第33話 追跡者

ベリルとミロが後を付けてきた女がスラム街にある建物内に入り、そこで待っていた30代くらいの女から色々と話を聞かれている様子であった。

今のところ全く誰だかわからない状況だったが、しばらく話を聞いているとようやくそのその正体がわかる時が来た。

「となるとフリークス家はあまり慌ててはいないのか?」

30代の女から聞かれた質問に20代の女が答える。

「はい、確かに購入している物は大量の食料等を中心としたものですが、届いていないものがあったらしく、しばらくはこの地に留まる様子でした。」

その答えを聞くと30代の女が意味がわからないという風に頭を降る。


「国内が今日明日にも内乱になるかも知れないとの噂は当然、フリークスの者達ならば知っているはずだ…普通ならば兵站となる物資の手配が遅れれば焦ったりするはずなのに何故だ?」

「やはり兵站ではないのでしょうか?」

「確かにお前の報告が正しければの話だが…彼らがアンジェリーナ様の使いであることは間違いないことから普通の物資調達ではないはず。だが今回、彼等の買い出しは兵士か冒険者かわからないが武装した護衛が一人で、あとは村人が数人の買い出しだ…兵站であるならば、普通そんな人数での護衛は無くもっと多いはず…そこが解せないところなのだが…まあ、それは置いておくとして、それよりも彼等からフリークスがどの王子の派閥に付いているのかわかったのか?」

「いえ、彼らの話を聞く限りではそのような話は一切出ませんでした。」

「フリークス家ならばこの事態に対しても何とかなると踏んでここまで来たのだが…見誤ったか…早くしなければメイッサリア様のお命が…」

そう呟く30代の女の顔には焦りの表情が現れていた。


『メイッサリア?』

誰なのかわからないため、ベリルがミロに向かって眉をしかめる。

『サイズ王国のメイッサリア王女の事だと思います。』

『ええ!?それってどういうこと?』

ベリルは今一つピンと来ない様子だったが、ミロにはその意味がすぐにわかったのか、次の瞬間にはとんでもない行動に出ていた。


ミロは突然自ら気配を消す魔法を解くと、ドアを開けて彼女達のいる部屋の中に入っていったのだった。

『ちょ、ちょ、ちょっと!ミロ様!何してるんですか!!』

尾行や潜入など、只でさえ緊張しながらの行動だったのに、ベリルはそれらを一瞬で台無しにするミロの行動に肝を潰す。

当然ながら部屋にいた二人の女性の方も驚きのあまり奥の壁側に飛んで逃げるように移動する。


「な、何者!」

20代の女が直ぐに短剣を抜いて身構える。

その動きはかなりの戦闘訓練を受けた者の動きであったが、ミロはそれに対していささかも動じなかった。

それよりもその相手を圧倒するような威圧感が二人に抵抗をさせる隙すら与えなかった。

何らかの魔法を使っていたのかも知れないが一瞬のことでありベリルにはそれすらわからなかった。


「まあまあ、静かになさって。」

ミロは落ち着き払った口調で二人に話し掛ける。

二人の女性はミロのその態度に呆れる様な、それでいて恐る恐るミロに問いかける。

「あ、貴女は一体?」

「それは、さて置き、先程の話からして貴女方はメイッサリア王女様の配下の方達ですね?」

メイッサリアの名前が出た事により、二人の緊張が高まる。


「聞いていたのですか?」

20代の女がミロに尋ねる。

相手の正体がわからないため少しも気を抜くことが出来ないのか、構えた短剣は下に降ろさない。

「ええ、少しばかり。」

ミロは相変わらずの態度であり、それを傍目から見ているベリルにとっては心臓の音が周りに聞こえてしまうのではないかと思えるくらいに脈打っていたが、それでいてそこには冷静な自分もいた。


『少しというかほぼほぼ聞いていましたけど。』

ベリルは、自身も思念波でそうミロにツッコミを入れながら恐る恐る部屋に入っていった。

「な!!?何者!?」

ベリルの入室に再び二人の顔には緊張の色が浮かぶ。

「ああ、心配しないで下さい、私の仲間ですから。」

「な、仲間?」

30代の女は二人に敵意が無いと判断すると深く息を吐いた後、静かにミロに尋ねた。

「メイッサリア様の事をご存知ということは…あ、貴女方は一体…?」

するとミロは、自己紹介をした。

「私は、ミロ・アランダと申します。ガルファイア・マーズ様の教えを受けている者です。こちらはモノ村のベリルと言います。」

それを聞いた二人は大きく目を見開きお互いに顔を見合わせる。

「そ、それではあなた様はあの大魔導士様の御弟子様…」

「ええ」

「魔華族…」

20代の女性がそれを聞きボソリと呟く。


「そう言うことです…隠れて貴女方の話を聞いていましたがメイッサリア王女の名前が出ましたのでこの場に姿を現しました…」

そう言うとミロはすぐに話を本題に移した。


「貴女方はフリークス家がどの王子の派閥に入るつもりなのか、もしくは入っているのかそれを確かめるためにカーシャ達の後を付けていたということで、間違いないですか?」

ミロの言葉に二人はサァーっと顔を青ざめさせる。

この言葉には青ざめさせる程重要な意味があった。

まず、自分達がカーシャ達の監視をしていることが既にミロ達にバレていること、そして、そのことを伝えてきたこの二人組の男女は当然ながらフリークスの息が掛かっている人物であり、フリークス家がどの派閥に属しているのかを探ろうとしていることまでバレてしまっているという事実、また、今や国内で内乱が起ころうとしている今、王女とて命が危ない事は火を見るよりも明らかであり、ましてや既にフリークス家が第一王子側に付いていて、自分達の存在が明るみになれば口封じのために殺される可能性が十分にあるからだった。

そんな状況の中で自分達が全くその気配に気付かずここまで二人を侵入させているということは自分達の命がこの二人に握られているという事を示していた。


「あ、あ、す、すみません。」

30代の女が恐怖に歪みながらも何とか口から絞り出した言葉がこれだった。

その様子を見て、20代の女も観念したらしく短剣を下げた。


その様子を見てミロが口を開く。

「安心してください。私達はアンジェリーナ・フリークス様からの密命を受けて行動している途中です。領主様や派閥には関係はありません。」

ミロがそう言うと30代の女がハッとした表情となり顔を上に上げる。

「そ、それでは!」


ダイスの指揮下にある者であれば殺される可能性が高いとしても、その娘であれば、かなり状況は変わってくる。

「良い事を教えましょう。ダイス様は今のところどなたの派閥にも属しておられませんが…ただエイドリアル殿下は現在フリークス領内に入っておられます。」

「ええ!!?エイドリアル殿下が?!」

それを聞いた二人は再び顔を見合わせた。

「そ、それではダイス様は?!」

「いえ、まだ、ダイス様はその事をご存知ありません。」

「えっ?で、では、どうして…」

二人が驚くのも無理はない。

つまり、王子が配下の領内に入るということは、そこの領主はその王子の派閥に入ることを意味しているからだ。

「現時点では詳しい内容は省きますが、命の危険性が高まったため、王都を脱出したエイドリアル殿下は配下の方々とフリークス領に入っておられます。」

ミロは簡単に今までの経緯を説明した。 


「そうでしたか…あ、申し遅れました。私はメイッサリア王女付きの侍従長で名前をアステアと申します。こちらは王女の護衛の一人でリアンヌと言う者です。」

アステアはそう言うと、これまでの経緯を話始めた。


「お察しの通り、私達はアルフガイル国王陛下の退位を巡る、一連の王位継承騒動が炎上している最中、陛下の信頼が最も厚いと言われるダイス様にこの騒動を収めて頂こうと考えここまでやってきました…」

アステアはそう言うと部屋の隅に置いていた鞄から一通の手紙を取り出した。

「これはメイッサリア王女様の手紙です。内容は先程言いました様にどうかダイス様にこの騒動を収めて頂くことは出来ないものかという内容です。私達はまだ騒動が激化する前に王都を出て、ここまでやって来ましたが、ここまで来た時に騒動がさらに悪化し、明日にも内乱が起こるのではないかという噂を耳にしたのです。そのため、これをダイス様にお渡ししようかどうか迷ってしまったのです。」

アステアがそう言うとリアンヌもそれに頷きながら、

「もし、フリークス家がデスクローズ殿下の配下になられていたならば、この手紙は全く意味を成さないものとなります。なので…」

「フリークス領、それもフリークス家に関係する者と思われる者からそれらの情報を得ようとした。」

ミロがリアンヌの言葉を繋ぐ。

それを肯定するようにリアンヌは頭を縦に振った。

「はい。その通りです。ですが全く情報が入らなかったので、どうしようかと思っていたところでした…。」

少し沈黙があったあと、ミロが口を開いた。

「メイッサリア様は王都に?」

「はい、最後まで陛下のお側にいたいという事でしたので…」

「そうでしたか…陛下のご様子は?」

「陛下は王位継承の話こそ出ましたが、お年にも関わらず、大層、お元気でおられます。それが何か?」

「えっ?陛下は元気…?それは一体…」

「えっ?どういうことでしょうか?何かおかしな事でも?」

アステアもミロの言葉に反応して聞き返す。

「あ、いえ…」

ミロは噂に聞いていた事と、実際の国王の現況に違いがあることに違和感を覚える。

『確か、現国王は高齢であり政務を行うには体力的に無理があると聞いているが…今の話であれば、退位自体が全くの噂話ということに…いや、今の話では王室で王位継承の話は出ている様子だし、一体どういうこと…これは単に世情を混乱させているだけではないのか?』



「…さん、…ロ様…ミロ様!」

何度か声を掛けられてミロがハッとしてその声に気付く。

「あ、すみません。」

ミロが深く考えを巡らせている所にベリルが声を掛けていたのだった。

「何か変な気配がこの建物に近付いて来てますけど?」

「えっ?」

ベリルの言葉にミロが慌てて感知の魔法を展開する。


「これは!?」

それは五人くらいの気配で、殺気とまではいかないが何やら只ならぬ空気を纏っている。


ミロがカーテンの隙間から外の様子を伺う。

「あれは?!」

「どうしました?」

「正体は分かりませんが、ここのお二人をどうにかするつもりの様ですね。」

「えっ?どうして?」

アステアがその言葉に驚き、慌ててカーテンが掛かっている窓に近付き、そこからミロの様に少しだけカーテンの隙間を開けて外の様子を伺う。

こちらの建物の様子を伺う様に五人の屈強そうな男達がこちらの方を見ている姿が確認出来るとアステアが小さく声を上げた。


「あぁ!全員の顔はわかりませんが、一人だけわかります。あれはデスクローズ殿下の配下の一人です。」

それを聞いたミロは直ぐに反応した。

最初に自分達がこの建物に来たとき、奴らが気配感知に引っかからなかったところを見るとこの建物の近くに潜んでいたという可能性は低いであろうと推測する。

以前からこの場所をマークしていたというよりも、彼女達の出入りを確認して、応援を呼んだと思われた。


「恐らく、王都から貴女方の後を付けて動向を監視していたのでしょう。それまであなた方に何も無かったみたいですから、事情が変わったのでしょうか?多分、この様子だと直ぐにこの建物の中に飛び込んで来そうですね。急ぎましょう!」

ミロはそう言うと二人に荷物を持たせて2階の方に移動させる。


「ここにはもう戻れませんが大丈夫ですか?」

その言葉はこれからかなりの危険性がある状況になることを意味していた。


「大丈夫です。」

アステアとリアンヌは状況を飲み込むとミロの言葉に頷いた。


四人は一旦2階に上がるとミロが、アステアとリアンヌの二人に気配隠蔽の魔法を掛ける。

「これから起こることは秘密にしてください。」

ミロがそう言いながらベリルを見る。

ベリルも自体が飲み込めたのかミロに頷きながら階下に降りていく。


しばらくして、一階の玄関ドアがギィっと小さな音を立て、そこから先程の男達と思われる何人かの気配が静かに建物内に入ってくるのがわかった。

そして、次の瞬間、バタバタという音と共に男達のうめき声が聞こえてきて、やがて静かになった。


「終わった様ですね。さあ行きましょう。」

一階の廊下では男達が重なるように倒れていた。

ミロは廊下で倒れて気を失っている男達の側を抜けて建物の外に出ると、二人を連れてスラム街の外へ移動していった。


だがこの時、ベリルはまだ建物の中にいた。

当然ながらその姿はドラゴンマスクの姿であり、ドラゴンマスクの力を最小限に使用して侵入者を撃退していたのだ。

そしてベリルは侵入者を倒した後も彼等の様子を監視していた。

気絶はさせたものの、すぐに気が付いてしまっては元も子もないというのもあったが、彼等に少なからず違和感を感じた聖龍の指示があったからだった。


『ベリルや、どうもこの者達の動きがおかしいぞ。』

聖龍の声だ。

「どういう事でしょうか?」

『いや、意思が感じられないというか、何者かに操られているのではないかというような動きじゃったもんでな。』

「何者かに操られる?!それは一体どういう事です?」

『ミロもガルファイアから聞いていたようだがあのデスクローズ派は手練れの魔法使いや魔導士を何人か集めていたようじゃからして、それらの者達の誰かに魔法で操られているのではないのかなと思ったんじゃよ。』

「魔法で?」

『うむ、よく見てみよ、その証拠に彼等の腕に魔力の残滓ざんしが残っておるわい。』

そう言われてベリルは魔力の痕跡を『魔視』という魔力をる魔法で確認した。


すると、倒れている男達の上腕の辺りに見えないように隠蔽されていた魔法陣が姿を現す。

「なるほど!確かに…」

ベリルもそれを見て納得する。


『ということはあれじゃ!』

「はあ…」

ベリルが聖龍の言葉に何やら不安を感じる。

また、何かとんでもないことを言われそうな気がしたからだ。

『お前も、この腕の魔法陣に見覚えがあるじゃろ?』

「えっ?」

ベリルが聖龍の言葉にドキッとする。

『魔法陣なんて、最近になって初めて見たくらいなのに見覚えとかといわれてもなぁ。』

そう思った瞬間、ベリルの脳裏にあの強力なトニー・デニサイトの魔法陣が甦ってきた。


「ま、まさか!あのトニーが!?」

『うむ、その通りじゃ!もしかするとあやつはデスクローズに雇われると見せ掛けて裏で何かを企んでいたのかも知れんな。』

「そんな…」

聖龍の言葉を聞き、例え様の無い不安感がベリルを襲っていた。

ミロもそのような事をチラリと話していた。

王位継承権を持っていないメイッサリア王女の動向を把握するためだけに、仲間の身体に対して行動を支配若しくは隷属させる魔法を行使するという一見不可解な行動に恐ろしささえ覚える。


『トニー・デニサイトは一体何をしようとしていたのだろうか?』

ベリルは倒れている男達を見ながら考え込んでいた。

聖龍のお陰である程度の高速思考が出来るようになってきたとは言え、ベリルには、まだ何が起こっているのかわからなかった。




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