第12話 魔物狩り

ビッグベアがその巨体から出ている大きな手を横に薙ぐように振ると風の魔法が発生し、大きな鎌鼬かまいたちが発生した。

それは周囲の木々を切り裂いてドラゴンマスクに襲いかかった。


「うわぁーー!!」

近くにいた冒険者の何名かに、ビッグベアの起こした風魔法の刃が襲いかかり、その体を切り裂いた。

ドラゴンマスクはその風魔法をさらりと余裕でかわす。


「みんな!逃げろ!」

ドラゴンマスクが近くにいる騎士達にも避難する様に声をかける。

だが、騎士や冒険者達は、その場から逃げるどころか噂のドラゴンマスクが現れたことで、興奮状態となっていた。


「うおおぉーー!あのドラゴンマスクが出たぞー!!」

「ドラゴンマスクだあーー!!」

「すげえ!救世主だー!!」

その場にいた全員が口々に声をあげる。

あの噂のドラゴンマスクが目の前に現れたのだ、冒険者達の反応は仕方がなかった。

グロウグ盗賊団の討伐やオークの集団発生に対する対応など、その噂は直ぐに広まっていた。


「ほう、お前、大層な人気者だな?」

ビッグベアがまた話し掛けてきた。

そうしながらも今度は口から炎を噴き出した。

ゴウッという音と共に、大きな火柱が辺り一面に拡がる。


これは流石の騎士達も引っ掛からなかった。

先程の風魔法を食らっているためか、騎士や冒険者達もビッグベアから遠目に距離を取ったり、大楯を使用し、防御していたため、被害は少なかった。

それとは別に他の魔物に対峙している騎士や冒険者も魔物と戦いながらも気になるのか、ドラゴンマスクの姿を見物するためチラチラと横目で見ながら戦っている。


「うおおぉーーりゃあぁぁぁ!」

ドラゴンマスクが物凄い速度でビッグベアの真下に近付き、後ろ足で立っているビッグベアのその足に高速で回し蹴りをお見舞いする。

いわゆるローキックというやつだ。


グワシャーー!!


多くの肉や骨等やその他の何かが弾けて潰れる様な不気味な音がした。

そして、次の瞬間には樹齢100年以上の木の幹の太さ以上はありそうなビッグベアの足を切断していた。


「グワアアアァァーーー!!!!」

ビッグベアは咆哮とも悲鳴ともつかない雄叫びを上げるとともに、地響きをたてて後方に倒れ込む。


『逃げよったな…』


聖龍が呟く。

その言葉通り、既に、ビッグベアは人の言葉を喋る力はなく、『始祖の魔王』による『魔物操作』も終わった様であり、ビッグベアはただの大きな魔物に戻っている様子であった。


ということで、ビッグベアはドラゴンマスクにとっては意思を持たぬ単なる雑魚と成り下がっていた。


ビッグベアは足を奪われたため、立ち上がれず、倒れたまま炎を口から吹き出したが先程くらいの威力はない。

それに意思を持たない攻撃ならば、ただ闇雲に攻撃をしているだけであり、躱すことは容易であった。

ドラゴンマスクはその炎を直ぐに躱し、座り込んだ状態のビッグベアの横に接近すると、オークナイト戦でも見せた得意の掌底打ちを、その土手っ腹にお見舞いする。


すると、オークナイトの時と同じ様に、その腹部分だけに大穴が開いていた。

だが、以前と違うのはその大穴が一つではなく、マシンガンか散弾銃で撃たれたかのような無数の穴が身体中に開いていた。

一瞬にして何十発という掌底打ちが放たれていたのだ。


ビッグベアは完全に立つ力を失い、その場に大きな音を立てて崩れ落ちた。


「うおぉーー!すげえ!あのビッグベアを素手でやっつけたぞー!!」

周りにいた冒険者達も声を上げる。


まだ魔物は街の周囲に残っている状況であったが、魔王の『魔物操作』が切れ、それまである程度統率のとれた動きをしていた魔物が突然、バラバラの動きとなる。

ドラゴンマスクはそんな烏合の衆となっている魔物達の中に入ると次々に魔物を倒していく。

目にも止まらぬ動きとはこの事で、ドラゴンマスクの動きは常人では追い付くことも出来ない程速く、また正確に魔物を駆逐していく。


300体以上いたはずの魔物達があっという間に倒されてしまった。

最後、魔物の返り血で全身が真っ赤となったドラゴンマスクがその場にただ一人立っている状態であった。


これにはその場にいた騎士や冒険者達も、絶句である。

まさに化け物のごとき力である。


その場にいた全員が思っていた。


こんなことが出来る存在ってそもそも人間なのか?

ドラゴンマスクを伯爵の前に連れて行ければ金貨100枚とは言うものの、こんな姿を見せられたら、怖くて近寄れない。

でも、もしかしたら、所在だけを教えれば金貨20枚貰えるかな?

でも、見ている数が多すぎるし、ここに伯爵家の関係者がいたら、賞金自体出ないかも知れないなあ。

等々様々な思惑がその場に溢れていた。


そんな、目撃者全員の思惑を嘲笑うかのようにドラゴンマスクは『飛翔』のスキルでその場から飛び上がり、グングンと上昇し、あっという間に雲の中へ消えていってしまったのだった。


「うわあああーーー!!」

ドラゴンマスクが飛び去った瞬間、街から大きな歓声が上がる。

先程のドラゴンマスクの活躍を見ていた、街の者の声だった。

全員が魔物の襲来に恐れ逃げ惑っていた。

そんな恐怖の中に、一筋の光が現れたのだ。

その名は『ドラゴンマスク』。


前回、モノ村で現れたと言われるドラゴンマスクの話は、余りにも荒唐無稽であり、見た者がほとんどというか、最初などはアンジェとグリルの二人しかいないことや、二回目の出現の時も目撃したのはアンジェとその部隊の騎士達だけということもあり、アンジェリーナ様の作り話という噂も出ていて、実のところ王都だけでなく、フリークス領の者達の中でも信じていない人間は沢山いた。


そんな人間離れした奴なんているわけないさと…



だが、今回は違った。

ギルアリアの街の者が、そこにいた騎士や冒険者が、全員がそれを目撃していた。


ドラゴンマスクは存在した。


もう、誰も疑う事の出来ない事実だとわかったのだ。


ーーー◇◇◇ーーー


そして、その騒ぎの2時間後、完全武装したアンジェの部隊の騎士が到着した。

到着時、街の外に魔物の姿がなかったため、アンジェは、部隊の者達を街の外周周辺に配置させ、数名の騎士を連れてギルアリアの街の中へ入った。

アンジェはベリルを送り込んだものの、街の状態がどうなっているのか心配であった。


だがアンジェの心配もよそに、街の中は、魔物に襲われた惨憺さんたんたる状況というよりも、お祭り騒ぎの状態であり、街の中央広場などは多くの人間が集まり酒盛りとなっていた。

街はドラゴンマスク出現により狂喜乱舞の状態となっていたのだ。


「一体、どういうことだ?」

アンジェや護衛の騎士達がその騒ぎに唖然としている。


そのアンジェの姿を見つけて近付いて来た者がいた。

この街に駐留している騎士団の一人ゼヴラド・ワイドハイルである。

「アンジェ様、お待ちしておりました。」

「うむ、アルドレアから報告を受けてやって来たのだが、一体、この騒ぎは?魔物はどうなったのだ?」

「あの『ドラゴンマスク』です。」

「何?ドラゴンマスクだと…」

アンジェはこの騒ぎの原因がドラゴンマスクのせいだと薄々は感じていたが、こんな大騒ぎになっているとは思ってもみなかった。


「はい、あの者が突如としてギルアリア郊外に現れ、あっという間に魔物の大群を一掃してしまったのでございます。」

「なんと、それはまことか!?」

流石のアンジェもドラゴンマスクが現れて魔物の群れを倒したと報告を受けて、真顔でいることは出来ないので、多少なりとも驚いた芝居をしなければならない。

それも大袈裟にだ。

ドラゴンマスクの力はある程度わかっていたが、その後は結構本気で驚くことになった。


アンジェはこの後、被害者の数や負傷程度、破壊された外壁や建物などの現状報告受けたほか、ドラゴンマスクが現れた場所の確認や戦闘の結果報告を受けたが、流石にアンジェも驚いたのがドラゴンマスクにより討伐された魔物の数だった。


実にその数、365体。


広範囲に渡って討伐されていたそれら魔物は、基本的には焼却処分されるが、食肉が取れるものは後で解体をするため、街の一ヶ所に集められ山積みとなっていた。

普通であればギルアリアの冒険者ギルドの冒険者達全員が一年かかっても倒せない程の量である。


『くっ、面倒な!ベリルの奴め、派手にやりやがったな!後で文句を言ってやる!…』


アンジェは心の中でそう呟くも、一方ではベリルに感謝をしていた。


『ベリル、ありがとう。感謝する。』


そんなアンジェにゼヴラド話しかけてきた。


「アンジェ様、話は変わりますが、この度は私の愚弟ジャミルをドラゴンマスク探索専従班という新設の部隊にお引き立て頂いたそうで、ありがとうございます。」

「ああ、そう言えばそうだったな。まあ、ジャミルには色々とやって貰おうと思っているからな。」

「ありがとうございます。しかし、アンジェ様、私、今回初めてドラゴンマスクなる者を見ましたが、神代かみよの時代は別にしましても、今でもあの様な恐るべき力を持った者がこの世に存在するなど全く信じられない気分です。あの様な存在を探すのにジャミルなどで本当によろしかったのでしょうか?」

「構わん、ワイドハイル家も五男のジャミルの事を心配していたのであろう?」

「他、確かに。アイツは…ジャミルはうちのワイドハイル家でも持て余しておりましたから…」

「まあ、性格が良いから良いではないか。私は気に入っておるぞ。」

「はっ、有り難きお言葉、ジャミルに伝えておきます。」

「うむ、ところで、この町にもう一人いる専従班の人間の顔を見ておこうかな。」

「と言いますと、例のマックス商会のカーシャですか?」

「うむ、大体の専従班員は私が決めたのだが、そやつだけがマックス商会の推薦でな、私が選んでいないのだ。まあ、父上からどうしても入れてもらいたいとの申し入れがあってな。フリークス家としてもマックス商会には色々と世話をしてもらっているようだから父上も断り切れなかったようだ。ハハハハ。」

「なるほど、そういうことでしたか。では、マックス商会はこの通りをこのまま進み、ひとつめの角を左に曲がったところにあります。」

どゼヴラドが道案内をした。


「ありがとう、行ってみるよ。」

「いえ、お気をつけて。」

ゼヴラドが軽く頭を下げる。

アンジェはゼヴラドと別れると護衛の騎士と共にお祭り騒ぎの人混みの中に紛れていった。


アンジェはゼヴラドの言われた通りに道を進むと、すぐにマックス商会に到着した。




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