第41話 現世魔王の正体

ゼクアとザドラスの話は続いた。


イグナートに代わりザドラスが戦いの指揮を取ったが、ヴァルキリス軍はヴァルキリス消滅後は姿をくらまし、地下に潜った。

ここでいう地下は地面の下というわけではない。

暴力と犯罪が横行するアンダーグラウンドのような世界に潜ったということだ。

というのも人間という存在が非常に有効であったというか都合が良かったからで、さすがのイグナート軍もヴァルキリス軍が地上界にいるからといっても、天界が厳格に管理下している地上界の人間に無差別攻撃をして被害を与える訳にもいかなず、人間を盾や隠れ蓑にしたヴァルキリスの配下達を事実上放任状態にしてしまった。 


だが、これがいけなかった。

本来であればイグナート軍もすぐに後を追っていれば良かったのだが、放任することによってヴァルキリス軍に体制を整える時間を与えてしまう格好になってしまったからだった。

彼らは、その間に隷属や魅惑の魔法を使って人間を利用し、自分達の支配下に置くと、自分達の下で働かせ、最終的な目標として魔王ヴァルキリス復活を目論見始めた。

人間を盾にした結果、イグナート軍が安易に攻撃をしてこなくなると、その間にヴァルキリスの精神体を地上世界に呼び戻す『召喚儀式』も行なうことが可能になったからだ。


現世魔王と始祖の魔王ヴァルキリスとの関係であるが、天界の言い伝えによると現世魔王というのは突然現れるものではなく、ヴァルキリスが地上の降り立つ前から地上世界に存在していたいくつもの魔物の種族が覇権をかけて戦いその勝者が族長となり、それら族長達それぞれがさらに死闘を繰り広げ、最後に生き残った者が現世魔王となっていると言われていた。

つまり、始祖の魔王と現世魔王とは全く別のところから生まれたものであると言われていたのだ。

元々、地上の魔物達も人間世界とは隔絶した世界を形成していたのだが、地上に降りてきたヴァルキリスやその部下達の影響を受け人間界を含めたこの地上世界の支配を目論む様になったらしい。

彼ら魔物達は、人間界にその姿を変えて溶け込み人間界の支配を目論んでいたのだが、そう簡単にはいかなかった。

その理由として、人間は種族の数が圧倒的に多く、また知恵が高く、戦略を用い、武器という道具を使い、また天界の者達と比べ威力や効果は低いものの魔法というものを得ていたことで魔物達が姿を変えていても、中には即座に彼らの正体を見破る者もいるなど、なかなか一筋縄でいかない状況であったことや、ヴァルキリスの部下達の派閥も人間に姿を変えて潜伏しており、彼等との裏での抗争も激化していたことも理由であった。

それはヴァルキリスの部下達も例外ではなく、相手が人間でなく魔物であれば、天界に気を使わずに手を出せるため、魔物の企みを潰すことが出来たからだった。


「あの、その始祖の魔王軍と現世魔王の軍はどちらが強いのでしょうか?」

ベリルが率直な質問をザドラスにした。

「ふん、そんなもの…元々ヴァルキリスは天界の聖獣、その配下の実力もそれに準じる、ひ弱な地上の魔物達やその王など全く相手にならん…、と言いたいところだが、中々そうもいっておられんことが判明した。」

「というと?」

「ブラドーグが魔界の存在だと判明したのだ。」

「魔界?」

「ああ、その昔、天界と袂を分かち、地上世界からさらに深く地下に潜り『魔界』という世界に逃げ込んだ一族がいた。」

「そ、それは、一体…」

「奴の正体は、『闇堕ちのフェルザ』と言われ、実のところ聖狼フェンリルの息子フェルザ…」

「フェルザ…?」

「ああ、奴はヴァルキリスとは違い、その素行から、早くから天界から地上に追放された。そして、その力の全てを奪われる前に『魔界』と呼ばれる大地の奥深くにある世界に逃げ込み、地上に住む生き物を自分の配下にして地下組織を巨大化させていったのだ。」

ザドラスの話を聞いていたゼクアが口を挟む。

「ちょっと待て!ブラドーグがフェンリル様の息子だと?!」

「そうだ、お前が氷漬けになっている間に俺が調べ判明したのだ。」

「なんてことだ…ということは地上の魔物は魔界に住むフェルザに力を与えられた者たちということなのか?」

「そういうことだ。今の現世魔王は、これまでの様な魔物達の争いの頂点に立った者ではなく、元々天界の住人であった魔界の王フェルザであり、地上の魔物は全て奴の配下となっているのだ。」

ザドラスとゼクアとの話の内容がよくわからなかいミロが尋ねる。

「あの、力を与えられたというのはどういうことでしょうか?」

「うむ、フェルザには敵に回すと少々厄介な特技というか能力があってな。」

「能力?」

「ああ、奴には自分の配下になる者に対し『特別な力レアスキル』を与える事が出来るのだ。」

「特別な力を与える?」

「ああ、与えられる力は一つだけだが、その力は与えられる者に一番適した能力が付与されると言われているのだ。」

ザドラスの話に付け加えるようにゼクアが説明を続ける。

「奴はその厄介な能力で天界を引っ掻き回したことが原因で天界を追放となったのだ。」

「………」


『そんな奴だからこそ現世魔王とまで呼ばれる存在となったのであろう』

「龍神様…」

『フェルザが生きておったのか…』

「イグナート様、フェルザのことを何かご存知で?」

ゼクアがイグナートの声に反応する

『………いや、今はもう昔の事、その時がくれば話してやろう。』

その声は何か遠くを見つめ過去を懐かしむ様な感覚を周りの者に感じさせていた。


『で、ベリルや、この事態をどう受け止め、どう処理する?』

「えっ?どう受け止めるとは?」

イグナートの声が頭に響く。

『言葉通りじゃ、隣の国が、お前たちの国に攻め込む準備を始めている。特に一番最初に攻め込まれるのがお前達の村や町があるフリークス領であることは間違いない。その様な事態を目の当たりにしてお前はどういう行動を取るのかと聞いておるのじゃ。』

龍神イグナートの声は静かであるが、強く相手に決断を迫る力があった。

だがベリルはその声に萎縮することなく、一度深く息を吐き、しばらく考えた後、イグナートに答える。

「どうすると言われましても…私は騎士様でも兵士でもありません。つまり元々私は一介の村人で人と戦う仕事はしておりません。たとえ龍神様の力が使えたとしても、こちらの国の人達に恨みも何もないのに殺したり傷つけたりすることにはとても抵抗があります。正直な気持ちとして、この国の人達と争うことなく仲良くしていきたいと思っております。」


『………ふ、ふ、ふあっ、ファッハッハッハッハッ!なるほどのう、それでこそベリルじゃ!今の言葉を聞いたかザドラス!ゼクア!』

「はっ、確かに!」

「はっ、しかと!」

二人の龍神はイグナートの声に即座に反応する。


『ではどうする?』

イグナートがさらに二人に問いかける。

「無血による戦力の無効化をしてはいかがでしょう?」

『まあ、そうじゃの。』

ザドラスの言葉にイグナートが応える。


「それと相手の目的を消滅させる、つまりサイズ王国で起こっている継承権を巡る争いを無くしてしまえばフレイルシュタイザー王国がサイズ王国に攻め込む理由が無くなり、戦争は避けられるかと?」

『うむ、ではお前達に二人にはこちらの対応をしてもらおうかの、どうもこちらには少なからずヴァルキリスの配下共の気配がしておるしのう。ザドラス一人ではちと困難だろうて。』

それを聞きザドラスが反応する。

「はっ!さすがイグナート様。いつもながらの見事な慧眼でございます。私が手をこまねいていましたのもそれが理由でございます。ここにはゼクアを氷結させた氷王フロズンとその配下のキューブが潜んでおります。フレイルシュタイザー王の正体は恐らく、そのフロズンであろうと判断されます。今回のサイズ王国侵攻にはフレイ山脈の氷壁を解除して一気に攻め込むつもりではないかと…」

『ということは、南部にも?』

「はい、軍の配備は南部の地域にも敷かれ始めております。」

『ううむ、これは、早く手を打たんとならんのう。』

「お任せください。私の魔法にゼクアの魔法が加われば何とかなります。それに私の配下のウィーク、それにリアスと小梅もおりますので…」

「何!リアスと小梅だと!?奴らは、二人は生きているのか!?」

ゼクアが驚きで目を見開きザドラスを見る。

「ああ、死にかけていたのを俺が拾った。今は俺の下で働いてもらっている。」

「ああ、そうだったのか……良かった、すまなかったザドラス。恩に着る。」

ゼクアがザドラスに頭を下げる。


「あの…その方達は一体?」

ミロが二人の会話に出てきた者達の事を尋ねる。

『彼等はザドラスとゼクアの配下の者達だ。』

イグナートの声がミロの頭に響く。


『三太夫はどうした?』

「アイツは別の任務を任せております。」

『とりあえず生きておるんじゃな。』

「はい、実はガルガンディスとレジタブールも生きております。」

『何と!そうか、そうか!奴らも生きておったか。』

イグナートがザドラスの言葉に喜びの声を上げる。

ゼクアはその言葉にも驚きの目を向ける。

「あいつらは今どこに?」

「南の大陸にいる。ブラドーグの動きを探るためだ。俺はお前が死んだと思っていたが、恐らくフロズンはお前を氷漬けにはしたが生きていることに気付いていたのだろう。だからこそあの氷壁を溶かさずに残していたのだろうと思う。」

「何故?今回の事であの氷壁は溶かすのであろう?」

「恐らくは時間が欲しかったんであろう。『智慧の龍神』と呼ばれるお前の頭脳を奴らは恐れ、我らよりも先にお前を氷結させ、その動きを止めた。それにより奴らは何らかの計画を進めることが出来たのだろう。そして今回、その準備が整った、もしくは氷壁を溶かしてでも急がねばならない事態が発生したと捉えていいだろう。」

「そ、そ、そうか、そうだったのか!はははは。確かにそう言われればそうだな。」

ゼクアはライバルとも言うべきザドラスから発せられた言葉にまんざらでもないというような表情を浮かべた。


「でだ、ゼクア、お前のその頭脳を使ってこの王国の武力を無効化することは可能なのか?」


ザドラスが真剣な眼差しでゼクアを見た。

確かに人間だけの国であればそれも簡単であろうが、魔王の直近の配下である氷王フロズンの息がかかっている者達である。そう簡単にはいかないであろうことはベリルにでも分かる。


「任しておけ!」

そういうとゼクアはベリルとミロを見て言葉を発する。

「お前達はイグナート様のお力を借りて、サイズに向え。ここは私達が何とかしよう。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

ベリル達はその場をゼクア達に任せ、一路、サイズ王国の王都ザクソニアンに向け出発するのだった。























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