第9話 正体バレる?ばらす?

フリークス家の別宅にある応接室の部屋のドアを屋敷の執事がノックする。

その隣にいるのはフリークス領の片田舎にあるモノ村の村人であるベリルだ。


ベリルはここの領主の娘であるアンジェリーナ・フリークスからこの屋敷に呼び出しを受けていた。

聖龍の予測では、もしかすれば、彼女にあの正体不明の人物『ドラゴンマスク』の正体が自分であると見破られているのではないかと言われ、ドキドキしながらやって来ていた。


「どうぞ。」

部屋の中からアンジェの声が聞こえてきた。


「失礼します。お嬢様、ベリルさんが来られました。」

「ありがとう。さあ、ベリル中に入って。」

アンジェは先日とは打って変わって濃い赤色の艶やかな生地を使った綺麗なドレスを身に纏っていた。


「失礼します。」

ベリルは中に入ると部屋の中央にある横長の椅子に座らされた。

室内は、建物の外側と比例して立派な造りをしている。

華美とまではいかないが、落ち着いた感じで、重厚感がある。

まあ応接室ということもあるのだろうが、金がかかっている建物が作れるということは国が安定している証拠であろう。


「さあて、ベリル、私が貴方をここへ呼んだ訳が分かるかな?」

アンジェは少し意地悪そうな笑みを浮かべながらベリルに尋ねた。


『来たあ!やっぱり『ドラゴンマスク』の正体の事だ。アンジェ様にバレてるよお。』

ベリルは馬車の中でアンジェに本当の事を言うと決心してやって来ていた。

それは、ベリルの性格があまりにも正直者過ぎて、これ以上嘘がつけないというのが理由だった。


「あ、あー、あの、じ、実はですね。」

とベリルが正直に『ドラゴンマスク』の正体が自分であると言い出そうとしたときであった。


「あらあらーベリル。もしかして、あなた何か勘違いをしているんじゃないの?」

アンジェが先に喋り始めた。


「は、はい?な、何の事でしょうか?」

「やはりわかっていないようね。私が貴方を呼んだ理由、それは『ドラゴンマスク』の事よ!」

「あ、はい、そうですよね。」

「そうよ、なんだわかっているじゃない!それなら話が早いわ。今日これから貴方には『ドラゴンマスク』探索班の専属員として従事してもらうことにするから。」

「はい?探索班の…専属員?」

「そう、嫌とは言わせないわ、既に貴方のお父様には了解は取っていますから。」

「ええっ!!?父さんに?そんなこと一言も聞いていませんが!」


アンジェが言う通り、確かにベリルは自分が考えていた事と全く違うことを考えていた事になるが、これはこれで非常に面倒な事に巻き込まれてしまったようである。


「で、これからは、貴方はこの屋敷に住み込みで働いて貰うことになるから覚悟しておいてね。」

「はあ、それで、アンジェ様は私に何をさせるおつもりで?」

「そうね、まだ詳しくは考えてはいないけど、『ドラゴンマスク』に関する資料や情報を集めることかな。」

「それは例えばどんなことを?」

「そうね、まずは冒険者ギルドとかに行ってもらって彼が解決しそうな事案とかを探してきて貰うとか。それでそのクエストの現場に先回りをして彼を待つとか。」

「えっと、それをドラゴンマスクがしてしまったら冒険者ギルドの仕事を取ってしまうんじゃないでしょうか?」

「ああ、そうか、じゃあそれは無さそうね。では、盗賊達の隠れ家に彼が現れるのを待つとか?」

「あの、私、盗賊の隠れ家を知らないんですけど?それに、そもそも盗賊の隠れ家が分かるのなら、それはアンジェ様の盗賊殲滅隊の仕事じゃないんですか?」

「そうなのよねぇ、じゃあ、辿のかしら?」

「ええっ!?そんなことを言われても…」


ベリルはアンジェに自分の正体がバレていると思って、それであれば正直に自分の正体を明かそうと思っていた。

だが、正体がバレるどころか、問題の『ドラゴンマスク』の探索班の専従員になれと言われてしまった。

だが、その方法はベリルにも駄目だとわかるようなガバガバの内容だった。


『ふぁっはっはっはっはっ!これは面白い事になってきたものだわい。』

『龍神様!笑い事じゃありませんよ!せっかく、本当の事を話そうと思って覚悟を決めてきたのに、これじゃ、話しにくいですよ!』

『ん?そうかな?『ドラゴンマスク』の探索専従員にさせるなら一人とは言わず、何名か同じ様な人間が必要だとは思わんか?それなのにお前が、がこの部屋に呼ばれた。それも探索の方法は『冒険者ギルドに行って、先回りをしろ』だの、『盗賊の隠れ家で来るのを待て』だの、まるで子供でも考えないような方法を提示する始末だ。お前はそんなとぼけた事をこの女が言うと思うのか?』

聖龍の言葉にベリルもようやく気付いた。


『そ、それじゃあ、やはり。』

『そうじゃ、もう覚悟せえ。』

『わかりました。』


ベリルはアンジェに自分の正体がバレているとハッキリと認識した。

その上で、アンジェの問いに応えた。


「アンジェ様に本当の事を…」

「ん?どうした?何か私に言うことがあるのか?」

「はい、今まで黙っていましたが、『ドラゴンマスク』の正体の事です。」

「ん?」

アンジェの表情が変わる。

ベリルはアンジェのその目付きを見て確信した。


『やはり、わかっておられる。』


そう感じるとベリルはアンジェと二人きりとなっている部屋で、『ドラゴンマスク』に変身した。


椅子から立ち上がったベリルの体を眩しい光が包み込んだかと思うと、瞬時にあの龍の仮面を着けた謎の人物に変化する。


「な、な、な、な、何じゃ!お、お、お前は!!?」

アンジェは目の前で変身したベリルを見て腰を抜かさんばかりに驚いていた。


「あれ?」


そんなアンジェの反応に『ドラゴンマスク』となったベリルは違和感を覚える。

そして確認のためにアンジェに質問をした。


「あの…、アンジェ様?私の正体を見破っていたんですよね?」

「し、正体?な、何の事じゃ!?わ、私は何も知らんぞ!」

「ええーっ!!?」

ベリルはアンジェのその言葉を聞き、アンジェが全くベリルの正体に気付いていなかったことを知った。


「も、もしかして、私の早とちりですか?!」

ベリルは力が抜けたように後ろにある椅子へドサリと座り込んだ。


『やってしまいましたよ龍神様。どうしてくれるんですか?』

ベリルは思念波で、聖龍に話しかける。


『はーっはっはっはっはっはっ!面白すぎるぞベリル!まさかこの娘、天然じゃったとはな!はーっはっはっはっはっ!』

『全然、面白くありませんよ!』


ベリルが聖龍に思念波で喋りかけたのは、聖龍のこれまでの予想についてであった。


今までの聖龍の予測は完全に的外れであり、アンジェの取っていた行動はたまたま彼女が天然でやっていただけであり、特にベリルを『ドラゴンマスク』と疑ってやっていた事ではなく、全く意味がなかった事が判明したのだ。

『龍神様に言われたことって、結局、全然、当たってないじゃないですか!?私、心配しすぎて損をしましたよ!』

『すまんな、まあ、ベリルよ、良いではないか、どちらにしてもお前はアンジェに正体を明かすと決めていたのだろう?』

『ま、まあそれはそうなんですが…』

ベリルは聖龍にそう言われるが何か納得がいかない感じだ。


一方、アンジェの方は、ベリルの突然のカミングアウトにパニックとなっていた。


「べ、ベリル、お、お前があの『ドラゴンマスク』だったのか?!」

アンジェは腰を抜かして床に尻餅を付くほど驚いていたが、ようやく落ち着きを取り戻してその場にヨロヨロと立ち上がった。


「はい。黙っていて申し訳ありませんでした。」

ベリルは素直にアンジェに謝る。

ここからはアンジェの考え方ひとつでベリルの処置が決まる。


「で、何で…」

アンジェがそう言いかけたとき、部屋にノックがされた。


「失礼します。お茶を、お持ちしましたが?」

この屋敷のメイドの声だ。


「ちょ、ちょっと待て!」

アンジェは直ぐに入室を止めた。


「べ、ベリル!その格好を何とかしろ!」

アンジェは慌てて、ドラゴンマスクの状態のベリルに向かって言う。


「あ、は、はい、すみません!」

ベリルはアンジェの指示に従い、直ぐに元の姿に戻った。


「入っていいぞ。」

アンジェはメイドに声をかける。

「失礼します。」

メイドはお茶のセットをテーブルに置くと部屋を出ていった。


「ふぅー!焦ったぞ!」

アンジェがベリルの前のテーブル席に座り、後ろへもたれる様な格好で大きく息を吐く。


「すみません。私、アンジェ様が既に私の正体を見破っていると思っていましたので…。」

とベリルは聖龍の祠で起こった事や、これまでの経緯を正直に話した。


「なるほど、そうしてお前は龍神様の力を身に付けたと…それで、お前はその聖龍の力を持ったまま、旅に出たいと?」

「あ、いや、旅に出たいのは龍神様であって、私はそれほどでも…」

「うーむ、しかし、確かにあれほどの力をモノ村に置きっぱなしにするのはどうかなとは思うが…お前が旅に出て、旅先で問題を起こされてもな…」

「えっ?も、問題って、私、そんな問題事を起こすつもりは…」

「お前はそう思っていても、既にその力のために、色々な問題が出てきている。このまま私の一存では…」

アンジェが考え込む。

「そんな…」

確かに、ベリルの気持ちとは別に、ドラゴンマスク捜索の動きはフリークス伯爵領全域を巻き込んだ問題となっている。

それほど聖龍の力はベリルの思っている程度と完全にかけ離れた、国家レベルのものであり、大いなる力はベリルに重大な責任をもたらしていた。

そして、その事はまだベリルには理解が出来ていなかった。


「アンジェ様、どうかお願いします。他の方に、私の正体は皆にばらさないで下さい。」

ベリルは座っていた椅子から飛び上がるとその場に土下座した。


「うーん、流石にこの問題は私一人だけでは何とも出来んぞ、お父様には報告が必要かもな?」

「そんなことをしたら、私が王都に連れて行かれて一生奴隷の様な扱いを受けるんじゃないんですか?それだけは、それだけは…うっうっうっ…」


アンジェも、ベリルが土下座状態で涙を流しながら震えているのを見て、少し可哀想に思ったのか、

「そんなことはないと思うが…では、こうしよう。ドラゴンマスクの正体をお父様に明かすのは一旦保留にしておいて、お前にはとりあえず予定通り探索班の専従員として『ドラゴンマスク』を探すフリをしてもらう。そして、私がどうしても困った時には『ドラゴンマスク』として、お前に助けてもらうというのはどうだ?これならば、お前が王都に行くことはないし、『ドラゴンマスク』探索班専従員としてお給金ももらえて一石二鳥だぞ。」

アンジェが脳筋の頭で何とか考えた苦肉の策だったが、ベリルとしてもアンジェの言葉に従うしかなかった。


このまま、アンジェに無理を言えば、正体を伯爵にばらされて世間の晒し者になるのは目に見えている。

逃げれば一生日陰の身だ。

それならば、たまにアンジェの注文に応えてドラゴンマスクになっていれば正体もばらされずに済むし、探索班の仕事で安定した生活も送れる。


「わ、わかりました。それでお願いします。」

「よし、決まった。では、今日からお前は『ドラゴンマスク』探索専従班の一員として活動してもらう。」

「はい、でもアンジェ様、その探索なんですが、具体的な活動なんですが、どうしましょうか?」

もうドラゴンマスクは発見されているのだから、本来、こんな探索専従班というは税金の無駄遣いと言わざるを得ない。

それに、そんな組織に一体、どんな仕事をさせるつもりなのだろうとベリルが思うのも無理はない。


「うーん、それは、適当に考えておく。」

「て、適当、ですか?」

アンジェはドラゴンマスクの正体と所在が判明したことでかなり適当になっていた。


その後、アンジェは父親のダイス・フリークスに進言し、これまでやってきていた盗賊殲滅隊の隊長を副指揮官のアルバートに任せ、ドラゴンマスク探索専従班の隊長に就任したいと申し出た。

もちろんダイスは危険性のある盗賊殲滅隊にアンジェを置いておくよりも、ドラゴンマスクの探索専従班なら安全だろうと二つ返事で承認した。


その探索専従班の専従員には、ベリルの他、モノ村の商人の息子のベンの他、アンジェが見つけてきた他の村の者達5名、全部で7名が配置されることとなり、いずれもベリルと同じ様な年頃で、ベリルの正体を知らされないまま配置されることになった。


そのため、ベリルとしてはアンジェに嘘を付いていた苦しみからは解放されたが、別の問題が発生していた。

ベリルを除くドラゴンマスク探索専従班の者達は絶対に見つかる事のない人物を探す不毛の仕事をこれからしていかなくてはならないからであり、その事情を知っているベリルとしては非常に心苦しい所があった。


だが、アンジェに嘘をついていた時とは違い、幾分、気分が楽だった。

それは、ベンを除いて元々彼等は赤の他人であり、自分の正体を知らないその辺の街の人達と同じだと考えれば、わざわざ自分の正体をバラす必要も無いし、隠していても苦しくはないなと思えたからだった。


アンジェもこれには賛成であり、二人で考えた結果、どうしても正体を明かす必要があると判断したときに正体を明かす事に決めたのだった。


なお、アンジェの話では、探索専従班の者達には、アンジェがベリルを屋敷に呼んだ時に言っていた様な『冒険者ギルド』での調査や盗賊殲滅隊との連携を図って、盗賊団の隠れ家探索を行ってもらうことにするという。

なので結果的にダイスの心配事は消えてはいなかった事になる訳だが…。


だが、そんなベリルにとんでもない事件が発生する事になるのだった。

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