第47話 イグナートの計画〜②

「何者だ!」

大きな広間の様な部屋に入ったベリルは、奥にいた若い男に声を掛けられる。

その声は人間のものとは思えないような地の底から響くような声であった。

男は茶色の長髪に口髭をはやし、立派な鎧兜に身を包み、手には名剣かどうかは別として、見るからに高価な黄金の装飾を施した剣が握られている。

身なりからこの人物がデルスクローズだと判断された。


「私の名はドラゴンマスク。」

ベリルが名乗るとデルスクローズの左眉がピクリと動く。


「ふん、なるほど、最近噂になっている奴か…俺に何の用だ?」 

デルスクローズもドラゴンマスクの事を知っているようだったが、呪物の影響なのか特に驚く様子も見られない。


「この王都の混乱を止めに来た。」

ベリルがデルスクローズの質問に答えたが、デルスクローズは隷属の呪物の影響なのか目が真っ赤に充血し体も小刻みに震えている。


『仕方がないのう。』

イグナートの声がするや否や、ドラゴンマスクはそれまで開いていたデルスクローズとの距離を瞬時に詰め、鎧越しにデルスクローズの心臓の辺りに掌を当て、呪文を唱える。

トップアスリートでも反応速度は0.1秒程度と言われるが、ドラゴンマスクがデルスクローズに近接したその時間わずか0.005秒。

普通の人間ではまず反応は出来ない。

当然、デルスクローズも全く反応出来なかった。


本来、デルスクローズに使われている呪物は心臓に巻き付くように取り付けられているため物理的な外し方をすれば心臓を傷付けて命を失うことにも繋がりかねない。

かといって魔法により解呪しようとしても呪物に直接刻みつけられた呪文が、唱えれられた効力を発することなくかき消してしまう恐れもあって、もし仮に解呪が成功しても先程の下の階で解呪した貴族のように、最悪、解呪の反動で意識を失うどころか呪物の場所が場所だけにショック死する可能性もあった。

だが、ドラゴンマスクの掌から発せられた魔法は先程の破壊魔法ではなかった。


心霊手術サイキックサージャリー!』

ドラゴンマスクが高速呪文を唱えるとデルスクローズは麻酔にかけられたように動きが止まり、体がベッドに寝かされたような状態で空中に浮かぶと、今度はデルスクローズの体を覆っていた鎧が体から全て外れ、全裸となる。


その後、デルスクローズの体を眩しい光が包み込み、ドラゴンマスクの右手がデルスクローズの体内に直接入っていくが全く出血する様子がない。

そして次の瞬間、ドラゴンマスクの右手がデルスクローズの体から抜かれる時、その手にはあの呪物が握られていた。


そして、呪物がデルスクローズの体外から取り出されると体の周りの光も徐々に消え去り、宙に浮いた体は静かに床へ降下していった。

デルスクローズは静かに寝息を立てている。


「大丈夫でしょうか?」

ベリルが心配そうにイグナートに尋ねる。


『大丈夫じゃ。魔法は成功じゃ。』

ドゴオォォーーー!!!


イグナートのドヤる声が部屋に響くと同時に、部屋の出入口扉が破壊され、破片が大きな音を立てて部屋の中に飛び散り、ホコリが舞い散る。


その扉の破片の中からフェナンシェがヨロヨロと立ち上がる。

「イグナート様…すみません。もう限界です」

フェナンシェはそう言うと再びその場に倒れ込んだ。

フェナンシェに息はある様子だがミズリーナに力負けして、部屋への侵入を許してしまったという状態とみられ、廊下の方からは、ミズリーナがゆっくりと部屋の中に入ってくる。

先程の魚の姿ではなく、人間の女性の姿になっていた。

そしてデルスクローズの様子にチラリと目をやると、物凄い形相となり、地の底から響いてくるような声でドラゴンマスクに怒鳴りつけた。


「うぉのぉるぇぇぇーー!!!よくも呪物を取り除きやがったなぁーー!!!!!」

ミズリーナの口からはドス黒い煙のような息が吐き出される。

そして次の瞬間、ミズリーナの体はドラゴンマスクの目の前に瞬間移動の如く、移動していた。

そしてドラゴンマスクを殴りつけようと右手の拳を出した。

ゴオォォォーーー!!!

風切り音が聞こえるほどの高速の拳であったが、元々高速移動が得意なドラゴンマスクには全く効かない攻撃であった。


「なっ?!何だ」

気付くとミズリーナの拳はドラゴンマスクの一本の指で止まっていた。

さらにはドラゴンマスクがその指を少し前に出しただけでミズリーナの体が恐ろしい勢いで真後ろに吹き飛ぶ。


ドゴォォォーーーーーン

ミズリーナは部屋の壁に叩きつけられ、さらに壁を破壊して隣の部屋にまで吹き飛ぶ。


「ゲフォ…」

ミズリーナは仰向けに転がされた状態となり、衝撃で破壊された内臓から出た血を口から吐き出す。

いくら魔物だから強いとはいえ、超物理的な攻撃には流石に耐えられない。


「はぁはぁ、な、何だこの化物は?!」

最初、フェナンシェを圧倒したミズリーナは、デルスクローズの部屋に入っていった侵入者に対してフェナンシェと同レベル、もしくはそれより少し強い程度と想定していた。

さらには部屋に入った時、ドラゴンマスクがデルスクローズの心臓に貼り付けていた呪物を取り除くのを確認したことで、ドラゴンマスクが戦闘を得意とした者ではなく、呪術師か神官などの非戦闘員だろうと確信していた。

だが、その予想は完全に裏目に出た。

ドラゴンの仮面を付けた不審者を一撃で葬り去ろうとして突き出した拳は完全に砕かれ、更に壁に叩きつけられた時に体中の骨に亀裂が入り、しばらくは立ち上がられないほどの衝撃を受ける。

それも指先一本でだ。


最近、デルスクローズの部下から、サイズ王国の北西にあるフリークス領内に、頭部に龍の兜を付けた『ドラゴンマスク』なる者が現れたという報告を耳にした。

なんでも、王都から逃走した盗賊団の一味を一瞬で制圧したとか、街の郊外に現れた魔物の大群を追いやったとか…

大半の者たちは、フリークス家の者達が、王都が王位継承争いで混乱しているため、牽制のつもりで流したヨタ話であろうとの見方にミズリーナも納得していた。


人間なら盗賊団は何とか出来たとしても、大量の魔物を一人でどうにか出来る人間は存在しない。

まして魔物が同族の魔物を攻撃するはずもなく、そんな存在がいるとすれば伝説にしか出てこない天界の神か神獣クラスしか思い当たらない。

強いて言うならば敵対するヴァルキリス軍の四天王クラスか自分達が仕えている魔王ブラドーグレベルであればこれくらいの芸当はできるのではないかとは思うが、そのような者がこの世界に数多くいるとは思えないし、そもそもヴァルキリスの配下の幹部の者が人間の味方をしてまで魔物を討伐することはないであろうと考えていた。


またフリークス領内に一人だけ怪物のような力を持つ貴族の息子がいるとは聞いたことはあるが、恐らくそこまでの力は無いだろう。

脆弱な人間に比べ、自分達魔族の身体は相当に頑強だが、それさえも一瞬で打ち砕く程の恐るべき力を持つ存在ならば人間にしてみれば勇者か英雄と言ったところだろうが…今のところそんな存在は見たことも聞いたこともない。


つまり、フリークス領内に

『そんな奴はいない』

それがミズリーナの到達した結論であった。


ミズリーナは決して弱くはない。

ブラドーグの配下として、他の者達との壮絶な競争により、幹部の地位を授かり、現在に至っている。

森に住む魔物ならば1000体以上を相手にし、全て皆殺しにしてもまだ余裕がある程の実力を持っており、実際、天界の蜘蛛神アラクネの元配下の兵士フェナンシェを圧倒している。


だが今、そのドラゴンの仮面を着けた謎の不審者からの反撃を受け、瀕死の状態となっている自分がいた。


『こいつが噂のドラゴンマスクか…こいつは危険だ。』

とミズリーナはハッキリとドラゴンマスクを敵として認識すると同時に、

『早くこの場を離れ、ブラドーグ様にこの存在がいることを伝えなければ!』

と頭の中に警鐘が鳴り響いていた。

思念波を使って直ぐにブラドーグへ連絡をしようとしたが何故か思念波は使えなかった。


『どれ、しばらく眠っていてもらおうか。』

ドラゴンマスクはそういうと昏睡魔法をミズリーナにかける。

ドラゴンマスクの攻撃で弱っているミズリーナにはこの魔法に抵抗する力は残っておらず、一瞬で意識を失った。








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