第14話 ワイドハイル男爵家の五男

ここは、アンジェリーナ・フリークス家屋敷の二階の一室。

朝早く起きたベリルが、泊まり込んでいた部屋の窓を開けて、外の空気を大きく一回だけ吸って吐いた。

本来、村人という身分ならば屋敷に来た時点で、使用人、若しくは屋敷の掃除人等の仕事をさせられるのだが、ベリルは現在、客人扱いであり、本日からはドラゴンマスク探索専従班員として稼働するため、この屋敷での仕事は与えられない。

最初は屋敷の仕事の手伝いをしようとしたが、他の使用人から『客人にそんなことはさせられない』と強く止められたため、以降はやっていない。


「はー!よーし、今日はドラゴンマスク探索専従班の専従員のみんなに会えるんだ!楽しみだな!」


そこから見る景色は自分の家からでは普段見られない二階からの景色であり、遠くに霞んで見える山々、木々の緑、小鳥のさえずり、全てがモノ村とは違っていた。

そして、爽やかな朝の空気が太陽の光に照らされてキラキラと輝いているようだ。


ベリルは今までの生活とは一変し、今日からドラゴンマスク探索専従班の専従員として稼働することになっていた。

それは、これまで閉ざされた世界に住んでいたベリルにとって、何か小さい頃に初めて山の中へ冒険に入ったような、そんなドキドキワクワクする事であり、外の景色とともに、その心にとても眩しく映っていた。

ただ、『ドラゴンマスク探索専従班』と言う既に目的を達成した組織でベリルは一体何をさせられるのかという事については若干の不安があったのは言うまでもない。


コンコンと部屋の扉がノックされた。

「はい!」

ベリルは慌てて返事をする。

扉越しにメイドの女性の声が聞こえてきた。


「失礼します。ベリル様、朝食のご用意が出来ておりますので、準備が出来ましたら一階の食堂までお越し下さい。」

「わ、わかりました。ありがとうございます。」


ベリルはアンジェの屋敷に泊まり始めて今日で4日になる。

最初の三日間は、アンジェによるベリルからの聞き取りであった。

聞き取りと言うよりかは取り調べに近いと言った方が良いだろうか。

かなり厳しい聴取だったことは間違いなかった。

最終日となった昨日は、ギルアリアの街に魔物の大群が襲来したということで、それに対応するためにドラゴンマスクの出動要請がアンジェから出たことから、ベリルは仕方なく魔物の討伐に出動した。

難なく魔物討伐は出来たはずだったのだが、屋敷に帰ってきたアンジェから色々とダメ出しをされたり小言を言われた。


『何で、街の皆の前でその力を使ったのか』

とか、

『何故、ドラゴンマスクの名前を名乗ったのか』

とか、

『姿を隠して戦える能力があるはずなのに、姿を出して戦ったのは何故か』

等々、とにかく目立ちすぎたことについて注意を受けた。


アンジェとしてはベリルの正体がドラゴンマスクだったため、流石にこのまま、探索専従班を存続させる訳にはいかなかった。

そのためベリルの事を隠した状態にして、探索専従班の方に、ある程度の活動をさせた後に自然消滅フェードアウト的に終了させる予定だったのだが、ベリルが目立ってしまったことで、領民にドラゴンマスクの存在が印象付けられてしまい、完全にその予定が全て潰れてしまったのだ。

そのため、ベリルにダメ出しをしたのだった。


そんな事もあって、ベリルは朝からアンジェと食堂で顔を合わせるのに少し辛いものがあった。


『あーあ、今日から専従班員として、頑張らなくっちゃと思ったけど、昨日のアンジェ様からのダメ出しは本当に参ったよなあ。』

と思った瞬間、聖龍の思念波がベリルに飛んできた。

『ベリルよ、お前は昨日、アンジェから色々と言われた様だが、あれはワシの作戦のひとつじゃから気にすることはないぞ。』

と聖龍が慰めとも思われる言葉をかけてきた。

ベリルも聖龍から気を使われていると思ったのか、

『龍神様、私は大丈夫ですから。気に掛けていただいてありがとうございます。』

『ふん、お前に気を使っている訳ではないわ!昨日のアンジェの話を聞いてピンときたわい!要するにアンジェはこのままドラゴンマスク探索専従班を立ち上げて、しばらく活動した後に終わらせるつもりだったのじゃろう。だが、ワシがそれを察知して大っぴらに騎手や冒険者達の前に現れたことで、結局、ドラゴンマスクの存在が世に知れ渡り、目立ってしまった。そうすることで、アンジェは秘匿活動が出来なくなり、容易に解散させることが出来なくなってしまった。」

「解散は別に良いことなんじゃないんですか?」

「ふん、お前はそう言うじゃろうと思っていたわい。じゃがな、アンジェにそれ解散をされれば、それこそお前は、フリークス家の飼い犬に成り下がってしまうからのう。』

聖龍にそう言われてベリルもピンとくる。


『えっ?それって…!?』

『そうじゃ、ドラゴンマスクの名前と姿を領民の目に焼き付けさせ、その存在を示すことによって、お前や、後からここにやって来る専従班員の存在意義が継続されることになるからのう。』

『そうか!ドラゴンマスクの存在が確実となれば、この専従班も継続される事になるし、解散がなくなる。そうなれば私も王都へ行かなくて済む。…なるほど、よくわかりました、龍神様!ありがとうございます!』

『まあ、それは、ワシもその辺りは最初から視野に入れていたから、昨日のような立ち回りをしたんだがな。まあ、何にしろお前は信用しているようだが、あのお嬢様には十分に気を付けておくことだな。』

『わかりました、気を付けておきます。』


聖龍からアンジェに対して警戒する様に申し付けられたベリルだったが、そこまで疑う気持ちは持てなかった。



ベリルが食堂に入ると既にアンジェやアンジェの母親や姉達も食堂に入ってきていて、席に着いていた。

本来ならば村人の身分であるベリルならば、使用人の使う別室の食堂を使わなければならないところだが、アンジェの指示でここを使っている。

ベリルは一度、丁重に断ったのだが、アンジェの命令でこちらの食堂に入る事になってしまったのだった。


「遅くなりました。」

ベリルが頭を下げながら、部屋に入ってくるのをアンジェがジロリと見てきた。


『うわぁ、アンジェ様、目茶苦茶こちらを見てるよ。昨日の事をまだ怒っているのかな?』

と考えながらベリルは席に着いた。


「えっ?」

よく見ると、自分の席の前に見知らぬ男性が座って食事をしている。

その身なりから貴族か士族の人間に見える。


「やあ、おはよう、君がベリル君だね?」

その男性は、年齢がベリルと同じくらいで、パッと見では幼いというか可愛らしいと表現したいような容姿であった。


「あ、は、はい、おはようございます。ベリルと言います。よろしくお願いします。」

「僕はジャミル・ワイドハイル、今朝早くここに着いたので、ここで食事を摂らせて貰っているよ。」

「そ、そうなんですか、ジャミル様は…?」

ベリルがジャミルの事を聞こうとしたとき、アンジェが口を挟む。

「ジャミルは、フリークス領内にある貴族のひとつであるワイドハイル男爵家の五男で、今回のドラゴンマスク探索専従班の専従員の一人だ。」

「えっ?き、貴族の方が専従班員になっているのですか?」

ベリルが驚いたのは、今までドラゴンマスクの専従班員として選抜されている者は、自分の様な村人ばかりだと思っていたからだ。


「ハッハッハッ!驚いたかい?僕もこの話が自分のところに来たときは驚いたけど、紹介にもあったように、男爵家の五男だから、まあ、家では厄介者扱いなんで丁度良かったってとこかな。」

「そ、そうなんですか。それは良かったですね…。」

「プーーッ!!」

ベリルの言葉を聞いてアンジェが吹き出す。

「はい?」

ベリルはアンジェが吹き出した理由がわからなかった。


「あーっはっはっはっ!ジャミル、流石のお前の自虐的な話はベリルに通用しなかったな!」

「はい。しくじりました。」

ジャミルが、ガックリと肩を落とす。

貴族ネタで『厄介者扱いなんで丁度良かった』とボケたつもりなのだが、ベリルに普通に聞き流されてしまったのだ。

本来、男爵家の貴族であれば、ちゃんとした仕事、例えば騎士や衛兵などの仕事に就くか、ジャミルくらいの年齢ならば貴族の通う学校に通っていなければならない。

なので、他の貴族であれば家にいてフラフラしているジャミルを見れば直ぐにと気付くであろうし、そう思われても仕方がないのだ。

だからジャミルはそれを逆手に取って、自虐的なボケをした訳であり、それを知っていれば、そのジャミルに対して、

『厄介者だなんてとんでもない!貴族の方がそんな事を言われているなんて!なんて気の毒な方なんだ!』

等々の優しいいたわりツッコミが入るところなのだが、田舎者のベリルには全く通用せず不発に終わるどころか、『良かったですね』と言われたため、アンジェが爆笑したという訳だったのだ。



「あの、気を悪くされたのでしたら謝ります。」

ベリルが空気を読んだのか、ジャミルに頭を下げるとジャミルの方も、

「いやいや、いいよ、いいよ!そんなことしなくても。僕もそこまで気にしていないから。」

とジャミルはベリルに頭を上げるように言う。


「で、アンジェ様、他の専従班員はいつ頃こちらに?」

ジャミルがアンジェに尋ねた。

「ふむ、、その事だが、他の者達は予定通り今日の昼過ぎにここへ集まる。全員が集まるのを確認すれば直ぐに、立ち上げに伴う職務の指定をする予定だが、最初は、この仕事に慣れてもらうことや、このところの国の情勢を踏まえた仕事があるので、秘匿に活動させるつもりだ。なので、全員が集まればまた声を掛ける。」

「なるほど、わかりました。」

ジャミルはそれを確認すると席を立ち上り食堂を後にした。


ベリルもその後、アンジェから何か言われるかとビクビクしていたが、特に何も言われなかったため、そそくさと食事を終えて食堂を出た。

まあ、アンジェも自分の母親や姉のいる前で、ベリルにグチグチと小言を言うわけにもいかなかったのであろうが…


ベリルが気分転換に屋敷の外に出て、庭を散歩していたら、ジャミルがどこからかやって来て、ベリルに声をかけてきた。


「やあ、ベリル君、君もドラゴンマスク探索専従班の専従員だと聞いたんだが、何か特別な能力があるのかい?」

確かに貴族の五男としては、伯爵家の娘が選んできた人間がただの村人だとは思っていなかった。

まあ、例のアンジェの『引き』の強さでドラゴンマスクであるベリルがやって来ている訳であるのだが、元々アンジェ自身としては、ベリルは単に昔からの顔見知りで、話がしやすいというだけの理由で呼んでいたので、ベリルとしてはそんな事は話せるはずもなかった。


なので、

「い、いえ、そんな特別な能力なんて、何もないですから…。」

とジャミルには答えたが、ジャミルは疑わしそうにベリルを見ながら近寄り、

「ベリル君、君、何か能力を隠しているだろ?正直に話しなよ。」

と軽く詰め寄る。

ジャミルは別に怒っている訳ではなかったが、アンジェが選んだ人物であるということであれば何かしらの秘密、ここでいうなら特別な能力があるのではないかと睨んだ訳であり、どうしてもそれを確認がしたかったのだ。


だが、ベリルの方も流石に貴族とはいえ初対面の人間にドラゴンマスクの事を話すわけにもいかず、困惑していた。


「本当に何にもないですから、何でしたらアンジェ様に聞いて頂いても構いませんから。」

ベリルがそう応えるとジャミルも

「うーん、と言ってもアンジェ様は僕に何にも答えてくれないんだよなあ。」

ジャミルは少し残念そうな表情でそう言った。


「じゃあ、先に僕の事を話しておくよ。」

「えっ?」

ジャミルはベリルに背を向けると、庭に置いてある馬車程もある、大きな庭石に片手を伸ばした。

「僕の場合は、これだよ。」

そう言いながらジャミルはその巨岩とも呼べる程の大きな石を掴み、次の瞬間にはそれを持ち上げていた。

『怪力』…それがジャミルの秘密のスキルであった。

聖龍の力に比べれば大したことはないのだが、一般人から見れば相当な化け物だ。


「うわあああ。」

ベリルがその怪力に目を丸くする。

「ああ、悪い悪い、先に説明しておくんだったな!」

ジャミルが庭石を元の場所に戻す。

「そ、それが、ジャミル様の?」

「そう、『怪力』というスキルなんだが、これが元で、僕は世間では化け物扱いされ、家では腫れ物の様に気を使われててね。」

「そんな、ジャミル様は何も悪いことをしていないのに!」

「そんな事をいってくれるのは君くらいだよ。貴族の家では確かに、強い力を持った者は期待され、羨望の眼差しで見られる。だが、それは人間という物差しの中での話であり、この様な化け物じみた力を持つ僕なんかは、皆から気味悪がられるだけで、有り難みも何も無いんだよ。」

「そんな…ひどすぎます。」

「だからかな、それを知るアンジェ様が僕を拾ってくれて、本当に良かったと思ったんだ。だから、ベリル君もそうなのかなと思って…」

「そうだったんですね…。」

ベリルはジャミルの事を少し同情し、自分もジャミルに正直に話をしなければならないかなと思ったが、やはりドラゴンマスクの力を彼に見せる訳にはいかないと思い直し、自分を抑えた。


「という事は、今回、集められた人達は皆、特別な能力があるのでしょうか?」

逆にベリルはジャミルに尋ねた。

するとジャミルは、顎に手をやり、指で摘まむようにして呟く。

「うーん、それはわからないな。ベリル君に何も能力が無いとなると、話が変わってくるからなあ。それに、いくらアンジェ様の知り合いだからと言って、僕の様な能力を持つ人間がそう何人もいる訳も無いだろうしな。」

「確かにそうですよね。」


ベリルはジャミルの話に納得する。

それは、ベリルと一緒に選ばれた幼なじみのベンがいるからだ。

ベンとは、小さい時から、今までベリルと一緒に遊んだりしていたが、特別な能力を持っているという話は見たことも聞いたこともない。

いたって、普通の人間だ。

多分、そうだ、そうに違いない。

ベリルは自分にそう言い聞かせる。


だが、一抹の不安がある。

アンジェの特殊能力『引き』である。

ベリルはこのアンジェの能力の事を確実に知っていた訳ではない。

ただ正確に言うと、多分そうなんじゃないか程度の認識なのだが、昔からアンジェには、色々なモノを引き付ける力があったことはわかっていた。

人探しや物探しは勿論、直ぐに見つけ出し、こんな人はいないかと言えば直ぐに該当する人物が現れた。

アンジェがその事を意識しようが、しようまいが偶然と言うにはあまりにも必然、かつ、神掛かっていた。


ベリルはいつもそれを横にいて見ていた。

最初は凄いな程度のものだったが、そんな事が何度も何度も続くと、これは恐怖になる。

そして、子供心に、

『この人は危険だ!』

そう感じた。

ベリルが彼女から距離を取り始めたのもこれがきっかけだった。


その彼女が、最近になって自分の前に現れた。

再会のきっかけは逃げた盗賊団を追ってきたというものだったが、そんな事は些末な事であり、重要なのは、この時に、ドラゴンマスクという仮面を被り、人智を越えた謎の力を持つことになったのベリルと再会するという、とんでもない『引き』の力を彼女が久々に発揮したことである。


必然か偶然かは別として、『怪力』のスキルを持つジャミル、ドラゴンマスクの力を持つベリルの二人が既に、『ドラゴンマスク探索専従班』の専従員として、この場にいること自体、異常な状況なのである。

そんな事実を知ってしまったベリルは、そんな事を全く気にもしていないアンジェの天然が恨めしかった。

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