「いいなその考え!」
これまでは未来に何しようなど考える余裕はある訳もなく、ただ日々生きるので精一杯だった。この先にどうしようああしようと予定を組むことなど、盗みの計画位だった。それに比べれば、ヒルマの提案の何と明るいことか。ヒルマの能天気さも、未来に光を見せるという意味ではユサには効果的だった。
「じゃあまずはイカを食って、それから次の国に行こうか」
ユサがヒルマの言葉に深く頷く。ユサの中でもイカは必須だった。それともう一つ。
「あと、もう一度海を見てから行きたい」
「いいぞ、見よう見よう」
ヒルマはユサが前向きな発言をする時は絶対に否定しない。その事実にようやく気が付いた。多分、今までもずっとそうだった。ユサが間抜けにも気付かなかっただけだ。
「お前結構いい奴だったんだな」
「え、今更?」
「出会いが
「あれはもう忘れてくれよ。悪かったって」
「ははは」
外は快晴。今日も暑くなりそうだった。この天気のせいか、ユサの心も弾んでいた。
「そういえば次はどこの国に行くんだ?」
「それなんだけどな」
ヒルマの顔は真剣そのものだ。
「実はあとふた国なんだ。ただ両方問題があってな、今まで避けていた」
「問題?」
ヒルマが深く頷く。器用に人混みの中を歩き、いつの間にか手には複数の財布を持っている。またやってた。
「
王宮内。それだと中に潜り込むのは厳しそうだった。こっそり盗みに入るにしても、内部の様子が分からないことには取っ捕まって何をされるか分からない。下調べと潜入が必要だろう。
「もうひとつは?」
「こっちはもう俺はそもそも入れん」
「入れん?」
入れんとはどういうことか。
「方向的に墨国の先にある国で、
ユサは記憶を漁る。白磁。白。少なくともすぐにぱっと思い出しはしないということは、
ユサは首を横に振った。
ヒルマは納得顔だった。それはそれで何だか腹が立った。なんでこいつは説明もせずにひとり納得しているんだろう。
「ちゃっちゃと説明しろ。蹴るぞ」
「ユサ、優しさが足りない」
「うるせえ」
例えヒルマがユサのことを好きだろうが、ユサはヒルマに対する態度を変える気は今のところなかった。まあ、若干心は許してもいいかな、と本当若干だが思い始めてはいるが。
「すぐ足が出るんだもんなあ。まあいいか。それも愛情表現のひとつと思えば」
「頭を回し蹴りしてやろうか」
「ごめん」
ヒルマがすっと一歩離れた。怯えた顔がわざとらしかった。
「説明」
「あーそうそう。白磁国ってのはな、男子禁制の神政国家なんだ」
「神政国家? 何だそれ」
聞いたこともない。ヒルマは物知り顔だった。本当に頭を回し蹴りしてやろうか。
「神様が一番偉い。その下に巫女達がいる。小さな国だけどな、ちょっと存在自体が謎だ」
「神様ねえ」
ユサは無神論者だ。神などいたら、今頃もっとましな生活を送れていた筈だと思う。ようやくいつもの距離に戻ってきたヒルマを見上げる。ポケッとしている。今日はまだ髭が生えておらず、随分と若く見えた。
そして気付く。神だか悪魔だか知らないが、明らかに人間でない奴の影響を受けているのがすぐ隣に阿呆面をして存在しているじゃないか。
ユサの視線に気付くと、またにへらと笑った。相変わらず締まりのない笑い方だ。
「でも男子禁制ならすぐ人口減っちゃうんじゃないか?」
「だから外の国から連れてくるんだよ。女だけを」
「じゃあ神の名を借りた人攫い国家ってことか」
「ユサうまいね」
ヒルマに変なところで褒められた。
「ちなみにさ、ヒルマがその身体になったのってどこの国なんだ?」
昨日聞こうと思ってすっかり忘れていた。どうも自分のことでないとユサもつい忘れてしまうようだった。段々ヒルマの考えなしに感化されてきているのかもしれなかった。
「どこの国でもない。ユサは無の地のことは聞いたことあるか?」
「無の地?」
今日のヒルマは多弁だった。
「どこの国も踏み入らない不可侵の土地があるんだ。そこに朽ち果てた神殿がある。そこでこんなのになった」
「何でまたそんなところに行ったんだよ」
不可侵の土地に入って呪いだか神罰だかを受けたのだ。救いようのない阿呆だ。
「決まってるだろ、盗みに入ったんだ」
「まあ職業だもんな」
ユサは素直に納得した。盗賊に盗むなと説教する気はない。ユサだって盗賊だし、盗まなければ生きれこれなかった。それにここのところたっぷり食べることが出来ているのだって盗んだ金があるからだ。まともな職業につけるのならそれもいいが、今まではそんなこと言ってられなかった。故に責められる
「じゃあ仕方ない」
「だろ? まあ始めの内はあれこれなくて大変だったけど、今は割といいぞ。こうしてユサとも会えたし」
ヒルマがユサににこりと笑いかけた。またこういう返事のしにくいことを言ってくるのだ、この間抜けな男は。
従って無視することにした。
「じゃあまあ次は墨国か?」
「そうだな。墨国、白磁国、んで最後に無の地だ」
「無の地? 何でまた?」
ヒルマが言い淀んでいる。ユサがじっと見ると目を逸らされた。
「蹴るぞ」
「はい、言います。――最後に集まったら来いってそいつに言われてるんだよ」
「そいつ?」
ヒルマが口を尖らせながらユサを見る。
「足しか見えなかったからよく分かんないんだよ。多分、男」
「何にも分かってねえじゃねえか。それで20年もよくフラフラ出来たな、相手の正体が気にならなかったのか?」
あまりにも何も分かっていないヒルマにユサは呆れ返った。だが、すぐに納得する。
「あ、考えるのやめたんだったな」
「そう。そういうこと。それでいいよもう」
今度はいじけ始めた。つまりこの大きな男は、足しか見えなかった男だか何だか分からない人物にこんな身体にされて、大して確かめもせず逃げ帰ってきてしまったのを言いたくなくて黙っていた訳だ。
「お前ほんっっと子供みたいだなあ」
「どういう意味だよ」
「恰好つけたがりってことだよ」
図星だったのだろう、ヒルマは返答出来ずにぐ、と言葉を飲み込む音が聞こえた。まあ、それもヒルマらしいといえばらしい。
「じゃあまあイカ食うか!」
ユサがヒルマの背中をぽんと叩いた。
「おう」
ヒルマがほっとしたような笑顔になった。
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