第8話 呼び出し
聖龍の森におけるドラゴンマスクの捜索活動は一週間をかけて実施されたが、初日の出現以来、全く何の痕跡も見つけることが出来ず、捜索は一旦、打ち切られることとなった。
それまでの経緯はこうだ。
聖龍の森で捜索中、突如として出現した魔物に対して、アンジェらは魔物討伐隊の編成が必要と判断した。
そのため、盗賊殲滅隊の騎士達も一度、フリークスの城に戻り、隊の編成替えなど、部隊の体制を立て直す事となっていたのだが、その出現情報を確実にするため、城に戻る前に再度、盗賊殲滅隊の隊員で編成した調査隊を森に送り込んだ。
だが、聖龍が再び結界を張り直していたお陰
で魔物の流入が止まっていたため、魔物出現の確認が取れず、その心配は杞憂に終わった。
そのため、聖龍の森におけるドラゴンマスクの捜索は再開されたのだが、当然、ドラゴンマスクは発見できず、結果、捜索は打ち切りとなったのだった。
ベリルもようやく、ドラゴンマスクの捜索が終わった事で、胸を撫で下ろし、内心ホッとしていたが、それも束の間のことで、モノ村を治めるフリークス領の領主ダイス伯爵の娘であるアンジェことアンジェリーナ・フリークスから直々に呼び出しがあったのだ。
ベリルは出迎えの馬車に乗り、領主の城があるフレックスという街まで行くこととなった。
ダイス伯爵の屋敷は城壁の様な壁に囲まれた敷地の中に建てられていて、その建物自体の見た目についても実際の城と見間違うほどの大きさであることから、街の人間は、
フリークス領は、この世界にいくつかある国のひとつであるサイズ王国という国の中にある領地であり、辺境地とまではいかないが、領地の中ではかなり奥まった地域にある。
つまり、辺境ではないものの他国や魔物が生息する未開地などと国境を共有している危険な地域となる。
そのため領地はいざとなれば王国を守るための戦場となる恐れがある地域なのだ。
それにその地を守る騎士にあっては、本来はその力を常に向上させ、トップクラスのレベルを維持していかなければならないのだが、残念ながら精強な部隊を構成する騎士は全て王国の中心となる王都に集められ、言い方は悪いが残されるのは余り強いとは言えない騎士ばかりであった。
だが、最近は何とかアンジェやアルバートの尽力により騎士達のレベルは向上していた。
『おい、ベリルよ、アンジェに呼ばれるなど、お前、ワシが意識をどこかに飛ばしている間に何かやらかしたのか?』
と聖龍の思念体が、馬車に揺られているベリルに問い掛けてきた。
まあ聖龍が意識をどこかに飛ばす何てことはまず有り得ないので、ベリルにもそれは冗談だとすぐにわかった。
『龍神様も意地が悪いです。私の事をいつも見ていらっしゃるのに、何かやらかすなんて、そんな事、ある訳ないじゃないですか!』
『ふむ、では何故だかわかるか?』
『いえ、わかりません。』
『クックックッ、わからんか…お前もまだまだじゃのう。』
『何を笑っているのです。わからないからわからないと答えているんですよ!それにお前もまだまだって…』
ベリルは聖龍の言葉の意味を読み切れずにいた。
『最初にお前がアンジェにドラゴンマスクの特徴を尋ねた事があったであろう?』
『ありましたが…確か、あれは『お前の体つきと似ている』と言っておられた…って!まさか!』
『そうだ、その時、既にお前の正体に気付かれたのかもな…それにグリルが怪我をしたとき、一番最初に駆けつけたのがお前だ、その時にもアンジェに何か言われただろう?』
『えっと、あの時は…『ここに来るときに何か見なかったか?』だったかな?それがどうかしたのですか?』
『あれはな、実際にドラゴンマスクを見たかどうかとかの質問ではない、あやつがお前が質問に答える時の反応を見ていたのだよ…答える時のお前の目の動きや仕草など、嘘をつく人間は特徴的な動きをするからな。特にお前は正直者だ、嘘を付けばすぐに顔に出るからな。』
『ま、まさか…そんなこと…』
ベリルは顔を真っ赤にする。
まさか自分の正直な性格が仇になるとは思ってもみなかったからだ。
『あれだけ頭の切れる女だ、お前が現場に駆け付けた時からお前の事を怪しんでいたのじゃよ。』
聖龍の的確な言葉にベリルは心臓の高鳴りを抑える事が出来なかった。
『アンジェ様に僕の正体がバレている…。』
馬車に揺られている間中、ベリルには外の景色を見る余裕すらなかった事は言うまでもない。
そんなベリルに安心をさせようと聖龍が声をかける。
『なあに、心配はいらん、お前は一度、自分の擬態としてアバータを使っているのだ。あれほどの女だ、二回目のドラゴンマスクの登場の時にそばにいたベンにお前の事を聞いているだろう。その時に『ベリルはお前の隣にいたのかどうか』とな。』
『では、まだ私の正体は?』
『多分だがな、まあ、これからは上手く立ち回る事だな。そうだな、例えば、もしドラゴンマスクについて関係があるのかと聞かれたとすれば、『実はあれは私の知り合いで、名前は知らないが、聖龍の森で知り合った人物である、強い力を持っているので、権力者等に利用されないため正体を知られたくないので探さないで貰いたいと言っている。』と言ってな。』
『そんな…完全にアンジェ様を騙す事になるじゃないですか!』
『ふあっはっはっはっ!騙すも何も既にお前はアンジェに嘘をついているではないか。』
『あ、いや、それはそうなんですが…これ以上嘘はつきたく無いというか、それに、そんな嘘で上手く行くのでしょうか?』
『それはお前次第だ。お前が国にその身柄を拘束されて、一生飼殺しにされたくなければ頑張る事だな。』
『そんなあ。』
ベリルは完全に泣きそうな顔になっている。
一度ついた嘘をバレなくするためには嘘をさらに付かなくてはならない。
確かに聖龍の言う通り、王国へ連れて行かれて『飼殺し』にされたくないのは当然の気持ちなのだが、そのために、これからも嘘を付き続けなければならないと考えると、正直者のベリルの心は段々と締め付けられていく。
そんなベリルの姿を見て、流石の聖龍もちょっと言い過ぎたと反省した。
本当にちょっとだけだが。
それに、これでは正直者のベリルの心が弱ってしまうと思ったのか、ある賭けに出る事にした。
『ベリルや、お前、アンジェの事をどう思っている?』
『えっ?!』
いきなりの質問にベリルはドキリとする。
『えっと、あの凄い方だと思いますが…』
『そんなことではない、好きなのか嫌いなのかと言うことだ。』
『えっ、!えっ?す、す、す、好きって、あの、ど、どういう事でしょうか?』
『そんなもの、人間的にどうかと聞いておるのじゃ!アンジェという人物が信頼のおける人間かどうかだ!お前の恋愛感情なぞ聞いてはおらん!』
ベリルは聖龍が指摘した通り、アンジェに対する自分の恋愛の気持ちを聞かれていると思いドキドキしていたが、違うとわかりホッとする。
『あっ、あっ、あー、そ、そ、そうですよね。は、はい、アンジェ様はとても信頼のおける方です。そういう意味では好きな方です。』
『それならば、正直なところを話してこちら側の人間になってもらうことだな。』
『こちら側の人間?』
『そうだ、お前の正体をアンジェに明かして、お前に対する沙汰を待つということだ。アンジェが本当にお前の事を思っているような人物ならば悪いようにはせんじゃろうがな。』
『た、確かにそうですが…もし、アンジェ様が私を王国のために利用しようとしたら?』
『確かにそうされないとは限らない。だから、これは賭けなのだ。お前の言う通りアンジェが信用のおける人間ならば、お前の気持ちを正直に話せば何とかしてくれるだろうという
『はあ。そういうことですか。』
『そうじゃ、まあ嘘を付き続けるか、正直に話すか、それはお前の気持ち次第じゃ。』
『………わかりました。』
ベリルは少し考えると聖龍に返事をした。
『私はやはり嘘を付き続けるのは無理です。アンジェ様に正直に話してみます。』
『わかった。まあ、お前が国に囚われの身になるような場合はワシが何とかしてやるわい。』
『ほ、本当ですか!!?』
『当たり前じゃ!そんなことをされれば、世界を見て回るというワシの計画が丸潰れになるからな。』
『ありがとうございます!!』
『その代わり、お前はワシの
『ええっ!!?そ、それは…』
『何じゃ、嫌なのか?』
『いや、それとこれは話が違うかと…』
『違うことはないぞ!お前は自分の立場を維持するためにワシの力を借りる、ワシも自分の目的を達するためにお前の力を利用する。お互いに同等の取引じゃ!』
『そんなあ…』
現状、危うい立場のベリルには聖龍のなかば強引な申し出に従うしかなかった。
そうこうしているうちに、馬車はアンジェの住むフリークス家の別宅に到着した。
アンジェは父親の住むフリークス城には住んでいない。
とは言ってもその別宅は城の城壁に囲まれた城に近い所に建ってはいるのだが…
城は領主が仕事をする職場であり、自分達が住む場所ではないというダイスの考えで、アンジェは母親達と共に城から少し離れた場所にダイスが建てさせた屋敷に住まわされていた。
アンジェは子供の頃から剣術をたしなみ、剣の腕が立つことから、以前から時々、ダイスの仕事を手伝うようになっていた。
最近では父親の下命を受け、前述の、盗賊殲滅隊の指揮官として稼働している。
父親としては娘にそんな危ないことをさせたい訳ではなかったのだが、男勝りのアンジェがダイスに『何でもいいので、私に騎士の仕事を下さい。』と嘆願してきたため、フリークス領の様な田舎にそう度々盗賊などは出ないから大丈夫だろうと思って、然したる理由もなく盗賊団の討伐の仕事を与えていたのだが、まさか先般のグロウグ盗賊団の件のようにアンジェの命が危うくなるような事件が勃発してしまい、ダイスは気が気ではない。
今のダイスにはそれが悩みの種となっていた。
この様にアンジェは騎士としての仕事をしている訳なのだが、アンジェはあまり登城しない。
というのも騎士の仕事というのは本来、男のする仕事であり、待機所やその他、騎士の利用する城内の施設は男子専用のためアンジェには使用することが出来なかった。
そのため、アンジェは時々、城には顔を出すのだが、普段の生活では自宅となる屋敷にいるのだ。
まあ、城との連絡はアルバートがまめにやってくれているので特に不自由はない。
屋敷の出入口前に止まった馬車から降りるベリル。
目の前に大きな建物が立ちはだかる。
自分の家とは全く違いとても大きな屋敷であり、一目でその素材も違うのだろうとわかる。
屋敷の周りの庭も綺麗に手入れされ、植えられた花から良い匂いが漂って来ている。
「どうぞこちらに。」
屋敷の前で待機していた執事に促されて屋敷の中に入っていく。
村人という低い身分の者に対し丁寧な執事の対応にベリルは驚く。
この世界は身分制度がハッキリとしている。剣と魔法が主流であるこの世界は、我々の住む世界とは少々違う。
身分制度もその一つで、世界の人間のほとんどはこの制度の中で生きているのだ。
その身分制度により、人間の身分、つまり階級はもちろんの事、待遇等もきっちりとされていて、住む場所や結婚、教養、一部の食べ物、適用される法律等も違っている。
例えば身分の違う者同士の争い事に対する処分については低い身分の方が厳しくされる様になっている。
まあ、上位の身分の者であっても悪い事をしていれば処分はされるのだが、ハッキリとした違いがある。
そのため、身分の低い者に対する上位身分の者は横柄な態度の者が多いのが現状なのだ。
だが、このフリークス家の執事をはじめ、使用人達については、そんな差別的な言動はなく、伯爵の教育というか指示がしっかりしているのか、客に対し失礼の無いように対応する様に徹底されているようであった。
まあ、本来、主人やその家族の客に対して失礼な態度をとる使用人なら、主人らの顔を潰す事になるとわかっていないからであり、そんな奴は大変頭が悪いと言わざるを得ないのだが…
ちなみに身分制度について補足説明をするが、この世界の職業についても身分や階級によって就けるものと、そうでないものがある。
国を支配し治める王族や上級貴族の下には、下級貴族などがある。
これらの者は、国や各所領の事務仕事をする者で、『華族』と呼ばれ、それぞれ『公』『侯』『伯』『子』『男』という爵位がある。
ちなみにアンジェの父親は『伯爵』である。
また、その下には『士族』という騎士や兵士等の国を守る仕事をする階級がある。
これにも家柄から上級や下級がある。
その他、刀剣鍛冶師などの職業につける上級工族の者に対し、一般に農工具や包丁や鍋、釜などを作る下級工族もある。
商業、農業などにも詳細な身分の区分分けがなされている。
これは国が領民を管理しやすくするための制度であり、いずれも世襲制度の色が強く、いくら能力があっても普通は親の仕事に就かなくてはならないようなシステムになっている。
だが、唯一というか親の仕事を継がなくても良い場合がある。
それはこの世界での特異な例として魔法を使う職業に就く場合である。
これは特別な枠であり、魔力の素養があれば国が管理する魔法養成学校に入れ、英才教育を受けさせる。
そして、その成績いかんにより、魔法に関する様々な職業『魔法職』に就くことができるのだ。
魔力の素養は、農家の家の子供として生まれたとしても、魔力を備えた子供として生まれれば、親から引き離され、子供がいない貴族の里親に養子として引き取られる。
この子供は一代限りではあるが貴族の枠『魔華族』となる。
だが、この者に子供が生まれれば、引き取られた貴族の名前を名乗る事が出来、貴族としての身分も保障される。
あと、この世界にある特殊なところで『冒険者ギルド』というものがある。
これは、先程の階級や職業枠から外れた仕事を専門にするための
この世界には『魔物』という存在があるため、それらを専門に討伐する者や、この世界で未だに知られていない場所を探索する者を『冒険者』と呼び、それらにそういった仕事を紹介する場所が『冒険者ギルド』である。
まあ、この『冒険者ギルド』に関する仕事については様々なものがあるので、後程紹介するとしよう。
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