第31話 マリアンナの調査報告

アンジェが自分の執務室で何やら書き物をしている。

そこには誰もいなかったが、アンジェが口を開く。


「マリナか…」

気配で察知したのか適当に言ったのかはわからないが、アンジェがそう言うと、部屋の陰からマリナことマリアンナがスッと顔を出した。



「只今戻りました。」

マリアンナがアンジェに一礼する。


「どうであった?」

「ワイドハイル家の近くにある国境の検問砦の付近で不審な集団を見つけました。」

「不審な集団?どんな奴等だ?」

「身なりは村人の様な感じの服装をしていましたが、服の下には鎖帷子くさりかたびらを着込んで、武器も所持していました。それに周囲に対してかなり警戒もしていました。」

「それは怪しいな。で、お前のことだ、それだけで終わったのではないのだろう?」

アンジェがマリアンナにニヤリと笑いながら尋ねる。

「流石、お察しの通りです。」

マリアンナは、その後、その不審な者達の動向を確認していた。


発見時は、男が三人女が二人の全部で五名が国境付近の森で徘徊していたという。

しばらくはそこで話をしていたが、散り散りに別れたのでマリアンナはリーダー格でかなり強者と思われる男の後を付ける事とした。

なかなか隙がなく、警戒心が強い男であったがマリアンナの尾行に気付くことはなかった。

男は、検問所を通ることなく、森の獣道を通って国境を越え、隣のフレイルシュタイザー王国の国内に入り込んでしまった。

マリアンナも一瞬は躊躇したが、そのまま直ぐに尾行を継続したところ、しばらくしてその男は自分のというか先程の者達の住み処と思われる少し大きな建物の中に到着した。


この世界では珍しく、森の中だというのに、簡素だがしっかりとした木造の二階建てで、その建物周辺は不審な者が近付けば直ぐに見つけられるように草木が切り払われ、最低でも30m四方が平らに地ならしされている状態だった。

だが、建物の周りには見張りと思われる様な者はおらず、マリアンナの気配察知にも特段、強力な警戒があるようでもなかった。


『盗賊でもなさそうだな。』

マリアンナが気配を消しながら何とか建物の窓の死角を通って建物に近付き、そのまま建物の屋根に登る。

建物の中の様子を確認したところ、一階の大きな部屋の中には簡素だが10人は囲めるであろうと思われる大きめのテーブルが置かれ、先程のリーダー格の男とは別の男がそのテーブルの奥側に置かれた椅子に座っていた。

男は年齢が50歳くらいで、口の回りに髭を蓄えている。

身なりはこの建物の造りとは違い、かなり質の良い生地を使った服装をしていた。

とは言え流石に森の中であるため動きやすい服装ではあるのだが、貴族のような品を漂わせていた。

リーダー格の男は、既にその男と対面する側の椅子に座り、被っていたフードを取っているところであった。

顔を確認すると、年齢は30代くらいで、やはりマリアンナが感じたように隙のない面構えをしている。



「どうだった?ガレオ?フリークスの様子は?」

髭の男がそう尋ねるとガレオと呼ばれたリーダー格の男が眉根を上げ、口を開く。

「やはりダイスの娘が何やら人を集めていたようだった。途中から、その中に索敵の能力を使う奴が入ったみたいで中々近付けなかった。かなりの手練れだろう。」

ガレオの言ったのは恐らくヒューノの事であろうと思われた。

「そうか、ようやくフリークスも内乱の準備を始めたか?」

「いや…それがどうも、報告を聞く限りでは、集めている人間の中に村人も混じっているようだった。」

「何だそれは?内乱の準備ではないのか?」

「違うようだ。ただ、それらのうちノーフォレスト領内で多量の物資を買い込んでいる商人がいるらしく、準備と取れなくもないのだが…」

ガレオはそこまで言うと何かを考えている様子で下を向く。


「どうした?何か気掛かりでもあるのか?」

「いや、その後にも、ノーフォレストに向けて出発した者が二人ほどいたのだが、俺の配下の者が途中で見失ってしまったというか消息を断った。」

「ほう、それは…お前達の様な奴等でも失敗することがあるのだな。」

「いや、失敗かどうかというよりも、それについてはアクトゥーラの手の者もその者達の動向を探っていたようだったが…」

「何?!アクトゥーラだと、奴が動いているとなると王族の誰かが絡んでいるな…で、それが、今回の事とどう関係するのだ?」

「遠巻きに彼等を尾行中、我々の仲間内の何人かが例の巨大な隕石の落下に巻き込まれたようなのだ。」

「あーあの例の奴か…この屋敷ももう少し近ければどうなっていたことやら…あんな天災に巻き込まれたら命がいくつあっても足りないだろうがな…それが何かあるのか?。」

「あの後、現場を調査した。あれは魔法だ…」

「なっ?魔法…だと?まさか…」

「現場から魔力残滓ざんしを確認した。間違いない。ああ、そう言えばアクトゥーラの家のデサベルとか言う執事達も現場に来ていたがあんなボンクラどもには何もわかっていなかったようだったがな。」

「しかし…あんな馬鹿げた威力の隕石が魔法な訳が…もしかしてそれがそのフリークスが集めていた魔法使いなのか?」

「いや、それは何とも…」

「そんな奴がフリークスにいるとなれば、大魔導士級か?いやそれ以上…わかった、これは陛下に報告だな。」

「俺はどうすればいい?」

「そうだな、その魔法使いとやらを探ってもらおうか。」

「ふっ、ウォルトンさん、あんたはいつも無茶を言うな。」

「『悪運のガレオ』とまで言われるお前しか出来んだろ。」

「わかったよ、ただ、今回の仕事はヤバくなったら抜けるからな。他の仲間も何人か死んでるし、どうも、雲行きが怪しいんでな…」

「わかった。だが、後で報告はしてくれよ。」

「ああ、わかっている。」



こういうやり取りがあったということをマリアンナはアンジェに報告をした。

「『悪運のガレオ』…確かにそう言ったのだな?」

「はい、私もそれ以上、奴を尾行することができないと判断しましたので、戻ってきました。」

「マリナ、お前の言うことが本当ならフレイルシュタイザー王国は我々の国に戦争を仕掛けるつもりかも知れんぞ…」

「えっ?それは一体…」

「お前の言うその男が『悪運のガレオ』であれば、地下ギルドが裏で動いている。」

「地下ギルド…?!それは一体?」

「まあ、冒険者ギルドのような表立った仕事ではなく、殺しや、謀略、諜報活動など、所謂『汚れ仕事』を専門に取り扱うギルドだ。」

「殺しですか…」

「まあ、リスクが高いのでそれは余り無いようだが、基本的に諜報活動は常にやっている。私もチラリと耳に挟んだ程度だが『悪運のガレオ』というのは裏の世界ではかなり有名な男らしいぞ。」

「そうでしたか…あと、彼等が言っていた魔法使いというのは…?そんな人アンジェ様が集められていましたか?」

「ああ、あれは恐らくミロとベリルだな。」

「ミロ…?ああ、ベリルさんに魔法を教えるとか言っておられた…確かガルファイア様の弟子とは聞いていましたが、お二人もフレイルシュタイザー王国に入っていたんですね。」

「そうだ、私の特命だがな。」

「そうでしたか。しかし、ミロ様はあれほどの魔法を使われたのですね…」

「ん?っ、あ、ああ、そ、そうだな、私もよくは知らなかったのだが…」

アンジェは噂の隕石の魔法はベリルがドラゴンマスクとして使ったものと直ぐに理解していたが、ここはマリアンナの言う通りミロが使った魔法にしておいた方が良さそうだと判断した。


「でも、アンジェ様、フレイルシュタイザー王国がこちらに戦争を仕掛けるとは一体どういうことですか?」

マリアンナもアンジェの意外な言葉に首をかしげる。

「奴等は表面的にはサイズの友好国として国交を行っているが、実のところ非常に胡散臭い。」

「そうなのですか?」

「ああ、それは普段から私のお父様も言っておられる。『奴等は羊の皮を被った狼だ』と…」

「そうでしたか…」

マリアンナはアンジェの言葉に納得するように頷いた。


「ところでマリナ、フリークス領周辺調査の他にお前に頼みたい事があるのだが…」

「何でしょう?」

マリアンナはアンジェの言葉に耳を傾けた。

「『悪運のガレオ』の名前が出たとなればこちらも悠長なことはしていられない。ディグロレイアス王国に飛んでくれ。そこの…」

「ディグ…まさか!」

マリアンナがアンジェの言葉を遮る。


「慌てることはない。こちらからフレイルシュタイザーに戦争は仕掛けないよ。この件は、お父様の依頼でもあるからな。」

「ダイス様の…そ、そうですか。ですが、こちらがディグロレイアス王国に入るとなれば色々と問題があるのでは?」

「もちろん、フレイルシュタイザーの中を通ることはない。お前には海路を使ってもらう。」

「船ですか…わかりました。」

「国境付近の警戒はうちの親衛隊に任せるので心配はいらない。ディグロレイアスの港町ソケフに繋ぎの者がいるので、そこで私の伝言を伝えてくれ。」

アンジェは机の引き出しに入れていた手紙をマリアンナに渡した。

「わかりました。では、早速。」

「頼んだぞ。」

マリアンナはアンジェの言葉に黙って頷き部屋を出て行った。


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