第13話 カーシャ・マックス

アンジェがマックス商会の前に立つと、直ぐに扉が開き、中から恰幅の良い中年の男が現れた。

「よく、お出でくださいました。アンジェリーナ様!」

「久しぶりだな、モースト。ここで待っているとは…よく私が来ることがわかったな。」

「ええ、魔物が現れた時に、ゼヴラド様がアンジェリーナ様の方へ連絡すると言うことでしたので、私共の商会が早馬車はやばしゃをお貸ししましたから。」

「そうか、なるほどな。」

早馬車とはこの世界の乗り物で、基本は馬車なのだが、一部魔石の力を使って馬車の本体を動かすため、馬の負担が減り、普通に人を乗せて馬を走らせるよりも速く、遠くまで移動が出来るという代物だ。


その早馬車を貸したというモーストはこのマックス商会の会長である。

一代で王都に出入りが出来るほどの大商人と成り上がった人物で、領主のダイスとも親交がある。

商会となっているが、彼が扱う商品にこれといったものは無く、何でも扱っていた。

麦や芋、肉、魚等の食料、鍋や釜等の金属製品、陶器、木製品の他、衣類や装飾品、本、家具、薬品、薬草、布、薪などの生活雑貨を幅広く取り扱う。

また、剣や鎧、魔道具なども取り扱う、いわばデパートやマーケットの様な店である。


ちなみにモーストが出てきた建物の中は店舗となっていて、先程説明した、様々な商品がスーパーマーケットの様な広い店内に所狭しと置かれている。


また商会の拠点はこのギルアリアの店であるが、アンジェ達の住むフレックスにも支店があるため、行商人であるベンの父親とも面識がある。



「カーシャはいるか?」

アンジェは建物内に入るとモーストに尋ねる。

先程のゼヴラドとの話の中で出てきたドラゴンマスク探索専従班に入る予定の者の名前だ。


「娘は、今、街の外へ出ていっております。」

「ん?街の外へ?大丈夫なのか?」

「大丈夫でございます。何でもアンジェリーナ様にお会いするための準備をするとか…」

「私と会うための準備?」

「はい。でも、もう間も無く帰ってくるかと…」

「そうか、では、待たせてもらおう。」

「わかりました、では、お茶の用意を…おい!」

モーストは近くにいた店員に声をかける。

「はい!何でしょうか?」

「アンジェリーナ様がカーシャを待たれるので部屋にお通ししてください。」

「わかりました、アンジェリーナ様、どうぞ、こちらでございます。」

店員は、他の者に店の番を任せ、アンジェの応対にあたる。

アンジェは店員に案内をされ、応接室に通された。

室内の調度品はどれも海外からの珍しい輸入品と思われる珍しい物であり、壁には木製の彫刻品やカラフルな装飾品等も飾られたりして、まるで海外に行ったような気分にさせてくれる。


アンジェはカーシャという娘と会ったことはないが、父親であるモーストの推薦であり、ダイスの話によればかなり出来る子供であるという。

部屋の中でしばらく待っていると扉がノックされた。


「失礼します。」

少女がお茶のセットを持って室内に入ってきた。

年の頃は15~16歳くらい、年の割には落ち着いた感じがする。


そして、アンジェの座っている前のテーブル上に、お茶をついだカップを置いた。

よく観察していると、カップを出す時のカチャカチャという食器の当たる音が聞こえない。

『使用人にしては中々のバランス感覚だな…』

アンジェがそう思いながら、その少女を見ていると、その少女はアンジェの目の前に回り、頭を下げる。

「遅ればせながらご挨拶を…」

カーシャだった。


「アンジェ様、カーシャ・マックスでございます。よろしくお願いいたします。」


いきなりの挨拶に目を丸くするアンジェだったが、そのサプライズにニヤリとする。


「ふっ、はっはっはっはっ!まさか使用人にしては中々の奴だとは思ったが、本人がお茶を運んでくるとはな。」

「ええ、こちらにアンジェ様がやって来られると伺いましたので、このお茶に使う特別なハーブをご用意しようと、魔物が襲ってきていない側にある外壁から街の外へ抜けて森に入っておりました。」

「何!?と言うことはあの騒ぎの最中にか?」

「はい。」

カーシャはアンジェにニッコリと笑う。


「ふー、大した度胸だ。ベリルにも驚かされたが、ここでも驚かされるとは…。」

「えっと、ベリル様とは?」

「ああ、明日からお前達と一緒に仕事をしてもらうモノ村の者だ。」

「そうでしたか、今回結成されるドラゴンマスク探索専従班には、私の他にも何人かおられると聞いておりますが?」

「うむ、そのベリルと言う者の他にお前も知っているかもしれんが、モノ村の行商人の息子でベンと言う者、それにバラル村出身の士族サテライト家の三男ヒューノ・サテライト、ウルノ村の出身で地主の次男であるファイル、ヨード村出身の猟師の娘マリアンナ。そして、ワイドハイル家の五男ジャミル・ワイドハイル。この者達がドラゴンマスク探索専従班の隊員になる予定だ。」

「確かにベンの事はよく存じております。他の皆さんの事は存じておりませんが、アンジェ様の選ばれた方々ですから、私がどうこう言うつもりはございません。皆さん、何かしらの能力があるのだと思っております。私もアンジェ様の期待を裏切らないように頑張りたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。」

アンジェが専従班員の名前を披露すると、カーシャは目を輝かせて、顔が紅潮する。

さらにそのやる気を向上させているのがわかった。


「ん?そ、そうか、じゃあ、よろしく頼む。」

アンジェはカーシャの言葉にやや違和感を感じるが聞き流した。


聖龍が見誤った様に、アンジェは基本、天然、悪い言い方をすればややポンコツである。

だが実のところアンジェには、その聖龍ですらその素質を見誤るほど、強い、『強運』とも言うべき『引き』、つまり、何かしらの縁で、人や物事を引き寄せる力を持っていた。

それは、周囲の者がと勘違いせざるを得ないレベルなのだ。

本人には全くそんなつもりはないのだが、この様に、ちゃんとした場所でないのに、かなり優秀な人材が転がり込む。

つまり、先程のカーシャの発言は、他の者と同様に、特別な能力を持つと言われるアンジェが集めた人材の能力について言及していたのだった。


なので、今回、アンジェが探索専従班に指定した者は特にその能力を重視したという訳ではなく、ただ単にアンジェ自身が領内の街や村で見かけて気に入った人間を呼んだだけであり、カーシャの言うような特に能力を認められて推薦されたという者達ではなかった。

だが、この後からわかってくるのだが、この者達が一癖も二癖もある人物であることは、全て彼女の『引き』によるものだと思ってもらいたい。


ちなみに、ドラゴンマスクの正体は既にベリルだと判明しているため、アンジェとしては適当にドラゴンマスク探索専従班の仕事をさせて、ある程度の期間が経てば成果なしとして解散させる予定であった。

なのに、このカーシャのようにやる気のある人間に掻き回されると非常に遣りにくいのだ。

えっ?、何故と言われても困るのだが…強いて言えばこうだ。


最初はある程度の見込みを持って『探索専従班』の人材の登用を考えていたが、所詮は田舎の土地であり、期待するほどの人材が集まる訳ではないし、それほどの資金も無いので半分以上は無理だと諦めていたし、ある程度の捜索活動を終えれば良いか程度にアンジェは考えていた。

だが、ドラゴンマスクは簡単にというか、『探索専従班』が出来る前に見つかってしまった。


つまり、この『ドラゴンマスク探索専従班』は既に自ら正体を明かしたベリルの手によって形骸化しており、全く存在すら意味がない組織となっているのに、そんな状態の中でいくらヤル気を出されても困惑しかない。

なのにカーシャの様にヤル気のある者が加われば必ず歪みが出てくるのは目に見えているからであった。

例えるなら、部員が三人しかいない野球部で試合をしろと言っている様なもの、つまり『土台無理な話』だからなのだ。

それなのに、『努力すれば試合することができる』等とほざくKY(空気読めない)なマネージャーがいたとしたらどうなる?

当然ながらケンカになるに決まっている。

カーシャは現在、そのKYマネージャーと同じ立ち位置にいる。

しかし、そのくせ、こんな奴に限って能力がやたらと高いため非常に取り扱いが難しい。


流石のアンジェもその違和感ことに今、気付いたのだ。


だが、現在、ドラゴンマスクの正体を知っているのはベリルを除いてアンジェだけである。

しかし、前述のアンジェのユニークスキルとでも言うべき『引き』により、今回の人材配置が、下手をすれば全員がKYマネージャーとなる可能性だってあるのだ。


『うーむ、これは非常にマズイな。明日までに何とかちゃんとした計画を立てねば、とんでもないことになるぞ。』


流石の天然アンジェもベリルに言っていたような、『冒険者ギルド』のクエストを調査するとか、殲滅隊とともに盗賊の隠れ家を探す等と言った適当な事をさせることは絶対に出来ないと気付いたのだ。


既にドラゴンマスクはギルアリアの街に現れ、多くの人から目撃されているため、今さらドラゴンマスクの話は嘘でしたとかというような事も出来ないし、ましてや 、前述の方法で探していては埒があかないのは明らかである。

そのため、他の施設や部隊の力を借りず、直接、自分達で探索をするのが本筋であると言い出すかも知れない。

下手をすれば、この国中を回らなければなりませんとか言われそうである。

となれば、最終的にはドラゴンマスクの正体を全員に明かして、自分の別動部隊として取り込むかだ。


『だが、今、全員にベリルの正体を明かすのはリスクが大きすぎるし、どうすれば…』



「ま…、」「ェ様…、アンジェ様!」

どこかで自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ハッ!」

「アンジェ様!どうされたのですか?!急に、何かに心を囚われたようになされて…」

「大丈夫だ、ちょっと考え事をしていた。」

「そうでしたか、アンジェ様の考えは、私共の及ばない深淵にまで至りますので、そのようなこともあるのでしょう。」


カーシャよ、そんな忖度はいらないぞ。

ただ、お前達にベリルの正体を明かすかどうか迷っていただけだ。

えっ?それが一番難しいって?

…ですよね、ええ、ええ、わかっていますとも。



「では、明日、昼からの顔合わせには遅れないようにな。」

「わかりました。」

アンジェはカーシャにそう言うと、マックス商会を後にする。


「全ては明日に決まる。だが、後々の対策はしておかないとな…」

アンジェは特に何かを考えていた訳ではないがそれっぽい事を呟いた。





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