第46話 イグナートの計画〜①

情報屋のフェナンシェはイグナートに隠し事はないかと問い詰められ、渋々、モゴモゴと喋り始めた。

「あ…あの、あなたの先程の姿って、今巷で噂になっている『ドラゴンマスク』ですよね?」

「えっ?!」

フェナンシェの突然の言葉にベリルの体がピクリと動く。

ベリルの表情に動揺の色が見える。

フェナンシェの前で変身はしたが、決してドラゴンマスクの正体をバラした訳では無い。

それなのにその正体がフェナンシェにバレていたので驚いたのだ。


「そんなに驚かなくてもいいですよ。私は情報屋です。様々な情報を取り扱っているんですから町中で今、何が話題になっているかぐらいはすぐにわかりますし、断片的な情報でも繋ぎ合わせれば一つのしっかりとした情報にもなります。ですから今回、私の目の前にいるあなたの正体がわかったのです。」

「理由を聞いても?」

ベリルがフェナンシェに質問した。


「理由ですか?えーっと、では順に説明しますと、まず1つ目が、貴方の姿ですがドラゴンの様な兜を付けていて、さらにはアラクネ様の眷属である私の力をも抑えつける力を持った強者であるということ、そして2つ目が現在、王都でも噂になっているフリークス領内に現れた盗賊や魔物を一瞬で倒す英雄は、ドラゴンの様な兜を被った異形の者で、通称『ドラゴンマスク』といわれている…となれば…という話です。」

「はぁ…なるほど、流石です。」

ベリルとミロはそろって大きなため息を吐いた。


まさかそんなに簡単にドラゴンマスクの正体がバレるとは思っていなかっただけに、あっさりと正体を見抜かれ、正直かなり驚いたのだが、さらに次の瞬間、もっと驚く事になった。

フェナンシェが二人の前に両手、両膝をついたのだ。


「その力!どうか!どうか私に貸して頂けませんでしょうか!?」

フェナンシェは土下座しながらそう言うとさらに頭を下げ床に額を付けた。


「まさかドラゴンマスクの正体がイグナート様の力を分け与えられた人間であったとは思いもしませんでしたが、どうかその力を使ってブラドーグへの復讐を助太刀しては頂けないでしょうか?!」

フェナンシェは、ベリルではなくベリルが首に掛けているネックレスに懇願していた。


イグナートの精神体がその宝石、緑柱石ベリルの珠の中に入っていることに気付いているのであろう。

ベリルはフェナンシェがまだ隠し事をしていると思っていたことが実は、自分達の命を狙った存在に復讐の手伝いをしてもらうという無茶なお願いをしようと考えていたため口ごもっていたのだと初めて気付いた。

だが、その気持ちになるのもわからなくもなかった。


「うーん。復讐を手伝うも何も、私達は内乱を阻止するためにこの街にきたので、この混乱を引き起こした張本人が、そのブラドーグ配下の者となれば、対峙する相手はあなたと同じですよね?」

ベリルはフェナンシェにそう答える。

「で、では、助太刀をして頂けると?」

フェナンシェがベリルの言葉に目を輝かせるが、復讐の手伝いをするという言葉について、ベリルは少し戸惑う。

フェナンシェは当然ながら自分達を罠にはめたブラドーグ達のことを殺しにいくであろうが、ベリルは人であろうが魔物であろうが、殺生に力を貸すということにやはり抵抗があった。


「あの…絶対に相手を殺すんですよね?」

ベリルは出来ればゼクア達へお願いしたフレイルシュタイザー王国の武力の無効化のようなことが出来れば良いと考えていたのだが、フェナンシェの復讐の意思が硬いので返答に困っていた。

そんな気持ちを察してか、イグナートがベリルに声をかける。

『ベリルや、魔物と言えど無益な殺生をするのはワシも好かん。出来るならばそのミズリーナとやらを殺さずに捕獲するというのはどうかな?』

「捕獲…ですか?」

『そうじゃ、今までの話の流れからブラドーグはこの王都内にはおるまい。ミズリーナを捕獲し、その後、上手く泳がせれば、必ず奴はブラドーグと接触するため動くはずじゃ。そうすれば自ずとブラドーグの所在が突き止められると思うのじゃが、どうかのう?』

「ブラドーグの所在…ですか?」

『うむ、ワシも今までミズリーナという名前は聞いたことがない。なので詳しくはわからん。ワシが祠にいる間に従えたのだとは思うが、恐らくミズリーナはブラドーグの配下の中でも幹部クラスであろう。なので下手な尋問や小細工は通じるとは思えん。で、ワシに少し考えがあるんじゃが…』

イグナートはそう言うと、ベリル、ミロ、フェナンシェにある計画を伝えた。


「そ、そんな事…出来るのでしょうか?!」

ベリルがイグナートの計画に難色を示す。

「私もかなり難しいかと思うのですが…」

ミロも眉間にシワを寄せる。


『まあ、大丈夫じゃろ。』

二人の心配を他所にイグナートは、思念波でフェナンシェにも任務を与える。

『フェナンシェや、ブラドーグの仲間であるミズリーナを殺したいと思うのはわかるが、この計画はブラドーグの所在を明らかにするためなのだから、決して殺すではないぞ。』

この言葉にフェナンシェは意外にあっさりと受け入れた。

「わかりました。ミズリーナの正体について私も感じておりましたが、今までのブラドーグとのやり取りは思念波で行われていましたのでどこにいるのかまでは掴めえおりません。ですがこれまでの動きをみてもイグナート様の言われる様に幹部だと思いますので、泳がせば必ず直接連絡を取ろうとするはず。ミズリーナは恐らく私一人では決して適う相手ではないでしょう。ですから、このフェナンシェ、イグナート様の命ぜられるまま従わせて頂きます、そして必ずやこの作戦を成功に導きます。」

という具合にフェナンシェは自分の置かれた状況を冷静に分析しているようであった。


『では、それぞれ計画通りに行動を開始してくれ。』

イグナートの言葉に他の三人は軽く頭を下げ、建物から出ていった。


ーーー◇◇◇ーーー


「とりあえず作戦通り、私は御師様のところに行きます。」

ミロはベリルとフェナンシェにそう言うと静かに二人から離れていった。


「ではこちらも行きましょう。」

「わかりました。」

ミロと違い、ベリルは王都が初めてのためフェナンシェがベリルの道案内人としてベリルの前を歩いていく。


そして二人が向かった先は『ド直球』となる第一王子デルスクローズの屋敷であった。


実のところフェナンシェは自分が張り巡らせた『情報の糸』により行方不明と言われていたミズリーナの居場所を突き止めていた。

それは灯台下暗しともいえるデルスクローズの屋敷内であった。


「ここに例のミズリーナさんという方がいるんですか?」

「そうです。ただミズリーナの今いる場所はこの屋敷の地下にある隠し部屋です。」

「隠し部屋?」

ベリルはフェナンシェから耳慣れない言葉を聞き、変な顔をする。

今まで田舎の村の小さな家で普通の暮らしを送っていたベリルにとって秘密の部屋とか隠し部屋等と言われる部屋が存在すること自体理解不能であった。


「ええ、それまで、つまりミズリーナがこの屋敷に来るまでは無かった部屋です。ですが今から行くところは、イグナート様の計画通りミズリーナのところではなくデルスクローズのところです。」

「そうでしたね。ですけどこんなに堂々と屋敷までやって来てもいいんでしょうか?」

ベリルはデルスクローズの屋敷の正門前に立ちながら、隣にいるフェナンシェに質問した。


「確かにあなたがイグナート様から与えられた能力ならば誰にも気付かれること無くデルスクローズの前まで行くことが出来るのでしょうが…、これもイグナート様の指示ですから…」

フェナンシェは肩をすくめ呆れたような顔をしてベリルを見る。

「まあ、それはそうなんですけど、なんでこんな朝も早く、それも正門から堂々と入っていくなんて私も思っていませんでしたから…」

「ふっ、はっはっはっ確かに!あなたは本当に面白い人ですね。」

フェナンシェは、ベリルの真面目というか天然なところにツボる。

かつて地上最強とも言われた聖龍イグナート程の力を受け継ぐ者にしては余りにも欲がなく、また、イグナートが認めるほどの純粋な魂を持つ少年がこの世界の敵ともいえる魔王ブラドーグに立ち向かおうとしている。

そんな少年が余りにも自然体であることに違和感を感じつつ、また興味を惹かれていた。

イグナートもそんなところが気にいったのだろうとフェナンシェは感じていた。


堂々と正面からとはいうものの、二人は使ながらデルスクローズの屋敷の中に侵入していく。

まずは目の前にある正門であるが、デルスクローズの屋敷は屋敷とは言っているが、王のいる城には及ばないものの、ほぼ城に近い造りをしており、正門のある場所は『城壁』と言わんばかりの高さのある石積みの壁であり、門も太い木材を金属の枠で繋ぎ合わせた頑強かつ巨大な物であり、そこに平時より多いであろうと思われる兵士達が鎧を着込み、門の前に土嚢を積み上げ、その後ろに控えていた。

だがベリルは、そんな城壁をドラゴンマスクの身体能力により軽く飛び越える。

まあ、そもそも飛行するスキルを持っているのだから最初から全く問題はないのだが…


フェナンシェも体から発する細い糸を高い門柱の上部の枠部分に飛ばして付着させ、それを引き付ける勢いを利用して高く飛び上がり屋敷の敷地内に移動する。


次に屋敷の玄関口となるエントランスホールの大扉であるが、これも強く立派な造りをしていたのだが、正門とは違って兵士が直ぐに移動出来るよう全開状態でになっていたため、二人はそのまま屋敷内に入り込むことができた。


デルスクローズの屋敷は15階建ての建物で、途中、5階と10階の2箇所に広場のような庭が設けられているが、屋敷内は迷路のように入り組んだ造りとなっていて、慣れた者でないと中々上の階にまで辿り着くことは出来ないようになっていた。

だがフェナンシェが以前から張り巡らせていた『糸』により内部構造は把握されていたので特に迷うこともなく進んでいく。


『デルスクローズは最上階の自室にいます。』

気配を消しているとはいえ、流石に建物内では二人の周りに沢山の兵士がいたので、念のため声を聞かれないようにフェナンシェが思念波でベリルに話しかける。

フェナンシェも元は天界の住人であり、普通に思念波を使うことが出来る。


本来二人の能力なら外から飛び上がって上階に移動することも可能であったが、二人にはどうしても屋敷内を通らなければならない理由があった。

それはデルスクローズの配下の中でも上位にあたる貴族達のうち、屋敷内で待機している改革派と呼ばれる貴族がデルスクローズと同じく隷属の呪物を体に取り付けられていたからだった。

そもそも一階の大扉から入ることになった理由も、フェナンシェがそれをイグナートに伝えたところこれらの者についても解呪を行なおうということになったからであり、呪物を取り付けられた者達が控えている場所がこの屋敷の複数の部屋に分かれており、これらの屋敷内に入り込み解呪をするためには大扉から移動したほうが早かったからであった。


『改革派の貴族達に付けられている呪物はデルスクローズとは違い、体内ではなくアクセサリー様のものがほとんどで、無理矢理に外しても彼らの体に大きい影響は無いと思います。』

フェナンシェが移動しながらベリルに説明する。


『わかりました。では早速始めましょう。』

ベリルはフェナンシェの言葉に頷きながら最初の部屋に入る。

部屋の中には貴族と思われる綺麗な身なりの男数名が部屋の中央のソファにもたれかかる様にして座っていた。

朝が早いためか眠そうな目をパチパチとしながら開いたドアの方を見る。


「何だ?勝手にドアが開いたぞ。誰だ開けたのは?」

「誰もいないぞ?建付けが悪いのか、ここの屋敷は?」

「おい、誰か閉めろよ。」

「そう言うお前がやれよ。」

等と口々に横柄な言葉が飛び交うが誰もソファから立とうとしない。

貴族の中には階級制度がもたらす特権意識により彼らの性格を大きく捻じ曲げている場合が多々あった。


『やれやれ、こんな奴らに解呪が必要なのか?』

フェナンシェが呆れてその様子を見ていると、ドラゴンマスクの姿をしたベリルが気配隠蔽の術を解き、彼らの前に姿を現した。


いきなり目の前に現れたドラゴンマスクの姿を見た貴族達は腰を抜かさんばかりに驚き、ある者はソファから転げ落ち、またある者はその姿を見て恐怖のあまりその場で失禁した。


「な、な、な、何者か?!」

貴族の一人が何とか声を振り絞りドラゴンマスクに誰何する。


「私はドラゴンマスク。この混乱を止めに来た。」

そう言うとドラゴンマスクは片手を上げ掌を彼らの目の前に向けた。

すると彼らが身に付けているイヤリングや指輪、ネックレスなどの呪物が弾け飛んだ。


「うわぁ〜!!」

「ぎゃあぁぁ〜!!!」

室内に悲鳴が響き渡り、貴族達全員が気絶した。

これは呪物の隷属の力が彼らから消え去る時の影響で意識を失っていたのだった。


「さあ、次の部屋に行きましょう。」

こうしてベリルとフェナンシェはその後も次々と貴族が控える部屋に入り呪物を破壊していき、ついにデルスクローズがいる部屋の前に辿り着く。


「フェナンシェさん、ようやく、ここまでやって来ましたね。」

とベリルが言ったが、フェナンシェは少し不安そうな表情を浮かべると、ベリルの言葉には応えずイグナートの意識の方に問いかける。

フェナンシェがこのような態度をとるには理由があった。

「イグナート様、本当にデルスクローズの体内の呪物は何とかなるんでしょうか?」

フェナンシェはデルスクローズの命がどうなろうと大して何とも思ってはいなかったが、ベリル以上に呪物を取り除くにあたりこの作戦の困難さを知っていたからだった。

するとイグナートの思念波が二人の頭に流れて来た。

『大丈夫じゃ。安心せい。それよりもお前達、ちょっと周りに気を付けるんじゃぞ。』

イグナートからそう言われると二人はデルスクローズの部屋の前の廊下で身構える。

人ではない気配が周りから伝わってきた。


「5、いや6体ですか、デルスクローズの配下の者達ではなさそうですね。」

フェナンシェが余裕のある態度で周囲を見回す。

いつの間にか彼らの周りには魚の様な頭をした魔物が取り巻いていた。


「『蜘蛛の束縛スパイダーズボンテージ』!」

フェナンシェがそう言うや、彼女の体から無数の鋭利な糸の刃が飛び出し、彼等を取り巻いていた者達に襲い掛かる。


「グギャ!」

「グヘッ!」

「ギャァ!」

糸は魔物の身体に巻き付き、締め上げながらその体を切り裂いていく。


「ここに魔物がいるということは、ミズリーナという方はどうしても私達に邪魔をされたくないようですね。」

「気付かれてましたかね?」

「恐らく。というか既に彼女は部屋を出てこの部屋の近くまで来ていますね。」

「のようですね。」

気配感知の能力であろうか、ベリルとフェナンシェは、ミズリーナがデルスクローズの部屋の方に急速接近している気配を既に感じ取っている口ぶりである。


「お出ましですよ。」

二人がデルスクローズの部屋に入ろうとした直前、ゴゴゴゴゴーという音とともに壁や床が大きく揺れ、魚の頭を持つ魔物『ミズリーナ』が割れた建物の間から二人の目の前に姿を現した。

フェナンシェが目の前に現れた魔物の姿を見ながらベリルに説明する。

「ベリルさんあれの正体は恐らく太刀魚です。」

「太刀魚?」

「ええ、魚の魔物の中では中々気性の激しい強力な魔物と言われています。長くは持たないと思いますが、ここでミズリーナを食い止めますので、ベリルさんとイグナート様は早くデルスクローズの呪物の処理をお願いします。」

「わかりました。」

ベリルはフェナンシェがミズリーナの相手をしている隙にデルスクローズの部屋に入っていった。


 












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