第51話 恐怖と絶望の魔王

「なんか、凄い魔力の持ち主が近付いてくる気配がするんですが…」

メルボ遺跡から少し離れた場所で見張りをしているミロが恐怖に顔を歪める。


「気付かれたか?!」

ガルファイアも表情を固くしながら遺跡の入口をじっと見つめてそう言った。

というのも、その気配はミズリーナがこの遺跡に入っていった時に感じた気配とは違い、恐ろしい殺気を隠そうともせず、明らかにこちらへ向けられていたからに他ならなかった。


逃げる事も出来たであろうが、ただ逃げた瞬間に殺されるのは目に見えていた。

それほどの恐ろしい悪の気配が遺跡の入口から姿を現そうとしていた。


「イグナート様は私達に何かあっても『手は打ってある』とだけおっしゃられてましたが…」

「それを信じるしか無いか…」

免許皆伝とまではいかないが一級の魔法使いとして大魔導士ガルファイア・マーズから認められているミロが不安そうな顔を隠そうともせずガルファイアとラーチケットにそう話すと、ガルファイアの一番弟子のラーチケット・ビナドウも初めて体験する強烈な悪の気配に身体を硬直させている。


「来るぞ!!」

ガルファイアがそう叫ぶと同時に、彼らの眼の前に恐ろしき姿をした魔神とも魔物とも見えるが現れた。


『オマエタチハナニモノダ?』

聞き取れないほどではないが、ひどくしゃがれた、それでいて地の底から震えるような圧力のある思念波が3人の脳内に響き渡る。


そのモノの声を一言聞く。


たったそれだけのことだったが3人の体と心に恐怖を植え付けた。

その瞬間に彼らの周りの景色は灰色に変化し、青々とした草木は枯れ木の林に成り果てる。

ガルファイアもこれまでに様々な修羅場というものをくぐり抜けては来たが、これほど恐怖という感情に支配された場面には出会ったことはなかった。

そのため思うように体も動かず、彼を含めて3人は『死』というものを直接的に感じざるを得なかった。


『こ、これが魔王というものなのか…?!』

ガルファイアがそう脳裏に浮かべた瞬間に再びあの声が脳内に響く。

『ヨクシッテイルジャナイカ………オマエ…ガルファイア……マーズ…トイウノカ?』

『?!!』

ガルファイアがそのモノを魔王と認識した瞬間に思考を読まれたと気付き他の二人に警告する。


「ラー、ミロ!何も考えるな!読まれるぞ!」

ガルファイアもそれだけを言うのがやっとで、次の瞬間には姿を隠していた岩に吹き飛ばされ叩き付けられた。


「御師さま!!」

これまで見たことが無かった師匠の状況にミロとラーチケットの恐怖と絶望感がさらに増す。

人類最強の魔導士との噂もあったガルファイア・マーズを一蹴するほどの存在が目の前にいる。


魔王…


地上にいる全ての魔物を従え、魔界の頂点に立つ存在が実在したことを認識する。

その話を国やギルド、いや世界中に伝えるだけでも相当の報酬が貰える。

だがそれは、このような状態から逃げおおせた者だけに与えられるものであり、それは、それだけ難易度の高いクエスト、いや幸運といえるのだろう。


つまり、彼の者の存在を知る者、いや知り得た者には本来絶望しか無いのだ。



『龍神様!!』

ガルファイアに考えるなと言われたミロとラーチケットの思考にはこの言葉しか浮かばなかった。


神頼み…

都合のいい言葉だが、人は絶望に遭遇すると、とかく神頼みをする。


絶望から救いを求める時だけでなく、幸運を願う時、人の不幸を願う時、様々な場面で人はこの超常の存在を利用する。

個人的な利を求めるものや博打的なものの大半は上手くいかない事が多い、だが、必ずしもそうではない。


確かに奇跡というものは存在する。


それが神からの依頼という限定的で行動をしていた場合、かつ神頼みに相当する願いであれば『神』はその願いに振り向いてくれる。


「ふー、間にあったか…」

確かに岩に叩き付けられたと思ったガルファイアのその後ろに龍神ゼクアがいた。

気を失ったガルファイアをしっかりと支え、衝撃から回避させていた。


「ゼクア様!!」

その様子を見たミロの目が希望に見開かれる。


「あ~あ、ミロちゃん、それ言っちゃう〜?。ソッコーでフェルザ、いやブラドーグに正体バレちゃったよ。」

「あっ!」

ミロはゼクアから自分の正体を現世魔王に身バレしないようにと口止めされていたことを思い出し口に手を当てる。


「ゼクア?」

思念波ではなく今度はハッキリとした口調で聞き取れた。

そのモノは最初現れた時、魔神とも魔物とも判別のつかない幻影のような曖昧な姿をしていたが、その時とは違い、次第にハッキリとした姿を現し、『魔王ブラドーグ』として完全な姿を見せた。


「そうか、お前達、イグナートの手下か?」

ブラドーグは瞬時にゼクアの正体を見破る。


「そういうお前さんはブラドーグだね?」

流石、龍神イグナートの部下である、ブラドーグの発している威圧的な魔力にも動じていない様子でゼクアは質問を質問で返す。


「道理でミズリーナが簡単にやられるのも理解できる。」

そう言ってブラドーグがニヤリと笑うと瞬時にゼクアへ近付き攻撃に移るが、ゼクアはガルファイアを抱えながら、その場所から高速で移動し、攻撃を回避する。

先程までゼクアがいた岩場は粉々に砕け散っていた。

「直ぐに攻撃してくるとは…イグナート様から聞いてた通り、血の気が多いな。」

「ハハハハ、攻撃に移すのが早いというのは、頭の回転が早いとか機転が利くとか言ってもらいたいものだな。」

「詭弁だな。ただの暴力馬鹿だろ?」

そういうやり取りをしながらもゼクアとブラドーグの攻防は続いていたが、流石魔王というべきか、ブラドーグの魔法と物理を加えた一方的な攻撃にさすがのゼクアも反撃の手が出ない。



「ハハハ、どうした?人間を抱えていては攻撃出来ないか?」


地上から空中に場所を移したゼクアであったが、空に浮きながらブラドーグの攻撃を躱すゼクアに対し、残忍な笑いをしながらブラドーグはその手を緩めること無く目にも止まらないスピードでゼクアに詰め寄る。

一方ゼクアは高度な防御魔法を展開しているがブラドーグに次第に追い詰められていく。

あまりにも高速であるが人間であるミロの目にも何とかそれがわかる。


「ああ、ゼクア様…」

一度は死すらも覚悟したミロであったが、ゼクアの登場に希望の光を見出した。

しかし、そのゼクアでさえも追い詰められていき、何も出来ない者として再び絶望感が込み上げてくる。

そんなミロであったがあることを思い出す。


「あ、!そういえばググル様は?」

ググルとは人間界の通り名で『竜神ググル』と呼ばている龍神ザドラスのことだ。

「確かフレイルでゼクア様と一緒におられたはず…」

ミロがそれを思い出した時、ブラドーグの背後から物凄い速さで何かがぶつかった。

さすがのブラドーグもこの勢いには耐えられずゼクアの横を通り越して近くの岩場に激突した。


「ググル様!」

ミロが叫ぶ。

先程のブラドーグへの攻撃はザドラスであった。

ザドラスは空中に浮かびながらブラドーグが飛んでいった方向を凝視している。

いわゆる『残心』である。

ブラドーグがこれくらいの攻撃で死ぬ様な奴ではないことを知っているからだ。

さすがイグナート軍の副官をしていたことはあると言えよう。

そして、そこからさらにブラドーグが突撃した岩場に対し追い打ちの魔法攻撃を放つ。


「遅いぞザドラス!」

ゼクアがザドラスの近くまで移動して怒鳴る。

「いや〜悪い悪い。小梅達を転移させるのに時間がかかってね。」

と言いながらザドラスがチラりと見た方向には気を失っているガルファイアを抱えた女性2人がいた。

名前を小梅とリアスといって、戦争中、瀕死のところをザドラスに命を救われたゼクアの部下である。

この2人が、ザドラスがブラドーグに攻撃した瞬間、ゼクアの前に現れゼクアからガルファイアを受け取っていたのだ。

ゼクアもそれを確認しながら、

「それは聞いた。だがお前の力ならもっと早く出来たはずた!」

そう言われればザドラスも頭を下げるしか無い。

「すまん。」

「わかったならもういい。それよりもミロ達もここから避難させてやってくれ。ここは私に任せろ。」

「了解!頼りにしてるよ。」

ザドラスはニコッと笑って返事をする。

「うるさい!早く行け!」

ゼクアが再びザドラスに怒鳴る。



その後、ザドラスはミロとラーチケットのいるところまで移動してきた。

その場所には既にガルファイアも小梅達の手で運ばれていた。

ザドラスはミロ達が全員集まったのを確認すると、ブラドーグの攻撃に備えて直ぐに強固な結界魔法を展開した。


「いや〜ある程度は感知してたんだけど、流石というか隠蔽が掛かってるイグナート様の防御魔法の魔力の波長がかなり弱くてね、逆にブラドーグの魔力が膨れ上がるのを感知してからの転移だったんで陣を作るのに手間がかかってね。それを使って先にゼクアを送ったんだが、こりゃ俺達の手に余るね。」

ザドラスは現場の様子を一瞬で見てとっていた。


「転移陣?」

ミロが不思議そうな顔でザドラスを見る。


「ああ、それは今はあまり知られていない昔の魔法でね、俺が昔倒した奴から教えて貰った魔法なんだよ。転送陣と違って一時的なものなんだけどね作るのに時間がかからないんで、こんな急ぐ時とかは便利なんだよ。」

「あ、いやあの…魔法陣はありますが、転送陣とか転移陣とか人間界の魔法には無いんですけど。」

当たり前のように語るザドラスにミロが答える。


「えっ?そうなの?」

「はい…というかザドラス様達が使われている魔法はどれも人間界では規格外というか…」

「そ、そうなのか…?」

それを聞いたザドラスは、何かすまなさそうでバツの悪そうな顔をした。


「あの…フレイルの件はどうなったんでしょうか?」

ミロは、ゼクアやザドラスがフレイルシュタイザー王国の王都フレイルに残り、戦争の準備をしていた王国の軍隊を阻止する指令をイグナートから受けていたことを知っていたが、どう考えても相手側にも始祖の魔王の配下がいるのがわかっていたため一筋縄ではいかないと思っていたのだが…


「ちょっと大変だったけどなんとかなったよ。まあ、フレイルの事は別にいいとして、氷壁のことといいコレの件もイグナート様からお願いされてね。『ちょっと、頼む』とか簡単に言われたけど、コレって結構キツい案件だよね。ホント、イグナート様の命令はいつもエグいから。ハハハハ」

しれっと笑いながらザドラスは答えた。


実はゼクア達は、フレイルシュタイザー王国の王都を氷漬けにした後、あのフレイ山脈の氷壁にも細工をしていた。

フロズンの造った氷壁の上からゼクアが氷の魔法を重ねがけし、今後想定されるフロズンによる氷壁解除後のサイズ王国侵攻を阻止していた。

ゼクアがフレイルに氷漬け魔法を使ったのは実のところ、イグナートからの指示による、この『フレイ山脈氷魔法重ね掛け作戦』からヒントを得ていた。


そして、その次のイグナートの依頼というのがガルファイア達の護衛であった。

というのもブラドーグが潜んでいるであろう場所へミズリーナが移動する際、それをイグナートが追跡して、下手に魔力を感知されれば、イグナートの魔力の波長を知っているブラドーグが逃げる可能性があった。

それを防ぐためガルファイア達が追跡を代行したのだが、それはある意味、ガルファイア達はブラドーグに対する囮となるため、ガルファイアにはその事を事前に説明し、命がけの事となると了解のうえの作戦であった。

そういった理由もあってイグナートはガルファイア達をブラドーグの手から守るため、遠隔地から瞬時に任意の場所へ移動が可能な転移陣の魔法が使用できるザドラス達を使って護衛にあたらせたのだった。



「天界が保護する地上世界へ仇なす者は天帝の命により排除されると聞いているはず、大人しく観念しろブラドーグ!」

ゼクアが、ザドラスの攻撃から立ち直ってきたブラドーグに啖呵を切る。


「笑止千万!天帝が何だ!龍神が何だ!?勝手にお前達のモノにするなよ!地上界は俺のものだ!誰の手にも渡さぬわ!!」

そう言いながらブラドーグは巨大な魔力の塊を炎に変化させゼクアに放つ。

高速の火炎弾がゼクアに直撃したが、ゼクアはそれを片方の手で作った結界で受け止め、もう片方の手で作った円盤状の薄い氷を何百枚、何千枚とブラドーグに撃ち込んだ。

ブラドーグもその魔法に対し、さらに強力な火炎弾を放ったが、何故か炎は途中で消えてしまい、氷の円盤の攻撃だけが自分の方へ通り、攻撃を受けてしまった。


「ぬぅ!?これは?!」

体中を切り刻まれ血飛沫をあげながらブラドーグが驚きの声を上げる。

普通の人間ならばあっという間にミンチ肉になっていただろうが流石にブラドーグの体は頑丈なのかそれ程の重傷には見えない。


「ハハハハ!頭の悪い奴には『無酸素状態空間』の意味わかんないだろうな〜。」

ゼクアは人差し指で自分の頭をトントンと叩きながら意地の悪そうな顔をしてブラドーグに笑いかける。

そう、ゼクアは自分とブラドーグとの間に結界と共に酸素の無い空間をあらかじめ作っていた。

いくら魔力の力で作られた炎とはいえ魔力の力だけでは流石に酸素の無い空間では長時間燃焼ができずに消えてしまうこととなった。

それとは逆に無酸素状態でも影響を受けない氷の円盤魔法をその空間に通したのだった。


だがブラドーグはニヤリと笑いながらゼクアを睨みつける。

「クックックッ、面白い!少しヒヤリとした。しかし残念だがそんな攻撃では俺様の命をることは出来んぞ!」

「な、何を!強がりを言いおって!」

と言いつつもゼクアは渾身の三重展開魔法がブラドーグにあまり効き目がないのを見て少し焦った。

それを見抜いたブラドーグは話を続けた。


「フッフッフッ、焦っているのか?そうだろうな、俺を仕留める存在がいないとやはり焦るよな?」

「どういう意味だ?」

ゼクアはブラドーグの言葉の意味を尋ねる。

「どうもこうも、イグナートのジイさんがここにいないところをみるとやはりヴァルキリスとの戦いで死んだというのは本当らしいな。」


ブラドーグはイグナートと始祖の魔王ヴァルキリスとの戦いでイグナート達が相打ちをしたという噂を耳にしていたようであるが、実のところイグナートの魂は消滅せず、今はベリルの持つ魔石の中にいることは知らない様子であったのをゼクアが話しぶりから察し、そのままブラドーグの話に合わせることにした。

ちなみにガルファイア達がを読み取られる前にゼクアがブラドーグを攻撃したのも幸いとなったのは言うまでもなかった。


「それがどうした?イグナート様がいなくとも我らだけでお前達を殲滅することも出来るのだぞ!」

「ふっ、マジか?お前それ本当にそう思っているのか?俺は仮にも魔王って言われてるんだぞ?お前は魔王オレを舐め過ぎだ…」

ブラドーグはそう言うと、今までの陽気な態度とは打って変わって、目が据わりガルファイア達を襲った時のように黒い魔力のオーラを放ち始めた。


『コイツはヤバい。本気出さないとやられるかも?!』

そんなブラドーグの姿を見てゼクアも真剣な表情に変わっていくのだった。



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