第29話 最後の魔法陣

あと2つか…」

ベリルが魔法陣の解除を始めて、既に20分以上が経過していた。

ドラゴンマスクの力を使って普通の魔法陣を解除する程度であれば数秒で終わるのだが、この魔法陣の解除はドラゴンマスクの力であっても相当の時間を要した。


その後、聖龍の精密な鑑定で魔法の発動条件が、


『エイドリアル王子による魔法陣への接触』

ではなく、

『王子、若しくは王子を護衛している者による魔法陣への接触』

となっている事がわかり、魔法陣の実体がわかったのだった。

ちなみに魔法陣に近付いていたベリルやガルファイアは正式にエイドリアル王子の護衛任務を受けていなかったため、近付いても発動しなかったようだった。


『この魔法陣があの殿下だけでなく、殿下を護衛する騎士も発動対象になっていたとは気が付かなんだわ…全くトニーという者は何という奴じゃ!』

あの聖龍から驚きと反省混じりの思念波が流れてきた。


その時だった。

ベリルが張っていた感知の魔法に引っ掛かってきた者がいた。


『敵ではないようだけど…王子の護衛の方なら魔法陣が反応してしまうな…』

ベリルがそう思いながらその者の正体を見極めるために気配を消して近付く。


『あっ!ファイル君!』

それは、この近くにドラゴンマスクがいると騎士達の噂話が流れてきたのをファイルが聞き付け、様子を見にやって来たのだった。

ジャミルとガルファイアのやり取りは聞いていない様子であり、よく見ると最後の魔法陣のすぐ手前まで来ていた。


『どうなっとるんじゃ?ガルファイアが止めていたのではないのか?!』

ネックレスを通して視覚や聴覚等、五感をベリルと共有している聖龍もファイルがここにいることに驚いている。

『とりあえず、私がファイル君を止めます。』

ベリルが飛翔のスキルでファイルに急接近する。


「止まれー!!」

ベリルがファイルに大声で声を掛ける。

当然だが、ベリルはドラゴンマスクの姿であり、背格好や声は少しベリルとは違うように加工されている。


「な!?ど、ドラゴンマスク?!」

ファイルもまさか目的の相手の方からやって来るとは思わなかった。

どう考えても自分の前に現れる事がおかしいからだ。

そして、ドラゴンマスクが自分の目の前に降り立つと、震えながら声を掛ける。


「ど、どうして?」

「何も聞いていないのか?」

「えっ?な、何の事ですか?」

ベリルはその反応を見てガルファイアの話がファイルにまで届いていないことを理解した。

「この先にここ付近一帯が壊滅的に破壊される魔法陣が張られている。今はその解除中だから、自分は王子の所に戻れ!」

「えっ!?魔法陣?」

ファイルがそれを聞いて驚いていたが、それよりも他のところにも驚いていた。


『何故殿下の事を?』

ガルファイアとの繋がりをヴェルトナ達から聞かされていないファイルにはドラゴンマスクがエイドリアルの事を知っていることが不思議でならなかった。

もし、仮にガルファイアの話が伝わっていたとしても、彼はジャミルのように素直に話は聞き入れてはいなかったであろう。


何故なら、この広い森の中で一人の見知らぬ人間同士がすれ違い、そして、初めて知る人間と『王子を守る』という1つの目的を共有する事の困難さをわかっているからだ。


ベリルもその事がわかっているからこそ、ファイルにはそれ以上は情報を渡さないつもりで話し掛けない様にした。


「ひとつだけ質問をさせてもらえないか?」

「ダメだ。早く戻れ。」

「でも…」

ファイルがドラゴンマスクに声を掛けたが、ドラゴンマスクはそれには答えず、ファイルに戻るように促した。

だが、ファイルはドラゴンマスクの指示に従う事なく、さらに魔法陣に近付こうとした。


「止めろ!王子もろとも死ぬぞ!」

ベリルは最後の警告をファイルにした。

するとファイルがドラゴンマスクの方を向いて口を開いた。


「何故、殿下に肩入れを?」

ファイルは一番の疑問をドラゴンマスクであるベリルにぶつけた。

これはドラゴンマスクを知るためのファイルの賭けであった。


しかし、ベリルの方も流石にアンジェの兄のヴェルトナがいるからとか、ドラゴンマスク探索隊のファイル達がここにいるからとか言えない。

二人の間に見えない攻防が交わされる。


「平和のためだ…」

ドラゴンマスクが答える。

確かにそれは間違いではないだろう。

だが、理由が漠然とし過ぎであり、それだけでファイルが納得出来ないのは言うまでもない。


「エイドリアル殿下を守る事が平和のためになるのですか?これまでに殿下を守るために何人かの騎士や兵士が命を落としています。それに、このまま、殿下が生き延びればサイズ王国は内乱に突入する恐れもある。そんな事態になればさらに人の命が失われる。それが平和のためになるのですか?」

「では、お前はエイドリアル王子が死ねば内乱が無くなり、その後、この場所に平和な国が築かれると考えているのか?」

「そ、それは…」


ベリルも高速思考が出来る。

いくらファイルが頭が切れるとしてもあらゆる知識を持つドラゴンマスクに敵うはずもなかった。

頭の切れるファイルがドラゴンマスクに論破された。

確かにエイドリアルが死んだとしても、そこに平和な国が出来るとは保証出来ない。

逆に第一王子のデルスクローズによる独裁政治が始まる可能性が大きい。

ファイルは魔法陣に近付くことで、先程のように自分の命を救うため引き留めようとするドラゴンマスクに駆け引きを持ち掛け、その正体を知ろうとしていたのだが、その前に論破され失敗に終わった。


「わかりました。」

ファイルはそう言うと元来た道を戻っていった。


「何とか帰ってくれたか…」

その姿を見送りながらドラゴンマスクの姿のベリルが呟く。

ファイルの言う通りエイドリアルを守る事が必ずしも正しいとは限らない。

だが、ベリルはひとつの確信めいた気持ちを持っていた。

それは、自分が聖龍の祠で聖龍の力を受け継ぎ、それにより、少なからず人の運命が変えられている事や、この力が今後、この世界に何かしら良い方向に影響を与えるのではないかということを…


ベリルは残り1つの魔法陣の解除を開始しようとした。

だが、それは他の魔法陣と違い、とんでもない危険性を秘めていた。


『ガルファイア様!』

ベリルが思念波でガルファイアに話し掛けた。


「うわっと!」

いきなりの思念波にガルファイアが驚く。

「どうかされましたか?」

隣にいたヴェルトナがガルファイアの様子を見て尋ねた。


「ゴホン、いや、何でもない。」

ガルファイアは咳払いをひとつして応える。


『ベリル君か?どうした?何かあったのか?』

ガルファイアがベリルの思念波に応えるとベリルから先程のファイルの報告ともうひとつの報告があった。


『なるほど、部隊から外れてそちらまで来ていた者がいたとはな。それと、その魔法陣の方の問題とは…』

『ええ、時限式の魔法陣でした。』

『時限式?!それは一体?』

『対象に触れる事なく、ある一定の時間が経過することにより発動する魔法陣です。』

『時間の経過?と言うことは王子がその魔法陣に触れようが触れよまいが、関係ないと言うことか?』

『ええそうです。そして、それがもう間もなく発動しそうなのです。』

『何だと?!それじゃあ?』

『ええ、トニーは最後まで受けた依頼を遂行するつもりです。』

『解除は?』

『龍神さまに確認をしましたが、術者に解除してもらうか、術者に解除の呪文を唱えてもらい、代わりに呪文を唱えるのが一番ということらしいです。無理に解除しようとすれば発動する仕掛けです。』

『何だと?!それじゃ実質トニーが解除しなければならないのか?!今からだと逃げる時間も無いし、魔法陣の規模からこの辺りまで魔法の影響が来る可能性は十分にある…』

『私がそちらに行って、結界を張って何とか被害を食い止めます。』

『何とか…か…』

ガルファイアもトニーが設置した魔法陣の大きさを知っているだけに不安があるようだ。

『ええ。』

ベリルはそう言うと思念波を切った。


その直後、部隊の前にドラゴンマスクが空の上から現れた。

瞬間的な速さなら鉄砲の弾丸より速いので当然なのだが…


エイドリアル一行はガルファイアから事前にドラゴンマスクの事を聞かされていたため、彼の登場にそれほどの混乱は無かったが、それでも、噂のドラゴンマスクが目の前に現れたことで、近くにいた部隊員のざわめきはかなりのものだった。


「あれがフリークスの救世主と言われる奴か?!」

「巨大な魔物を討伐したとも聞いたぞ。」

「いや、何百体の魔物を倒したとか…」

まことしやかに伝わっていた話の主が、実際に目の前に現れたのだ。

いずれもドラゴンマスクの登場に批判的な声は聞こえない。

むしろ、自分達の危機に合わせる様にして颯爽と現れたのだ。

期待するなという方が難しい。


ドラゴンマスクが停止していた空中からガルファイアの前に舞い降りた。


「頼むぞ…」

ガルファイアがドラゴンマスクにそう言うとドラゴンマスクが無言で頷く。


「皆!王子を中心に固まれ!」

ガルファイアがその場にいる者全員に声を掛ける。


それによりエイドリアルの乗る馬車を中心に騎士や使用人達が集まり始めた。

「早くしろ!時間がないぞ!」

ヴェルトナもガルファイアから簡単に事情の説明を受けていたため、直ぐに全員の誘導に加わる。


「ファイルは?!」

そう言ったのはジャミルだった。

ファイルはベリルに促されてこちらに戻っていったはずだった。

時間的には直ぐに戻れる距離だったはずだ。

だが、姿が見えない。


『まさか?まだこちらに向かっている途中なのか?』

ベリルの脳裏に嫌な予感が走る。

彼は最後の魔法陣が時限式だとは知らない。

どこかでとどまっていたとすれば非常に危険だ。


「とりあえず、ここに結界を張ります。」

ベリルはガルファイアにそう言うとエイドリアルを中心に巨大な魔法結界を一瞬で作り出した。


「ガルファイア様、この結界は、魔法攻撃は勿論ですが、物理的な衝撃もかなり防御しますので大丈夫だと思いますが、もし、それでも持ちそうになければ多重結界をお願いします。。」

ベリルが説明を加えた。

「わかった…だが、こんな目に見える程の強力な結界を一瞬で作るとは…」

結界を見たガルファイアが唸る。


「では、ちょっと探してきます。」

ベリルはガルファイアにそう言うと再び空に舞い上がった。


「おおーっ!」

エイドリアルの近くに集まっていた者のうち、最初にドラゴンマスクが飛来した時の姿を見た者以外で初めて彼が空を飛ぶ姿を見た者達の驚く声を後にしながらベリルは感知の魔法を展開した。


『間に合えば良いのだが…』

魔法陣を確認してもらった聖龍から、魔法陣の発動までの時間は後、残り数分しかないと伝えられていた。


『あれからもう何分かが経過している。ファイルが早く感知魔法に引っ掛かってくれないと、魔法陣の魔法攻撃に逢ってしまう!』


ベリルがそんな事を考えた次の瞬間だった。

最後の魔法陣のあった方向から天に向かって真っ直ぐに伸びる光が見えた。

それは血のような真っ赤な色をした不気味な光であった。

巨大な魔法陣だけに展開に時間がかかっているようだった。


『まずい!魔法陣が展開し始めた!ファイルは…?』

魔法陣の光がドンドンと強烈に輝き始めた。

いくら巨大な魔法陣だとしても展開が始まればもう数秒後には発動し、この辺り数㎞四方は恐らく焼け野原の様になるであろう。


『くそっ!どこだ!』

必死でベリルが感知を拡げる。


『いた!』

ついに岩場の影で休憩しているファイルを発見した。

物凄い速さでファイルのところまで飛んでいく。

まさに音速、ジェット機並みの速さだ。

何とかファイルの前に到達したが魔法陣は発動したようであり、大きな音と地響きがこちらまで伝わってきた。


「なななな?!ど、ドラゴンマスク?」

ファイルは再び目の前に現れたドラゴンマスクに度肝を抜かれていた。


『くそ!もう向こうの結界に連れていく時間はない!』

一瞬で状況判断をしたベリルはその場で小さめの結界を展開し始めた。


『くそ!間に合え!』


発動した魔法陣の魔法によるものと思われる眩い光が目の中に入ってきたと思った瞬間、ゴウッという音と共に辺りの木々が洪水の様な衝撃に薙ぎ倒され、あっという間に燃え尽きていった。

ファイルが隠れていた岩場の岩も粉々に砕け、ベリルが張った結界の内側だけは無事であったが、その周囲というか、辺り数㎞四方は一瞬で平地となってしまっていた。


「ふー、間に合ったか…」

ベリルは何とかファイルを守れたので安堵する。

そして、事情を知らなかったファイルも、流石にこのような展開になるとは思ってもみなかったようで、しばらくは結界の中で亀のようにうずくまり、ピクリとも動かなかった。

だが、ドラゴンマスクが結界を解除した途端、辺りから漂ってくる焦げくさにおいにたまらず顔を上げた。

そして、目の前に拡がる焼け野原を見て、全てを悟った。


「た、助かった…」

ファイルの顔が泣きそうな表情になっている。

「って、あれ?ドラゴンマスクは?」

ファイルが辺りをキョロキョロして見回したが当のドラゴンマスクの姿は既にどこにも見えなかった。




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