第25話 グレンザの宿屋にて

ベリル達は既に魔法の練習を終えて、フレイルシュタイザー王国ノーフォレスト領内にあるグレンザという街に入っていた。

ベリルと同じドラゴンマスク探索隊のカーシャとベンもこの街にいるのだが、まだ様子を見て接触は避け、別の宿に泊まっている。


ベリル達が森で襲われた件もあるので、カーシャ達には自分達の関係者と思われないように距離を置くこととし、ミロが後で隠密裏にカーシャに接触する予定となっていた。


既にこの日は夕方も過ぎ、辺りは暗くなっていて街の明かりが街の道路を照らし、飲み屋の酔客の声がザワザワと聞こえてきていた。

流石に国が変われば、内乱が起こりそうと緊張状態となっている国とは違って平和な空気が流れていた。


ベリル達はグレンザの中にある『ヨシヌヤ』という宿屋に泊まっていたが、金銭的な問題から相部屋で宿泊となっていた。

ベリルが、『未婚の女性との同室はダメです』と断ったのだが、ミロはその辺りの事に頓着しない性格らしく、『長旅となるので少しでも経費を節約するためだから。』と言ってきたのでベリルも断りきれず、仕方なく同じ部屋に泊まる事になったのだった。



「ん?あ、はい、はい、そうなんですか…」

夕食前に二人が、宿屋の部屋にいるとミロが急に一人で話はじめた。

その様子を見てベリルは直ぐに意味を理解する。

『これは、ガルファイア様と『思念魔法』で話をされているんだよな。』

だが、チャンネルが違うためか、ベリルにはガルファイアの声は聞こえない。


「はい、わかりました。失礼します。」

会話が終わったようだ。

「ミロ様、先程の会話って…ガルファイア様ですか?」

「そうです。」

「何かあったのですか?」

「ベリルさんの仲間の人が襲われていたそうです。」

「ええっ!!それは本当ですか?!」

「はい、ウギーズの領内で兵士達に襲われていたそうです。」

「ウギーズ…?そんな…それで、どうなったんですか?」

ベリルはウギーズと聞いて直ぐにジャミルとファイルの二人であることが直ぐに理解できた。

それまでのベリルは、フリークス領内をはじめ、その周辺の所領に関してあまりよく理解をしていなかった。

だが、この一週間でミロから魔法に関する事以外の知識も教えられていた。


その一つがフリークス領周辺の地理だった。


ベリルはミロから、ウギーズがフリークスから王都に向かう際に通過するところであることを教えられていた。

そのため、襲われたのがジャミル達であることが直ぐにわかったのだ。


「ジャミル様達はどうなったんですか?」

「御師様が助けたと…」

「そうだったんですか!良かったぁ~!って?!ガルファイア様が?」

何とあの時、ジャミル達を助けた魔法使いは実はガルファイアだったようだ。


「まあ、それは良かったのですが、どうも状況は大変みたいですね。」

「えっと…それは一体どういう事で…?」

「ウギーズの連中はエイドリアル殿下を絶対にフリークスに入れさせないつもりらしく、今度は魔法使いを準備するみたいです。」

「えっと?エイドリアル殿下…様ですか?」

「そうですよ。サイズ王国第三王子のエイドリアル・フォン・サイズ様とアンジェリーナ様のお兄様のヴェルトナ様と御一緒におられる様です…」

ミロが現状をガルファイアから『思念魔法』で伝えられ、把握している様子だ。

「ええっ!?ジャミル様って、今、王子様とご一緒なんですか?その状態で襲われたって…あの人は一体アンジェ様から何を頼まれてたんだ?!」

ベリルは皆がどのような密命を受けて行動しているのかは詳しくはわかっていなかった。

カーシャについても兵糧の買い付けということだけしか知らないし、マリナなんかは完全に極秘任務だ。


「詳しくはわかりませんが、かなり危なかったみたいですね。」

「そうだったんですか…それと、魔法使いって?かなり危なくないですか?」

「まあ、危険ですね。また襲われますね、確実に…」

一度でも王族に手を出してしまえば、逃げることは出来なくなる。

なので相手を殺すか、自分が殺されるまで手

を抜くことが出来ない。

ザンゴッドは襲撃が成功するまで何度もやって来るだろう。

いくら他の王子の命令だとしても、その王子が負ければ、逆賊として扱われる。

つまり国に手を出しているのと同じだからだ。


「でも、どうしてガルファイア様がジャミル様達の事を?」

「アンジェリーナ様から依頼がありましたから…」

「依頼って…?この事態を想定していたんですか?」

「それは、何とも…ただ、御師様が聖地サンビアストに行かれる際に、サイズの国情が悪化しているため、エイドリアル殿下のお側に兄上のヴェルトナ様がおられるので、用事の帰りに様子を見てきて欲しいと頼まれたようです。」

「えっと、アンジェ様はガルファイア様とお知り合いなのですか?」

「ええ、私も詳しくはわからないんですが、昔、まだアンジェリーナ様が幼少の時に御師様と出会われたそうで、その時に、重要な何かがあったとか…それから何かとアンジェリーナ様の事を気に掛けておられて、最近は特によく世話を焼かれていますよ。」

「ええっ?そ、そうなんですか?」

ベリルは、大魔導師と呼ばれるガルファイアが、一貴族の娘の事を気に掛けているという事に違和感を覚える。

これも聖龍が名付けた、彼女の持つ『強運の引き』スキルの影響なのだろうか。

それとは別にガルファイアはその事実について何か知っているのかもしれない。


「はい?えと、アンジェ様からの依頼…それって私にも関係ありますか?」

「そうですね、どちらとも言えませんが、ドラゴンマスクに関してなら有るでしょうし、サイズ王国の問題だけなら、無いとも言えるでしょう。」

「そうですか、でも、何故、ガルファイア様が、そのウギーズ領の部隊に魔法使いを投入していると知っておられるのですか?」


ベリルは、何故ガルファイアが、ウギーズがジャミル達の一行を阻止するために再び部隊を投入するという事実を知っていたのか、そして、何故そこに魔法使いが投入されるという話が出ている事を知り得たのかという事に疑問があった。


普通、エイドリアル王子の側にいて、陰ながら護衛をしていたのなら、多少はそのような情報が入ることはわかるが、ガルファイアはどの組織や派閥にも属してはいない、偉大な大魔導士と言えども所詮、単独行動だから彼等の動きなど、わかろうはずもないのだ。


「御師様の話では、何か、ウギーズがどうこうと言うよりも王都で第一王子のデルスクローズ殿下が内々で魔法使いを何人か探していたらしく、王都に立ち寄った御師様にも声が掛かったみたいです。」

「でも、よく断れましたね?そんな危ない仕事だと、内容を聞いてしまったら受けないと自分の命が危なくなるんじゃ?」

「多分だけど、御師様は『自白呪文』を使ったんじゃないかなと…」

「『自白呪文』?」

「ええ、本来は、敵とかから情報を引き出すために使う呪文で、『相手の意思に関係なく術者の問いに答えてしまう』という呪文。恐らくデルスクローズ殿下の配下の者に声を掛けられた時に、それを使ってこの件を喋らせたのではないかと…」

「そ、それって…??!」

「当然、特別な場合以外に使えば、法律に触れます。でも、御師様のことですから、何かそこに不穏なものを感じられたのでしょう。」

「そ、そういうことですか…」

ベリルはガルファイアの危機察知能力の高さに驚く。


「ということは、雇ったその魔法使いを自分の派閥の人間のいる領内に送り込み、王都を脱出しようとする王子を待ち構えて殺すために待機させていたということですか?」

「その可能性は高いですね。ですが、あくまでも可能性ですが…今回はその魔法使いが来ていなかったのが幸いしたようですが…」

「それって?」

「多分ですが、魔法使いの手配が間に合わなかったか、あ、いやそれだと御師様が魔法使いがとは言わないか…そうすると、功を焦った領付の騎士が手柄に目が眩んで、最初の魔法使いの同行を断ったのかも知れませんね。」

「なるほど、逆にそれがジャミル様達の命を助ける事になったと…」

「ええ、でも彼等も一度王族に手を出していますし、次の阻止戦にはどんなことをしても、命懸けで止めようとするでしょう。そう考えれば必ず魔法使いが現れますね、どんな魔法使いが来るのかわかりませんが、もし複数ならば御師様でも抑えるのは難しいかも知れません。相手もこちらに御師様、いえ魔法使いがいるとわかっていますし、警戒しているでしょうから…」

「そんな…」

相手は兵士だ。

ミロの言う通り、王族に手を出したのだから、後には引けない。

今度は命懸けでやって来るはずだ。

ベリルは不安が自分の心を覆っていくのがわかった。


「今のところ御師様はジャミル様達の前に姿は出しておられない様ですけど…」

「それは何かお考えがあるとかですか?」

「そうですね、相手に手の内を見せないためにも、というところでしょうか?」

「そうですか。」

「まあ、世界大陸中で五本の指に入ると言われている御師様がついているのですから大船に乗ったつもりでいましょう。」

「そ、そうですよね。大丈夫ですよね。」

そう応えながらもベリルにはまだ、心に何か引っ掛かっていた。

それは聖龍のような、とんでもない魔法を使う様な魔法使いが現れれば、いくらガルファイアが強い魔法使いであってもやられる可能性が高いに決まっている。


まあ、確率的に数は少ないだろうが、居ない訳はないだろう。


「どうしたのですか?」

ミロがベリルの様子を見て心配そうに声をかける。

「ええ…」

ベリルが自分の心境を包み隠さずにミロに話した。


「それほど気にされるということは、何かあるのでしょう。」

ミロもベリルの言葉にどうも気に掛かったようだ。

魔法使いは占い師という訳ではないが、虫の知らせや嫌な胸騒ぎといった平常とは違う感覚を普段から大事にしている。

それは日頃から超常的な感覚の世界に身を置いているからという理由もあった。

「それでは、一度、ウギーズ領内のジャミル様達の様子を見に行かれたら如何でしょうか?」

「えっ?様子を?」

「ええ、そうです。幸い、こちらは今のところ安定していますし、もし、何かあったとしても聖龍様の力を持つ貴方あなたならば一瞬で向こうとこちらとの間を行き来する事が出来るでしょうから…」

「そ、そうですね。少し位なら…」

「でも、聞かされている状況から、移動には気配隠蔽の状態でした方が良さそうです。それとベリルさんが今、ジャミル様達に正体を知られるのは止めておいた方が良いでしょう。陰で御師様と連携を取った方が得策かも知れません。」

「わかりました。そうします。」

「では、私はその事を御師様に連絡をしておきます。」

「よろしくお願いします。」


ベリルはそう言うと、ドラゴンマスクに変身し、直ぐに気配を遮断した。

そして宿屋の二階から飛び出そうと窓を開けたが、飛び立つ前にミロから声を掛けられた。


「行かれる前に夕食は食べて行かれた方が良いのでは?」

そう言われてしばらく間が空く。


「…………はい。そうさせてもらいます。」

そう言うとベリルは変身を解き、恥ずかしそうに窓を閉めた。

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