106話・王子の事情

 僕には物心付いた時から好きな子がいた。白耳うさぎ族のリズ。でも彼女にはすでに将来を約束された彼がいて、それを知ったときにもう少し、早く生まれていたのなら。と、思わずにいられなかった。悔しかった。


 母上だってリズを気にいっているはずなのに、甥である彼と許婚の仲の彼女を祝福していた。それが辛かった。僕は母上の子だ。母上だってお気に入りのリズが、甥っ子よりも実子の僕のお嫁さんになった方がいいに決まっている。


 そう思ったらやりきれなかった。僕にとって彼は色々な上で比較されがちだった。年も近く、母上の兄の子ということから常に僕の側にいたせいだ。僕にとって色々な意味で彼は天敵になるのは早かった。

母上は父上のような雄々しい子を望んでいたから彼を羨んだ。残念ながら僕はそのようなふうにはなれなかった。リズの好むような王子さま像を目標としたからだ。


 幸い第三王子という事もあり、側室腹の兄上達とは仲良くやってこれたし、母のいうような優秀な王子になれなくてもいいのではと思っていた。余計な力をつけて宮殿内で派閥など持ちたくないからだ。

僕の考えは甘いのかも知れないけれど、同じ父の血を引く兄弟と争うようなことはしたくない。出来れば兄達のどちらかが王位についたなら臣下に下り、それをサポートする要職に尽きたいと思っていた。


 その為、国一番の商人であるナナホシに近付いてスポンサーとなった。いっそ、王族なんて重い看板は下ろして市井に紛れるのもいいかもしれないと考えていた時だ。他国から縁談が持ち込まれるようになった。


 僕はここで考えさせられた。王女である姉上たちは、国と他国との有益の為に嫁がされていくのが当たり前に思っていたので、まさか男の自分を望む国があるとは思わなかった。嫁を取ることしか考えていなかったので、婿入り話が起こるとは思わなかったのだ。生涯、この国で暮らしていくものだと思い込んでいた。


 他国にとって金虎一族の血は魅力的らしい。金虎一族の血を取り込む為に、後継ぎの娘と娶わせる為に、他国の王族や高位貴族たちが言い寄ってきた。彼らにとって他の金虎の者は圧倒される雰囲気があって近付きにくいのに、僕は風体からして優男に見られがちで、荒ぶれる血筋とも思われがちな金虎一族の中で、一番柔和で扱いやすい王子と思われているらしい。


 僕の心の中は荒みきっているというのにはた迷惑な話だ。僕はどんな形でもこの国に残り、大好きな女の子の側にいたかった。それなのにその小さな願いさえ許されないのか?    


 毎日、悶々としていたらナナホシから面白い話を聞かされた。某国の第二王子が生まれた時から決まっていた婚約者がいたのに、国王夫妻が政務で隣国を訪れている際に、婚約者を冤罪にかけて婚約破棄を申し渡し国から追い出た。そのことで国が大騒動になったのだと言う。

婚約者は国外れに放置されていたのを、通りすがりの冒険者に助けられ、隣国で保護され、自国の国王夫妻と引き合わされて帰国した。


 その後、王子は国王の手の者の調べで、爵位の低い娘に惚れていて、その娘と一緒になりたいが為に騒動を起こしたことが発覚した。


 皆は憤り、王子は王族籍を剥奪されて、爵位の低い娘と婚姻して城を追われた。婚約者の方は隣国で保護されていた時に御世話になった侍従と親しくなって、のちにこの侍従のもとへ輿入れしたらしかった。


 馬鹿な話ですよねぇ。と、ナナホシは他人事のように言ったが、僕はその話を聞いた時、己の気持ちのままに動けた王子のことが羨ましく感じられた。僕には決まった許婚はいないけど、いつかはこの国に有益をもたらすような国の相手と婚姻を結ぶ為に残されている駒だ。父上の気持ち一つで今後、どうなるかは分からない。


 その王子のように、たとえ王族籍を抜かれ市井に放たれたとしても、好きな女性と一緒になれて幸せだったのではないかと。


 ナナホシは王子さまはそうかもしれませんが、相手の女性は果たしてどうだったんでしょうね? もしかしたら玉の輿を狙っていて、そうでないと知ったなら愛想を尽かしたんじゃないでしょうかねぇ。と、言う。


 女って意外に残酷なんですよ。とも。見てきたように言うじゃないか? と、言ったらそりゃあ、商人ですからと苦笑された。ナナホシは顔が広いから色々な国の情勢を知っている。


 僕はそこで考えた。リズを手篭めにしてしまったら良いのでは無いかと。しかし、彼女はあの母のお気に入りのアーサーが婚約者としてついている。そう事は簡単にいくわけがなかった────。



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