第24話 襲撃

こちらはジャミル達が移動している、とある森の中。

既に、エイドリアル第三王子達の一行は、配下の騎士、屋敷の奉公人等、全ての関係者が王都を脱出していたが、それでも、王都の検問所から出ようとした時に一悶着あった。


流石にエイドリアルに対して手を上げる様な、不埒な門番兵士はいなかったが、どうも、第一王子のデルスクローズの手が回っている様子で、何とかその場に引き留めて時間を稼ぎ、応援を呼ぼうとしていたため、アンジェの兄であり、エイドリアル付きの騎士ヴェルトナがその門番兵士達に対して、

『エイドリアル様に足止めをする行為は、王族に対する不敬罪だ!』

と一喝し、その門番兵士の一人を斬り捨てたのだった。

その事により、他の門番兵士達が、自分達も斬り捨てられる事を恐れ、直ぐに道を開けたため、そこを通過して、何とか王都を脱出することが出来たのだった。


「上手く、フリークス領内に入れるでしょうか?」

いつもは冷静なファイルも移動中の馬車の中から外を見て心配そうにしている。

王都内は既に第一王子の手が回っていることが、先程の門番の件でわかったからだ。


「こちらに来る時よりも事態は悪くなっていると思うので、今の状況なら散らばるよりも、全員が固まって移動した方が良いかも知れないな。」

「そうですね、フリークスまでの道のりは男でもかなり厳しいところがある、ましてや使用人は殆どが女性で戦闘経験どころか山道を歩いたことが無いような者もいる。馬車が少ない分、交代して使用人達を乗車させた方が疲労も軽減されるでしょうし…」

ジャミルの言葉にファイルが相槌を打つ。


「だが、固まって移動すれば目立つことは避けられない。盗賊ではなく武装した兵士に囲まれる事を想定すれば、その方がいくらか被害は減らせそうだが、それでも、場合によってはかなりの被害を想定しなければならないだろうしな。問題がいっぱいだ」

「そうですね。とりあえず、例の作戦で行きませんか?」

ファイルがジャミルに予め立てている計画を提示する。

「えっと、あれだよな。俺がドラゴンマスクに成り済ますってやつだよな?」

「ええ、そうです。フリークス領の事なら隣の、このウギーズ領内にもドラゴンマスクの噂くらい届いているはずですし、ジャミル様ならその怪力を見せつければ、ある程度の人間なら驚いて隙を見せるかも知れませんし、それで上手く騙せれば、後々相手に動揺が与えられるかも知れません。あとドラゴンマスクの格好も私達は見てませんが、ギルアリアの人間以外、誰もその姿を見ていませんので適当で大丈夫かと思われますが…」

「うーん、ホントに大丈夫なのかな?ふーん、仕方がないなあ。」

ジャミルは渋々ながらもファイルの申し出に首を縦に降る。


ドラゴンマスクなる異形の仮面を被った人物が突如としてフリークス領内に現れた。

そして、人外と思われる力で盗賊団を壊滅させ、魔物の群れを一掃させた。

そんな存在が、エイドリアル第三王子の側にいるという事が公になれば、戦況は一変するだろう。


「ジャミル様!斥候が正面と右前方に多数の人の気配を感知しておりますが?」

馬車に声を掛けてきたのは、エイドリアルの配下の騎士ザムラだ。

騎士とは言っても、騎士爵家の者ではなく、士族組の者達であり、階級としてはジャミルより下である。

だが、単なるお飾りの集団ではない。

彼等は厳しい審査の中、その腕を買われて王族に雇われ、エイドリアルの配下に組み込まれた強者達であった。

そしてこの者達は功績を上げることが出来れば、この階級制度の中では珍しく騎士爵の位を授与されるということもあって、ヤル気は十分あり、特に王子の側近となればその気概は特別に強かった。


「分かった、とりあえず、エイドリアル王子と使用人達の馬車等を後ろに下がらせて、騎士を正面と右前方に配置展開しろ!」

「わかりました。」

ザムラと側にいた騎士達がその指示に頷くと兜のライナーを下げ直ぐに配置箇所に散らばる。


「じゃあ、こちらも用意しますか。」

とジャミルが言うと、ファイルも、

「よろしくお願いします。」

と応え、予め用意していたドラゴンマスクの衣装をジャミルに渡した。



「来るぞ!」

やはり、それはウギーズ領の兵士だった。

完全武装で待ち構えているその姿を見れば、デルスクローズの息が掛かっているのは直ぐにわかった。

彼等はジャミル達よりも少し高くなった場所で離れて待機していた。


その兵士の集団の真ん中にはウギーズの第一騎士団長のザンゴッドがいた。

鎧兜に身を包み、巨大な大剣を肩に担ぎながら、馬に乗って行く手を塞いでいる。


「待っておりましたよ、エイドリアル様!」

その表情は絶対の自信に満ち溢れていた。

こんな顔をする時、人間は必ず罠を仕掛けている。


「何かあるな。気を付けて下さい!」

馬車の中から外の様子を窺うファイルがその違和感に気付く。


「了解だ!こちらはいつでもいいぞ!」

ジャミルが応える。


「やれい!」

ザンゴッドが大剣を真上に掲げると、それが合図となり、右前方の兵士だけでなく、気配隠蔽で気配を消していた兵士達が一斉に現れた。

その手には矢の先に火がついた弓を持っている。


そして、ザンゴッドの先程の命令で一斉に火矢が放たれた。

無数の火矢がエイドリアルの兵士達に浴びせかけられる。

だが、ある程度の攻撃は想定していたため、金属の盾を使って、それらを回避する。

だが、彼らの目的は兵士だけではなかった。


馬車や馬にその火矢が命中し、馬は暴れだし、馬車は炎上する。

「くそっ!馬車狙いか?!」

彼等は、ここが森の中だというのに、危険性度外視で火を使って来ている。

それに、朝に王都を出ていたので、まだ日も高く、森の中も薄暗いとはいえ、その場所は比較的明るく視界が効くため矢の命中精度もかなり良かった。


そして、ウギーズの兵達は、今度は火矢だけでなく火の付いた小さなガラスのビンを投げつけてきたのだ。

それをエイドリアルの兵士が剣で叩き割ると、ビンの中に入れられていた油が兵士の鎧兜にかかり、それに火が燃え移って兵士が火ダルマとなる。

「うわあああ!!」

兵士を包んだ火は一瞬で燃え上がった。

流石の精鋭兵士も悲鳴をあげて倒れ込む。


その火は辺りの草や枯枝にも燃え広がる。

エイドリアル達の一行の周りはあっという間に火の海となる。


「ふあっはっはっは!どうですか?!熱いでしょう?包囲網の方に逃げてくれば、我らがお相手致しますぞ!」

ザンゴッドが馬車から降りてきたエイドリアル達に声をかける。


「兄上の差し金か!卑怯な奴!」

エイドリアルがザンゴッドを睨む。

「それは、お褒めの言葉としてとっておきましょう。」

「エイドリアル様!早く後ろへ!」

ヴェルトナがエイドリアルの腕を引っ張る。


その時だった。


「うおおおおあお!!!」

ドラゴンマスクに扮したジャミルが雄叫びを上げて、エイドリアル達の馬車の後方から飛び出してきた。

そして、エイドリアル達の前に背を向けて立つ。

「王子様!さ、早く後方へ、こちらはわたくしにおまかせ下さい!」

「その声は、ジャミルか?!」

ジャミルの声を聞いて直ぐにヴェルトナが気付く。


「さあ、早く!」

「わかった!」

ヴェルトナがエイドリアルと共に後方の部隊と合流のため移動する。


「何者だ!!?」

ザンゴッドがジャミルに問い掛ける。

「今、フリークスで有名なドラゴンマスクだよ!」

「何だと!?貴様が?」

ザンゴッドがジャミルの姿を見て不審そうな顔をする。


「まあ、良いわ、ここで噂のドラゴンマスクを討ち取れば、ワシの名声も上がると言うものだ…良かろう、相手になってやる!皆の者!!こやつは例のドラゴンマスク!エイドリアルにくみする不届き者だ!全員で討ち取れい!!」

ザンゴッドがそう言うとウギーズの兵士達が雄叫びを上げてジャミルに飛び掛かってきた。


高速で振り下ろされた剣をジャミルは余裕で躱す。

そして、自慢の怪力で兵士を鎧ごと殴り付ける。

すると、その兵士は10m程、ふっとんで後ろの兵士にぶつかる。

鎧は殴られた部分がボッコリと凹み、殴られた兵士はピクリとも動かない。


今度は二人掛りだが、ジャミルは両手でそれぞれ相手の剣を持つ手を握ると、一瞬でその腕を握り潰し、今度は相手の膝の辺りを蹴り付けた。

グシャリという鈍い音と共に鎧を付けた兵士の足が有らぬ方向へ曲がり、兵士は悲鳴を上げてその場に倒れ込む。



それを見た他の兵士が警戒を強めるが、先程のジャミルの力を見て、恐怖心を抱く者も出てきて、騒ぎ始める奴も出てきたようである。

「うわあ!フリークスの英雄、ドラゴンマスクだ!」

「A級の盗賊団を壊滅した奴だぞ!」


その場の雰囲気に乗じてジャミルが腰の剣を抜く。

「はいはい、俺の作戦にまんまと掛かってくれてありがとさんよ!」

ジャミルが仮面の下でニヤリと笑う。


「何をしている!奴を止めろ!噂に踊らされるな!奴も所詮は人間だ!」

ザンゴッドが焦っている様子だが、まだ余裕があるようだ。

「奴は一人だ!槍兵!囲んで奴を串刺しにしろ!あと奴等の使用人達を殺せ!」

「何!?戦争で一般人を殺すのは御法度だぞ!」

ジャミルが叫ぶとザンゴッドは残忍な表情を浮かべて叫ぶ。

「お前は強い!だが、所詮は一人!だから他の者と分断すれば、以外とそこに驚異はない、この様にして、ここにいる奴にお前を攻め立てさせ、その間にエイドリアルや他の人間を殺すことも可能だからな!うわっはっはっはっ!」

「くそ!」

既にジャミルの周囲には槍を持った集団が集まって来ている。

一人一人相手をしている暇はないが、殺らないと殺られてしまう。

握った剣を振り回し、槍の先を切り落としていくが、次々と入れ替り立ち替り他の槍兵が自分の前に現れてきてキリがない。

それに相手の体に触れない状態で離れているため、相手に致命傷の怪我ダメージを負わせる事が出来ないのだ。


この様にジャミルには怪力はあるが、魔法が使えないため、距離を取られれば何も出来ないのだ。

「うわーっはっはっはっはっ!ドラゴンマスクだと?ははは、まるで闘牛だな!こいつ力はあっても大したことはないぞ!」

ザンゴッドの言葉に兵士が応えるようにして、今度はジャミルの背中に先程の火の付いたビンを一斉に投げつける。

ビンはジャミルの着ている鎧の固さで割れ、ジャミルの体に火が付いて燃え上がる。


「うわあ!あっ、熱い!くそっ!」

まだ、火は鎧の中までは入ってきていないがそれも時間の問題だ。


「ジャミル様…」

ファイルも近くにいたが馬車に火が付き、直ぐに外に出ていたが、ジャミルの様子を見て、恐怖心に体が動かなくなる。

ファイルも所詮は村人である。

こんな戦闘なんかは見るのも初めてだった。

戦闘は殺し合いである。

民間人が普段、味わう事のない独特の戦場の空気というものがある。

強者や指揮官は、そういった空気を読みながら、戦況を自分に有利になるように進めていく。

そこにはこれまで培った経験に裏打ちされている。

素人が頭の中で考えたような事が通用するような世界ではないのだ。


机上の空論きじょうのくうろん

「想像上の役立たずな考えや理論」を意味する言葉。


怪力のスキルを持つジャミルにドラゴンマスクの格好になるように勧めたのはファイルだった。

フリークスで有名なドラゴンマスクに成り済まし、ちょっとジャミルが暴れて力を見せれば相手もたじろぐだろうと安易に考えた結果がこれだった。


彼は震えながら後悔していた。

『くそ!他の人より少しばかり頭が良いからと調子に乗っていた…まさかこんな事になるなら、ジャミル様にドラゴンマスクになって欲しいと言わなければよかった!…所詮は村人のくせに!くそ!くそ!くそ!』

ファイルの頭の中に悔しいという気持ちが駆け巡っていた。


だが、そんなファイルを余所に、既にジャミルの体の炎は全身に回ろうとしていたが、鎧は簡単には脱ぐことが出来ない。

火の付いた油が徐々に鎧の隙間に入り込んでくる。


「うわあああああーー!!」

ジャミルが炎の熱さに悲鳴を上げる。


「ジャミル様ああーー!!!」

ファイルが叫ぶ。



回復水球ヒールウォーターボール!」


どこかから声が聞こえたと思った瞬間、ジャミルの体全体に球形の液体が包み込み、炎を一瞬で消し止めた。


「なっ?!」

ファイルが驚いたが、驚いたのは、彼だけではなかった。

ザンゴッドをはじめ、ジャミル周りにいた兵士達もその光景に驚く。


風槍ウインドランス

再び声がすると、今度は突風が空中に巻き起こり、周囲に燃え広がる炎を吸い取って空中に炎の槍状のものをいくつも形成する。

そして、それらがウギーズの兵士の体に鎧の上から高速で突き刺さる。


「ぐぎゃあああ!!」

「ウグアアアアーー!!!」

炎の槍がその辺りにいた兵士達、全員に襲い掛かっていく。


「な、何が、起こっている?」

その状況を見てファイルが呆然としている。


炎の風槍がウギーズの兵士を次々と倒していき、たちまち形勢が逆転した。


「引け!引けーー!!」

流石のザンゴッドもこの得体の知れない状況には対処出来ない様子であったのか、直ぐに兵を撤退させる判断をし、指示をだす。

流石に騎士団長を伊達にやってはいないようであった。


現場に平穏が戻ってきた。

被害を確認したところ、焼けた馬車数台と炎に包まれた数名の騎士であったが、不思議と人馬共に火傷は程度が軽い状態であり、結果的にエイドリアル達は全滅を避ける事が出来たのである。


「あれは一体?」

鎧を脱いだジャミルがその場に胡座をかきながら辺りを見回して呟く。


「ジャミル様!大丈夫ですかー!!??」

ファイルがジャミルのところに駆け付け、その場に跪く。

「ああ、何とかな。」

そう言われてジャミルは腕を回したりして体を動かす。

幸い、ジャミルの火傷は軽く、と言うか傷が治癒していたので移動に支障は無かった。


「すみませんでした!私の考えが甘くて、ジャミル様の命に危険が迫る様な目に合わせてしまいました…」

ファイルはうなだれながら震え泣いている。


「ファイル!気にするな、俺も少し調子に乗ってしまったからな。お互い様だ…」

そう言うとファイルの肩に手を置いて何回か軽くポンポンと叩いた。


「しかし、先程のアレは一体何だったのでしょう?」

「わからんな、傷も治っているし、確かに魔法だった様な気がしたんだが…。誰も姿を見ていない感じだし…」

ファイルとジャミルが森の中を再びグルリと見回したが、森の中は再び、小鳥のさえずりが聞こえる平和な森に変わっていた。







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