第39話 大魔導士の弟子

ガルファイア・マーズはミロ・アランダの師匠であるが、もう一人彼には弟子がいる。

ミロの兄弟子で、現在サイズ王国の宮廷魔導士、ラーチケット・ビナドウである。

彼は現在、サイズ王国国王アルフガイル・フォン・サイズの側近となる護衛魔導士としてこの情勢不安定なサイズ王国の王城にいた。


『このままではデルスクローズの蜂起は止められず仲間同士の流血も防ぐことは出来ぬか…』


第三王子エイドリアルがフリークス領内に入ろうとしている頃、ラーチケットは夜間の王城警戒で城内の見回りをしていた。

少し前ならば静かな城内であったが、国内が緊迫した現在は、夜間も城の兵士が慌ただしく移動していた。

確かに内乱がいつ起こるかも知れないといわれる状況で惰眠を貪る奴もいないであろう。


「ここは騒がしいな…」

不意にラーチケットの背後で男の声がした。

騒がしいとはいえ、ラーチケットがいる場所は国王の寝所前あたりである。

緊急の要件がない場合のほか、自分以外の兵士や騎士でさえ、就寝時間帯のその場所への接近は禁じられている。

つまり、部外者がここまで到達しているという事実がそこにはあった。


「何者!?」

ラーチケットが後ろを振り返りながらまずは防御魔法を展開し、不意の攻撃を防ぐ。


城内とはいえ通路は僅かな灯りが灯されているだけでかなり薄暗い状態であり、また声を掛けてきたその不審者も近くにはいるのは間違い無いのであろうが、巧みに気配を殺しているのか、今一つその正確な場所が掴めない状態であった。

ただ今の時点で彼に解ることはこの不審者が相当の強者であるということだけだった。


『くっ、俺としたことがここまで侵入者を許してしまうとは…』

ラーチケットは宮廷魔導士として国王陛下護衛の任務を受けている。

夜間の国王の寝所周辺には結界を張り、また自分自身の周辺にも感知魔法を張り巡らせていた。

だが、その不審者はそれらを掻い潜り、自分の直近にまで近付いてきていた。

そして自分の背後で大胆にも声を掛けてきたのだ。

実力を認められ宮廷魔導士となったラーチケットの高度な感知魔法を擦り抜けるというその腕前は、かなりの手練れ、いや、もしかしなくても彼よりも数段上の魔法の使い手であることは間違いなかった。

ラーチケットにはガルファイアの一番弟子として、そしてサイズ王国の筆頭宮廷魔導士として自信とプライドがあった。


しかし、そんな気持ちも一瞬で吹き飛ぶ。


ラーチケットの心臓が早鐘の様にドクドクと波打ち冷や汗がこめかみに流れ落ちる。


「まだまだだな。ラー。」

気の抜けた声とともに声の主が暗がりの中から次第に姿を現す。

それはラーチケットの師匠、ガルファイア・マーズだった。


「お、御師様?!」

ラーチケットがふいに目の前に現れた師匠の姿に目を白黒させている。

「クックックッ、何をそんな素っ頓狂な顔をしている?」

ガルファイアはラーチケットの顔を見ながら苦笑する。

「あっ、いえ、その…って、御師様!一体どうされたのですか、こんなところまで来られて?」

ラーチケットは突然のガルファイアの来訪に驚きながらも、その師匠の出現を問いかけた。


「いや何、お前の仕事振りを確認しにきただけだ。」

その言葉でラーチケットが現状を直ぐに理解する。

「まさか?!ふー、勘弁してくださいよ御師様。私、これでも感知には結構自信あったんですから…」

ラーチケットが大きく息を吐きながらやれやれというような表情で首を横に振る。

「ハッハッハッ、まあ、そんなに凹むな、凹むな。ま、まだ俺の方が腕が上ということだ。」

そう言いながらガルファイアがラーチケットの肩を手のひらでバシバシと叩く。

ラーチケットも師匠には敵わない様子であったが不意に真面目な表情に変わる。


「で、本当のところはどうなんです?」

ラーチケットもガルファイアがそんな単純な理由で厳重な警備を掻い潜ってやって来たとは思わない。

ガルファイアもその辺りはわかっているのか、すぐに本題に入る。


「うむ、今の王都の様子を教えてくれ。」

顔は笑いながらもガルファイアの目の奥が笑っていないことに気付いたラーチケットが言葉を返す。

「何がありました?」

「エイドリアルがフリークスに入った。途中、ウギーズ領内で兵士や魔導士の襲撃を受けていた。恐らくデルスクローズの息が掛かった者達だと思われる。」

「何と?!で、エイドリアル殿下は?」

「無事だ。とりあえず俺はエイドリアルがフリークス領内に入るのを見届けてここにやって来た。」

「そうですか…良かった。」

ラーチケットがエイドリアルの無事を聞きホッとした表情となる。


「見たところまだ、内乱は起こっていないみたいだな?」

「ええ、流石にデルスクローズ殿下の配下の騎士とシャルマン殿下の派閥との睨み合いが続いていて…それでも、一触即発の状態です。」

「のようだな…それぞれの屋敷を拠点として戦闘準備を整えているといったところか…」

「見てこられたので?」

「ああ、ここに来るまでに飛翔魔法で上空から確認させてもらったが、二人共、この城にはちょっかいを掛けないのだな?」

「ええ、下手に手を出せば民衆の目もありますし、それをすれば即位どころの話ではなくなります。国王に対する反逆ですから…」

「そうだな。だが、国王アルフガイルは奴等に何も言わないのか?元気だと聞いているぞ?」

ガルファイアがミロから仕入れた情報の真偽をラーチケットにあてる。


「よくご存知で…」

ラーチケットがニヤリとする。

その顔を見たガルファイアが笑みを返す。

「裏がありそうだな。聞かせてもらおうか。」

「ええ、出来る範囲でなら…」


ラーチケットはそう答えると、国王の寝所に普段は使わない二重結界を施し、ガルファイアとともにその場を離れ、近くにある警戒要員の控室に移動した。



「デルスクローズ殿下は恐らく何者かに操られています。」

控室に入るなりラーチケットはそうガルファイアに言った。

「確証はあるのか?」

「いえ、それはまだ…」

「誰かにそそのかされたとか?」

「いえ、あれは恐らく…呪術とか魔法による洗脳の類ではないかと…」 

「それならば、お前が解呪の魔法を施してやればいいのではないのか?」

「ええ、それはそうなんですが…」

「何だ?歯切れが悪いな?」

「解呪出来ないのです。私の腕が未熟なのかそれともまた別の条件が必要なのか…魔法だとは思うのですが…」

「ということはお前よりも魔法の腕が上の奴か、若しくは解呪だけではない別の条件も必要ということか…」

「ええ恐らく…」

ラーチケットは顔を下に向けて悔しそうな顔をする。

宮廷魔導士として国を、王族を守ることが出来ないという意味では、この事実はかなり屈辱的なことであろう。


「御師様、デルスクローズ殿下はその呪術の影響からか、激しかった気性が今度はさらに醜悪な気性へと変化し、その力を使って兵士を操り指揮しています。私一人の力では到底解決することはできません。御師様!どうかそのお力をお貸し願えませんか?」

ラーチケットがガルファイアに頭を下げると、ガルファイアは少し何かを模索するように応える。


「あぁ、それは構わんが…」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「うーん、それは良しとして、一体何者がデルスクローズの背後で彼を操っているのか…お前にはわかるか? 」

「いえ、それは何とも…」

「そうか…その辺りを押さえなければ今回の事態は回収出来んかもしれんな…わかった、俺の方でその辺りは調べておく。アルフガイルに会っていこうと思っていたが後にしよう。お前は引き続き国王陛下を守るが良い。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」


ガルファイアは気配を殺して飛翔魔法で城を後にした。


ーーー◇◇◇ーーー


変わってこちらは、フリークス領内。

襲撃事件があってから数日後、その日の夜半遅くにエイドリアル一行がアンジェことアンジェリーナの自宅屋敷に到着した。

その日はヴェルトナの頼みでそこにエイドリアル達を泊めることになり、翌日にダイス・フリークス伯爵に会うことになった。 


そして、その翌日。

ダイスはエイドリアルをフリークス城の会見の間という所に通した。

ここは国の要人等が来た時等に接待をするための部屋となっていて、部屋の真ん中には大きなローテーブルが置かれ、ゆったりとしたソファがその周りに配置されている。

ダイスはそのソファにエイドリアルを座らせた。

エイドリアルの側近であるヴェルトナやアンジェ達もその近くに立って警戒配置する。


「エイドリアル殿下、よくぞご無事で。」

エイドリアルに頭を下げたのはダイス・フリークス伯爵だ。

娘のアンジェからエイドリアル第三王子入領の報を受けすぐに受け入れ体制を用意した。

どの王子の派閥にも属さないとはいえ、さすがに王族の者を門前払いする訳にはいかない。

だが、フリークス家にとって火種となる王子を屋敷に招き入れる事は、今後起こりうるトラブルが避けられない厄介な事であることは間違いなかった。


「すまない。ダイス伯爵」

エイドリアルの方もその事を理解しているための謝罪だった。


「ヴェルトナを通じてガルファイア殿の話を聞かせてもらいました。デルスクローズ殿下の息が掛かった者達が貴方様の一行を強襲したとか?」

「ええ、確かにとは言えませんが恐らく…、現状あんなことをする者は兄デルスクローズ以外にはいないでしょうから。」

エイドリアルが苦笑いを見せるがその表情には余裕は見られない。

「なるほど、では、今頃既に王都では内乱は始まっていると?」

「いえ、私が王都を出る時はまだ、兄達の兵がお互いに睨み合った状態でした。ですが、今はどうなっているか…それを止める者は今の王都には誰もいません。」

うつむいたエイドリアルの顔面は苦悩の表情に変わる。

その表情を見たダイスがしばらく沈黙した後、何かを決意した様子で言葉を発した。

「なるほど…、わかりました。私も王都の様子は気になっておりましたが、流石にこれ以上無視することは出来ません。」

「では!王都に?」

ダイスの言葉を聞いたエイドリアルが顔を上げて目を輝かせる。

「ええ、この老骨がどれほど役に立つかはわかりませんが、国を守る者として責任を果たしましょう。」

「ダイス伯爵…ありがとう。」

エイドリアルの目に涙が溜まる。


「そうと決まればすぐにでも準備を始めなければならんな。おい!誰か!」

ダイスが慌ただしく側近の者を呼び付け、王都への出立に向け準備に取り掛かり始めた。

エイドリアル達も部屋から退出する。


「アンジェ!」

ダイスが部屋から出ようとした時、部屋に残っていたアンジェリーナを呼んだ。

「何でしょう?お父様。」

「あー何だ、例のドラゴンマスクとやらの捜索はどうなっておる?」

突然の質問にアンジェがドキリとする。

ベリルとの約束でダイスにはまだその正体は明かしていない。

「え、ええ、まだ捜索途中でして…」

「そうか…彼の者が我々の味方になってくれればなあ…」

アンジェの答えにダイスが残念そうに呟く。

確かにこの現状でドラゴンマスク程の力を持つ者が自分達の力となればこれ程頼りになるものはない。

だが、色々な事情が絡み合っている今は、まだそれは明かすことが出来ない。


「お任せください、お父様!必ずやドラゴンマスクを見つけてみせましょう!」

アンジェがわざとらしくダイスに見得を切る。

それはアンジェのダイスに対するせめてもの心配こころくばりだった。



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