第19話 忍び寄る悪意

ここは、フレイルシュタイザー王国ノーフォレスト領内にある村近くの森。

近くと言っても村までは数㎞はあるのだが、その付近の獣道の様な場所をベリル達は歩いていた。


特に問題も無く、国境は通過したのだが、そこの衛兵から嫌な情報を教えてもらった。

それは、ここ最近、この周辺に盗賊達が頻繁に出没しているとの事であり、王国としては兵士達を出して警戒に当たらせてはいるものの、すんでのところでいつも逃げられ、根本的な解決はしていないとの事であった。


「盗賊って…ヤバいですよね?王国の兵士さんでも捕まえられないって…」

とベリルが言うと、ミロがすかさずツッコミを入れる。

「ベリルさん、ご冗談を。確か貴方は以前、ドラゴンマスクとなって、あのA級指定のグロウグ盗賊団を壊滅させましたよね?それほどの実力があれば、この辺りの盗賊なんて大した事は無いと思いますが?」

「えっ?あ、あれはたまたま運が良かったと言うか、龍神様の言うことを聞きながらでしたので、何とか討伐出来たと言うか何と言うか…」

ベリルはあまり舌が回らない。

ベリルは冗談であっても、あの件にはあまり触れられたくなかったのだ。


というのも、グロウグ盗賊団の件は、彼が生まれて初めて人を殺した事件であったからだった。


相手は盗賊だったとは言え、ドラゴンマスクの力を使い、その手で人間の命を奪ったことに間違いはなかった。

あの時は、聖龍のスキルのお陰で、精神的なダメージが軽減されていたため、殺した時は大した様に思わなかったが、変身を解いて、素に戻ってみると、そんな事はなかった。

激しい後悔の念がベリルを襲った。


『そんなはずじゃあ、殺すつもりはなかったのに…』


上手くドラゴンマスクの力を制御出来ないままに人をあやめてしまった。

夢であって欲しいと何度思った事であろう。

眠れない日が何日も続いた。

今でもあの時の事を夢に見て飛び起きる時がある。

それほど、あの件はベリルの精神をむしばんでいたのだった。


アンジェにその事を言って相談したが、

『お前はあの時に私やお前の父親の命を救ってくれた。だから、あの時殺した盗賊達の事は気にする必要は全くない、あいつらは殺されて当然だったのだ。』

と言われた。


だが、いくらアンジェに盗賊の討伐を肯定されても、彼が人を殺したという事実が消える訳ではなかった。

そんな気持ちの整理がつかないまま、再び盗賊に遭遇する可能性が出てきたのだ。

正直言って、会いたくない。

殺されるのが嫌とかではなく、またドラゴンマスクの力で相手を殺してしまうのが怖かったからだった。


「あ、あの、と、ところで、その、み、ミロ様は今までに、に、人間を殺したことはあるんでしょうか?」

ベリルがミロにどうしても聞きたいことの一つがこれだった。

だが、正体を明かしていなかった時には絶対に聞くことが出来なかった。

だが、ミロに自分の正体を知られた今となれば、その『人殺しの経験』について聞くことが出来るという訳だった。


ミロもその言葉を聞き、ベリルが言いたいことが直ぐにわかったようであった。


「私がですか?うーん、どうしようかな、本当の事を言っちゃおうかな。」

ミロは少し意地悪い様な表情でベリルを見た。

「あの、で、出来れば本当の事を言って貰えないでしょうか?」

ベリルが、お願いするように手を合わせると、ミロはそれを見て、ニッコリと笑いながら頷く。


「はい、ありますよ。」

ミロはアッサリと答えた。

ベリルはあまりにも簡単にミロが人を殺した経験があることを白状したので、かなり拍子抜けした。


「あ、あの、で、その時に…後悔とか、気持ちが苦しくなったりとか…しなかったでしょうか?」

「そうですね。最初は怖かったです。でも、人を殺した事について後悔はしていません。」

「そ、そうなんですか?」

ベリルにとってはその言葉も意外であった。


「ええ、あの時に私が相手を殺さなければ…」

そこまで言うとミロは遠くを見つめ口を閉ざした。

恐らく、ミロの人殺しの経験はベリルよりも悲惨で、絶対に相手を殺さなければならない状況にあったのであろう。

自分があの時の事を思い出したくないのと同じように、ミロもまた、ベリルと同じ様な気持ちになっているのだと気付くとベリルは大変な事を相手に聞いてしまったと後悔する。


「す、すみません!ミロ様!私が、私自身が聞かれて嫌なことなのに、それをミロ様に聞いてしまうなんて…私は最低な人間です。どうか許して下さい。」

そう言ってベリルはその場に手を付いてミロに謝った。


「気にする事はありませんよ。私達魔法使いという職業に、それは絶対に避けて通れない事ですから。それに、ベリルさんも…」

「えっ?私も?」

ミロが何か含みを持たせた様な事を言ってきたが、今のベリルにはまだわからなかった。



既に国境を越えてから、何時間も経ち、日が暮れ、ベリル達の歩いている森の辺りは真っ暗となっていた。


森の中はどこまでも暗く、気味悪い動物達の鳴き声が静かな森に響いていた。


「ベリルさん、少し遅くなりましたが、この辺りで野営しましょう。」

ミロがそう言ってやって来た場所は、森が一望出来る小高い丘の上だった。

抜けられる道はいくつかあり、例え盗賊に襲われても、丘の高さの利を使って魔法で迎撃も出来るし、もし相手が多人数であっても、障害物に身を隠しながら逃げる事も出来る、いわば、天然の要塞の様な地形であった。


「こんな場所、よく探しましたね?」

ベリルが感心している。

「私の御師様の教えの賜物です。」

ミロが答えた。


近くに洞窟もあったが、ミロいわく、

「ここは一見、頑強な場所に見えますが、洞窟が比較的小さいため、ここに松明等の煙を充満されれば、どうしても息が苦しくなり、外へ出たくなります。それに、奥の方は外と繋がっているので下手をすれば挟み撃ちに合います。」

「なるほど、そうなれば相手の思うつぼですね。要は相手のやり方を先読みするということですね?」

「そうです。」

とミロは答える。


その後もベリルは、平地における多人数との戦闘の要領や、森の中での野営の危険性等についてもミロから教えられる。

そして、二人だけの旅がいかに危険なものであるかが理解できたのだった。


また、最後にミロから、

「ベリルさん、命は一つしかありません。自分や、自分が大切にしている人が命の危険に晒された時、躊躇することなく相手の命を奪える気持ちを持って下さい。」

と言われる。


「躊躇することなく相手の命を奪える気持ちを持つ…ですか?」

「そうです。ベリルさんは今も人を殺した事で悩んでおられます。確かに今は、空に浮かぶ雲の様に命が軽い時代です。ですが、時代が変わっても、その奪われた命は絶対に戻って来る事はありません。貴方にとって大切な人であればあるほど、命懸けで守って下さい。お願いします。」

ミロがベリルに訴える様に話す。


「わ、わかりました。」

ベリルはミロの気迫に圧されたように返事をしたが、まだ、気持ちの整理が付いてはいなかった。



『中々、しっかりした奴じゃのう。』

聖龍がミロの事を誉める。


『それに比べてベリルは…』

と聖龍が言いかけた時、それは起こった。

闇の中に何十人もの人間が動き回る気配がしている。

ベリルは聖龍の言い付けで常に張っている『感知』の魔法により直ぐ様、反応し、ミロに伝える。


「ミロ様!」

ミロもベリルに少し遅れたが、直ぐに頷き、臨戦態勢に入る。

「ベリルさん、この感じ…相手は恐らく盗賊だとは思いますが、人数があまりにも多いです。何か様子がおかしい。」

「そうなんですか?」

ベリルはこんな状況に遭遇したことがないので、これが、当たり前なのかと思っていた。


「ミロ様、私がドラゴンマスクに変身します。どこかに隠れて下さい。」

とベリルがミロに言うが、ミロは、

「ベリルさん、相手は人間です。貴方に殺せますか?」

と聞いてきた。

「えっ?あっ、それは…」

「まだ、迷いがあるのでしたら、私に任せて下さい。」

ミロはそう言うとその場にベリルを残して暗闇に姿を消す。

気配も、最初に出会った時と同じ様な感じですっかり消えていた。


『気を付けろベリル!相手も感知魔法を使っているようじゃぞ!』

聖龍が注意を促す。

普通の盗賊が感知魔法を使うなんて、自分が聞いたことがないだけで、これが当たり前なのかどうかはベリルにはわからなかった。

だが、絶対に油断をしてはならない相手である事は頭の中よりも肌に感じる殺気で理解できた。


ベリルもミロから習った『気配隠蔽』の魔法を使って気配を消した。


『ベリルや、『気配感知』の魔法をさらに研ぎ澄ませ!』

聖龍の思念波が頭に入ってくる。

相手の殺気がドンドンと自分に近付いてきているのはわかっていた。

それは、自分の気配隠蔽のタイミングが遅かったため、ある程度の居場所を相手に知られてしまった様であったからだった。


『くそっ!』

ベリルは戦闘に関してはまだまだ素人であった。

村人としてこれまで平和に平凡に生きてきた。

こんな激しい世界があるなんて想像もしなかった。

だが、ミロから指導を受ける度に、こんな世界に足を突っ込んでしまったのだから、どうせなら足掻いて生き抜いてみたいとベリルは思うようになっていた。


だが、そんな世界だからこそ、経験の有無というものは大切だ。

訓練もそうだが、ひとつの経験が命を左右することもある。


今、ベリルの前に起きている事もそうだ。


相手を先に感知出来ても、すぐにそれに対応出来る能力が優れていなくては、直ぐに殺されてしまう。

そうでなくても、経験していれば直ぐに対応していただろう。

だが、経験が無いというのを理由にしたくない。

それが出来なかった事をベリルは悔しがっていたのだった。


生きるも死ぬも全ては自分の責任なのだから。


ベリルはすでにドラゴンマスクに変身していた。

素の状態では絶対に殺される事は間違いない状況であったからだ。

そして、聖龍の言うとおり、『感知』の魔法をさらに研ぎ澄ました。

すると、これまで消えていたはずの人間の気配がハッキリと感じられる様になった。


『龍神様!奴等を見付けました!』

『うむ、そーりゃ!反撃じゃ!』

『わかりました。』

ドラゴンマスクとなったベリルが超高速で森の中を移動する。

『ベリル!遠慮はいらん、こやつらはお前を殺しに来ておる!殺らねば殺られるぞ!』

聖龍がベリルにはっぱをかける。


既にミロの気配は何人かの盗賊達を消していた。

ベリルはミロが戦っている敵とは反対側にいる敵の方へ移動する。

そして、自分に一番近い敵に襲いかかった。

それでも相手の命までは奪わず、重症か、軽くて気絶させる程度に手加減をしていた。


『ふん、このお人好しが!どうなっても知らんぞ!』

それを見た聖龍が愚痴をこぼす。


ベリルはオークと戦った時にも発動していたスキルである、『戦闘狂バーサク』というスキルを発動させていた。

戦闘時には、攻撃的、好戦的な性格となり、相手に対する恐怖等の感情は、精神的な部分を制御するスキルの『恐怖耐性』や『怒り制御』、生存本能を向上させるスキル『気力向上』等が同時発動することにより、精神力が強化され、それと共に各種身体の機能が上昇する。


ドラゴンマスクはまさに今、野生の猛獣の如く迫り来る悪意を次々と倒していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る