第2話 盗賊襲撃
ベリルは魔石のネックレスを首に掛け、洞窟を後にしていた。
洞窟の中では、不思議な声が自分の頭の中に響き、父親が磨きあげた宝石があっという間に
『一体、あの声は何だったのか?』
ベリルの知識レベルでは皆目検討がつかない案件であった。
洞窟から、ベリルの村の住む方へ向かう帰り道、『あの声』は続いていた。
それは、ベリルの付けているネックレスから絶えず話しかけてきた。
ベリルでなければ、その鬱陶しさにネックレスを地面に叩き付けていたかも知れない。
『ベリルよ、知識とはいいものだぞ!知っていて損はない。知らなければそれまでだが、身を守る術を知っていれば害悪から自分を守ることも出来る。知っていても都合が悪ければ、知らないフリをすれば良いしな。それに力もいいぞ、持っていて損はない。必要無ければ使わなければいいだけだ。』
聖龍はそんなことをクドクドとベリルに語り掛ける。
どうしても自分の知識や力をベリルに授けたい様子だ。
さすがのベリルもやれやれといったような表情でネックレスの方に目をやり、
「龍神様は何故、私にそんな事をしてくれるのですか?私の他にも知識や力を欲しがっている人がいるのではないのですか?」
『うむ、よくぞ聞いてくれた。』
聖龍の思念は満を持して話し始める。
(今までしゃべり倒していたのだが…)
『ワシが肉体を持ち、この世界で生きていた頃、人間はまだ、ヨチヨチ歩きの赤子のようなものであった。だが、あれから何千年という月日が流れ時代も変化した。流石のワシも肉体が滅び、本来は天上界に行く予定であったのじゃが、ちょっとした手違いからあの祠に入ることになってしまったのじゃよ。で、あの祠から出られぬまま何千年と過ごしてきたわけなのじゃが、今回、お前が持ち込んだ『魔石』のお陰でこの様にお前と話が出来るようになり、外へも出ることが出来るようになったという訳じゃ。それでな、今の世の中の人間が一体どのように変化しているのか、人の可能性を知りたくてな。』
「人の可能性?」
『そうじゃ、脆弱な人間がこの過酷な世界でどのように対応して生きてきたのか、どのように成長しているのか、見てみたいと思ったんじゃ、お前にはちょっと難しいとは思うが、お前もそうは思わんか?そうして生き残った人間の可能性の過程を!』
「あ、いや、そう言われましても…私はこの村に生まれた者ですし、昔の事とかこの世界の人間がどうとかと言われましても、どうも…」
ベリルはあまりにも聖龍の話す話の規模が大きすぎて付いていけない様子だ。
『まあ、何にしても、お前とワシは今や一心同体と言っても過言ではない。じゃから、お前のその足で世界を回ってもらう。』
「えっ?あ、いや、龍神様?先程から言っておりますが、私は村人ですので、村から離れる事は無理です。そんな事をすれば両親が困ってしまいます。」
『ふむ、まあ、まだお前はワシの事をよく知らないだろうから無理もない。だが、お前はこの首飾りを付けた時から世界が変わっているのじゃからな。』
「えっ?それは一体どういう?」
『まあ、後々わかることだ。さあ、まずはお前の村をワシに見せてくれ。』
「あ、はい。」
ベリルは聖龍に急かされる様に、村への道を歩く。
ちなみに洞窟と言っても、それがある場所は、村からは高台となっている所にあり、そこから歩いて15分から20分位のところにベリルの住むモノ村がある。
いつもベリルは父親の仕事が終わった後で、祠へお祈りに来るので、お祈りが終わった後は大体夕方か日が暮れる直前くらいで、今の時期はまだ明るいものの、少しすれば薄暗くなる時刻である。
今日は聖龍の件もあり、家に近付くころには、すっかり日も暮れて辺りは真っ暗となっていた。
ベリルの家は平屋の貧しい木造家屋で、周りの家より少しだけ大きいのは鍛冶場があるからだ。
「ただいま。」
ベリルが玄関の扉を開けて家に入ると、母親の声が聞こえてきた。
「お帰り、今日は遅かったのね。」
母親のマアサだ。
肝っ玉母さんという感じの女性であるが、根は非常に優しく、常にベリルの事を気にかけてくれている。
奥から父親が出てきた。
名前はグリル。
頑固そうな顔付きをしていて、流石、鍛冶職人という感じだ。
「あれを置いてきたか?」
グリルがベリルに尋ねる。
あれとは例の緑柱石の玉の事だ。
「えっ、あ、うん、置いてきた。」
ベリルはモジモジしながら答える。
さすがのベリルも、聖龍がその宝石に魔法を掛けてネックレスにしたとか、それを聖龍から身に付けろと言われたので服の下に隠すように首に掛けているとは言えないのでモゴモゴと答えていた。
「ベリルどうしたんだ?元気がないぞ。」
グリルがそんなベリルの顔を覗き込む。
「うわっ!だ、大丈夫だよ父さん。今日は、なんか僕自身に色々あって、ちょっと疲れているんだよ。」
「色々って?」
マアサがベリルの言葉に食い付く。
「な、何でもないよ、とにかく色々だよ!」
ベリルは奥にある自分の部屋へ入った。
それをベリルの両親が首を傾げ不思議そうな表情で見ていた。
ベリルの家は小さな家とは言え、自分の部屋を持たせてもらっている。
ベリルの部屋の中は、殺風景というかほとんど何も無い。
家具というよりはやや大きめの木の箱がひとつとベッドがあるくらいで、机すらない。
机を置いたとしても、勉強をする必要も無く、本を読んだりする知識も無いからだ。
なので本当に何も無い。
ちなみに木の箱の中には、着替えや下着等が入っている程度で、後は父親と狩りで森に入る時に使う大きめのナイフくらいだ。
これは護身用としても使えるのだが、平和なこの村ではそんな必要はない。
なので、もっぱら狩りの時に使っているのだ。
グリルが弓で仕留めると、ベリルがナイフで獲物を解体していく。
グリルが解体をするのは、森の命を頂くという意味を父親からしっかりと教え込まれるためであり、森の生態系を壊すような無茶な狩りはしないようにという意味も含まれている。
ベリルがベッドに座り、そのナイフを見つめているとマアサが食事の用意が出来たと言ってきた。
「直ぐ行く。」
そう答えるとベリルはナイフを箱にしまい、部屋着に着替えた。
『僕が外の世界へ出ていく…』
聖龍から言われたその一言が彼に深く突き刺さっていた。
聖龍には外の世界へは行かないと言っていたが、本心はそうではない。
彼にとって村の外は未知の世界であり、時折やって来る行商人などから聞く珍しい話に目を輝かし、想像を膨らませていた。
『外の世界って、どうなっているんだろう?一度、自分の目で見てみたい。』
そんなベリルにとって多くの知識と知恵、そして力を与えてくれるという聖龍の言葉はどんな言葉よりも魅力的に聞こえ、輝いて見えた。
「入るぞ。」
グリルがベリルの部屋に入ってきた。
家を出ていく時と、帰ってきた時のあまりにも違うベリルの表情に気付かない訳はなかった。
首を傾げながら何か洞窟であったのだと感じた。
「どうした?何か洞窟であったのか?」
グリルは流石、『魔石』の加工が出来る職人だけはある。
『魔石加工』は技術だけではなく、資格が必要であり、その取得には人柄も要求される。
『魔石』は強い力を持っている。
加工のやり方によってはそれを悪い事にも利用することが出来るため、国はその加工技術を資格制度で取得するようにしていた。
資格を取得する者には厳しい審査を加え、犯罪歴や素行不良者などは直ぐに審査で弾かれるようになっているのだ。
それと、その技術を守るための堅い信念、悪い誘惑に抵抗する強い気持ちが必要となる。
そのため『魔石』の加工職人は常に周囲に気を張っていなければならないのだ。
そんな彼だからこそベリルの異変に敏感に気付くのは当たり前のことであった。
ベリルはそんな父親を尊敬していた。
鍛冶職人として父親として。
だから隠し事はしないでいたかったが、聖龍から、
『この事は親にも黙っておくように』
と言われていたため、正直に話すことが出来なかった。
何故、言ってはいけないのか彼にはわからなかったが、それを言うことで、聖龍が言うように何か自分の世界が変わっていくのではないか、変わってしまうのではないかという、何か見えない不安が彼にまとわり付いていた。
「何でもないよ」
ベリルは初めて父親に嘘をついた。
罪悪感があった。
だが、グリルはそれがわかっていたが、ベリルを問い詰めようとはしなかった。
「そうか…ならいい。飯にするぞ。」
そう言うとグリルは部屋を出ていった。
『本当にごめん、父さん、龍神様から言うなといわれたんだ。』
ベリルは父親が出ていった部屋のドアに向かって手を合わせて謝った。
『何を謝っておるのじゃ、ワシから秘密じゃと言われとるのじゃから、胸を張っておけばいいのじゃ!』
突然、聖龍の思念が頭に流れてきた。
ベリルも帰り道で結構、喋られていた事もあって慣れていたのか、最初ほどは驚かなかった。
「あ、いや、でも、流石に嘘はダメかなと…」
『ふん、そんな些末な嘘など大事の前の小事、大したことではないわ!』
「はあ…」
『そんな事より気を付けろ、変な気配がこの村に近付いてきているぞ。』
「えっ?変な気配って?」
『ワシの嫌いな悪の意識じゃ。』
「悪の意識?」
『そうじゃ、数にして20程か、これは多分盗賊だな。』
「と、盗賊!?」
ベリルは聖龍の言葉に肝を潰さんばかりに驚く。
こんな小さな田舎の村に盗賊が現れるなどめったにというか、まず無いことだ。
ベリルが生まれてからは聞いたこともない。
それなのに今、盗賊が20人もこの村に近付いてきているなんて事は、この村にとって100年に一度あるかないかの一大イベントだ。
「ど、ど、ど、どうしよう。」
ベリルはどうすればいいのか全くわからない。
ちょっとした知識があれば盗賊に対応する事も出来たであろうが、それがないベリルにとって盗賊は非常に恐ろしい存在なのである。
奴等は村や町を襲い、無理矢理金品を強奪し、もし言うことを聞かなければ、容赦なく人を傷付けたり殺したりすると聞く。
『ほーら、もうすぐここにもやって来るんじゃないか?』
聖龍はのんびりとした口調でベリルに話しかける。
確かによく耳を澄ましてみると、遠くで人が叫ぶ声や悲鳴が聞こえてくる。
それに、部屋の窓から声のする方向を見ると、空が赤くなっているのが見える。
「あ、あれは!か、火事だ!」
『奴等が火を付けたんだろうな。』
「ど、どうして?」
『どうしてって言われてもな、まあ、人を脅すためとか、面白いからとかまあ理由は様々だがな。』
「そ、そんな、面白いって…そんなことで火を付けるなんて!火事で人が死ぬかも知れないんですよ!」
『うむ、確かにそうじゃな。おっ!お前の両親も、ようやく気付いたようだな。』
マアサが血相を変えてベリルの部屋に飛び込んできた。
「ベリル!大変だよ、何か、向こうの方で騒ぎが起こっているみたいなんだよ!明るくなっているみたいだし、どこかの家が火事みたいのようね。」
「か、母さん、あれって、盗賊なんじゃ?」
ベリルが部屋に居ながらにして盗賊の襲撃を言い当てる事は、マアサにとって何か、異質なモノに触れたような感覚になった。
「えっ?盗賊?どうして、あなたがそんな事を知っているの?」
「あっ!いや、そう、叫び声が聞こえてきて『盗賊だ』とか何とか言っているのが聞こえた様な気がしたから…」
「何を言っているの、おかしな子ね。人が騒いでいる叫び声は聞こえたとしても、こんなところまでそんな人の声がはっきりと聞こえる訳ないじゃない。」
「……そ、そうだよね、僕の聞き間違いかな…」
何とか上手く母親に言い訳をすると、マアサも、慌てているためか、あまり突っ込んで聞くことはなかった。
「父さんは?!」
「燃えているんじゃないかと思われる方へ走って行ったわ。たぶん火を消すのを手伝うためだと思うわ。」
「えっ?それじゃ、盗賊達にやられてしまう。」
「だから、盗賊って決まった訳じゃ無いんだから。火が回って来たときのために逃げる用意はしておいてね。」
マアサは、ベリルにはいつでも逃げられるようにと指示を出す。
「あ、そ、そうだよね、う、うん、わかった。」
ベリルは激しく動揺していた。
ここにやって来ているのは20人からの盗賊達である。
それだけの人数が一度に移動している事から考えても統率のとれた盗賊団に間違いがないことは、知識の少ないベリルにもわかっていた。
『大変だ、このままでは父さんが盗賊にやられてしまう。』
ベリルは騒ぎの理由を知っているが父親は知らない。
知っていれば迂闊な行動はないだろうが、知らなければ確実に殺されてしまう。
『どうしたら…』
そう思った時、聖龍の声が再び頭に響く。
『ベリルや、力が欲しいか?盗賊を倒す力と知恵が欲しいか?』
それは聖獣と呼ばれた龍神の声ではなく、人の弱味に付け込む悪魔の様な声であった。
「そ、それは…」
『このままでは、お前の父親は盗賊の餌食になってしまうぞ…まあ、今のところは一人だけ女の騎士が必死で抵抗しているようだがな。』
「女の騎士?!」
ベリルはそう聞いて一人だけ思い当たる人間がいた。
このモノ村は王国の領地のひとつでフリークス領というところにあるのだが、このフリークス家には一人だけ騎士の如く剣を持った男勝りな貴族の娘がいた。
それは、このフリークス領の領主の娘、アンジェことアンジェリーナ・フリークスだった。
彼女はベリルの2つ上で、幼い頃から村に遊びにやって来てはベリルと遊んでくれていた。
ベリルも最初は気のいいお姉さんという感じで遊んでいたが、流石に大きくもなれば自分と相手の立場の違いを理解するようなり、今ではなるべく接触しないように距離を置いているところだった。
たぶん聖龍が言っているのは、その彼女の事だろう。
でも、何故?ここに?
「どうして?」
『それは本人に聞いた方がいいじゃろう。流石の彼女もこのままではいくらももたないぞ。』
無情な聖龍の声が頭の中に響いてきた。
「どうすれば……」
ベリルには悩んでいる時間はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます