第43話 フリークス出兵

第三王子のエイドリアルがフリークス領内に入って2日が経過した。

フリークス領内の中心街であるフレックスにあるフリークス城内では慌ただしく人が動いていた。


「おい、早くしろ!出発まであまり時間の猶予はないぞ!」

兜以外の甲冑を身に付けた者たちが周囲を警戒するように二頭立て馬車の周囲に立ち、また装備を身に付けない者たちはその馬車の荷台に荷物を積み込んでいる。


現在のフリークス領内は第三王子の入領を契機に、目まぐるしい動きを見せていた。

ダイスから領内の男爵家や士族家に伝令が走るとともに、早急に部隊の編成が行われ、派遣部隊員となる者たちが続々とフリークス城に集結、それに伴い武器や装備品、食料などの準備も始まっていた。


「お父様、こちらにはヴェルトナお兄様達もおりますのでご心配なく。探索隊に指示した案件についてはまだ帰還までに日にちが掛かるようですがまだ備蓄に余裕がありますので…」

アンジェリーナが父のダイス・フリークスに声をかける。

「うむ、お前のことだ、その辺りには心配はいらんだろう。」

心配そうなアンジェリーナの表情を察してか、甲冑に身を包んだダイスが娘の方へ振り向きながら笑みを見せる。

道中、戦闘はなかったとしても部隊の移動にはそれ相応の資材や食料が必要となってくる。

従って、今回の様な急な出兵に対応するには本来相応の備蓄を最低限は用意しておく必要があるが、あまりダイスの表情に悲壮感は見られないのは、アンジェリーナの不思議な能力のことをわかっているからであろう。


「ご武運を…」

「こちらの心配はいらん。兄弟喧嘩を止めに行くだけだからな。」

国内の混乱を止めに行くだけとはいえ、双方とも武装し、ともすれば内乱に突入するような状態であると聞いている。

心配するなという方が無理であろう。


だがダイスの姿を見る限り、そんな国の状態とは違い、普段と変わらぬ表情を見せており、さすが国王の厚い信頼を受けているだけのことはあるといえよう。


ただ王都に着くまでにはいくつかの解決しなければならない問題があった。

まずはヴェルトナから報告のあった、王位継承権のあるサイズ王国第一王子デルスクローズの派閥と思われるウギーズ領内の通過である。

当然ながら彼らもエイドリアルがフリークス領内に入ったと知っていればダイス達の部隊の通過を見過ごす様なことはしないであろうし、ダイス伯爵の行動がウギーズ以外の他の領主達にも影響を与えることは言うまでもない。


そのような情勢であるため、ダイスは、精鋭の家来に、とあるメッセージを持たせ、隣接の領主達に向けて伝令を走らせていた。

内容はこうだった、

『我がフリークス家は、本日、只今からサイズ王国王都の混乱を収めるべく王都に向け領内を進軍する。よって我軍に危害を加えんとする者達が目の前に現れれば、王国領の者とて国敵として排除することもやむ無し。』


やや過激な内容ではあったが、この内容を伝達されたそれぞれ各所領の領主の胸の内は複雑であった。

それは、この伝達文の内容にはダイスがどちらの派閥に入ったという明言はなく、また、未だ内乱は発生していないものの、混乱している王都の状態を沈静化しようと進軍している者を制止しようとした場合、今も健在とされる国王の耳に入れば自分達が逆賊として追われる立場になることは明白であり、また、逆に言えばこのダイス軍に援軍として加わり、混乱の沈静に尽力すれば国の功労者として国王から認められ、今後何らかの優遇を受けるであろうことは十分に認められるからだ。


だが、このメッセージの問題はそれだけではなかった。

ダイスが真に国王の為、王国のために動いていれば問題はないのだが、もし現状でダイスがいずれかの派閥に傾いていた場合だ。

そんな事になれば、王都での内乱勃発は必至、その場合、ダイスが肩入れする派閥が勝利することは屈強なダイス軍の実力から見て確実であり、それぞれの派閥に属している領主ならそこへ援軍を送りたいところではあるが、それが自分達が入っている派閥とは逆であった場合、自分達の思惑と反対の結果となることは必至であり、そのため二の足を踏まざるをえない状態となっていたのだ。 


これはウギーズにしても同じであった。

特にウギーズ領主にしてみれば、自領内で領内を通過するダイス達に手を出したり足止め行為をすれば自分達にとってマイナス面はあれどプラスになることは何一つ無い。

また援軍を送るにしても、未だ帰らぬ魔導士トニーの報告を受けてからでないと第三王子一行を手に掛けた手前、不気味な動きを見せるダイスの本意を見抜けない限り、動けないのが正直なところであった。

だが…

「エイドリアルの領内通過の確認は出来ていないが、あの強力な爆発魔法を喰らえばいくら凄い魔法使いの結界があったとしても恐らく無事では済んではいまい。」

との考えからウギーズの領主はエイドリアルが既に領内で死亡していると判断していた。

そのため、ダイス軍に手は出さず、軍の通過を静観する方向となったのだ。

他の領主達もダイス軍に手を出した場合、自分達に国敵として認定されるのはまだしも、前述の通り彼等との戦闘により自分達の軍の被害が相当大きくなる事が目に見えているので、彼等もまた静観を決め込むことになっていた。


フリークス領内にて留守番となったアンジェリーナは、現在フリークス領内に残っているドラゴンマスク探索隊のメンバーであるジャミルとファイルを引き続き兄のヴェルトナのサポートに命じていた。

だが、実のところジャミルはダイスに付いて行きたいと願い出ていたもので、結果的にはダイスから『フリークスの守護神』としてフリークスに残るように言われ、渋々残ることになっていた。


ジャミルがダイスに付いていきたいと言った経緯については、元々エイドリアル襲撃事件が起こった時に現場に来ていたガルファイアが王都に向かったとの情報を聞き付けていたためで、襲撃の時に、ドラゴンマスクと行動を共にしていたガルファイアがドラゴンマスクに関して何かしらの情報を持っており、ダイスの王都出兵について行けばドラゴンマスクの発見確保の可能性が高くなるのではないかと判断したのだったが、そんなジャミルの目論見もダイスの一声で瞬時に立ち消えてしまったのだった。


「くそっ!ダイス様に付いていければドラゴンマスクを捕まえることが出来たかも知れないのに!」

ジャミルはアンジェリーナの執務室で歯ぎしりをして悔しがる。

「まあ、そんなに悔しがるな。ジャミルには別の任務を与えてやる。」

アンジェリーナはヤレヤレというような表情でジャミルにそう言うと、ジャミルには極秘任務という名目で隣国フレイルシュタイザー王国への潜入捜査を命じた。


これはベリル達やマリアンナが持ち帰ってきた情報を確認するためのものであり、表立っての確認ができないため身体能力の優れたジャミルに白羽の矢が立ったのだ。

流石に情報源を明かすわけにはいかなかったが、そこは上手く濁しながら

①『フレイルシュタイザー王国が蜂起している』

ということと、

②『『悪運のガレオ』と呼ばれる地下ギルドの男がフリークス領内に入り何やら探っていた』

という2点について捜査を指示した。

なおジャミルには『悪運のガレオ』の件についてはマリアンナが情報源であることを明かしたうえで、

「ジャミル、お前には私の父が使っている『アンコ』を付けてやる。」

「えっ!?アンコ?それって実在してたんですか?」

ジャミルが驚きで目を丸くする。


『アンコ』とは暗部組織『暗闇の虎くらやみのとら』のことで、通称『暗虎アンコ』と呼ばれ、フリークス家の直属の配下にあって基本的に工作員は国内外の水面下で幅広く情報収集や計略を中心とした活動を行っていて、場合によっては破壊活動や戦闘行動などもやっている組織のことである。

ただ、基本的には暗部であるため公な組織としては認知されていない。

そのため、あくまでもその存在自体は噂の域を出ていないので貴族のジャミルすらその存在は知らないのだ。

ただフリークス家の配下であるためアンジェリーナや他の家族の者たちはその存在を知っており、今回の様に家族であるアンジェリーナが組織の使用権限を行使することもあるのだ。


「ああ、ただジャミルがこれを機にアンコに入るんであればな。」

「あっ…そういうことか。」

ジャミルはアンジェリーナにそう言われて気付かされた。

そもそも存在自体が貴族すらも知らないという様な、そんな噂だけが先行する組織が実在するということを明かされること自体、異例であり、その組織の存在を明かされる時は、その者が組織を束ねる者から認められ組織に勧誘される時だけだからだ。


「もし、断れば?」

ジャミルが緊張した面持ちでアンジェリーナに尋ねる。

基本的に、アンコは公の組織ではないし、他国などの暗部では暗殺などの活動もしているときいている。

なのでその組織の存在を知った時、組織を守るため、その組織の工作員が組織を裏切って離れる時や、または勧誘を断った時は殺される時とジャミルは考えていた。

「まあ、秘密を守ってくれれば問題はない。」

「秘密を漏らせば?」

「うーん、殺されるんじゃないかな。」

「…」


アンジェリーナはジャミルの質問に淡々と答えたが、逆にあっさりとしすぎて、その言葉は現実味を帯びていた。


「わかりました。アンコに入らせてもらいます。」

「そうか、では後で父に報告しておく。よろしく頼むぞ。」

「了解しました。」

ジャミルはそう言うと一礼してアンジェリーナの部屋から出ていった。



「よぅーし、準備は整ったな。では出立!」

フリークス家の筆頭騎士の号令がかけられると、フリークス城の城門から続々と隊列を組んだ部隊員や資材を積んだ馬車等もそれに続いてぞろぞろと門をくぐって行く。


馬車と言っても基本、戦場馬車なので、相手からの攻撃に強いタイプのもので車輪や外装に金属を多用しており、乗っている兵士も鎧を着込んでいるため車重もあることから馬の数も四頭立てのものが多くなっていた。

また、食料なども重さを軽減するため飲料水以外は乾燥、半乾燥させた物を多く載せている。


こうして長い隊列は足場の良くない土道をゴトゴトと音を立てながら街の外へ消えていった。



アンジェリーナがその光景を見送りながら、もう一つの集団に目を移す。

集団といっても数名の者たちだが、ダイスの部隊の様に大っぴらに出ていくわけではなく、静かに、そして密やかにフレックスの街を離れていった。

その中にジャミルの姿があることは言うまでもなかった。












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