第40話 王都フレイルと魔王ヴァルキリス
「ゼクア様、これは一体?」
ベリルがゼクアに声をかける。
現在、ゼクアは人間、それも女性の姿をしているが、本当は智慧の龍と言われる伝説の龍である。
ベリル達は今、飛翔魔法で一気にノーフォレスト領内を抜け、フレイルシュタイザー王国の王都フレイルまでやって来ていた。
そして、彼らの目の前に現れた王都の光景を見てベリルがゼクアに尋ねたのだ。
それは、数百メートルも上空にいるベリル達の目にも明らかなほど、今にも戦争を始めるのではないかと思われるくらい緊張状態となった街であった。
街中では軍隊の兵士と思われる多くの者たちが完全武装で隊列を組んで歩き、一般人と思われる人間は誰一人として見当たらなかった。
また、王都の中心部分にそびえる王城も周囲を兵が固めかなり警戒されている状態であった。
どう見ても異様な光景としか言いようがない。
「街にはサイズ王国の商人や旅人も出入りしているはずなのに…そんな情報は無かった…」
ミロが地上から約300mほど離れた空中で浮かびながら呟く。
気配隠蔽の魔法が掛けられているため他人にはその姿が認知されないため、気兼ねなくゆっくりと王都の状態を確認できたが、どこもかしこも兵士や騎士で慌ただしくなっていた。
「サイズ王国のように内乱でも起ころうとしているのかな?」
とベリルが言うとゼクアが兵士達の動きや装備を見ながら分析する。
「いや、人の流れを見る限りでは、内乱というよりかは何か戦の準備中ととれるな。」
「よくわかりますね。」
「うむ、内乱ともなれば街中で争うことになるから必ず街の中に火の手が上がる。だが、今のところ火災らしきものは一つも見られない。それに軍の荷馬車と思われる物が何台も城の周辺に集められている。これらの状況から見て取れるのは『どこかに軍の部隊を派遣するため、もしくはこの地が戦場となることを想定しあらかじめ準備』をしているのではないかということだ。」
「なるほど、ということはフレイルシュタイザー王国はどこかに戦争を仕掛ける予定…って!?」
「もしかしてサイズ王国を…?」
ゼクアの推理でベリルとミロがその重大な事実に気付く。
フレイルシュタイザー王国の隣りにある国はサイズ王国一つしかない。
他に隣接しているのは海ばかりだ。
その他の国は別の大陸に存在するが、フレイルシュタイザー王国にわざわざ遠くの他国へ戦争を仕掛けるリスクは無い。
現実的に考えてサイズ王国であるのは火を見るよりも明らかだ。
「お前達からの話を聞く限りでは、恐らくサイズに潜入させた間者からサイズ王国の内情を報告させているのであろう。そして今まさに、内乱で混乱し、弱体化した後のサイズ王国に一気に攻め込み国を占領しようと考え、準備しているのかも知れんな。」
「そんな…」
ベリルとミロの表情が曇る。
「50点だな…」
不意に後ろから声がした。
ラーチケットが師匠のガルファイアから背後に立たれた時の様に、全く誰も気が付かなかった。
あの智慧の龍ゼクアも聖龍の力を受け継いでいるベリルでさえもだ。
恐ろしいのは、こちらが気配隠蔽魔法を使って完璧に気配を消していたのに、先に居場所を知られていたという事実だった。
殺気はないようだが背後から感じられる物凄い威圧にベリルとミロは体が動かせなくなっている。
だが、その威圧に全く影響を受けていないゼクアが後ろを振り向きながらその相手の姿を見る。
そしてその正体に気付いたのか声をあげる。
「お、お前、もしかしてザドラスか…?」
「おっ?何だ何だ?俺様のことを知っているのか?」
その声が聞こえた瞬間に威圧が解け、体が楽になる。
「プハァ!」
ベリルとミロが大きく息を吐き出す。
威圧のせいで呼吸もほとんどできない状態となっていたようだった。
ベリルがようやく背後の存在を確認するため後ろを向いたところ、そこには人間の男が空中に浮かんでいる状態であった。
年の頃は30代とも40代とも50代とも言える不思議な空気を纏っていた。
「お前、生きていたのか?」
ゼクアがザドラスと呼ぶ男にそう質問するとザドラスはいぶかしげにじーっとゼクアを見た。
「んー?もしかしてお前、ゼクアか?」
ザドラスがゼクアの頭から足の先までじっくりと観察しながら口を開く。
恐らく身体的な特徴というよりか身体に備わる魔力の波長を確認した様だった。
「もしかしなくてもゼクアだ!」
「おーおーお前も生きていたのだな。」
「当たり前だ!そう簡単に死ぬものか!少し氷の中で寝ていたがな。」
「氷?そうか、うわっはっはっはっ!どうせフロズンにでも凍らされたのだろう?」
ザドラスはまるで現場を見てきたように言うとゼクアが顔を真っ赤にして言い返す。
「くっー!それは言うな!そんな事よりお前はなぜ
「あーまあ、調べ物だな。」
ザドラスはゼクアの質問に飄々と答える。
「調べ物?一体何を?」
「始祖の魔王ヴァルキリスの復活の確認と配下の動向の把握だよ。」
「復活の確認と配下の動向把握?それがこのフレイルシュタイザーとどう関係あるんだ?」
「そんな事を言っているから50点なんだよ。」
見当違いの答えだと思ったゼクアが苛立ちながらさらに質問をしたが、ザドラスはそれを鼻で笑いながら話を続ける。
何か裏があると感じたゼクアが眉根にシワを作る。
「くー!!なんかくやしい!わかったよ!で、後の50点というのは一体何なんだ?」
「まあ、簡単に説明するとだな、フレイルシュタイザーの国王がヴァルキリスの配下だということだ!」
「ええーーー!!!???国王が
「ああ、そうだ。」
ザドラスが自信たっぷりに答える。
「あの…ゼクア様…この方は一体どなた様でしょうか?」
二人の間の話が一区切りしたくらいに、ミロがゼクアに恐る恐る質問する。
「あぁ?あー、コイツはイグナート様の配下の一人でイグナート軍の副官をしていた『魔龍王ザドラス』という者だ。結構有名だと思うんだが…」
「魔龍王ザドラス…?あまり聞いたことは無いのですが…」
ゼクアがミロに説明するが、ミロはザドラスという名前にピンときていない様子であったのでザドラスがさらに言葉を付け足す。
「うーん、そうだな、人族の間では『ググル』という名前の方が知られているかもな。」
「ググル?!もしかしてあの『竜神ググル』様なのですか?!」
ミロはザドラスが言った名前に驚く。
「あのとか言われてもよくわからんが…」
ザドラスが答えに詰まる。
「あのミロ様、竜神ググルってなんですか?」
ベリルがミロに尋ねる。
「竜神ググル様はその昔、あらゆる魔法を使えると言われる魔神と戦い、それに勝利し、この時にその魔神から古代魔法を含めた全ての魔法を習得したと言われる方で、『魔法の竜神様』とも言われていて、イグナート様の良き相談相手として伝えられているわ。」
ミロはベリルにググルことザドラスの伝説を語りながら、また自分達の目の前に伝説の龍の一柱が現れた興奮状態が続いていた。
流石にこの場でひれ伏すことはなかったが。
「ところでゼクア、この人間達は一体何なのだ?」
今度はザドラスがゼクアにベリル達のことを聞いてきた。
「この者たちは、現世魔王の所在を追っている。私はそれの手伝いをしているのだ。」
「は?お前が人間の手伝いだと?ハハハハ、頭がどうかしたのか?」
ザドラスは呆れた様子で笑いながらゼクアを見るが、次の瞬間、ザドラスの顔色が明らかに変わっていくのがわかった。
ゼクアが物凄い形相でザドラスを睨んでいたからだ。
「お、おい、ゼクア、一体どうしたんだ?」
ゼクアの態度に慌てるザドラス。
「この
「何!?」
ゼクアにそう言われたザドラスが今一度ベリル達を見る。
「女は、魔法使いか…魔力はやや高いが特に問題はないな。男は、ん?んんんんんーー?」
ザドラスがベリルの観察を始めたが、途中から目 が飛び出さんばかりに目を見開き始めた。
そしてベリルの首に掛けられたネックレスに目が止まった。
「こ、こ、こ、これは…この魔力は…」
「そうだよ、お前の理解者イグナート様だ。」
「……………!」
ザドラスの目から涙が溢れ出している。
「う、うううう……… イグナート様、生きておられたのか…!!」
『久しぶりだなザドラス。』
ネックレスから龍神イグナートの思念波が流れるとさらにザドラスの顔が歪む。
「完全に消滅されたのだとばかり思っておりました…よくぞ…よくぞ…」
『ところで…』
そんな再会の喜びもそこそこにイグナートがザドラスに声をかける。
『ここの国王がヴァルキリスの配下とは一体どういうことじゃ?』
「グスッ…グスッ…えっ?あ、はい、それはですね…」
ザドラスは興奮が収まらず涙と鼻水を流していたが、落ち着くとイグナートの質問に答え始めた。
それは、恐るべき内容であった。
始祖の魔王ことヴァルキリスは肉体こそ復活はしていなかったが、その精神体はイグナートと同様に既に復活しフレイルシュタイザー王国の国王サウザンド・フィッシュ・フレイルシュタイザーが身に付けている指輪のルビーに移しているのではないかということであった。
そして、今はサウザンドを操り、人間世界を支配するべく準備をしているとのことであった。
そして手始めに隣国のサイズ王国に侵攻をする事になったのだが、ここで彼らにも頭の痛い誤算が出来た。
というのも彼等が侵攻しようとしたサイズ王国側に現世魔王の一人『黒犬のブラドーグ』が関与していることが判明、その配下がサイズ王国内を掻き回しているため現在はそれを静観している状態で、サイズ王国内で内乱が発生すれば、国内の混乱に乗じてサイズ王国に攻め入るため準備をしているとの事であった。
「あ、あのフレイルシュタイザー王国に始祖の魔王、それにサイズ王国に現世魔王?えっと、ど、どういう事?」
あまりにも大きな情報の流入にミロが混乱している。
『ヴァルキリスはとうとう人間世界の支配を始め出したんじゃな?』
「はい、その模様で…」
イグナートの言葉にザドラスが頷き、ゼクアは厳しい表情で沈黙していた。
「えっと、どういう事でしょう?」
ベリルも話の内容に付いて行けていない様子でイグナートに質問したが、それについてはゼクアが応えた。
「ヴァルキリスは元々『聖蛇ヴァルキリス』と呼ばれた天界の者であった。」
「『聖蛇ヴァルキリス』?」
「うむ、奴はその昔、天界の支配を企み、武力により天界を侵攻しようとした。だがそれを天帝の命を受けたイグナート様がこれを防ぎ、ヴァルキリスの軍を圧倒的な力で殲滅したのだ。しかし、ヴァルキリスは配下の者を連れて地上世界に逃げ、自らを『魔王』と名乗り、今度は地上の支配を始めた。そのため戦いはこの地上に移りイグナート様とヴァルキリスとの壮絶な戦いが繰り広げられる事になっていった…」
ゼクアの話が途切れるとザドラスが話を繋ぐ。
「最終的にヴァルキリスは自分の命と引き換えにイグナート様に冥界へ道連れにしようとした。その結果、ヴァルキリスは冥界に送られたが、イグナート様の方も肉体は消滅し、精神体の気配も地上から消えたため、我々はイグナート様も地上から消滅してしまったと思っていた。」
ザドラスはそう言いながらベリルが首から下げているネックレスをしみじみと見る。
「だが、それで戦いが終わった訳ではなく、ヴァルキリスが冥界に送られた後も、残された我々は地上に残っているヴァルキリスの配下達と戦い続けなければならなかった…」
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