第30話 噂の出所

「ジャミル様~!」

ファイルがエイドリアル一行の元に戻ってきた。

「ファイル!大丈夫だったのか!?」

ジャミルもファイルのことが心配だったらしくファイルの顔を見るとやれやれといった感じで力が抜けたような顔になった。


「よくあの凄い魔法の威力から逃れられたな?」

ジャミルは、魔法陣発動の直前にガルファイアからドラゴンマスクがファイルを探しに行った事を聞いていた。

だが、ドラゴンマスクがファイルを探しきれたのか、助かったのかどうだったのかわからないため気を揉んでいたのだ。


「ドラゴンマスクに結界を張ってもらい助けて頂きました。」

ファイルはそう言うと、最初に自分の目の前に現れた経緯から最後の時の状況までをジャミルに報告した。


「すみませんジャミル様!結局、奴の正体はわかりませんでした。」

「まあ、あんな状況だ、仕方がないと言えば、仕方がない。しかしよく生きていたな。俺は完全にファイルは死んだと思っていたぞ!」

「心配をおかけしてすみませんでした。」

ファイルはジャミルに頭を下げた。


結局、エイドリアル一行はドラゴンマスクの張っていた結界のお陰で何とか危機を回避し、そのままウギーズ領を出ることが出来た。

ウギーズの者達は、最後の魔法陣の発動を見て、余りにも激しい魔法陣の威力を目の当たりにしたため、エイドリアルが死んだものと思ったらしく、確認の兵士すら現場に寄越さなかった。

そのことがエイドリアル達のウギーズ領脱出に大きく影響していた。


それと大魔導士のひとり、トニーの事だが昏睡魔法で眠らされた後、実はベリル達によって別の場所へ運ばれていた。

とは言え、あまり遠くの距離は移動してはいないのだが…。

強いて言えば聖龍の特殊な魔法によってある場所に閉じ込められたと言った方が良いだろう。

それについては後程明らかにしよう。


『とりあえず、私は一旦、ミロ様の所に戻ります。』

ベリルは思念波でガルファイアにそう伝えると、ファイルを助けた場所から隣国のフレイルシュタイザー王国ノーフォレスト領にあるグレンザの街に戻っていった。


「ガルファイア様、これからどうなされます?」

王子用の馬車の中でヴェルトナがガルファイアに尋ねる。

エイドリアルを助けた大魔導士の今後の動向は気になるところだ。

ヴェルトナの隣にはエイドリアルが座り、ガルファイアの回答を静かに聞いていた。


既にエイドリアル一行はウギーズ領を抜け、フリークス領内の街道を通っていた。

ウギーズ領とフリークス領との間には同じ国内でもあり、特に検問所等は無いのでウギーズ領の者にはエイドリアル達が自領を抜けたという事実に気付かれる事はなかった。

ちなみにジャミル達が王都に向かうときにウギーズ領内で受けたという検問は正式な検問所によるものではなく、あくまでも王都の内乱を危惧したウギーズの臨時的な検問であり、それらの要員も全てエイドリアルの襲撃のため、ウギーズ領主のいる屋敷に招集されていたというのもあって、結果的に脱出を容易にしていた。


「そうだな、とりあえず王都に向かおうと思っている。アルフガイル様の様子を確認したいからな。」

「おお、それは…!ありがとうございます。」

エイドリアルが礼を言う。

ちなみにアルフガイルというのは現サイズ王国の国王、エイドリアルの父親のことである。

このような混乱している時期の最中に、国王の身の安全等をエイドリアルが確認出来るはずもなかっただけに有難いことだった。

ガルファイアはしばらくエイドリアル達と話をした後、一行と別れていった。


「しかし、何度も言うが、ドラゴンマスクが居たとは言え、よくあの凄い魔法から生き延びたな。」

エイドリアル達とは別の馬車の中で、ジャミルが感心したようにファイルに言う。


「私もあの時は完全に死んだと思いましたよ。あれほどの凄い魔法の威力にも全く影響を及ぼさない程の強力な結界をあのドラゴンマスクが一瞬で張るなんて思いもよりませんでしたから…。」

「アンジェ様が奴を欲しがる訳だ。」

ジャミルもドラゴンマスクが張った結界の力を直接肌で感じ、その力と存在の大きさを認めざるを得なかった。


「そうですね。でも、今回の件でエイドリアル様もドラゴンマスクの存在を確認しましたから、もしかすればエイドリアル王子の派閥でも捜索隊が発足するかも知れませんし、それに、もしこちらが先に見つけたとしても、その身柄を引き渡してもらいたいとか言われるんじゃないでしょうか?」

「確かに…しかし、今さら思うのだが、あれほどの存在を誰が制御出来る?と言うか確保できるのか?」

「そう言われればそうですね。災害級の魔法にも動じない程の存在を我々がどうこう出来るはずもないですね。」

「そうだ、だが、今回の事は我々ドラゴンマスク探索隊にとって奴に近付く大きな一歩と呼べるだろう。」

「そうですね。ですが、私にはひとつだけ気になる事がありまして…」

「気になる事?」

「ええ、ガルファイア様の事です。」

「ああ、そうだな…」

「どうやってドラゴンマスクと接触出来たんでしょうか?」

「うむ、たまたま森で遭遇したと言っていたが…」

「それはまず嘘でしょう。ウギーズ領の何もないあの広い森の中で何の目的や約束もなく二人が出会うこと、というかすれ違う事すらないでしょう。」

「だよなあ。」

ジャミルは頭の後で手を組んで馬車内の椅子にもたれかかる。

ジャミルも何となくだがガルファイアの話には疑問を感じていたが、ファイルも同じことを考えていることを知り確信に変わる。


「一度、アンジェ様に報告だな。」

「それが良さそうですね。」

ジャミルが結論を出し、ファイルも頷いた。


ーーー◇◇◇ーーー


一方、こちらはグレンザの街。


ベリルは夜明け前には宿屋に戻り、部屋のベッドに潜り込んで寝ていた


だが今は既に日は昇り、朝食の時間も過ぎようとしていた。

昨日の事で精神的な疲れが残っているのかと思える程、よく眠れる。

しかし、そのベリルの眠りを覚ます者がいた。


「ベリルさん起きてください。」

「ううーん。」

寝ぼけまなこで顔を天井側に向けたら、正面に顔があった。

よく見るとミロがベリルの顔を覗き込んでいた。


「うわあぁーー!!」

ベリルが慌ててベッドから起き上がり、ミロと頭をぶつけそうになったがミロがそれをさらりとかわす。


「どどど、どうしたんですか?ミロ様?!」

驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。

若い女性と同じ部屋に泊まる事というよりか、女性と正式に付き合ったことすら経験がないベリルにとって、ミロはあまりにも無防備というか自然体過ぎてどうしていいかわからなくなるときがある。


「お疲れだとは思ったんですが、朝食はどうされるのかなと思いまして…」

「えっ?あっ!朝食ですか!?い、頂きます。」

ベリルは直ぐに寝ていた頭を回転させ状況を把握した。


そして直ぐに身支度を整えるとミロと宿屋の一階にある食堂に入った。

ミロとテーブルに着くと奥から食事が運ばれてきた。

出されたのはパンと肉や野菜の入ったスープとミルクだ。


「昨日はお疲れ様でした。明け方近くまで帰って来られなかったのでどうなったのかなと少し心配しました。」

どうやらガルファイアから連絡は受けていないようだったので、簡単に状況を説明する。


「そうですね、危なかったですけど何とか上手くいきました。」

「そうですか、時限式の魔法陣ですか…怖いですね。でも、怪我もなくて良かったです。」

ミロもベリルから話を聞いてホッとしている。

「私の方もあの後、カーシャさんと連絡を取りました。」

ミロは小さな声で喋る。

あまり大きな声では話せない内容のようだ。


「ヒューノさんがカーシャさん達を見張っている不審な者を見つけたと…」

「何者ですか?」

「まだわかりませんが、今回のサイズ王国の王位継承争いに関係している者ではないかと言っていました。」

「こんなところまで…一体誰が?」

「さあ、それはわかりません。私達の目的とは違うと思いますけど…」

ベリル達の目的はドラゴンマスクを探すことではない。

『現世魔王』と呼ばれる悪の根源の存在を確認する事である。

倒すことではない。

あくまで確認するためだ。

そもそも悪の根源と言われているが、本当にそうなのかさえ不明であり、そのあたりの事実も確認しなければならないだろう。


「『現世魔王』の存在を確認するとは言え、こんなにも情報が少ないと探すのが難しいと言うか、探せないですよね。」

とベリルが言うとミロがそれを補足するように話す。

「アンジェ様が言われていたと思いますが、一番最初に御師様が『現世魔王』の情報を入手しています。」

「それは聞きましたが、そもそもガルファイア様はどこでその情報を入手したのですか?」

「聖地サンビアストというところです。」

「聖地サンビアスト?ああ、そういえばそんなことを言っておられましたね。」

「ええ、ここから遥か南に存在し、どの国にも属さず、魔法を極める者にとっての聖地と言われている場所です。」

「魔法を極める者の聖地…」

「まあ、正確に言うとその情報は、サンビアストに来ていた知り合いの者から聞いたらしいですけど…」

「その人はどうやって『現世魔王』の存在を?」

「あまり知られてはいないのですが、未来を占う魔法の様なものがあるらしくて…」

「という事は、『現世魔王』の存在を占いで知ったと?」

ベリルは少しガッカリしていた。

確かな情報かと思いきや、単なる占いの結果であったとは…

だが、そんなベリルの表情を見てミロが話を付け加えた。

「ベリルさん、貴方はそれをと思っている様ですが、実はその人の占いは未来予測と言われる程正確で、ほぼ百発百中なのですよ。」

「えっ?、ひ、百発百中…ですか?」

「ええ、その人の名前はブリューゲイル・アスクトス、世界に五人いる大魔導士の一人です。」

「大魔導士の一人…それじゃあ…」

「はい、『現世魔王』は確実にこの世界に誕生しています。」

ベリルもここまでミロに断言されれば疑うことも出来ない。

「じゃあ、どこにいるのかも、その占いでわかるんじゃ?」

「それについては、まだ魔王の波動が弱くて、ブリューゲイル様でも中々その正確な場所が分かりにくいらしく、どうも魔王自身が活動の拠点となる場所を未だに決めかねているみたいで、転々としているらしいの。」

「魔王の波動というものがあるのですか?」

「ええ、誕生すれば必ず現れるらしいですが、それはブリューゲイル様や特定の人間にしか感じられないみたいです。」

「そうなんですか?」

「それと拠点についてですが、拠点が決まれば魔王はそこで多くの部下となる魔物を従え始めると言われていて、拠点となるのは魔物が生息する森やダンジョンではないかと伝承では伝えられているんです。その頃には魔王の波動も強くなっているみたいですけど…」

「森やダンジョン…」

「そう、だから各国は『現世魔王』の情報があればいち早く対応をしたいところなんですが、その場所が確定していないので何とも対応出来ないというのが現状なんです。」

「各国って、どの国も『現世魔王』の誕生の情報を知っているのですか?」

「知らないと思いますよ。これは極秘事項ですから。それに拠点が特定できればある程度情報は流せるのですが、曖昧な情報だと、単に人々の不安を掻き立てるだけですからね…」

「た、確かにそうですね。」

ベリルは未だにその姿が見えない『現世魔王』の存在に不安を覚えていた。

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