第10話 信仰心と存在を疑わない心

「と言うことは、お前のそのネックレスには、お前が信仰している龍神様が宿っているということは間違いないのか?」


アンジェがベリルから正体を明かされた翌日から、極秘で『ドラゴンマスク』の詳細な調査や事情聴取が始まり、本日で三日目となっていた。

極秘でと言っても他に正体をばらす訳にはいかないため、実質アンジェが一人で調査することになり、鑑定や検査が必要な事項についてはある程度秘密が守れる専属の鑑定士にベリルの事は伏せて極秘ということで鑑定依頼をした。


そんな感じで始まった調査だが、最初はベリルの魔力調査とか体力測定等の調査だった。


一応、建前的にはドラゴンマスク探索専従班員としての基本的な能力や体力の測定を行うというものだったが、実のところはアンジェの興味の主体となる『ドラゴンマスク』の実力はどんなものかというのが、検査の目的であり、ドラゴンマスクの本体となるベリルの秘密も追究することであった。


本音としては当然、あれほどの人間離れしたというか、神掛かった動きをするドラゴンマスクの力を使えるベリルの本来の力を確認するためだった。

だが、ドラゴンマスクに変身していないベリルは普通というか、ちょっと体力の低い今時の青年といったところだった。

当然ながらアンジェの期待を大きく裏切る結果だったので、ベリルはアンジェからいわれのない非難を受ける事となった。

ちなみにこんな感じだ。

「ちょっと、ベリル!貴方はあのドラゴンマスクの本体となる人間なのに何でこんなに残念なの?!これじゃ、うちの雑用で働いている、今年80歳になるマイケル爺さんの方が上よ!」

という具合である。

まあ、兵士として特別な訓練を受けたわけではないベリルは村人として17年間を生きてきた。

そんな人間に過大な期待をするアンジェもどうかと思うが…


そんな調子で、次の日はベリルの持っているネックレスの鑑定だった。

ドラゴンマスクに変身するためにはこのネックレスが必要であるとのベリルの説明だったので、極秘でそのネックレスの調査に入った。

だが、真ん中の緑柱石が魔石というだけで全く普通の装飾品と変わらないという結果であった。


そのため、一度、アンジェがそれを装着してドラゴンマスクに変身が出来るかどうか実験をした。

だが、ドラゴンマスクに変身が出来るどころか、聖龍の声さえ聞こえないという事で、ネックレスによる変身というのは不可能であると決定された。

そのためアンジェからはネックレス偽物説というかベリルのウソつき疑惑が浮上した。

それについてはベリルが、

「アンジェ様!私は絶対に嘘はつきません、信じてください、ドラゴンマスクにはあのネックレスで変身が出来るのです!」

「あら、ベリル、私は嘘は付かないって言うけど、私には最初、嘘をついていたわよね?」

「うっ、そ、それは、嘘と言うか、り、龍神様から絶対に言わないように口止めされていましたので…」

「それは本当なのかしら?それも嘘だったら、フリークス家に対する不敬罪になるわね。」

「だから嘘じゃないですって!」


とまあこんな感じだった。


で、今日はその経緯についての事情を聴取する事になったのだった。


「ですから、昨日から何度も言っているじゃないですか!」

「ふーん、じゃあ、やっぱり龍神様に対する信仰心がなければ、龍神様の声が聞こえないということなのかな?」

アンジェは聖龍の思念波が自分に届かない理由を分析していた。

今のところベリルが嘘を言っているとは思ってはいないが、ベリルの言う通り、ベリルだけに聖龍の声が聞こえるという状況に、いささか困っている。

確かにベリルは自分の目の前でドラゴンマスクに変身をしたのだから、間違いはないようなのだが、聖龍の声が聞けないため、アンジェはひとつの仮説を立てた。

それはこのベリルの変身については、ある程度の魔力を持つベリルがその思い込みの強さで変身を可能にしているのではないかというものだ。

この世界には『思い』の強さが魔法を強くするという考え方がある。


それにより変身しているというのであれば、彼の言う聖龍の力というのは否定される。


つまり、変身は彼の魔力でのみ行われているものであり、聖龍の力の影響ではないというものだ。


なので、その仮説が説明できれば、その変身が間違いなく伝説の存在である聖龍の力を借りて変身をしているということに繋がらないということになるからだ。


そのため、ベリルの能力や体力測定したり、ネックレスの鑑定もしていたのだ。


『確かに思い込みの力である程度の力の向上は見られることは知られてはいるが、あのドラゴンマスクの強大な力は人間の魔力と思い込みの力だけというのは説明し難い。何かしらの力が働いているのは間違いないのだが…』

アンジェはこのベリルからの事情聴取で何か聖龍と話が出来るヒントがないか模索していた。

だが、全く見当が付かなかった。


『龍神様、どうしてアンジェ様に話し掛けられないのですか?』

ベリルがたまりかねて、聖龍の思念に話しかける。

すると聖龍から声が聞こえてきた。

『ベリルや、お前が聞いているこの声はネックレスに取り付けられた魔石に宿るワシの思念体から聞こえるものだ。それもお前にしか聞こえない様な状態になっておるからなぁ。』

『何とかアンジェ様に龍神様の声を聞かせる事は出来ないのでしょうか?』

『ふーむ。それはちと難しい話じゃな。』

『難しいのですか?』

『うむ、まずは先程、その娘が言ったようにワシに対する信仰心が全く無いということじゃ、それと後は、ワシの存在をどれ程信じるか、まあワシの存在を疑えばワシは其奴の前では絶対に存在する事が出来ないのだ。こればかりは、ワシには何とも出来んからな。』

『信仰心と龍神様の存在を疑わない心…そういうことでしたか。わかりました。教えていただき、ありがとうございました。』


アンジェが聖龍の声が聞こえない理由は、『信仰心』と『聖龍の存在を疑わない心』が必要であるという事だった。

ベリル自身も最初は聖龍が実在するかどうかということに関してはその存在に多少なりとも懐疑的な部分を持っていたため、本来ならば聖龍の声を聞くことは出来なかったであろう。

しかし、聖龍信仰はベリルにとって心の拠り所であったことや、それまでの祠に詣る等の信仰に対する敬虔な行動が聖龍の声をベリルに伝えることを可能にしていた。

逆にアンジェはそのような信仰心はもとより祠に詣る等の行為を全く行っていなかった。

なので、いくらアンジェが聖龍の声を聞こうとしても無理だったのである。


ベリルはその事もアンジェに説明した。

すると、アンジェは、

「はあ?それって私が心の中では龍神様の存在を疑っているということになるの?」

「そ、そういうことになります。」

「うーん、ドラゴンマスクに変身が出来るのを見ているから、自分自身では龍神様の存在を疑っていないと自分では思ってたんだけどなぁ。まあ、そう言われてみれば、元々私は無神論者だったからかも知れないしね。」

「はあ…そうなんですか。」


ベリルはアンジェに聖龍の声が聞こえない理由を説明をしたが、アンジェがあまりその理由に落胆したりしなかったことに少し拍子抜けしたが、逆にその様子を見てアンジェが尋ねる。


「なんだベリル、私が龍神様の声が聞こえないことにもっと落ち込むとでも思っていたのか?」

「え、ええ、確かにそうですね。私自身としてはアンジェ様と龍神様が話をしてもらえたらとても良かったのですが…かえって私の方が少し落ち込みますよ。」

「お前が?何故だ?」

「だって、アンジェ様が龍神様と話をする事が出来なければ、私はいつまで経ってもされますからね。」

「なるほど、それもそうだ、あははは。」

アンジェはベリルの言うことに頷きながら笑う。


「そうそう、明日の予定なんだが、ベン達がここへやって来るぞ。」

「ようやくですか。」

ベリルは少しホッとしていた。

と言うのも、この三日間、アンジェからの追及にかなりダメージを受けていたからだ。

体力測定はもちろんの事、アンジェからマンツーマンの事情聴取は精神的にかなりこたえた。

アンジェはドラゴンマスクの強さに驚くほど興味を持っていた。

まあ自分を助けてくれた存在というのもあるのだが、何よりもグロウグ盗賊団の頭を一撃で倒し、あの怪力のオークの戦斧を片手で受け止め圧倒する力を目の前で直接見たからであり、そんな恐るべき力を持つ者に興味を持たないという方がおかしいと言えるだろう。

だから、ベリルが正体をばらした当日は、ベリルに対して質問の嵐だったのだ。


『お前が本当にドラゴンマスクなのか?』

『本当にドラゴンマスクがベリルで、この間使った力は一体何の力なのか?』

『その力や技はどこで手に入れたのか?』

『聖龍の力とは?』

等々、様々な質問がベリルに浴びせかけられた。

だが、ベリルの言うことがどれもアンジェには納得のいかない事ばかりだったため、翌日からの能力や体力測定になってしまったのだ。


だが、それも明日にはドラゴンマスク探索専従班の専従員達が来るので、聴取や調査は事実上今日までだ。


『よし!』

ベリルは心の中で叫ぶ。

その心の声を聞いた聖龍がベリルに声を掛ける。


『何じゃ、聞き取りはもう終わりなのか?』

『はい、終わりです。』

『残念じゃのう。』

聖龍は少し残念そうな声を出す。

『何故です?もしかしてアンジェ様と話がしたかったのですか?』

『まあ、それもあるが、お前よりも広く遠くまで外の世界に出ていけそうだったからな。』

『ええっ??!っと、そ、それでは、アンジェ様が龍神様と話をすることが可能になれば、外に出たがらない私はお払い箱という事になるのでしょうか?』

聖龍の言葉を聞いて慌てるベリルを見て聖龍がニヤリと笑う(姿は見えないがそんな感じがしている)。


『何じゃ、ベリル、お前はワシに捨てられるとでも思っているのか?』

『え、あ、いや、そういう訳では…』

『うわっはっはっはっ!ベリルよ心配するな、あの娘はお前程の信仰心は持ち合わせておらん。それに正直者という点ではお前には敵わんからな。』

『それは重要な事なんですか?』

『その通り、重要な事じゃ、正直者、つまり正しい心を持つ者は、それだけで聖なるワシの力も増幅され、それが強ければ強いほどワシの持つあらゆる力を使うことが出来るようになる、要は無敵の存在となるのじゃ!』

『そ、そうなんですか…』

『そういう事じゃ。だから、魔石の所持者にお前を選んだのじゃよ。』

『わかりました。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。』

ベリルは姿の見えない聖龍に向かって深々と頭を下げた。


だが、それは周りに誰もいない状態ではなく、アンジェが隣にいる状態だった。


「何をしているのだベリル?」

アンジェが誰もいないところに礼をするベリルの奇行にツッコミを入れる。

「あ、いや、これは、その龍神様にお礼を…」

「ふーん、まあ、私も龍神様の力は頼りにしているから、私からも直接お礼と挨拶をしたいのだが、話が出来ないのは非常に残念だ。」

「あ、でも龍神様もアンジェ様と話がしたかったと言っておられましたよ。」

「ふっ、社交辞令でも嬉しいな。」

「嘘じゃないですから…」

「ははは、わかった、わかった。」

アンジェがそう言った時、向こうからアンジェを呼ぶ声がする。

何やらかなり慌ただしい様子である。


「アンジェ様ぁ~!大変です~!」

よく見ると騎士のようである。

所々怪我をしているのか鎧の間から血が出ているのが見える。


「どうした!?確か、お前はギルアリアの…?」

「はい、アルドレアです。アンジェ様、魔物です!大量の魔物がギルアリアの街の外に現れました!」

アルドレアが息を切らせながら喋る。


「ギルアリアに?あそこは確かに魔物のいる『ギルの森』が近いが、駐屯の騎士や冒険者ギルドの支部もある、少々の魔物なら撃退出来るはずだが?」

「そ、それが、出現した魔物は100体以上、そして、その中でも一番の強力な個体がビッグベアという熊の魔物でした。」

「ビッグベア?あれは大きくてもせいぜい3メトル位だ。それ位ならお前たちで何とか出来たのではないのか?!」

メトルというのはこの世界での長さの単位で、1メトルは1メートルと同じくらいで、『m』と表記する場合もある。


「そ、それが、奴の大きさは尋常の大きさではありませんでした。パッと見ても20メトルはありました。」

「に、20メトルだと!?そんなバカな!そんな奴、特級クラスの化け物ではないか!」

「事実です。今は何とか街の門を閉鎖し、壁外や外壁の上などから応戦している状態です。このままでは奴等に街へ侵入され、目茶苦茶にされてしまいます。どうか、こちらの部隊の応援を!」

「くっ、わかった。だが今からギルアリアに応援の部隊を送るとなると馬を飛ばしても一時間、いや二時間はかかる。それまで持ち堪える事が出来るか?」

「ギリギリ間に合う、いや、間に合わないかも知れませんが…」

アルドレアがアンジェの問いに目を伏せる。


「ベリル!」

「は、はい!何でしょうか?」

「ドラゴンマスク探索専従班の出動だ!」

「ええっ??!あの、それって…」

アンジェからの目配せでベリルは全てを悟る。

ドラゴンマスクの力で街を助けろということである。


「アルドレア!」

「はっ!」

「お前や一緒にこちらまで来た者は怪我の手当てをしろ!我々は今からギルアリアに向けて出発する。」

「いえ、ギルアリアには私も向かいます!」

「これは命令だ!」

「わ、わかりました。」

アンジェの命令は絶対だ。

命令を聞かない場合、軍律違反となり、最悪、軍を追放される事になる。

アルドレアはアンジェの命令に頭を下げた。


「さあ、行くぞベリル!」

アンジェの大きな声が屋敷の廊下に響き渡った。

勇むアンジェの後を、渋々といった感じでベリルが付いて行く。

まるで、見えない首輪に繋がれた犬のように。


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