第37話 智慧の龍ゼクア

「何者だ…我の封印を解いた者は…」

再びゼクアが声をかける。

ゼクアの周りの水蒸気が段々と消えてゆき、その全体像が浮かび上がる。

大きさは大体、全長30mくらいだろうか。

ドラゴンとしてはあまり大きくはないようだったが秘めている力はその辺の魔物とは比べ物にはならないくらい強いとすぐに感じとれた。


「あ、あの私はベリルと言います。」

ベリルがドラゴンマスクの姿で答える。


「ベリル…」

ゼクアは聖龍の言うとおり、封印が解かれた直後のためなのか動きが鈍いようであり、視線も空を睨むような感じで目もあまり見えていない様子だった。


たが、次第にその目に生気が戻ってくると、いきなりゼクアはベリルに向けて口から炎を吐き出した。


「うわあ!」

ベリルは突然のブレスに驚きはしたものの余裕でその炎を躱す。


「ちょこざいな奴め!どうせヴァルキリスの手下であろう!大人しく灰になれ!」

ゼクアはそう言うとさらに炎の威力を上げてベリルを攻撃する。


「ちょ、ちょっと待って!待って下さい!」

ベリルは炎を避けながらゼクアに声をかけるが吐き出される炎の轟音で声が掻き消される。


「くっ!こうなったら…」

それまで逃げる一方であったベリルは、今度は物凄い速度で炎の隙間を抜け、ゼクアの近くに接近し、攻撃に転じた。

ゼクアもそれに気付いたのか、ベリルの接近を阻止するため直ぐに前足で払う。


「遅い!」

ベリルはそう言うと、ゼクアの腹部に強烈なパンチをお見舞いした。


「グボアァ!!」

ゼクアの目が飛び出そうになるくらいに見開かれ、口からの炎の噴出が止まる。

そして、さらにベリルは、立ち上がっていたゼクアの後ろ足を回し蹴りの要領で蹴りつける。


ベキッ!

「グギャー!」

鈍い音がすると、ゼクアはそのあまりの痛さに叫び声を上げてその場に倒れ、地面を転げ回る。


「ウギャー!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!」


ひとしきり転げ回ったゼクアは足を押さえながらベリルの方を見た。

自分よりも遥かに小さな者が、恐ろしい程の力を持っている事を一瞬で思い知らされた様子であった。

ゼクアは乱れた呼吸を止めることなく喘ぎながら恐る恐る口を開く。


「ハァハァハァ、お、お前は一体…?」

そう言ったゼクアの目には恐怖が溢れていて、それ以上抵抗する気力はない様子であった。


『ゼクアよ…』

ようやく聖龍がゼクアに声を掛けた。

すると、ゼクアの目が大きく開かれていく。


「こ、この声は…!」

『ゼクアよ、ようやくおさまったか…』

ゼクアはその思念波がベリルのほうから発せられている事に気付くと、その場にひれ伏した。


「い、イグナート様!!生きておられたのですか!?」

ゼクアが聖龍の名前を口にした。


『久しぶりじゃのお、ゼクアよ…』

「ははあーー!イグナート様もご健勝で何よりでございます。」

地面にこすりつけるほど頭を下げているゼクアを見ると先程とは打って変わってかなりの下僕感がある。


『ところでゼクア、お前の先程の氷漬けの姿は一体どういうことじゃ?お前ほどの力があればこのような氷壁に閉じ込められる事も無いじゃろうに…』

そう言って聖龍はゼクアの氷漬けの理由を尋ねた。

「そ、それは…この山に住むフロズンの仕業でございます。」

『フロズン…?それは一体何者じゃ?』

「あのヴァルキリスの配下であります。」

ゼクアがそう答えると聖龍が何かを思い出すようにして間を開ける。


『おお、なるほどな、そう言われれば奴の下にそういう名前の奴がいたかのお…確かもう一つの名が『氷王フロズン』とか言うておったか…』

「そ、其奴でございます。不覚にも奴の魔法を喰らってしまいこのような醜態を晒す羽目になってしまいました!」

『まさか『智慧のゼクア』と呼ばれたお前がのう…クックックッ』

聖龍が残念そうに笑う。

「大変申し訳ございません。戦闘は苦手とはいえ、このゼクア!イグナート様の部下として、その名を汚す失態を犯してしまいました!」

ゼクアが地面に頭を打ち付けて謝る。


『ゼクアよ、もうよい!おもてを上げよ。』

「ははあ!」

ゼクアが、ゆっくりと頭を上に上げる。

ドラゴンの姿ではあるが先程の怒り狂ったような表情は見えず、どちらかといえば久しぶりに主人に会えた子犬の様にキラキラとした目をしている。

『ところでゼクア…先程、お前が口にしたヴァルキリスのことじゃが…奴は再びこの世に蘇っておったぞ。』

「な、なんですと!あ奴はイグナート様が倒されたのではなかったのですか?!」

『いかにも…じゃが奴は生き返っておった。いや、ワシと同じ精神体であったのかも知れんがな…』

「えっ?精神体…ですか?」

『そうじゃが、何か問題でもあるのか?』

「えっ?あっ、いや…」

ゼクアは自分が置かれている状況が全くわかっていない様子であった。

『ワシは2000年前、奴との死闘の末、奴を黄泉の国へ叩き込んでやった…じゃが、その代償にワシの肉体の大半も奴に持っていかれてしまい、この地上で姿をとどめておく事が困難となってしもうた。で、肉体を捨て、天の神にお願いして精神体を残して結界に封印をしてもらったのじゃ。』

「そ、そんな…何故ですか?転生の秘術を使えば良かったのでは?」

『うむ、その手もあるんじゃが、それでは間に合わないと思ったんでな…』

その言葉を聞いたゼクアがあることに気付く。


「あっ!現世魔王の誕生のことですね…確かに、転生は5000年を過ぎなければ発動しないですから…例えヴァルキリスを倒しても…」

『うむ、まあ、お前の想像通りじゃ。全く間に合わん。』

「そういう事でしたか…それで…」

『うむ、結界魔法で精神体を維持すれば、今回のような事も可能じゃからな。』

「すると、そのお体は憑依で?」

『いや、魔石に精神体を移し、人間に持ち運ばせている。』

「えっ?す、すると、その者は?」

『ベリルという名の少年じゃ。』


聖龍イグナートは、ベリルがドラゴンマスクとなるまでの経緯をゼクアに説明した。


「なるほど、ではイグナート様は2000年前に私達と別れた後にヴァルキリスと戦い、その末に肉体を失われた、しかし天の神の力で森へ封印してもらい、その後、森で出会ったこの少年をお認めになって力を与え、今は世界の見聞の旅の途中ということでしたか…」

ゼクアはイグナートから受けた説明を端的に繰り返した。

『そのとおりじゃ…ワシの方もお前達があの後どうなったのか心配ではあったが、精神体のみで地上を移動すれば次第に力が奪われるし、憑依するにしても奴の復活の時期の予測や憑依適正のこともあるから下手に出来んし…連絡が出来んかった…』

「そうでしたか…私達の方はあの後、フロズンをはじめヴァルキリスの配下達を追跡しておりましたが、途中で散り散りとなり、結局私はフロズンを見つけ戦うことになりましたが不覚にも氷漬けにされてしまいました。まさかあれから100年以上が経過し、あの氷の魔法がこれ程巨大化していたとは思いませんでした…。」

『うむ、見ての通り幸か不幸か今やこのフレイ山脈には二つの国を分ける巨大な氷の壁となっておる。これをなくすのは簡単じゃが、今の段階でこの氷壁を壊すのは得策ではない。そんなことをすればサイズとフレイルシュタイザーとの泥沼の戦いが始まるだけじゃからの…』

「と言いますと?」

『うむ、今回の事は何か裏が有りそうでな…』

イグナートがそう言うとゼクアがその言葉の意味を即座に理解する。

「なるほど、よくわかりました。ではイグナート様はヴァルキリスのあとを追うのでしょうか?先程の話では現世魔王もいるとか?」

『ああ、そのとおりじゃ、ヴァルキリスの件もあるが、この間の感じではあやつも今、憑依とまではいかないだろうが精神体で彷徨っていると思われる。なので奴を追うのは急がなくても良いであろう。それよりもお前の想像通り現世魔王の復活の話が出ていて、このベリル達が現在、その所在を追っている。じゃから、お前にも力を貸してもらわねばならん。』

「そうでしたか、それならばこのゼクア、イグナート様のご命令とあらばどんな事でも従いますので、なんなりとお申し付け下さい。」

『うむ、ではお前にはこのベリル達の調査に加わってもらい、一緒に現世魔王の所在を突き止めて貰おう。』

「わかりました。」

ゼクアはそう言うと、その姿を人間の姿に変化させた。

人間の姿に変化したゼクアは年齢が20代くらいの女性の姿となった。

それは、鱗と同じ色の長髪をしたスタイル抜群の美女であった。

「この者と同じくらいの年代にしました。」

ゼクアはベリルを見ながら答える。


『うむ、では頼むぞ…』

「わかりました。」

ゼクアがドラゴンマスクに姿を変えたベリルに頭を下げる。

単にゼクアは聖龍の分身であるドラゴンマスクに敬意を示しただけなのだが、その行動に驚いたベリルの方も慌ててゼクアに頭を下げ、挨拶した。

「ゼクア様、私はベリルといいます。よろしくお願いします。」

「うむ、先程はブレスを放って悪かったな、こちらこそよろしく頼むぞ。」


お互いの挨拶が終わった頃に、ようやくミロが空洞内に戻ってきた。

というのも氷漬けのゼクアを溶かした直後にゼクアの咆哮や炎のブレスの轟音が空洞内から聞こえてきていたため、恐ろしくて中々近付けなかったのだ。


「ベリルさん…」

薄暗い空洞内にミロの声が静かに響く。


「ミロ様、こちらです。」

ドーム球場程の大きさとなった空洞の奥でベリルが応える。

その声のする方をミロが見ると、薄ら明かりの中にベリルがもうひとりの人間と一緒に立っているのが見える。


「そ、そちらの方は?」

ミロがベリル達に近付きながら恐る恐る尋ねる。

「この方は龍神様の元で働いておられたゼクア様と言われる方らしいです。」

「ゼクア様…えっ?あっ?!もしかして先程のあの氷漬けのドラゴンなのですか?」

ミロは空洞を出る前に聖龍イグナートが言っていた龍の名前を思い出した。


「そのとおり。イグナート様の命令でこれからお前達と一緒に旅に出る予定だ。」

「えっと?イグナート様というと?」

「この魔石に宿っておられる龍神様の名前らしいです。」

ミロの疑問に横にいたベリルが魔石のネックレスを片手に持ちながら説明するとミロの顔色が青ざめた表情に変わる。


「も、もしかしてベリルさんの村でまつっている聖龍様って、あの伝説の戦神イグナート様のことなのですか?」

ミロが驚いてゼクアに尋ねると、ゼクアはドヤ顔で応える。


「そのとおり!イグナート様はこの世に並ぶ者無き戦いの天才と言われた存在、私はその配下の一人で智慧ちえのゼクアと呼ばれていた。」

「えっ?智慧の?そ、そんな、まさか?」

ミロが怖いものを見るような表情で口元を手で押さえる。

「どうしたんですかミロ様?」

そのミロの様子を見てベリルが声をかける。


「智慧のゼクアと言えば、世界最強の戦神とか聖龍王とも言われた聖龍イグナート配下の三龍神の一人で、知恵の神様として王都などでは神殿に祀られたりしてる存在…同じ名前だなとは思っていましたが、まさか本人、で…それに今も生きておられるなんて…」

「ん?そうなのか?私はこの通りピンピンしているぞ。」

ゼクアはそう言いながらその場でバレリーナのごとくクルクルと自転した。

先程まで氷漬けになっていたのにもかかわらず、なかなか陽気な性格のようだ。


「えっと、龍神様ってそんな偉大な存在だったんですか?何かよく知っておられるような感じでしたけど?ミロ様もよくご存知なかったんですか?」

ベリルはミロのあまりの驚きように不思議そうに尋ねると、ミロの方もやれやれといった表情でベリルに説明する。

「龍は元々、土着信仰から始まったと言われ、その後、神聖化されるようになりました。今では我々魔法を使う者はもとより、この世界の人間が信仰する神として存在しています。ですが龍の神様と一口に言ってもその種類は数多く存在し、それら中でも聖龍と呼ばれるものは上位の存在となります。そしてその聖龍と呼ばれる存在自体も何体かいて、ゼクア様も聖龍の一柱となります。また、それぞれの存在は『階位』と言われる位で分けられていて、それによる力関係や派閥なども存在します。そんな関係で龍神様を祀っている祠や神殿は世界中に沢山ありますが、それにも順列があって、上位の存在であれば王都で祀られる程の存在となるのです。」

「じゃあ、イグナート様は…?」

「ええ、本来ならば王都の大神殿に祀られる存在です。私は、アンジェリーナ様からベリルさんが敬う聖龍様は小さな村の祠で祀られていたと聞いていましたので、聖龍様の中でも階位の低い一柱なのだと思っていました。ですが、まさか、最上位の存在だったとは…」


ベリルは自分が崇めていた神様がそんなに有名な存在であるとは全く知らなかったが、ミロが聖龍に跪くのを見ていたため、ミロがその正体をよく知っているものと勘違いしていた。

だが、そのミロ自身もまさか聖龍の正体がそれほど有名で上位な存在であるとは思ってもみなかったようであった。


ミロは聖龍の思念波を初めて受け取ったときの様にゼクアの前に跪く。

「ゼクア様…数々の御無礼をお許しください。」

「あーそんなことする必要はないぞ。私はまだ死んでいないし、神と呼ばれる存在じゃないしな。」

「えっ、いや、でも…」

ミロはゼクアがあまりにもサバサバしているので面食らっていた。

自分達が信仰していた存在が目の前に現れたのはいいのだが、こんなにもあっさりとした性格だとは思っていなかったからだ。

「ミロ様、ゼクア様もこのように言われているのですから…」

ベリルがそう言ってミロを立たせようとするが、ミロがそれに躊躇する。

「私は逆にベリルさんのその何にも動じない性格が羨ましいです。」

「そんなに褒めて頂かなくても…」

「褒めてません!呆れているのです!」

「そうなんですか?」

「はあ、全く、貴方といると時々、寿命が縮む様な気がする時があります。」

ミロは観念したように、腰を上げた。









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