第38話 新たな仲間

ベリル達はフレイ山脈に空けられた空洞内から出ると、山脈を下り、フレイルシュタイザー王国の王都へ向けて歩を進めていた。


ゼクアがベリルとミロの仲間となり、氷の壁を壊す必要も無くなった訳なのだが、ベリル達はイグナートやゼクア達聖龍と呼ばれる存在の実際の姿をよく知らなかった。

そのため、ゼクアは自分達のことを色々とベリル達に話して聞かせていた。


「すると、ゼクア様は今まで2000年近くも旧魔王軍と戦い続けていたんですね。」

「そうだ、だがお前達の住む世界とは違う次元での戦いだから、お前達がその戦いに気付くことはない。」

「そうなんですか?」


ベリルが不思議そうに尋ねるとゼクアは鼻をフンと鳴らしながら話を続けた。

「我らの戦いは、お前達が俗に言う『天変地異』や『災害』『厄災』『疫病』とかがそれに当たる。なので人間には普通、それが戦いだとは気が付かない。」

「我々の目に見えない戦いですか…」

「そうだ、本来はあの氷漬けの姿でさえ普通の人間には見えない。だが、イグナート様の力に触れた者だけにそれは見えるようになる。」



ベリルとミロは人間の姿に変化した智慧の龍ゼクアから、約2000年前、最上位聖龍であるイグナートが魔王を倒した後、魔王の領地に残された残党達との戦いの経過について聞かされたのだが、それはどうも人間には不可視というよりは認識不可の戦いのようであった。


そんな話が一区切りしたときベリルがゼクアに尋ねた。

「あの、ゼクア様…」

「ん?何だ?」

「先程、イグナート様に『憑依』したとかしなかったとか言われていましたけど?」

「ああ、あれか…あれは自分の精神体を人間に乗り移らせる魔法の事を言ってな、その人間の人格を奪う魔法だ。」

「はぁ…」

ベリルがゼクアの回答の意味がよくわからない様子であったので、ゼクアが噛み砕いて話を続ける。


「人間と違い、龍はその肉体が死ぬと精神体が意識を維持したまま分離し、しばらくはこの世を彷徨う。そして、次第に自分の死を自覚しながら消滅していくのが普通なのだが、これには例外がある。それは『憑依』と言って自分の精神体の近くに精神が弱った人間がいた場合、その人間に取り憑いて、その者に成り代わり再びこの世で生存することをいう。つまり『憑依』とは乗り移った人間の人格を奪うことにより、その人間の人生を自分の物にするという外法げほうなのだよ。」

「あっ!」

ようやくベリルにもその意味が分かったようであった。

「つまり、イグナート様はベリルの事が気にいった、だからベリルの人生を奪わなかったということだ。」

「そうなんですね。」

人格を奪われた人間の精神はその時点で消滅してしまい、二度と再生は出来ない。

イグナートはそれをしなかった。

つまり、イグナートはベリルの人格を尊重し、あえて奪わなかったのだ。

ベリルはイグナートの気持ちがわかって幸せな気持ちになる。


「でも、『憑依』は人間だけに限られるのですか?例えば魔物とか、人間以外の生き物に憑依することもあるんでしょうか?」

「まあ、知的な生き物ならば或いはそれは可能かも知れないが、自我を持たない生物には基本的に弾かれてしまうことが多いな。」

「それは、条件とかがあるということでしょうか?」

「まあそうだな、条件という意味では『知的生命体限定』が挙げられるかな。ま、それだけでなく『憑依』には色々と制約もあって、まずは『適正』と言って、その対象に憑依したくても各人に備わっている魂の関係で上手く適合出来ない場合もあるし、一度憑依すれば、二度と他の人間へ憑依することは出来ないという制約もある。人間の身体を手に入れる訳だから肉体の衰えと病気や怪我、そして寿命による死も覚悟しなければならないから、簡単に使える魔法ではないのだよ。」

「そ、そうだったんですか…それで…」

「うむ、まあ、お前が首から下げているその『魔石』が手に入ったのはまさに奇跡というほかないからな。」

「奇跡…ですか?」

「そうだ、魔石に精神体を移すことは簡単だし、憑依と違い、魔石間ではその気になれば『魔石渡り』というもので何度でも移動が可能だ。だが、それは上質の魔石に出会えるかどうかというのとはまた別の問題で、本来、精神体を魔石に移動させることにはリスクがあって、普通の質の悪い魔石で『魔石渡り』をしてしまえば、数回の精神体移動を行った場合、途中で砕けてしまうことがある。そして、その際に精神体自体に大きな損傷を負うこともあり、場合によっては精神体が崩壊する恐れもあるので、我々でも魔石間の移動には抵抗というか慎重に行わなければならない部分があるのだ。だが、ベリルが身に着けているような上質の魔石ならば、寿命や病気を気にせず半永久的に魔石の中へ精神体を安定させる事が出来、自分の力を十全に発揮することも可能となり、また、お前のように装身具として魔石を身に付けた者に精神を奪わず力のみを分け与えることも可能となる。」

「そうなんですね。スゴイです。魔石にそんな秘密があったなんて…つまり、一人で移動出来ないことを除けば、魔石の方が断然使い勝手が良いということですね。」

ベリルがふぅっと息を吐く。


「そうだな、ま、その移動についても今回のように誰かに運んでもらえれば問題はなくなるしな。」

「なるほど、そう言われればそうですね。」

ベリルはゼクアに笑顔を見せると、ゼクアもニッコリとした表情となる。


そんな感じで山道を歩いていたベリルだったが、先程からそんな二人の様子を見ていたミロの様子がおかしいことに気付く。


「ミロ様、どうかされましたか?」

ベリルがミロに尋ねると、ミロは眉をひそめ、半ば呆れたような口調で答えた。

「あのですね、ベリルさん、ゼクア様といえば聖龍王イグナート様の側近であり、そもそも私達のような魔法使いレベルが気軽に会話出来るような存在ではないのです。それなのにあなたはゼクア様を近所の人かなにかのように…」

そう言うとミロは、はぁーっと大きく息を吐いたが、それを聞いたゼクアが大きな声で笑う。


「うわっはっはっはっ!ミロとやら、そんなに気を遣わなくてもいいぞ!我も氷漬けで100年が経過した今のご時世がどんなに変わっているかお前達から色々と聞きたいので、逆にかしこまられて喋ってもらえないとなるとちと困るんだよ。それに、この姿で移動している間はヴァルキリス…いや始祖の魔王だけでなく現世魔王の方にも正体がバレてもいかんのでな。普通に喋ってもらう方が助かるんだがな。」

「そうでしたか。わかりました。では、なるべく失礼の無いように話をさせて頂きます。」

「うむ、頼むぞ。」

ミロがゼクアに頭を下げるとゼクアもニンマリとして頷く。


「で、これから何処へ行くつもりだ?」

ゼクアがミロに確認をするとミロは、

「フレイルシュタイザー王国の王都、フレイルに向かいます。」

「うむ、分かった。では、ミロは我に掴まれ。ベリルは一人でも大丈夫だな。」

「えっ?ゼクア様…一体何を?」

ミロは最初、ゼクアが何をしようとしているのかわからなかったが、次の瞬間、全てを理解した。

ゼクアはミロに身体を掴まらせた直後、気配を消すと飛翔魔法でミロ共々その場から空高く飛び上がったのだ。

「キャーー!」

ミロの叫び声がフレイ山脈に響き渡る。

ベリルもそれを見てすぐにゼクアの意図を理解し、気配隠蔽や不可視のスキルを発動して空中に飛び上がった。


「うわっはっはっ!チマチマと地上を歩くより空を移動したほうが早いだろう!」 

ゼクアが笑いながら物凄い速度で空中を移動する。

流石、聖龍といったところだが、ベリルもそれに負けず劣らずの速度で付いて行く。


『ミロ様とああやって移動すれば早かったかなと思ったけど…やっぱりあれは無理だな…』

ベリルは盗賊達に襲われたときにミロを抱えて飛び上がった事を思い出して、一時、自分もミロを抱えて空を移動したほうが早かったのではなかったのかと思ったが、ゼクアがミロを抱えて移動する様子を見て、年頃の女性を抱きかかえながら移動する事を想像し、かなりの抵抗を覚えるのだった。


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