第20話 極大魔法

聖龍の化身ドラゴンマスクとなったベリルと大魔導士ガルファイア・マーズの弟子の魔法使いミロにより、闇夜に迫ってきた敵は簡単に倒せるものと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。


「あっ、!」

ミロが小さな悲鳴を上げた。

そして、地面に転ぶ。

つまずいた訳ではない。


『ち、力が入らない。ま、魔力が?』

ミロは自分の魔力がほとんど無くなってきていることに気付く。

近くにいた敵が短剣でミロを襲う。


ミロは残り少ない魔力を振り絞り、その敵に風魔法を使って切り裂いた。

風魔法と言えども深く体を切り裂けば、刃物と同じで相手を殺すことも可能だ。


「ぐはっ!」

敵は小さな声を上げて倒れ込む。


しかし、ダメージを負ったのは敵だけではなかった。

ミロも敵の短剣で左腕を負傷していた。

服に結構な量の血がにじむ。


何十もいる、盗賊と思われる者達の中に、何人かの実力者がいた。

それもかなりの体術と魔法の使い手であり、それらの者が二人に抵抗していた。

そして、最初にその抵抗を受けたのがミロだった。


魔法により相手の身体機能を奪う『拘束魔法』の罠に引っ掛かってしまったのだった。

これは、余程の実力差が無いと、自分よりレベルの低い魔法使いの魔法でも逃れることは難しい。


「くっ!」

ミロは、彼等が念のためにと仕掛けていたトラップ型の『魔力吸収魔法』にかかってしまったのだった。


これは、術者が森の中の木や岩などに縦横に魔力吸収の特性を持つ魔糸を張り巡らすというもので、その森の中を対象者が移動する度、知らず知らずのうちに、その魔糸を体へドンドンまとわり付かせてしまうというもので、その体に付いた蜘蛛の糸の様な極細の魔糸が対象となる魔法使いの魔力を奪い続ける。

そして、最終的には対象者の魔力を枯渇するまで吸収し、昏倒させてしまうという恐ろしい罠だ。


ミロもその罠にかかってしまい、魔力が枯渇する直前で、体が支えきれなくなり倒れてしまったのだった。



『ミロ様!』

ベリルが、『思念魔法』でミロに声をかける。

ミロの位置を感知したが、かなり魔力が失われている状態である事がわかる。


それに、その直ぐ近くに敵がいた。

ドンドンとミロに近付いてくるのがわかる。


ミロが魔力を奪われ、『気配隠蔽』の魔法を維持出来なくなって、魔法が解除されたため、その位置が相手にバレてしまったのだ。


だが、こんな高等な戦術を盗賊が使うわけがない。

ベリルにもそのくらいはわかる。

では、一体、こいつ達は何者なんだ?

だがボヤボヤしていたらミロの命が危ない。


だが、かと言って、聖龍の持つ極大魔法をこんなところで使用すれば、奴等どころかミロまでもが命を落としてしまいかねないレベルのため行使することは出来なかった。


実のところ、ベリルが先程使用した『感知魔法』は、感度を研ぎ澄ました際にスキルレベルが上がり、上位スキルの『索敵』となっていた。

そのため、『気配隠蔽』の魔法を使っていた相手の位置までもがわかるようになっていた。


「くそっ!一か八か!」

ベリルは聖龍の森で使っていた、『アバータ』の魔法を使い、自分の分身体を付近一帯に20体程作り出した。


そもそも『感知』の魔法は相手の魔力を感知し、その存在や位置を知るものである。

そのため、ベリルが放った『アバータ』による複数の魔力の気配は、一瞬ではあったが、ミロから相手の気を逸らすには十分な威力があった。


「なんだ?!急に気配が増えたぞ!?」

「こ、これは!囲まれているぞ!気を付けろ!」

相手はベリルが作った魔力の塊を人間と勘違いしてパニックに陥ったのか小さな声で口々に叫んでいる。

流石に彼等には『思念魔法』は行使出来なかったようだ。

ベリルはその間に、ミロの場所まで高速移動する。


『大丈夫でしょうか?』

ベリルは『思念魔法』でミロに声をかける。

『だ、大丈夫です。ベリルさんこそ、ここは敵のど真ん中ですよ、大丈夫ですか?』

『大丈夫です。ミロ様、私に掴まっていて下さい。ここから脱出します。』

『えっ?』

ミロがベリルに言われるがまま、ベリルの体にしがみつく。


「罠にかかった奴を先に殺せ!」

誰かが叫んだ。


その直後、ベリル達の四方から投げナイフや軽量の小型剣が飛んできた。

だが、それらの武器はベリル達に当たらなかった。


「き、消えた?!」

暗闇の中から、驚く声が聞こえたが、先程までベリル達の居た場所には誰も居なかった。


この時、既に、ベリル達は彼らの上空にいた。


聖龍のスキル『飛翔』で、ミロを抱えたまま飛び上がり、地上約100mの位置まで瞬時に移動していたのだ。


ベリルが上空から、敵の数を感知した。

約15人程がまだ残っている。


こちらにはミロもいる。

上空から魔法を放てばミロを巻き込まずに奴等を倒すことが出来る。

ベリルの放つ強力な魔法が相手に当たれば、必ず相手は死ぬ。


『また、多くの人を殺すのか…』

ベリルが魔法の発動を躊躇する。


『覚悟を決めい!ベリル!』

聖龍の思念波がげきを飛ばす。

『でも…』

『お前が今、奴等を殺さなければ、奴等はまた、罪もない人々を殺す!ということは、お前がここで奴等を見逃せば、後に殺される者達はお前が殺したのと同じ事になるんじゃぞ!』

『!!!?!!』


聖龍の言葉にベリルはハッとする。


『そ、そうだ、コイツらは今まで罪もない人達を殺してきたんだ!今、僕がコイツらを殺らないとまた、罪もない人達が殺されてしまう…』

ベリルは腹を括った。


人は何かを決心すると、他の物事に動じなくなる。

ベリルの場合は『人の命を守る』という事だった。

人の命を守るためには、『悪い奴等の命を奪う』事については、罪の呵責に囚われないと決心したのだ。


すると今まで悩んでいたことが馬鹿だったみたいに気が楽になった。


ベリルはミロを抱えたまま、さらに上空に飛んでいく。

森が遥か下に見える。


「な、何を?!」

ミロがベリルの行動に驚く。

こんなところで魔法を放っても効果は少ないはずなのに…


「ま、まさか?!」


ベリルはドラゴンマスクの姿で空中に浮遊したまま、片手を上空に差し上げ、魔法名のみを叫ぶ。


隕石衝突メテオインパクト!!』


呪文詠唱省略の極大魔法だった。


それは近くの村に被害が及ばない最小限のモノであったのかも知れない。

だが、そこにいる生物は全て攻撃の対象となっていた。

数㎞四方の森が一瞬で消滅する程の隕石が炎に包まれてベリル達の真下に落下、フレイルシュタイザー王国の王都にまで届くかと思われる程の轟音が周囲に響き渡り、それとともにその衝突の衝撃波があたりに拡がった。


核爆弾の如く、火柱がきのこ雲とともにその場所に沸き立つ。


衝突した地面は広く深くえぐり取られ、周囲の木々は瞬間的に蒸発した。


当然、その辺りにいた盗賊だったかも知れない人間達も消滅していた。



「……や、やりすぎでは?」

ミロもドラゴンマスクの魔法は危険だと聖龍の思念波により聞かされてはいたが、これほどとは思っていなかった。


聖龍はハッキリと言えば、いやハッキリと言わなくても神クラスの聖獣である。

そんな存在が、人間同士の戦いのために、『火球ファイヤーボール』等と言うようなチンケな魔法を使うことは決して無い。

従って使用する魔法も神クラスであり、そんな存在の力を継承するドラゴンマスクの魔法がチンケな訳がないという理屈だ。


ベリルも先程の盗賊達を『龍神の裁き』と割り切って魔法を行使した。

そして、今後も自分は『龍神の代行者』としてこの力を使おうと心に決めたのだった。


夜も遅くなり、また、自分達が野営する場所さえも吹き飛ばしてしまったベリル達は、『飛翔』の力で移動し、そこから一番近かったイグマ村に立ち寄った。


イグマ村に到着すると、村の者達は村の中に煌々と松明を焚き、何人もの村人が手に手に鎌や狩猟用の短剣を持ち、村の周辺を警戒していた。


そして、その物々しい警戒体制の中で、ベリルとミロの二人が森の奥から現れたのだった。


「だ、誰だ!と、止まれ!」

確かにこんな夜中に森の中から出てくる人間ほど怪しいものはない。

止められて当然だ。


「あ、怪しい者ではありません。私達はサイズ王国のフリークス領からやって来ましたベリルという者です。盗賊に襲われて命からがら逃げてきましたが仲間の者が怪我をして…」

「何ぃ!?盗賊だと?」

二人を見咎めた村人達であったが、ベリルやミロがまだ若い少年少女であり、ベリルの言う通り、ミロが腕に怪我をしていたため、直ぐに村の中に通したのだった。


「早く中へ!」

村の周囲には、木製ではあるが、丈夫な塀が張り巡らされており、塀の表面も泥を塗って乾燥させているため、例え火矢を射掛けられても燃えにくい様に仕上げていた。


ミロの腕の傷は最初、かなり深かったのだが、ベリルが治癒魔法で、ある程度の応急措置をしていたため命に別状はなかった。


しかし、安静にしておく場所が必要であると判断し、この村にやって来たのだった。


村人達も流石に若い女の子が怪我をしているのを見て、そのままにしておくことが出来なかったようだった。


ベリル達は村の中にあるひとつの家に連れて行かれた。

家の中には、何人かの男達が一階のリビングの机を囲んで何やら相談事をしている様子であった。

そして、その中にいた一人の男がベリル達に気付くと椅子から立ちあがりベリル達に近付いてきた。

年齢は30歳くらい、男達の中でも若い方だがしっかりとした感じがする。


「盗賊の事も気になるが、もしかして、お前達はあの森の中を通って来たのか?」

その若い男がベリル達に質問してきた。


当然、『あの森』というのは先程のベリルの魔法の件だ。

あれほどの魔法である、この村にその音や衝撃が届いていないはずがない。


「え、ええ、私達も何が何だか分からず、ここまで逃げてきました。」

ベリルがそう答えると、その男は、さすがにあの轟音の主が目の前にいるとは思わなかったのか、話を続ける。

「そうか…私はジムル。この村の村長をしている。君達は?」

若いのに村長をしているというジムルにミロが応える。

「私達はサイズ王国のフリークス伯爵が御息女、アンジェリーナ・フリークス様の使いの者です。故あってこの地を通っておりました。そして、その途中で盗賊達に襲われまして…」

ミロはあえてドラゴンマスク探索隊のことや『現世魔王』の事を秘して話をした。


「おお、お隣のフリークス伯爵様の縁のかたでしたか!それはそれは大変な目に遇われましたな。出来れば詳しく教えて貰いたいのですが、よろしいか?」

ジムルがミロに説明を求めた。

あんな恐ろしい程の轟音と衝撃が届いた村にとって、現在の森の状況を知ることは非常に重要なことであり、村長としては絶対に聞いておくべきことであった。

ミロもそれがわかったのか頷く。


「わかりました。では状況を説明しますと、私達は昼過ぎに国境を越え、その後、森に入りました。日も暮れましたので、林道の近くで野営をしておりましたが、多くの盗賊達がやって来ましたので命からがら逃げてきました。盗賊達は何十人もいて、どこをどう逃げたのかわからないまま必死で逃げ、辿り着いたのがこの村でした…その途中であの大きな音と衝撃がして…もう何が何だか…」

ミロが上手く事実を隠しながらジムルに説明すると、

「何十人もの盗賊となると、傭兵崩れの者達か…」

ジムルが呟く。


「傭兵崩れと言うと?」

今度はそれを聞いたベリルがジムルに質問する。

「ああ、彼らは元冒険者であったり、以前は国の金で雇われた兵隊達で構成されていて、仕事にあぶれた者達が徒党を組んでこの近くの森に潜んで暮らし、国境を越える人達を襲っては金品を奪っていると聞いている。他の盗賊達と違うのは、前職の仕事で培った技等を使って盗賊稼業をやっているというところかな。」

「やはり…」

ミロがその説明を聞いて納得する。

各人との連携の取り方や『気配隠蔽』等の魔法を使うことなど、ただの盗賊には出来ない芸当だ。


「で、先程の大きな音と衝撃について何か知っているのか?」

「先程も言いましたが、全くわかりません。私達が逃げている後方でその大きな音は聞こえましたが…」

ミロはあえて嘘をついた。


あんなとんでもない魔法の事を知っていると言えばまた、問題が起こるのは目に見えていた。



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