第27話 取出方法

 ユサは子犬の脇を両手で持ち上げたまま、ヒルマに尋ねた。


「どうする? 吐かせるか?」

「そもそもこの犬、飼い主いるのか? ちょっと周りに聞いてみようか。いいか、それ絶対離すなよ」


 そう言うと、胡座をかいて座った服の足の上に石を乗せ、両手には子犬を抱えて一切身動きが取れなくなっているユサをそのままにし、ヒルマが立ち上がった。


「おい、ちょっと待て」

「なに」


 すでにユサに背中を向けていたヒルマが振り返って聞いた。


「なに、じゃねえ。これじゃ俺が動けないだろうが。どっちか何とかしろよ」

「俺、あんまり犬得意じゃないんだよな」


 ヒルマが溜息をつきながらしゃがみ込んだ。犬が苦手だとは意外だった。道理でさっきから一切犬に触ろうとしない筈だった。


 子犬は大人しくハッハと舌を出してつぶらな瞳でユサを見ている。


「だけどそんなとこ俺が漁るとまた蹴るだろ?」


 ユサの服の上、つまり股の間を指差した。


「さっき石がないか見てただろうが」

「指でちょちょっとね。いいなら片付けるけど、蹴るなよ。あ、犬はあっちにね」

「はあ」


 ユサが身体を捻らせて犬を抱えた手を横にずらすと、ヒルマは恐る恐るといった風に服の上の玉を摘もうとし、ツルッとまた服の上に落とした。


 そうだ、こいつは不器用だった。ユサは大きな溜息をはあ、とついた。

 

「わざとらしい溜息つくなよ。仕方ないだろ、こういうの苦手なんだから」


 ヒルマはそう言うとまたむさ苦しい無精髭のつらのまま口を尖らす。お前は子供か。そう突っ込みたかったが、それでも真面目に石を集めようとしている姿を見ると、滑稽を通り越して憐れだった。


「もういい。お前犬持て」


 ユサがそう言った瞬間、ヒルマがでかい図体で俊敏に後ろに移動した。素早い動きだった。


「無理」

「無理、じゃねえよ。お前は乙女か」

「だからせめて男にしてくれ」


 ヒルマが抗議する。相変わらず論点がずれている。ユサはまた大きな溜息をついた。


 仕方なかった。まあ、どうせ全部見られてる。隅から隅まで、多分あの言い方だと絶対見られたくない所もしっかり見ている。見られたことに比べればこんなの屁みたいなものだ。それに考えてみたら昨日は口移しもされている。この短期間でそれはもう散々あれこれやられていた。


 これは不可抗力、不可抗力。問題ない。


 ユサは自分にひたすら言い聞かせ、ぶすっとした表情でヒルマに指示した。


「服の下に手を突っ込め。そんで斜めにして反対の手のひらに乗せる。ほら、それ位ならお前でも出来るだろ?」

「またお前って」

「分かった分かった、ヒルマね」

「本当俺の扱い雑なんだから……」


 ぶつくさ言いながらもその指示に従うことに決めたらしい。


「本当に怒るなよ?」


 びくびくしながらヒルマが服の中に手を突っ込んできた。どれだけユサが怖いのか。


 下から服を傾け、構えた手のひらにコロコロと流していく。ひとつ草の中に落ちていった。


「あ」

「もういいから続けろ」

「……はい」


 よくこんな不器用な癖にひとりで生きて来れたものだ。いくら死なないとはいえ。


 ユサは手に抱える子犬を見た。毛は短く耳は立っている。まだ子犬だからか鼻は短く、ピンク色の綺麗な舌を出してユサを見ている。


 お腹には毛がなく、ぽっこりと出ていてなんとも愛らしい。臍の緒の跡だろうか、お腹の中心に捻れた糸のような物がくっついていた。


 股を見ると、雌だった。うん、可愛い。


 キュンとしてしまったが、ヒルマにはばれたくない。顔には出さないように気をつけつつ、まだガサゴソやっているヒルマをチラリと見た。


 残りはあと数個。何故ここまで時間がかかるのかは謎だが、それが不器用ということなのかもしれなかった。


「よし! 出来たぞ!」


 嬉しそうに手のひらに石を乗せ、ヒルマがユサを見上げた。垢だらけの汚い髭面に浮かぶ笑顔が輝く。その顔はユサに褒めろと言っている。ヒルマこそ尻尾が生えてそうだった。パタパタいってそうだ。


「よし、よくやった」


 褒めるだけならタダだ。あまり考えずに口から出てきた。


 たがヒルマはそれが嬉しかったのか、ニカッと笑顔になった。本当に単純な男だ。


「だろ? 俺もやればできるんだ」

「はいはい」


 ユサも立ち上がった。犬は手で抱えたままだ。


 ヒルマが一番近くに店を構える男に声をかけた。


「おじさん、この犬知ってるか?」

「ん? 犬?」


 ユサが犬をずい、と前に出して男に見せた。ヒルマがそれをさっと横に避けていた。本当に犬が苦手なようだった。一体何があったのか。


 男が犬を見ると、すぐに答えた。


「あーそりゃ野良の子だ。欲しけりゃ持ってけ。野良の子がいつの間にか子供産んでて周りの奴らも困ってたんだ。ほっとく訳にもいかないし、餌代嵩むし」

「そうか。ありがとう。……ユサ、ちょっと相談だ」


 ヒルマはそう言うと、犬を抱えるユサから少し距離を取りつつ先程の木陰に戻っていった。


 ユサは子犬を見る。子犬もユサを見た。


「お前使えるな」

「クウン?」


 いいかもしれない。しかし犬連れの盗賊など聞いたことがなかった。やはり問題だろうか。


「ユサ、早く来いってば」


 ヒルマが木陰に立ってユサにおいでおいでをする。だからユサは犬じゃない。ただこの手にこの子犬がいる限り、対ヒルマに対してはユサは無敵のようだった。


「なんだ。ほら」


 子犬をヒルマの顔の前に突き出した。


「うわ! や、やめろよ」

「こんなに可愛いのに。なあ?」

「そういう問題じゃないんだよ。びっくりするからやめてくれよ」


 ヒルマの情けない声にユサの笑みがつい漏れた。


「でっかい身体して馬っ鹿じゃねーの」

「ユサ、酷いなあ」


 ヒルマが情けない顔をした。それもまた可笑しかったが、とにかく飲み込んでしまった石をどうするか話さなければ先には進まない。まだ足りなかったが、からかうのはとりあえずここまでにした。


「で? 相談て何だ」


 まだ少し笑いながらユサが聞くと、ヒルマがクソ真面目な顔で返答した。


「ユサは動物の腹って裂いたことあるか?」


 ユサはヒルマの股間を思い切り蹴り飛ばした。痛みを感じないのは理解している。だから、靴の裏をそのままグリグリ服の上から擦り付けた。


「ユサ、ちょっと。恥ずかしいからやめて」

「恥ずかしい、やめてじゃねえよ」


 とりあえず一旦足を下ろしたが、ユサはまだ蹴り足りない。今度はふくらはぎを蹴っ飛ばした。


「ちょっと」

「ちょっと、じゃねえ!」


 ユサは怒鳴った。周りの商人達が何だ何だと見ている。ヒルマは周りをキョロキョロするとユサの肩に手をおこうとしたが、ユサが子犬をさっとヒルマの前に突き出すとヒルマが器用に後ろにけ反った。


 両手を上げて負けたというポーズをしてみせた。


「怒るなよ」

「怒るに決まってんだろうが。何だ腹を裂くって! こんな可愛い罪もない生き物に何しようってんだ! 信じらんねえ!」

「いや、その、試しに聞いてみただけだし」


 ユサを宥めようとしているのは分かったが、そういう問題ではなかった。


「しかもなに人にやらせようとしてやがるんだよ! 考えんのやめたとか偉そうに言ってたけどな、最低限考えねえといけないことってのはあるんだよ! 分かってんのかボケ!」


 はあはあと肩で息をするユサを見て、ヒルマがしょんぼりと肩を落とした。


「ユサの言う通りだ、ごめん」

「ちっとは頭使え」

「仰る通りです」


 更に縮こまる。ざまあみろだ。ユサはふんと鼻を鳴らした。


「考えればどうすりゃいいかなんて分かるだろ。答えはひとつだ」

「……やっぱり? やらなきゃ駄目か?」

「お前の欠けたもんだろ。お前がやれよ」


 ヒルマの眉と口角が下がり切った。


「とりあえずお前鞄の中にいっぱい紐とか入れてんだろ? いいから出せよ。こいつに括り付けて歩かせないと糞なんてしねえぞ」

「直掴みはちょっと……」


 ユサの苛々は頂点に達した。


「いいから頭使ってお前が納得いくように準備しろ! この阿呆が!」

「は、はい!」


 ヒルマが今にも泣き出しそうな顔になっていた。

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