第53話 怒れる蜘蛛神

瀕死状態のゼクアを庇いながらザドラスは現世魔王ブラドーグの猛攻を耐え凌いでいた。


だが、彼の張った多重結界も残すはあと一枚であり、魔力量が底を付いたというわけでは無いが、かと言ってブラドーグに対して結界を解いて全面対決するほどの余裕は無かったし、残された方法にも数は無かった。



『一か八か…ゼクアや他の者を転移させるか…』

ザドラスがゼクア達を安全な場所に転移させた後、ブラドーグと対決することに決心した。


だが、それは、まさに彼の言う『一か八か』であった。

ゼクアがしていたような、同時にいくつもの魔法を展開することはザドラスにも可能であったが、自分の周りの者達を転移させるためには、今、自分の周りに張っている結界を一時的に解除しなければならず、それをした時が、最大の隙となることは自分でも十分に理解していた。


「これが俺の最後の魔法となるか…」

そう言いながらザドラスは最後に残っている防御結界を解き、ゼクア達を安全な場所に転移させようと超速度で魔法陣を展開しようとした。


だが…


シュウゥゥゥー

ザドラスが展開しようとした転移魔法陣が完成の直前に煙のごとく、消えていく。



「えっ?」

ザドラスの目が驚きで見開かれたが、全く原因がわからなかった。


「くそ!何でだ?」

ザドラスはその場に何度も転移魔法陣を描き直そうとするが、その度に魔法陣は掻き消され、ザドラスの行動は全くの徒労に終わった。


「残念だったなぁ。」

少し離れた場所にいたブラドーグがニヤニヤと笑いながら空中をゆっくりと移動しながら近付いてくる。


「まあ、調子が悪かっただけさ…」

ザドラスはブラドーグの言葉にジョークで返そうでしたが、そのキレはあまり良くなかった。


「そうだな、お前はただ単に調子とが悪かっただけだよな。」

そう言いならブラドーグはザドラスとの距離を瞬時に詰め、高密度の拳をザドラスの身体に打ち込んだ。


そしてその衝撃波はザドラスの周りにいた者達にも影響を及ぼし、全員がその場から恐ろしい勢いで吹き飛ばされる。


「ぐわっ!?」

ザドラスがその衝撃波を食らい、再びどこかに叩きつけられると思っていた。

しかし、その衝撃は何故か無かった。

ザドラスは自分の背後を確認した。


「あ………」

ザドラスの表情が安堵に変わっていく。


そこには絶対的守護神がいた。


ザドラスの受けた攻撃はドラゴンマスクが、そしてゼクアや小梅、リアス達は情報屋フェナンシェの出した強力な糸で編んだネットで優しくキャッチされていた。


「ヌゥ!!何者ダ…?」

ブラドーグの言葉使いと表情が変わる。

自分の前に現れた存在がかなりの強者であることを認識したからだった。


『お前さんの天敵だよ。』

イグナートが思念波でブラドーグに話しかけた。


「コ、コノマリョク、コレハ……イグナート?!死ンダノデハナカッタノカ!?」

ブラドーグの表情に余裕が無くなり、目の奥に恐怖の色が映る。


『久しぶりじゃのう、いや今はブラドーグだったか…それにしてもかなり好き勝手やってくれたようじゃな?』

「ぬぁあ、イグナートぉぉー!」

イグナートの言葉にブラドーグは落ち着きが無くなり、そのうちに情緒不安定な状態となっていった。


「うおおおおおおおおお!!!」

そんな状態のブラドーグであったが、攻撃の手は緩めなかった。

ザドラスに放った時のような強力な衝撃波の拳をドラゴンマスクに向けて放った。

しかし、その攻撃は全くドラゴンマスクには効かなかった…というもりも、届いてすらいなかった。


ピタリと空中で止まったブラドーグの拳にはフェナンシェよりも強靭な糸が何重にも巻き付いていたのだった。


「な、何だこれは?!」

『お前の相手をするのは私じゃない…』

「はぁ?」

ブラドーグはドラゴンマスクから発せられたイグナートの思念波を聞きながら、糸の出先を目で辿っていく。


己の拳に巻き付いた糸のその先には、若いのか年をとっているのかわからないが一見してそれは人間の女性の姿をしていた。

身体には薄い布切れ1枚を巻き付けたような、およそ戦いの場とは思えないような姿であったが、それは人間の姿はすれど、明らかに、そして人間よりもはるかに上位の存在であるとすぐに感じ取れる『モノ』がいた。


「何者だ?」

ブラドーグの2度目の誰何すいかの代償は声ではなく、強烈な雷撃であった。


辺り一面を核爆弾のような強力な光が照らすととともに、数十キロ先にも届くような轟音が響き渡り、その衝撃波が周囲の空気や地面を貫くように激しく震わせた。


もちろん、その雷の主は『蜘蛛神アラクネ』であり、落雷の被害者はブラドーグであった。


不意を突かれたとはいえ、流石のブラドーグもその『神の一撃』により、体から煙を吐き出しながら地上へと墜落していった。



『持たせたな。』

イグナートが思念波でザドラスに声をかけた。


「あ、ありがとうございます。」

『とりあえず、ここはワシ達に任せて安全な場所に転移するがよい。まだ、ヤツらも力が残っているようだし…』


イグナートの言葉にザドラスは従い、残っている力でなんとか転移魔法陣を作り上げ、ドラゴンマスク、アラクネ、フェナンシェ以外の全員を転移させた。


『これからが、本番じゃ。』

転移を見届けたイグナートは、アラクネの方に向き直る。


既にアラクネはブラドーグの息の根を止めるため、ヤツの落ちていった方向へと高速で移動していた。


『貴様は!よくも、よくも我を謀りおって!この恨み、肉体だけではなくお前の魂ごと切り刻んで無限の地獄に引きずり落としてやろう!』


墜落し、瀕死の状態で地面に横たわるブラドーグに対し、アラクネは鋭利な刃と化した糸で悪鬼の如くブラドーグに何度も何度も斬りつけていく。


だが、途中でそのブラドーグは幻影の魔法により作り出された偽物であることがわかる。


『どこへ行ったァァーーー!』

アラクネが耳をつんざくような声で叫ぶ。

アラクネが切り刻んでいたのは森の中に住む巨大な熊の死体であり、瀕死のブラドーグは既に周囲に控えていた彼の配下であるフェイドルフ達によって救助され、姿を隠しながら別の場所へ移動しつつあった。


それを察したアラクネは自分を中心にフィナンシェが使っているような『蜘蛛の糸』を体から無数に出し、付近に潜んでいるブラドーグの配下を探し始める。

これは感知の魔法ではなく、『魔法の糸』であり、それはフィナンシェの物とは違い、明らかに上位の性能を持っていた。

それは糸が触れ、居場所を捉えた瞬間、敵と認識すれば強靭で鋭利な糸がそのまま、その者を小間切れにしていく。


『むっ?!』

アラクネが何かに反応した。


その反応は、ミズリーナだった。

ミズリーナは自分が犯した失敗にケリを付けるため自らが志願して殿しんがりを務めていた。

アラクネの力の前には何の効力も無いことはわかっていたが、念の為フェイドルフから防御の魔法を掛けてもらっていた。


反応を追いかけて来たアラクネの前にミズリーナが立ちはだかる。


『邪魔をするなぁーーー!』

アラクネの怒号が辺りに響く。

アラクネの怒りがそのまま攻撃の強さに比例する。

怒りの表情を隠すこともなくアラクネは体から放出した糸に雷を纏わせミズリーナに叩き付ける。


ブラドーグに対する攻撃程ではなかったが、その強烈な攻撃は普通の魔族ならば木っ端微塵に消し飛ぶ威力があった。

だが、フェイドルフの防御魔法とミズリーナ自らの防御力と魔力の全てを使った結界魔法はその一撃を食い止めた。

だが、結界は破壊され、防御も破られ、ミズリーナの身体中の筋肉と骨が引き裂かれる。


「グァーーー!!」

ミズリーナは悲鳴上げるがそれでもなおその場に立っていた。


『ぬぅ!』

アラクネはその姿を見て冷静になっていた。


『ここは命に変えても絶対に通さん。』


そう誓う、ミズリーナだったが、彼女にはほとんど意識はなかった。


彼女がそこまでしてブラドーグに尽くすのは、自分が犯した失敗のケリをつけるというだけではなかった。

名も無い魔族の一人であった彼女がブラドーグという存在と出会い、彼から大きな力と自分という者の居場所を与えられた。

それがミズリーナが他の魔物や魔族達に対するプライドとなっていた。


『忠誠心』


ブラドーグに対するこのミズリーナの気持ちだけが、彼女のその身体をその場に立たせていた。


アラクネの攻撃が止まる。


「………」

既にミズリーナの目には光は無かった。


死してもなおその場に立ち尽くすミズリーナを見つめながらアラクネがボソリと呟く。


『奴の下にもこんな奴がいたとはな…』



アラクネの後から追いかけて来たドラゴンマスク(イグナート)が声を掛ける。

『ブラドーグは?』

『まんまと逃げられた。』

『そうか…』

『今回はな…次はそうはいかん。』

子供達を殺され、狂気の神となっていたアラクネだったが、ブラドーグの代わりに命を奪ったミズリーナの姿を見て、本来の精神状態に戻っていた。

もう、これは単なる個人的な復讐というものではなく、アラクネ側らとブラドーグ達との『戦争』であると認識を改めたからであった。


『では、一度天界に帰るのか?』

イグナートが尋ねると、

『いや、折角、地上界に降りてきたんだから、しばらくはフェナンシェの所に厄介になる。そこを拠点にして奴らの情報が入れば私自身が対応することになるであろう。』

『そうなのか?お前の部隊員達はどうするつもりだ?』

『私がいなくても彼らは天界を護ってくれる。まあ、連絡の一本くらいは入れておくがな。ハハハハハ。』

子供達を殺され、笑いを忘れていたアラクネの顔に笑顔が戻っていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る