第52話 絶体絶命

ブラドーグの顔付きが凶悪な表情に変化するとともに、周囲には次第に目視でも確認ができるほどの邪悪でドス黒い魔気が漂いはじめた。


「確かに…これはヤバいかもな。」

その魔気を見たゼクアが危険を察知してブラドーグとの距離をあけようとした。


だが、そこには意外性はなく、ゼクアとブラドーグとの距離はあっさりと強者ブラドーグに詰められてしまった。

ゼクアもイグナート軍の中でも三騎士、もしくは三賢者の一人とも呼ばれた存在である。


なので決して弱くはなかった。


だが、ブラドーグの実力はその力をはるかに超えていた。

この一見、単純な間合いの奪い合いで、それほどの力量差を見せつけられてしまったゼクア自身がそれを一番わかっていた。


「くっ!強いな。」

ゼクアの表情に余裕がなくなる。


魔法を得意とするゼクアであるが、決して近接戦闘が苦手なわけでは無い。

だが、ブラドーグの超暴力の前には余りにも無力と言わざるを得なかった。


ブラドーグがゼクアとの距離を一瞬で詰め、ゼクアのボディにパンチを浴びせる。


「ゴハァァ!!」

ゼクアの口から血が吹き出す。


魔法によって物理攻撃も遮断出来るようにしていたのだが、ブラドーグの攻撃はその強固な魔法障壁でさえも簡単に破壊してゼクアの身体に到達していた。


「おやおや、先程の威勢はどこにいったのかな?」

ブラドーグが残忍な笑いをゼクアに見せる。


「ゴホ、ゴホ…」

上半身全体に食らった攻撃は、ゼクアの胸部の骨を砕き、内臓も破壊していた。


『これほどとは…』

天界から追放され、その後はイグナートの追跡を恐れ逃げ回っていたはずの存在がこれほどの実力を隠し持っていたとは思ってもみなかった。

それは、智慧の龍とまで言われたゼクアの大きな誤算であった。


「ゼクア!」

そう叫んだのはザドラスだった。

ザドラスもブラドーグの実力を見誤っていた。

彼は人間の魔法使い達を守るため、ゼクアとブラドーグらから少し離れたところに頑強な結界を張って待機していた。


それはゼクアの実力であればブラドーグ程度ならば何とかなるであろうという考えだったからだ。

だが、それも今のゼクアの状態を見てそうは言ってはいられないことが明白となった。


「早く、早くここを離れろ!」

ゼクアが声を絞り出してザドラスに伝える。


「わかった!」

一瞬でこの危険な状況を把握したザドラスはガルファイア達をその場所から転送陣で避難移動させるため、転送陣を展開させようとした。

だが、それには今、自分たちの周りに張っている結界を一瞬だけ解除しなければならなかった。


「小梅!リアス!援護を!」

「了解しました!」

ザドラスはゼクアの配下の2人に結界解除中の防衛を指示する。


「それは困りますね。」

「!?」

ゼクアとブラドーグの方を警戒していたザドラス達の背後から声がした。


気配を消していたブラドーグの手下共が周囲を取り囲んでいたのだ。


「我々が何の準備もなしに、この場所に拠点を置いていたとでも思っていたのかな?」

そう言ったのは、ブラドーグの側近のシュラチと呼ばれていた女性の魔族だった。


「ミズリーナを追い込んだと聞いていましたが、この様子を見ると大したことは無かったようですね。」

シュラチはあざけるような顔をしながら、ザドラス達の周囲を配下の魔族や多くの魔物で取り囲む。


この世界で『魔族』とは天界から追放されたブラドーグの後に続いて魔界落ちした天界人のことを言い、『魔物』とは地上世界に住んでいた動物が、魔力の根元素となる『魔素』を吸収して変化した生物をいい、その中には自我や高い知識を持ち、武器や道具を使ったり自分達の種族を統率する存在もいるという。


ブラドーグは魔族をはじめ、そんな魔物も従えていた。

そんな魔物らもブラドーグの配下として動いているのだから決して弱くはないであろうことは漂う気配から察することが出来た。


「まあ、慌てなさんな。はいよ!」

そんな絶体絶命の状態の中、ザドラスは一言そう言うと、余裕のある表情を見せながら張っていた結界を解除し、次の瞬間には、既に展開済みであった転送魔法陣を起動し、ガルファイア達を転送先に送る。


「何!?」

そんな神業のような魔法を見たシュラチ達が驚く。


「さてと、お待たせしたな。」

ザドラスがそう言って挨拶をするかのように片手を挙げると、その掌から物凄い量の光が溢れ出し、薄暗くなった森を真っ昼間の太陽のように光で切り裂いた。


「うおっ!?な、何だこの光は?!」

シュラチがあまりの眩しさに目をつぶり、顔に手を当てる。

そして、シュラチが次に目を開けた時、そこには自分以外の魔族や魔物は全て消えていた。


「な!?何をした?!」

シュラチが慌ててザドラスに聞く。


「おや?お前は消えなかったんだな。ということは、ということか。」

「は?」

シュラチがザドラスの言葉の意味を考えようとしたところへ小梅とリアスの二人が息のあった物理攻撃で畳み込む。

小梅は刀、リアスは拳を使っての攻撃だが、シュラチの身体の周囲に張っていた防御結界は先程のザドラスの魔法により弱体化させられ、小梅の一撃で破壊して無効化し、さらにリアスの攻撃で追い打ちをかけ、シュラチの身体に壊滅的な打撃を加えていた。


「グァァァァァァァーー!」

シュラチが恐ろしい声で断末魔のような雄叫びを上げるが、シュラチの命を奪い取るまでには至らなかった。


「ふーふーふー」

致死性の攻撃をなんとかギリギリで受け切ったシュラチが、物凄い形相でザドラス達を睨みつける。


「やるな、では、コレで最後だ。」

ザドラスがシュラチに向けて次の魔法を行使しようとした時、ブラドーグとゼクアが戦っていた方向から何かが急速に接近してきた。

その気配を察したザドラスは展開中の魔法をキャンセルし、接近してくるに意識を向けた。 


「なっ?!」

驚異的な動体視力を持つザドラスが目にした、それは全身が血だるまで、瀕死状態となったゼクアだった。


「うおおあ!」

ザドラスは慌ててゼクアを抱えとった。

身体には力が入っていない。

全身の骨が砕かれたように手や足が潰れてあらぬ方向に向いている。


「おい!」

「…ぁ、ザ、ザド、ラス」

ゼクアの目がザドラスを探すが、ほぼ見えていない様子だ。

「喋るな!今、回復させる!リアス!小梅!」

「はい!」

ザドラスの声にリアスと小梅が応える。


「ゼクア様!」

小梅がゼクアを受け取り、リアスが直ぐにゼクアに近付き回復魔法を展開するが、それも次のブラドーグの攻撃により叶わなかった。


ゴォーー!!!

少々の移動では避けることが出来ないような超巨大な炎の魔法がザドラス達を襲っていた。


ザドラスも何とか結界魔法を展開したが、ブラドーグの魔法の威力に押され、吹き飛ばされ、数キロ離れた岩山の山肌に叩き付けられた。


結界のおかげもあったが、リアスと小梅が瀕死のゼクアに衝撃を与えないようにと岩山の方に自分の背を向け、ゼクアが受けるダメージを肩代わりしていたため、ゼクアの命は何とか繋がれていた。

だが、ブラドーグの魔法攻撃はその一撃だけではなく、何度も何度もザドラス達に向けて放たれ続けられ、緑豊かだった周囲の景色はあっという間に草木一本生えない、真っ平らな焼け野原となっていた。


そして、その攻撃の真ん中にザドラス達がいた。

既に何重にも貼られていたザドラスの結界魔法は最後の一枚を残し、ことごとく破壊され、彼らは絶体絶命の状況に立たされていた。



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