第45話 フェナンシェ
情報屋フェナンシェは、ミロと共に情報を買いに来たベリルが首に掛けていたネックレスを奪おうとしたが、ドラゴンマスクに変身したベリル(意識はイグナート)に取り押さえられ、さらには自分の正体をイグナートに暴かれたため、フェナンシェは殺されるのを覚悟し、これまでのことを話し始めた。
「あの事件は全て奴らの陰謀であり、母は奴の策略に掛けられたのです。」
そう語りだしたフェナンシェの口からは衝撃の事実が含まれていた。
「私の母は、さっきイグナート様から言われた通りアナンシといって蜘蛛神アラクネ様の配下として仕えていました。元々、母はアラクネ様の子供を世話する乳母をしていましたが、成長に伴い教育係として務めており、アラクネ様の信頼も厚く、何の不安もなく過ごしていました…」
フェナンシェの話しによると、ある日、アナンシがアラクネの子供達と共に天界にあるアラクネの屋敷にいたところ、集団の賊がその屋敷に入り込み、アラクネの子供達に襲い掛かった。
アナンシは子供達を必死で守ろうとしたが、賊は子供達ををことごとく殺してしまった。
そして何故かアナンシ一人だけが大した怪我もなく生き残ったのだった。
その状況を不審に感じたアラクネは一人生き残ったアナンシを疑い、身柄を拘束して問い詰めると共に、さらにはアナンシの自宅を捜索し自宅内にあった手紙に今回の犯行を臭わせる内容が書かれていた。
だが、それは全くの嘘であり、何者かがアナンシを陥れるために書かれたものであった。
しかし、それはアラクネの怒りに火を付けるには十分な理由であり、アナンシは怒り狂うアラクネの怒りの矛先となってしまったのだった。
何故、アナンシが狙われたのかというと実はアナンシは雌個体ではあるが、アラクネの配下の中でも戦闘部隊を率いる第一戦闘部隊長を任されており、アラクネ軍の戦力の要であった。
そんなアナンシの部隊を弱体化するため、犯人達はアラクネの子供達を襲い、アナンシを一人を残して皆殺しにし、その罪をアナンシになすりつけるというものであり、それに加え、今回の犯行はその犯人グループがアナンシの名前を利用し、アナンシが自分の部隊を引き連れてクーデターを起こしたと装ったものであった。
当時、アナンシの部隊員でもあったフェナンシェも、子を殺され我を忘れたアラクネに追い込みをかけられたため、他の部隊員と共に散り散りに天界から逃げ出すこととなり、最終的に人間界を転々と移り住んで潜んでいたとのことだっだ。
この頃、イグナートはまだ肉体を持っていた時で、以前からアラクネと親交があったイグナートは、失意のアラクネからアナンシの部隊員の追跡を依頼されていたのだった。
「龍神様が肉体を持っていたということは、かなり昔の事ですよね?」
ベリルは既にドラゴンマスクから元の姿に戻り、ミロと一緒にフェナンシェの話を聞いていた。
「ええ、もうかれこれ2500年以上も前の話になります。イグナート様がアラクネ様の依頼を受けて我々を追い掛けているという噂は聞いていましたが、途中で魔王ヴァルキリスとの戦いで亡くなられたと聞き、『もう追跡はされない』と正直言うと一時は安堵していました。それでも追手はイグナート様だけでなく、その配下の者達や、アラクネ様が派遣した直属の部下の者達の目に入れば殺されるかもしれないとの思いから建物に気配隠蔽の魔法をかけ、さらには建物の周囲に私の『糸』を張り巡らし、些細な情報も見逃さないように、何かあれば直ぐに逃げ出せるようにと神経を尖らせて生活をしておりました。疑いが晴れない限り天界には戻れない状態には変わりはありませんので、結局のところ人間界に留まらなければならなかったのです。」
「なるほど…」
フェナンシェの方も普段、外に出かける時は人間の姿になっているそうで、今は人間の姿に変化し話をしていた。
ただ、認識が不明瞭な感覚を起こす魔法を使用しているため男なのか女なのかもわからない不思議な印象の人物で、服装も地味で直ぐに記憶から抜け出るような感じである。
「ところで何故、ここで情報屋を?」
ミロが尋ねる。
「元々、私が追手の情報を手に入れるためにしていた『糸』を張る行為は予想以上に多くの情報を私に伝達してくれました。追手の情報だけでなく人間の様々な情報を手に入れていた私は、それをこちらが安全と判断した特定の人間に売ってお金に変えることを思いつきました。特に今いる王都は情報が多く集まる場所なので移り住んだ先としては最高の場所と言えるでしょう。そして、そんな事をする理由の一つとして、私もこの人間界で生きるためには働いて食べていかねばならなかったということです。基本的には何でも食べられますが流石に人間を食べると噂が立ちますので、先ほど説明したように集まった情報を売った金で生計を立てていたのです。」
「人間を食べるって…?!」
ベリル達もフェナンシェが蜘蛛の眷属というだけあって肉食だとは思ってはいたが、流石に人間を食べるとか言われるとゾッしてしまう。
「えっ?あっ、誤解しないでください。人間を食べるよりも人間が食べる料理の方が何倍も美味しいので、ご心配なく。」
ベリル達の様子を見て、フェナンシェが慌ててフォローするがあまりフォローにはならなかった。
「あの、ちょっと聞きたいんですが、先程、私に襲い掛かる前に、『私もこの案件はちょっと関係がある』とか言っていましたけど…あれは一体どういう意味でしょうか?」
ベリルは話を変え、先程から少々引っかかっていたフェナンシェの言葉に対し質問した。
「あれは…」
フェナンシェがベリルの質問に顔を真っ赤にして怒りをあらわにする。
それはベリルに対しての怒りではなく『案件』に対するものであることは言うまでもなかったが、その怒り方が尋常ではなかった。
「実はミズリーナという者は魔王ブラドーグの配下の魔族であり、母を陥れた真犯人なのです!」
「ええ!!?魔王ブラドーグって!?」
フェナンシェの口からとんでもない事実が飛び出し、ベリルとミロは驚きでお互いの顔を見合わせる。
先程は単に昔の事と半ば聞き流していたところがあったが、その犯人がブラドーグであり、さらにはミズリーナと関係があると聞き全身に緊張が走る。
「先程も言いましたように、私は普段から情報を取るために町中に情報伝達ができる『糸』を張っています。当然ながら王城や王子の住む屋敷の中にも自分の糸を張り巡らせていて、偶然でしたが第一王子のデルスクローズの配下となったミズリーナがデルスクローズの体内に呪物を埋め込み、王子を意のままに操っている事を知りました。そして、そのミズリーナがある者に定期的に連絡を取り指示を受けていることを知りました。その結果、ミズリーナはブラドーグの部下であると判明し、ミズリーナは、この国の実権をデルスクローズに取らせたあとは彼を操り、自分達の思うがままの国をこの地に作らせ、この国を手始めに世界中を自分達の支配下に置こうと考えていたのです。」
「魔王ブラドーグって…現世魔王ってことだよね?それに世界の支配って…」
ベリルとミロは再びお互いの顔を見合わせる。
現世魔王を探す旅をしていたが、まさかこんなところで魔王の配下の情報を得るとは思いもしなかった。
「ただ、人間世界の支配というだけならば地上世界に降りてきたヴァルキリス軍のこともありますし、ブラドーグ達らが地上で何をしようと気にも留めなかったし、大したことは無かったのですが、ミズリーナがブラドーグに連絡をとっていた時、初めて彼らがアラクネ様の子供達を皆殺しにして、母を陥れたことがわかったのです。」
フェナンシェはブラドーグが自分の母親を陥れた犯人だということを知り、そこで復讐を誓ったと語った。
「でも、それなら御師様に何故情報を与えたの?」
ミロもフェナンシェに質問した。
フェナンシェが個人的にブラドーグへの復讐を考えているのであれば、ガルファイアに情報を与えることは復讐の邪魔にもなりかねない。
ガルファイアにあえて情報を与える必要はないのに何故フェナンシェがガルファイアに王子の情報を与えたのかという疑問が残っていたのだ。
「ああ、あの男もどこからか現世魔王の誕生の情報を得ていたようで、現世魔王や今回の継承権争いに関する情報を探しに街に現れたので、私が声をかけました。彼にはミズリーナの正体は伏せつつ、王子の体に呪物が埋め込まれている事や、それを軍師ミズリーナがつけたのではないかというやや曖昧な情報を与えたのです。現在の私の力ではブラドーグに復讐をするにはまだまだ力が足りず、すぐに表舞台に出ることは出来ません。なので、ある程度、ブラドーグやその配下の者達の動きを遅くしたり、その動きを更に明確に感知するには人間の力を借りることも必要だと考えていました。なので彼も名の売れた魔導士だと言っていましたので、そうすることによって少しはミズリーナを牽制してくれるだろうと考えました。そうなれば、奴らの目的の一つである内乱は起きにくくなるし、私が動きやすくなってミズリーナがブラドーグの居場所を洩らす可能性があるのではと期待していたのです。」
「何故内乱を起きにくくしようと?やはり今のあなたでは復讐が難しいからですか?」
「それもありますが、内乱が起これば料理屋も料理どころではなくなるでしょ?それじゃあ王都の美味しいご飯が食べられなくなるかもしれないじゃないですか!復讐も大事ですが、料理のほうがもっと大事です。復讐ではお腹は膨れませんからね!」
「はあ…」
どうも先程からの話でフェナンシェは人間の作る料理にハマっている様子である。
「な、なるほど…料理ですか…で、実際、内乱は今のところ膠着状態でお互いに動けない状態なんですよね?」
とミロが言おうとしたがフェナンシェがそれを言葉で遮る。
「いえ、内乱は本日中に起こるでしょう。」
「何ですって!?内乱が今日起こるって!」
ベリルが驚いて目を大きく開く。
「ええ、恐らくはミズリーナがデルスクローズを操り第二王子の軍に攻撃を仕掛けるのではないかと…」
「それはあなたの『糸』の情報ですか?」
「あ、はい。まあ、こうなってしまっては情報も無料で結構です。」
フェナンシェは自分の命がイグナートに握られているのを知りながらも、開き直っているのかどこか余裕がある。
『まだ他に隠していることはないのか?』
イグナートの思念波が緑の宝石から流れてくる。
「い、いえ、何も隠しておりません。」
『ふむ、ではワシのとっておきの自白魔法を掛けられても大丈夫ということじゃな?』
「えっ、あっ、……」
イグナートにそう言われるとフェナンシェは言葉に詰まる。
「まだ何か隠してるみたいですね。」
ミロもその様子を見てピンときたようだ。
「じ、実は…」
フェナンシェはモゴモゴと重い口を開いた。
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