第49話 魔王ブラドーグ

ミズリーナはサイズ王国の牢獄から逃げ出すと、隠密スキルを使ってサイズ城を脱出した。


痛みはあるが思っていたよりも怪我は大したことはなく、動くことが出来たが、自分が逃げたことに気付かれ騒ぎが大きくなれば、ドラゴンマスクが再び自分の前に現れることを考え、仕方なく隠密行動をとっていた。


街中を抜けて行く時に兵士の状態を確認したが、厳戒体制は解除に至っていないのか鎧兜を付けた者達が、街を歩いていた。

『あれからまだあまり時間は経っていないのか?とすればまだ報告には間に合いそうだな…』

ミズリーナはそんなことを考えながら痛む身体を引きずり王都を出て、一路ブラドーグの下に向かっていった。


そして、その後をガルファイア達3人が追っていた。

本来の追跡ならば一人でも十分であったが、魔王軍の幹部ということもあり念の為3名が追跡をすることとなった。


「流石、魔王軍の幹部だな、恐ろしい速さだ。イグナート様の魔法がなければ直ぐに見失ってしまうところだったぞ。」

ガルファイアがそう言うとラーチケットが頷きながら応える。

「確かに、あのマーキングの魔法がなければ奴の気配隠蔽スキルにやられてました。それに我々に掛けて頂いたこの気配隠蔽魔法…。」

兄弟子の言葉にミロも何故かドヤ顔となる。

「どうですか龍神イグナート様の魔法は?すごいですよね。」

「うむすごい。」

期待通りのラーチケットの答えにニンマリとするミロ。


「ところで、あのベリルという少年が本当にあのドラゴンマスクなのか?」

ラーチケットは基本的に国王の警護を担当しているので、王城にミズリーナが担がれてきた当時、別の仕事をしていたためドラゴンマスクの姿を見ていなかった。

ドラゴンマスクの対応をしたのは主に思念波で連絡を取り合っていたガルファイアとミロであり、会ったのは変身を解いたあとのベリルの姿だけで、初めて見た貧弱な体躯の少年が、今、世間を騒がせている超人ドラゴンマスクであるとはにわかに信じられなかった。


「エエ、そうですよラー兄様、私も一度彼に命を救われましたし、エイドリアル王子を御師様と救ったのも彼です。」

そう言うミロのドヤ顔がなぜか止まらない。

「ふーん、そうなのか。人は見かけによらないとはこのことだな。」

「そうだな。だが彼の実力は本物だとだけ言っておこう。」

ガルファイアがラーチケットにそう言いながらも、視線の先はイグナートのマーキングであり、そこから目は一切逸れてはいなかった。


「一体どこまで行くつもりだ?既に3区から出て、イゴルムントに入ったぞ?」

ガルファイアが眉間にシワを寄せて呟く。

王都ザクソニアンは巨大な王城区の中に王城や王族が屋敷を構えて住んでいる。

そしてその周囲に大きく北から時計回りに1区から4区と呼ばれる居住区が配置され、その場所をさらに細かく区分したところに貴族から一般国民がそれぞれ棲み分けて居住していた。

3区はザクソニアンの南に位置する区域で、階級的にはあまり高くない低層階級の者達が多く居住し、王都でありながらスラムなどに近い場所も存在する。

ミズリーナは一般人もあまり寄り付かないスラム街の地区を通り抜け、王都外に出ていった。

第3区王都門と呼ばれる場所を抜けるとそこは直ぐに王都に接しているイゴルムントという領地であり、ミズリーナはイゴルムントの中心街に向かう街道をしばらく進むと、街道をれ、しばらく進むと、とある小さな遺跡に入っていった。


「ここは…メルボ遺跡…」

ラーチケットがその遺跡を見てガルファイアのように眉間にシワを寄せた。


メルボ遺跡は街道から少し外れたところにあるのだが、最近、見慣れぬ魔物の目撃情報が城に報告されていた場所であった。


「どうされます?」

ラーチケットがガルファイアに指揮伺いをする。


「うむ、イグナート様の気配隠蔽魔法が効いているし、とりあえずこのまま遺跡に入ろう。」

「わかりました。」

「ミロは思念波でベリル君に場所を伝えておいてくれ。」

「承知しました。」

ガルファイア達はメルボ遺跡の近くまで近寄って行ったが、小さいとは言えメルボ遺跡は結構な大きさがあった。

小さな岩丘を掘って造られた遺跡は正面の一番高いところで約30m位はあり、古代様式の装飾を施された柱がいくつか並びその中央にある入口の高さは10m近くはあった。

奥の方は薄暗く中までは見通すことが出来なかったが、ミズリーナは遺跡に辿り着いたとき、気配隠蔽を解除していたので奥に彼女の存在をしっかりと感じ取ることが出来た。

またその時、彼女以外の存在もいくつか感じ取ることが出来たのだが、その中の気配の一つがあまりにも強大過ぎたため流石のガルファイアであっても二の足を踏んでしまった。


「こりゃあヤバいなんてもんじゃないぞ!ハッキリ言って我々3人がかかっていっても無理だな。」

ガルファイアは遺跡の奥から感じ取れる巨大な気配に普段は感じないを感じていた。

「これは間違いなく魔王のものだろう…」

「どうしますか?」

ラーチケットが心配そうにガルファイアの方を見る。

いくら世界的に有名な魔導士であっても、人外の魔王クラスとなればさすがに命の保証はない。


そこへベリルに思念波で連絡を取っていたミロがやって来た。

「危険なので遺跡の外で待機をしてもらいたいとのことでした。」

「わかった、では、そうしよう。」

ホッとした表情でガルファイアがそう答えると、ガルファイア達はイグナートの指示通りに遺跡の外にて待機するため移動した。


一方、メルボ遺跡の中に入っていったミズリーナであったが、ガルファイアの想像した通り、彼女が入った薄暗い遺跡の奥にあるやや広めのホール内に魔王ブラドーグはいた。 


ブラドーグの姿や服装であるが、それは一見して人間のような姿形をし、派手な服を着てチャラついている様にも見えるが、その目はギラギラとした獣のような獰猛さと輝きを持ち、身長は3メートルを超すだろうと思われる大きな身体からは常に湯気のように黒い魔気がユラユラと漂い、その身体を支える筋骨は見るからに少々の攻撃程度ではビクともしないような硬さと速さを持っているようであった。

さらに彼の周囲には護衛と思われる屈強そうな獣の魔族が数体大人しく控えていて、それだけで見る者を威圧する。


遺跡内は老朽化のため、遺跡を築くために作られたレンガの壁も所々崩れ落ち、かつては栄華を極めていたであろうと思われる、神々を模した巨大な石像もホールの各所に飾られているが原型を綺麗に保っているものは少なかった。

遺跡の内部はそんな状況ではあるが、松明ではない何かの灯りがホール全体をボンヤリと照らし、ミズリーナが入ってきた入口の反対側の奥にある石段のような場所にブラドーグは横に寝そべる格好でいた。

ミズリーナはブラドーグの近くまで来るとその場に片膝を付いて頭を下げた。


「遅かったな…」

ブラドーグは低い声でミズリーナに声を掛ける。

「すみません、少々、こちらに予想外の事が起こりまして…」

「ふん、それで今まで連絡も無かったという訳か…」

「はい、うまく思念波が使えませんでした。申し訳ありません。ですが、街の様子を見る限り我々の作戦に支障は無いかと…」

「何だと?!」

ブラドーグがミズリーナの報告に怪訝な表情でミズリーナを見た。

その様子にミズリーナはビクッと身体を震わせるとブラドーグに質問をした。

「何かおかしな事を言いましたでしょうか?」

「街の様子に異常は無いだと?」

「はい、兵士達は内乱を目前に緊張状態が続いておりますし、デルスクローズの洗脳が解けたとしても…」

そこまで言いかけてブラドーグが声を荒げる。


「何!?デルスクローズの洗脳が解けただと?」

「え、ええ、ですが時は既に遅し、もういつでも内乱の火蓋を切ることが出来ま…」

ミズリーナがそこまで言いかけた時、ブラドーグは傍らにあったレンガの破片をミズリーナに投げつけた。

破片を腹部に食らったミズリーナはその場から吹き飛び床を何回か転げる。

「うぅ…ブラドーグ様、何を…!?」


何が起こったのか意味がわからないといった表情のミズリーナにブラドーグが問いかける。

「貴様、あの高位呪物によるデルスクローズの洗脳が解けているのに兵士達に何も無いだと!」

「……」

確かに高位の呪物の呪いを解く事は相当の術師でないと無理な芸当ではある。

しかし街の様子を見る限り、自分がドラゴンマスクにやられてから時間がさほど経過していないと思っているミズリーナには『今ならまだ対応ができる』と考えていた。

そのためブラドーグが何を言おうとしているのか全くわからなかった。


「お前が前回、我に連絡をしてきたのはいつだと思っているのだ?!」

「えっ?…あの、」

「3日前だ…」

「…………!?」

ブラドーグの言葉にミズリーナは背筋が凍りつく。


ブラドーグは更に話を続ける。

「デルスクローズの洗脳、つまりあの呪物を解除出来る程の者が、呪いが解けた後の3日間、お前を放置し本当に何もしなかったとお前は思っているのか?」


その言葉を聞いた瞬間、ミズリーナの脳裏には様々な事が浮かぶ。

『あの牢獄の兵士の全く警戒心のない態度』

『あの龍の仮面を被った者に襲撃される前と変わらぬ街の様子』

『気配を隠していたとはいえ警戒が厳重であるはずの牢獄を抜け出した直後にも関わらずあまり王城、いや王都全体が騒がなかったことや王都から領を抜けたここまでの道程に殆ど何も内乱前と変わっていないどころか人影もなく静かになっていたこと』

など、いくらブラドーグへの報告に急いでいたとはいえ今になって冷静に考えればおかしな点がいくつもある。

そして何よりも、

『魔王ブラドーグの幹部である自分を一撃で倒し、あの呪物の解呪をやってのけた龍の仮面の人物』

が、自分を捕えたにも関わらず自分に何もしていないというか、という事実に愕然とする。


お前、泳がされたな…」

この事態を予想していたようなブラドーグのその一言を耳にして、ミズリーナは咄嗟に自分の背後を見る。

当然、誰もいないのだが…


実のところミズリーナがドラゴンマスクから攻撃を受け気を失い、目を覚ますまでに経過した時間はブラドーグの言う通り3日間であった。

その間に、イグナートの計画は着実に進められていた。

まず、ミロから報告を受けたガルファイアはラーチケットを通じて国王に報告をするとともに、国王の名により早馬を出して、こちらに向かっていたアンジェリーナの父ダイス・フリークスに連絡を付け、王都外直近に部隊を待機させていた。



またベリルはドラゴンマスクに変身し、ガルファイアと共に第2王子であるシャルマンのところに行き、フェナンシェの情報通りデルスクローズの配下にいた貴族と同様にミズリーナの配下から隷属の呪物を取り付けられた者達を見つけ出し、それらの呪物を破壊していた。

隷属の呪物の事は前述の通りフェナンシェから情報を得たが、ミズリーナは物資の補給係に変装させた部下を使いシャルマン側に潜入させ、シャルマン側に付いていた。

当然ながらミズリーナの部下についてはブラドーグへ連絡されないためにイグナートの指示でベリルがドラゴンマスクに変身し隠密裏に始末した。


またシャルマンには呪物こそ取り付けられてはいなかったが、ミズリーナの部下による催眠術でかなり操られていたことがわかり、術を解いた後にこれまでの経緯をガルファイアが説明した。

シャルマンはガルファイアの話を聞き、兄ともども自分がミズリーナの策略に乗せられていた事を知り、呆然となっていた。


なお街に配置されていた兵士であるが、これはドラゴンマスクが幻術の魔法により精巧に作り出した幻の兵士であり、本当の兵士にはデルスクローズとシャルマンの二人から各派閥に対し『王位継承に関する戦闘は中止となった』と通達がまわり、当面の間、国王の命により各々の自宅で謹慎となっていた。



ミズリーナは王都内がそんな状態になっているとは全く気付きもせず、必死にブラドーグの下に向けて進んでいたのだった。

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