第44話 情報の出処

時間は少し遡る。

サイズ王国の王都ザクソニアンに着いたベリル達だが、その日は夜中に王都へ着いたため、空室があるザクソニアンの宿屋を見つけ、そこに宿泊していた。

現在のザクソニアンの宿屋は王都の治安があまり良くないため観光客や旅人の出入りが減っていて、宿屋の利用客もそれに比例して少なくなっているので比較的簡単に見つけることができた。


そして宿泊している宿屋の食堂で遅い食事を取りながら食堂の給仕の女性に話を聞いていた。


「この間、エイドリアル様の家臣が乱心して門番の兵士を切り捨ててエイドリアル様と一緒に王都を出ていったそうですよ。」


といったように事実が歪曲されて王都民に流されている状況で、給仕の話によるとエイドリアルはその家臣に人質の様に拘束されて連れ去られたと聞かされていた。


「エイドリアル様の家臣ってヴェルトナ様のことですよね。なんかとんでもない話になっていますよね。」

ベリルは事実とは全く違っていたので呆れた様な表情をする。

「全くです。何とか王都のみんなに事実を伝えたいところですが、それはまだ先のこと。それよりも私達がしなければならないのはデルスクローズの体に取り付けられた呪物の解除と、デルスクローズの配下にいるミズリーナという者を排除することです。」

ミロもそう言って眉をへの字に曲げながら、夕食のサラダを口に放り込む。

「ミズリーナっていう人は一体どこにいるんですかね?まさかデルスクローズ殿下のすぐ近くにいるなんてことはないですよね。」

ベリルが率直に感じたことを口にする。

確かにデルスクローズの側近とはいえ、軍師がそんなに簡単に分かるようなところにはいないだろうし、簡単には所在は掴めないと感じているようだ。

「確かに。デルスクローズは自分の屋敷にいるようですがミズリーナの所在は依然としてわからないようです。御師様には先程私達が王都に入った事を伝えていますので、また後で連絡を取り何とかミズリーナの所在を突き止めようと思っています。」

「ガルファイア様は今どこに?」

「御師様は今、兄弟子のところに身を寄せています。明日の朝、国王に会うことになっているらしいのですが、その時に今までの経緯等を報告するそうです。」

「そうなんですね。」

「はい、なので今日一日色々なことがありましたし、ベリルさんも疲れているでしょうから今晩はゆっくり休みましょう。」

「そうですね、わかりました。」

二人は遅い食事を済ませると部屋に戻り床についた。

本当に疲れていたのかベリルは朝までぐっすりと眠り、夜中に目が覚めることはなかった。


そして次の朝、ちょうどガルファイアがミロの兄弟子ラーチケットと共にサイズ国王と謁見しているころ、ミロ達は簡単な朝食をとり、街へと繰り出していた。

ザクソニアンの街の中の様子であるが、まだ、朝も早いというのもあるが、デルスクローズとシャルマンの睨み合いが続いているため、争いに巻き込まれないようにという理由から外を歩く人も少なかった。


「ミロ様、今日はどこか行くアテでもあるんですか?」

ベリルは朝食のときに、朝早くから宿屋を出た理由をミロから聞かされていなかったのと、自分の目の前をスタスタと迷いなく歩くミロを見て、目的地があると瞬時に理解し、自然とその言葉を口にした。


「案内人というか、情報屋と言ったほうが良いでしょうか。御師様からの紹介で王都に着けば訪ねるようにと言われていましたので…」

「情報屋ですか…」

「ええ、御師様もこの人物から色々と情報を入手したようです。ミズリーナの件とか呪物のこととか…」

「…!」

ベリルは突然、不思議に思っていた話の核心部分になったので驚きに目を丸くする。


「それって…」

「はい。」

誰も入手出来なかったデルスクローズの配下の謎の軍師の事や誰にもわかるはずのない第一王子の体の中にある呪物の事、普通の情報屋では到底入手出来ないレベルであることは田舎育ちのベリルでもわかる。

その情報を入手し、ガルファイアに流した人物が存在し、今から会いに行くというのだから驚くなというのが無理であった。


「この者は恐らく人間ではありません。それに我々の味方でもありません。ですが情報に見合う報酬を渡せば余程のことがない限り情報を提供してくれるそうです。」

「人間じゃないって…一体なんなんですか?」

「それは私にも分かりません。」

ミロは真っ直ぐに前方を見ながら前に歩を進めている。

その顔はかなり緊張した表情であり、これから何か戦いを繰り広げるのではと思わせる様な雰囲気を漂わせていた。

なのでベリルもそれ以上の事は聞くことはなく、黙ってミロの後を付いて行っていたが、目的地は以外に近くにあった。

ベリルは、ミロがここに来るため事前にその近くに宿屋をとっていたのかとようやく気付く。


そこはスラム街と繁華街とのちょうど境界付近にあり、石造りのしっかりとした建物で、古くもなく新しくもなく大きな建物の影に隠れるようにひっそりと建っていて、目的地として来ない限り絶対に気付くことはない様な感覚を覚えさせ、敢えて言うなら建物自体に『気配隠蔽』のような魔法がかけられているのではないかとさえ思われた。


「こ、ここですか…?」

ベリルは何とも言えない感覚に戸惑いながらミロに尋ねるがミロはそれに答えず黙って建物の出入口の木製扉を開ける。

扉はきしる音もなく静かに開く。

建物の中はあまり広くなく、扉以外には小さな窓が1つあるくらいで、薄暗く陰気な雰囲気を醸し出していた。

だが室内はそのような様子の割には、床は埃っぽくなく、臭いも感じない。

棚や机等の調度品等がゴタゴタと置かれていないためか、人が住んでいる様な印象は受けない。

あるのは部屋の奥に取り付けられている横長のカウンターテーブルだけで、その上に呼び鈴が1つ置かれていた。


ミロは部屋の中を真っ直ぐに進むと、その呼び鈴を2回鳴らした。

しばらく待っていたが誰も部屋の奥から出てくる様子は見られない。


「朝が早いからですかね?」

ベリルがミロに尋ねるがミロはそれに答えない。


さらに時間が経過する。

多分1時間は経過しているだろう。

普通ならそれだけ待っても出てこなければ出直すか、建物を間違えたのかと思って場所を再確認するかもしれない。


だがミロはその場から全く動かない。

しびれを切らしたのはベリルだった。


「あの…もう帰りません?いないみたいですよ…また出直…」

途中まで話しかけたところでミロが手のひらでベリルの口を塞ぐ。


「静かに…」

ベリルは急に口を塞がれて目を白黒する。


「どなたかな?」

地の底から響いてくるような声がゆっくりと部屋の中に拡がる。

そしてその直後、艶のある黒いフードを頭からすっぽり包んだ者が二人の前に現れた。

それは部屋の奥から出てきたのではなく、まるで空中から突然現れたように見えた。


「うわっ!」

ベリルは思わず声を上げる。

部屋が暗いせいもあってその者の表情どころか顔すらハッキリとは見えない。

体格はさほど大きくはないようだが、フードで体全体を覆う様な感じでカウンターテーブルの奥に立っているその姿は男なのか女なのかもよく判別できない感じであり、そもそも、ベリル達の目の前にいるのだが建物と同様に認識がしにくいというか、存在感があまり感じられない。


「ミロと言います。師ガルファイアの紹介で来ました。」

ミロがフードの人物にそう言うとその者がミロに応える。

「ふっふっふっふっ。そうかお前さんはガルファイアの弟子か…そういえばこの前、ここに来てたな…」

「はい。」

声からでは全く男女の区別が出来ない。

「で、隣の小僧は?」

「私の旅の仲間です。」

「ふん。旅の仲間ねえ…で、私に何が聞きたいのかな?」

「デルスクローズの配下のミズリーナという女のいる場所を教えてもらいたい。」



ミロがそう言うとその者が口を開く。

「その情報の対価についてはかなりの値段がするが…お前達に払えるのか?」

「いくらですか?」

「まあ、白金貨5枚だな。」

「は、白金貨5枚?!そんな…」

ミロが値段を聞いて驚く。


金貨100枚で白金貨1枚、つまり金貨で500枚ということである。

日本円に換算すれば金貨1枚で約10万円位の価値があるので、5000万円はするということなので流石の魔華族でもかなりの大金である。


「どうした?お前の師匠はこの間、白金貨7枚で情報を買っていったぞ。

「高すぎるんじゃないんですか?」

情報屋が提示した金額にベリルが口を挟むと情報屋がその問いに答える。

「私の提供する情報は、銅貨1枚の簡単なものから、国を左右する様な情報まで様々だが、この場合、後者になる。その情報をどう扱うかは知らないが、国情を動かしている主要人物となれば、そのくらいは安いものだと思うがな…」


確かに国の王子が抱えている軍師となれば命を狙われる可能性は非常に高いであろうし、その所在を知り得たならば接触することは十分出来ることであり、暗殺などの強硬手段も取り得ることが出来るからだ。

また、そんな情報を流したとあれば、情報屋とて命の保証はない。

それほどの価値があるものだと言えよう。


「まあ、手持ちでそんな金額があるとは私も思ってはいないが、お金を用意する時間を与えてやっても…ん?お前…その首から掛けている物は何だ?」

情報屋がベリルの首に掛けられているネックレスに気付き尋ねる。


「これは…えっと…」

ベリルが、龍神のネックレスについてどう説明したものか考えていると情報屋がさらにベリルに食い付く。

「そうだな、お前のそのネックレスを渡せば、情報を提供してやってもいいぞ。」

「えっ?いや、これは…ちょっと。」

ベリルが断ろうとしたが、情報屋がネックレスの方に手腕を伸ばしてきた。

その腕は、魔法の様に何本も枝分かれし、後退あとずさりするベリルの首や手足を掴み、逃げられないようにロックする。


「うわぁ!」

「ベリルさん!貴様何をする!」

ミロが咄嗟に情報屋の腕を風魔法の刃で切断しようとしたが、刃は腕を切断するどころか、それを跳ね返し刃は粉々に砕け散った。


「な!?」

風魔法を跳ね返すと、腕は紫色の巨大な影の触手のようなものに変化するとミロにも襲い掛かってきた。

ミロの背筋に緊張が走る。

大魔導士ガルファイア・マーズの弟子としてかなりの修練や経験を積んだはずなのに、人間ではないだろうと師匠から聞かされてはいたものの単なる街の情報屋に自分の魔法が跳ね返されるとは思いもよらなかったからだ。


「ふっふっふっ、私をそこいらの情報屋と思ってもらっては困りますね。情報を取るには時々実力行使も必要な時がありましてね。まあ、ガルファイアは別としてお前達にはどうせ白金貨5枚など用意出来まい。それにこの案件は私もちょっと関係があるんでね。私が上手く使ってやるよ。このネックレスはその報酬として私が頂いておくよ。」

無茶苦茶な理論である。


そう言うと情報屋はベリルの首のネックレスを掴みちぎり取ろうとした。

しかし、その瞬間、ネックレスのトップの龍の頭の細工が咥えている緑の宝石が眩しい光を放つ。


「なっ?!何だ?この光は!?」

バチバチ!!

光が部屋中に拡がるとベリルの身体をロックしていた触手が弾き飛ばされる。


「うぎゃー!」

情報屋が叫び声を上げる。


「あっ!」

ミロがベリルの方を見た時に声を上げた。

ベリルがドラゴンマスクに変身していたのだ。


そして次の瞬間、ドラゴンマスクはカウンターテーブルの向こう側にいる情報屋の首辺りを片手で掴み部屋の壁に叩きつけるように押し付けた。


「ぐふぁ!あ、あぐあぁ…」

情報屋の素顔が薄暗い部屋の中にさらされる。

それは人間というよりは動物、いや蜘蛛の頭といった方がいいだろう。

そんな化物が壁に押し付けられていた。


「お、お前、一体何者だ…ハァハァ。」

情報屋はドラゴンマスクを睨みながら尋ねた。

とは言っても蜘蛛の頭部なので実際は睨んでいる様な感じがするといった方がいいだろう。


『ん?お前は…アラクネの眷属?』

イグナートがドラゴンマスクの目を通して情報屋の素顔を見て呟く。 


「!」

情報屋がその名前に反応し、ビクつく。

『なるほどのう…お前はあ奴から逃げ出した者の一人だな。』

「なっ?!何故その事を!?」

『やはりのう。あやつから逃げ出した者を見つければ始末してくれと頼まれてたんじゃがなぁ…』

「!!…」

イグナートの言葉を聞いた途端、情報屋の体から力が抜けていくのがわかった。


「くっ!殺すなら殺せ!」

情報屋がクッコロを口にするとは思わなかったが、イグナートが質問をしたためその言葉はスルーされた。

『確かお前はアナンシの娘じゃなかったかの?』

「!!!」

情報屋はイグナートの口から名前が出てくるたびに身体をビクつかせた。

『やはりの、アナンシはアラクネの配下じゃったからお前もあの事件に加わってたというところか…』


イグナートがそう言うと情報屋が声を荒げる。

「何も知らない奴が母を語るな!」

『ふむ。何か事情があるようだな。話すがよい。ワシはイグナートじゃ…』

「えっ!?」

情報屋はイグナートの名前を聞くと完全に戦意を喪失した。


実のところ情報屋がベリルに襲い掛かった瞬間にドラゴンマスクへ変身したのはイグナートの力であった。

いくらドラゴンマスクが無敵の存在であったとしても、生身の人間の状態で、ましてや相手の殺気や敵意に対し瞬時に反応が出来ないベリルにとって、今回のように急な襲撃に対応することは不可能と言っても良かった。

そのため、戦闘経験豊富なイグナートが変身のサポートをしたという訳だった。

イグナートが変身をサポートすると、ドラゴンマスクの姿の時のみベリルの肉体はイグナートが一時的に支配出来ることになり、ベリルの意識はそのままであるが、肉体操作は出来ず、イグナートの意識により操作されることになるのだ。


今回もそのような事でイグナートがベリルの肉体操作をしていたのだが、相手の敵意が無くなったと判断したのか、イグナートは肉体操作の力をベリルに戻した。

それに伴いドラゴンマスクの本体を操るイグナートの力が弱まり、逆にベリルの本体操作の力が強くなる。


「うわぁ!」

ベリルはイグナートの力が抜けるとともに、自身の視界も含め、ドラゴンマスクを操る体全体の力のコントロール権限も戻ってきたが、視界回復直後、急に目の前に現れたのが大きな蜘蛛の顔であったため、驚いて情報屋を押さえていた手を引っ込めたが、壁に押さえつけられていた情報屋はそこから床に崩れ落ちるように座り込む。


「私の名前はフェナンシェ。アナンシの三番目の娘だ。」

情報屋は覚悟を決めたのか自分の名前を正直に話した。

そしてこれまでの経緯を話し始めたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る