第22話 決断
ここは、サイズ王国の王都ザクソニアン。
ワイドハイル男爵家の五男ジャミル・ワイドハイルとウルノ村の地主の息子ファイルはアンジェの指示により、サイズ王国第三王子、エイドリアル・フォン・サイズの屋敷にいるアンジェの兄ヴェルトナ・フリークスと接触していた。
サイズ王国の王位継承争いは内乱が起きるのではないかと言われていて、表面上は落ち着きを見せているようであったが、既に、水面下ではかなり深刻な事になっていた。
「ファイル君、それは大変な状況ではないのか?」
そう言ったのはヴェルトナである。
エイドリアルの屋敷の一室においてヴェルトナとジャミル、ファイルの三人がテーブルを挟んで難しい顔をしている。
そして、そこには第三王子の姿もあった。
ジャミルは、ファイルとともに何とか王都に入っていたのだが、その道程は楽ではなかった。
それは決死行と言っても良かった。
彼等は体中に軽いとはいえ多数の傷を負い、この屋敷にやって来ていた。
案の定、フリークス領の人間、それも貴族であるジャミルが王都に向かうということは、王位継承に関して、何らかのメッセージや意図を持って移動していると思われるからだ。
当然ながらフリークス領を抜けて、他の領内に入る時に、検問があり、通過時に身分がバレてしまう。
その時点では、ジャミルが男爵家の者であることもあり、特に問題なく普通に通過することが出来る。
だが、領内を通過する時にもし何かあったとしても、それはそこの領主には関係はない。
つまり、盗賊に襲われ、命を落としたとしても、それは、ジャミル達の責任であり、領主に責任は問えないという何とも世知辛い世界なのだ。
実際、ここに来るまでに二回。
盗賊なのか、盗賊を装った兵士なのか、武装した者達から襲撃を受けた。
だが、それは全てジャミルのとんでもない怪力の力でねじ伏せられた。
まさか、小柄な男爵家の五男が百人力の怪力持ちであろうとは誰も思っていなかった。
驚異的なジャミルの筋力で、襲ってきた人間は腕や足をもぎ取られ、頭を生卵の様に潰された。
まさに怪物、いや魔物である。
こちらもベリル達と同じく、二人旅であったのが項を奏していた。
それは、襲撃者がジャミル達が、二人であるという事への油断と、それに対して少人数で対応したということであった。
ジャミルはそれら襲撃者の一人を除いて、全ての口を封じた。
男爵家の五男とは言え、騎士や武門に従事している士族と同じく王国を守る家系である。
残した一人は拷問にかけ、口を割らせる。
白状させた後は、領内の警備隊等に引き渡す。
白状しない場合は、処刑する。
だが、今回の場合は、どちらであっても処刑することにしていた。
盗賊ならば殺されても文句は言えないし、もしそうでなくても、この場合、二人の命の危険性を考えれば、当然の行動だ。
もし、領主の指示により行動されているのであれば、すぐに次の刺客が現れ、領内から出ることはさらに困難な状況になる。
直ぐに移動して早急にその領内から出なければならない。
今回は、どちらも口を割らなかった。
つまり、単なる盗賊ではなかったという事だったのだ。
ベリル達の時と同じく、普通なら二人の旅人なんて、多人数の盗賊は襲わない。
商隊等を襲った方が当然ながら実入りが良いはず。
それなのに、襲ってきたのだ。
一人は村人だが、もう一人は帯剣し、軽鎧を装備している、明らかに騎士の様な出で立ちの人間なのにだ。
そんな人間を襲えば自分達も只では済まない。
そんなリスクを考えれば、騎士や剣士、冒険者などがいない方が襲う方としても楽に報酬が手に入る。
普通はそう考えるので襲うことはまず無い。
だが、そいつらは二人を襲ってきた。
とすれば彼らの目的が金目当てではないことがわかる。
王都は内乱が起こっていないが、実のところ、周辺の所領は既に王位継承争いの派閥割れで、いつ戦争になってもいいようにと、戦の準備とともに、周辺の所領に対して警戒体制と場所によっては臨戦態勢に入り、表向きは平静を保っている様に見せつつも、不穏な動きをする者はこのように陰で襲って排除し、不安材料を消去していたのだ。
この話をジャミルがヴェルトナに説明した反応が先程のものだった。
「周辺の各領がその様な不安定な状況になっているとは…」
そう呟いたのはエイドリアル第三王子だ。
当然だが、国を治める側の人間にとっては国内が緊迫状態になっていることに心を痛める。
それが王族として普通の反応だった。
それに応える様にファイルが現状を説明した。
「エイドリアル殿下、私はウルノ村のファイルと申します。本来、私のような者が王子様とお話をさせて頂くようなことは出来ないのですが、事は緊急事態でありますので無礼を承知で話をさせて頂きます。」
とファイルが話始めると、エイドリアルはその人物が持つ不思議な雰囲気に飲まれたのか、黙って頷く。
「先程のジャミル様のお話の通り、所領は既にこれから起ころうとしている王位継承争いに伴う内乱の発生に対応するため準備に入っていると思われます。ここに来るまでに、各領内では兵が慌ただしく移動し、兵糧と思われる大量の積荷を載せた馬車が我々の側を何台も通りすぎました。国を治められている王族の方に言いたくはありませんが、フリークス領もアンジェ様が既に兵糧の手配を進めている状態であります。」
「何だと?!アンジェが?」
それを聞きヴェルトナが驚いて立ち上がる。
自分達の家もその様な状態となっている事に少なからずショックを受けたようだ。
「ええ、フリークス家は今回の件に乗じて内乱を企てるとか助長しようとしている訳ではございません。あくまでも最悪の事態を想定した事前準備です。それは他の領も同じだと思われますが、もし内乱が発生すれば国内が混乱を極める事はもちろん、隣のフレイルシュタイザー王国にも影響が及ぶことは目に見えています。そうなればどの領がどなたの派閥に入っておられるかハッキリと把握しておかなければ、この先、まだ派閥入りをしていないフリークス領の様な辺境所領の行く末は非常に不安定となります。」
「エイドリアル殿下を目の前にして、それを口にするか…」
ヴェルトナは、ファイルの話を聞き、それほど王都外が緊張状態にあることを初めて認識する。
「エイドリアル殿下、先程も言いましたが、私達は内乱を求めている訳でもなく、ダイス様が誰かの派閥に入る事に異を唱える訳でもありません。ただ、この国の平和を、国民の平穏な暮らしを守りたいと思っているのです。そのためにもエイドリアル王太子殿下の考えをお伺いしたいのです。」
そう言ったのはジャミルである。
本来、ファイルと同様、この様な一国の運命を左右するような決断を、王族であり、また王位継承権のある人物に男爵家の五男程度の者が聞ける訳もなかった。
だが、ジャミルがエイドリアルに跪いてそう話すとエイドリアルが口を開く。
「お前達の話を聞くまでは、中々私も決断が出来なかった。見ての通り、今、この屋敷には既に私を守る様な騎士というものはヴェルトナ以外で騎士は数人しかいないし、あと屋敷には執事と僅かな使用人しか残っていない。恐らくこのままの状態では済まないであろう事はわかっていたし、特に第一王子のデルスクローズ兄様がシャルマン兄様や私を殺そうとしていることは知っている。」
「殿下!」
ヴェルトナが泣きそうな表情になる。
兄弟間で殺し合いとなる悲惨な状況と、自分が慕っている王子が死を覚悟していることに気付いたからだ。
「話は変わりますが、エイドリアル殿下は『ドラゴンマスク』という者を御存知でしょうか?」
突然、ファイルがドラゴンマスクの話を始めた。
普通、こんな緊迫した雰囲気の中でする話ではないのだが、そこに何らかのファイルの意図があると皆が感じる。
そう尋ねられたエイドリアルが目線を上に上げながらその単語に関する記憶を思い出そうとする。
「ん?それは巷で噂になっているフリークスの英雄の話か?」
「ええ、そうです。」
「あれはアンジェが、勝手に作り出した話だと王都ではもっぱらの噂!兄としては非常に恥ずかしい話です。」
やはり、王都では王子をはじめ実兄のヴェルトナでさえもあまり信用はしていない様子である。
「実は、この『ドラゴンマスク』ですが、その後、ギルアリアの街を襲ってきた数百の魔物を討伐し、その状況をギルアリアの騎士、冒険者、そして街の者達がその場で目撃しております。」
「な、何だと!?それは本当か!?」
ヴェルトナが椅子から立ち上りエイドリアルを見る。
エイドリアルもその話に釘付けとなったようだ。
噂ではなく何百という魔物を一人で倒せる者がフリークスに実在する。
それだけで王国とすれば脅威となる。
内乱など起こしている暇などない、それこそ国をひとつにして対抗しなければ国が滅ぼされる恐れもある。
先ほどまで単なる噂話と思っていた与太話が既に王子やヴェルトナの中で現実のものとなっていた。
由緒あるフリークス家の、それも、その領主の娘アンジェが、ドラゴンマスクを探すため探索隊を結成し、その隊員が自分達であると最初にこの二人がやって来た時に名乗られた。
冗談なのか。それとも頭がおかしくなったのかと思っていたが、まさか、本当に存在したとは思っても見なかった。
「そ、それで、その『ドラゴンマスク』は見つかったのか?」
エイドリアルがジャミルに尋ねる。
「いえ、それはまだ。ですが、アンジェ様なら見つけられるかと…」
そうジャミルが答えるとヴェルトナの表情が変わる。
恐らくアンジェのあの特殊な力のことを薄々知っているのだろう。
「そ、そうか…で、では、父さ、いや、父上はどの派閥に?」
「ダイス伯爵は国王様の家臣です。現在はどの王太子様の家臣ではありませんので派閥入りはされてはおられません。ですが、もしドラゴンマスクが見つかり伯爵様の配下となれば、それが牽制となり国は安定します。それにそのドラゴンマスクがどの派閥に入るかなどと言う問題は、その伯爵様自体を取り込めば自動的にその派閥となりましょう。」
とファイルが言う。
「そうか!では…内乱を止めたいと思っている私がダイス伯爵に話をして…仮の私の派閥を作って入ってもらえれば、兄様たちも動きを止めるかも知れない。」
エイドリアルが目を輝かせて言うが、
「事はそう簡単には行かないかも知れません。」
そう言ったのはジャミルである。
「仮にエイドリアル殿下が仮の派閥を作ったとして、その『ドラゴンマスク』なる者が見つかるという保証はありません。」
「確かに…では、どうするのだ?」
「とりあえず、その話は後回しにしましょう。それよりも、この王都はエイドリアル殿下にとって非常に危険な場所です。どちらかに身を隠さなければ他の王子に命を狙われる可能性が十分にあります。なので、できれば私共に付いてフリークスに入ってもらいたいと思っておりますが?」
ジャミルがエイドリアルに言うと、ヴェルトナが怒る。
「ジャミル!こんな危ない時期に殿下を王都外に出させるつもりか!?そんなことをすればどうなると!」
「わかっております!ですが事態は急を要しております。このまま殿下をこの屋敷に残しておけばどうなるかヴェルトナ様もよくお分かりだと思いますが…?」
「…た、確かにそうだが…かと言って、殿下を危険だとわかっている王都外に出すなど…」
ヴェルトナがその判断に板挟みとなっていた。
下を向き、唇を噛む、
王子を屋敷に残して他の王子の刺客に怯える日々を過ごすのか、それとも、事態が収まるまでフリークスに入るのか、そして、そのために危険な逃避行をするのか…どちらにしても王子には命の危険性があるのは間違いない。
「フリークスに行こう。」
エイドリアルが立ち上がるとそう言った。
「殿下!」
「エイドリアル様!」
ヴェルトナ達がエイドリアルを見る。
「この屋敷にいる者は全て連れていく。残せば、私がフリークスに行ったことをその者に拷問してでも聞くだろうし、命の危険性はこの屋敷に残っていれば今の私と同じだろうしな。」
エイドリアルがそう言うとヴェルトナも頷き覚悟を決める。
「分かりました。では、騎士は殿下の護衛に付け、馬車と騎馬で移動させましょう。あと、使用人は目立たないように数名の班に分けて王都を抜けさせます。」
「わかった。だが大丈夫か?」
「今なら逆に殿下の一行として全員が王都を出ていく分については大丈夫でしょう。班分けはその後で行うことにしましょう。ただ、他の領内に入る時には気を付けなければなりませんが、それぞれの班には騎士を数名ずつ付けます。それに…」
「ん?」
エイドリアルがヴェルトナの言葉の途切れとその視線の先を見た。
そこにはジャミルがいた。
「フリークスの守護神がいますから。」
とニッコリと笑う。
「あはは、ヴェルトナ様も冗談が上手ですね、フリークスの守護神は私じゃありませんよ本当の守護神は『ドラゴンマスク』ですよ。」
とジャミルが返す。
「そうなってくれれば良いのだがな。じゃあ早速、ここを離れる準備を!私は他の騎士に事情を説明する。ジャミルは悪いが、ファイルと共に執事と使用人達に事態を説明して逃げる用意をしてくれないか?」
「了解しました。」
ジャミルとファイルが頷く。
こうしてエイドリアル本人の決断により、エイドリアルは王都を脱出する事になったのだった。
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