ドラゴンマスク ~最強の聖龍の力を宿す仮面を被った、田舎村の少年の数奇な物語。~

銀龍院 鈴星

第一章 正義のヒーロー誕生

第1話 聖龍伝説と村の少年

ここは、剣と魔法の強さが世界の理、つまり『強さ』こそが正義と言われる世界『フローディアス』。

地上最強と言われたのは、その昔、神に次ぐ力を持つともいう聖龍(ホーリードラゴン)であった。

神は天上世界から地上に降りてくることはないので、実質地上世界ナンバーワンの存在であった。

その力は、天を割り、地を割き、海を沸騰させるという恐るべきものであり、人の言葉を操り、悪を見逃さず、全てを見透かしたとも言われていた。

だが、それも遠い過去の話であり、時代は流れ、やがてそれは伝説となり、聖龍は強さと正義の信仰の対象とはなっていたが、誰もから、それは事実であるとは認識されず、実在しない、想像上の聖獣だと思われていた。



ここに、ひとつのほこらがある。

大きさは小さな物置小屋程度のものであり、その上部には家屋の様に屋根があって、正面には小さな両開きの扉が取り付けられた木造の建物だった。

かなり深い洞窟の中に造られたその祠は、悪を寄せ付けぬ特殊な結界に守られていた。

だが、その祠の存在を知る者はあまりおらず、そこに訪れる者は、近くの村の敬虔けいけんな聖龍信仰の信者くらいであった。


『あーあ、暇じゃのう。今の世界は一体どうなっとるんじゃ。少しだけでもいいから見てみたいものじゃ。こんな状態でなければ世界中を飛び回っているのにのお。』

ぶつぶつと聞こえてくる、それは声ではなく、思念波といって、普通の人間には聞こえないものであり、聖龍の祠からそれは流れていた。


『そろそろ、ベリルが来る時間じゃな、アイツは生真面目だし、ワシに対する信仰心も厚いのだが、探求心や向上心が少々足らん。まあ村人だから仕方がないといえば仕方がないのだが、何とかしてやりたいのお。例えば家業の鍛冶師の仕事を極めさせるとか…と言うか奴を何とか外の世界に連れ出してやりたいのお。』

等と、何やらやけに所帯じみた考えの思念である。


その祠に人影が現れた。

まだ、十代半ばといった少年だ。

彼の名はベリル。

この祠の近くにあるモノ村という小さな田舎村の鍛冶職人の息子であった。

性格は先程の思念でも説明があったように真面目であり、毎日、この聖龍の祠に来ては祈りを捧げていた。

最近では、この祠にやってくる人間は彼くらいのもので、誰もが偉大な聖龍の力をあがたてまつることが少なくなっていた。


本日も、ベリルは祠の前に跪き、胸の前で両手を組み合わせて祈りを捧げた。

いつもなら、この時に供物として村で採れた農作物などを供えるのだが、本日は少し違っていた。

ベリルは地面に膝を付いたまま、その懐から何やら取り出してきた。

大きなビー玉くらいはあるだろうが、綺麗な球形の宝石だった。

深い緑と青が混ざりながらも、透明感がある。


『ほう、こやつ、自分の名前と同じ緑柱石ベリルたまを持ってきたか。』

思念の主がそれを見て一瞬で何かを言い当てる。

すると、

「龍神様、近くの山で採れた宝石を父に磨いてもらったものです。この祠に奉ろうと思って持って参りました。お納め下さい。」

と言いながら少年ベリルはその宝石を祠の扉の前にある台座に置き、そして、古くなった前の供え物を下げ、手に持った布袋に詰めた。


聖龍は、別名龍神とも呼ばれていて、聖龍信仰や聖龍伝説の中に出てくる神様的な存在であり、その力は前述の通りだ。

まあ、話の流れから直ぐにわかるだろうが、この祠は聖龍を奉る祠であり、先程からの思念波は、その聖龍のものだった。



『うーむ、これはベリルめ、面白いものを持ってきたものだ。』

祠の思念がその宝石を見て唸る。


それは少し特殊な緑柱石で、多くの魔力を吸収することが出来るうえに、また一定量の魔力を流せば自分の思うがまま、高位の魔法使いであれば様々な形に変化させることも可能である『魔石』という代物であり、そして、別の意味でその思念の主、聖龍にとっては好都合となる物だった。

だが、本来『魔石』の加工にはかなりの熟練した技術が必要であり、並大抵の人間には出来るものではなく、ましてやこんなド田舎の村の鍛冶屋の男に加工出来るとは思ってもみなかった。

だが、ベリルの父親は鍛冶職人の他にも、今回のように宝石の加工を含めた装飾品加工も出来、これについては若い頃に大きな街で修行をしていたからだとベリルは父親から聞き及んでいた。

聖龍はある程度、その事に関してはベリルの祈りの時に聞いていて知っていたが、どの程度のものかは知らず、まさか『魔石』を加工出来るレベルであったとは予想外であった。

と言うのも『魔石』を扱うことが出来る人間は極々限られていたからだ。


『クックックッ、これは僥倖ぎょうこう!良い兆しじゃ、ワシの思念をこやつに伝えるには持って来いの宝石じゃわい。』

と聖龍の思念波が言うや、直ぐにベリルへ話しかけた。


『ベリルよ!』

「はい?!」

突然、頭に響く声にベリルは驚き、その場にペタリと尻餅を付く。

まあ、全く人気ひとけの無いところで声がしたのだから無理もない。


「だ、誰かいるの?」

魔石には魔力を流し込むだけで思念伝達が可能になる力を持っていた。

だが、そんな事を知らないベリルには、最初、その声が頭に流れてきたのか、耳で聞こえたのかわからなかった。

だが、もう一度声がしたときにそれに気付く。


『聞こえるか、ベリルよ!』

「な!?頭の中に声が響いてきた!うわわ!」

突然頭の中に響く声にベリルが慌てふためくが、その思念の言葉はそんなことはお構いなしに話を続ける。


『慌てずともよい、ワシはこの祠に奉られている龍じゃ。』

「りゅ、龍?す、すると…り、龍神様!?ひはっ、ははあ!」

なんと、声の主が龍神だと分かるとベリルは顔を真っ青にしてその場にひれ伏す。

まさか、いきなり龍神から声を掛けられるとは思ってもみなかったようで、ベリルはひれ伏しながらも、その声にガタガタと震える。


ベリルが信仰の対象としている龍神、つまり聖龍とは、いくら信仰の対象とはいえ、実際には誰もその姿を見た者がいない伝説の存在であり、いくら敬虔な信者とはいえ、そこには架空の存在とも言えるわずかな疑念、つまり存在に対する疑いがあるからだった。

龍神という、あまりにも荒唐無稽な存在はあくまでも心の支えにはなっても姿を現したり、声を掛ける等ということは考えられない。

簡単に言えば、『いやいや、そんな奴おれへんやろ』レベルの存在なのだ。


だがもし、それが現実の存在であるとなれば、あの伝説の強力な力で、この村、いや、この国や世界を焦土と化すことも可能であり、恐怖、いや畏怖の対象となることは必至であった。

まあ聖龍なんでそんなことはしないだろうが、なにしろこの聖龍の前では人類は圧倒的に非力であり、その絶対的な存在に対して人間は降参、いや服従以外の手段を取ることは出来ないだろう。

だからこそ、聖龍から声を掛けられたベリルがその場にひれ伏したことにも頷ける。


『ベリルよ、お前が持ってきたその宝石のお陰でワシはお前に話しかけることが出来た。礼を言うぞ。』

「い、いえ、そんなことは…」

ベリルはまだ頭の中に響く声に恐れおののいていた。

こんなとき、本当ならば、

『勿体無いお言葉を頂き誠にありがとうございます』

とか言うところなのだろうが、悲しいかな学校にも通った事の無いベリルにはそんな言葉を口に出すだけの学も無かった。


『ベリルよ…』

「あ、は、はい!」

『うむ、お前のお陰で、この様にしてワシはお前と話すことが出来た。そのことは大変に喜ばしいことであるのでな、ワシの感謝の気持ちと言っては何なんだが、ワシからの贈り物を受け取って貰いたい。』

「えっ?私に龍神様の贈り物を?」

『そうだ、ワシからお前に贈るもの、まずは知識じゃ。』

「知識…、ですか?」

『そうじゃ、お前は生まれてこのかた、まともな知識を得ることなくこれまでの人生を過ごしてきたであろう。』

聖龍はベリルの教養の低さを指摘した。


「はい、それはわかります。その通りです。」

ベリルは龍神の言葉にうなずいた。

村にいる子供のほとんどは学校には行かない。

勉強が出来たからといって、良い就職先が見つかる訳でもなく、村人の子供は村人で一生を終えるのが普通だからだ。

ベリルも例外ではなかった。

今までまともに勉強を教えてもらったことはなく、自分もそれでいいと思っていた。

幼い時、少しは勉強をしたいと思ったが、大きくなるにつれ、次第に諦めという気持ちが大きくなっていた。

親から教えられた仕事を継ぐ。

それだけだった。

それ以上を望む必要は無かった。

村が、いやこの世界のシステムがそれを決定していたと言えるだろう。


だが、聖龍の思念はそんなベリルに知識と教養を与えようとしていた。


『世界を知りたいと思ったことがあるじゃろう?世界を旅してみたいと思ったことも?それを、補うだけの知識と知恵と、そして、力を、今からお前に与えてやろうと思ってな。どうじゃ?受け取ってくれるか?』

その龍神の思念がベリルの頭の中に流れている間、宝石は聖龍の魔力でキラキラと輝いていた。


ベリルは少しだけ考えていたが、

「龍神様の言われる通り、私にわかることは村の事や近くの森や川のことしかありません。この世の中の事を色々と知りたいとは思ってはいましたが、所詮、私は村人です。そんな知識をもらったところで宝の持ち腐れ、使い道もないでしょう。なので、こんな事を言っていただいて、とてもうれしいのですが、お断りします。私が受け取るにはとても大きすぎるものですから。」

ベリルは自分が思い付く最大限の言葉を使って聖龍に謝り、これを断った。


『うーむ、そうか、それでは仕方がないのお。じゃが、気が変わったらいつでも言うて来るがよいぞ。』

「はい。」

聖龍はひとまず自分の提案を取り下げたが、今度は別の話を持ち掛けてきた。

『ところでベリルよ。お前に頼みたいことがあるのじゃが聞いてくれんか?』

ベリルは龍神様からの頼みと言うことで一瞬、その体を身構える。

『そんなに固くならんでいい、大したことではない。お前が持ってきたその緑の宝石を、ここへ置くことなく、お前自身が身に付けてはくれんか?』

「えっ?これを私の身に付けるのですか?」

『そうじゃ、そうすればお前にワシの加護が与えられるからの。』

「えっ?そうなのですか?そんなことならお安いご用ですが。」

ベリルは龍神様の加護が与えられるのならば有難いと思い、祠の扉前に置いた宝石を取り上げ再び自分の懐に入れようとした。


『ちょっと待て。』

聖龍はベリルの手の中にある緑柱石に魔法を掛ける。

緑柱石が魔力を吸い込み空中に浮遊し始める。


「ええっ?」


聖龍は地上で肉体を持っていた頃とは違って、精神体となったことにより、自分の魔力をこの世界に干渉させることが出来なくなっていた。

祠の結界内では精神体として『存在』は継続できるが『干渉』は出来ない。

自分の力を『干渉』させるためには必要な媒介、つまり『魔石』が、自分の精神体の『近く』つまり『直ぐそば』に存在することが条件であった。

魔石が無い状態で精神体で祠の結界の外を移動しようとすると精神体は霧のように消えてしまうという制約があり、外にも出たかったが、これまで、そういった媒介も近くに無く、普段から祠の結界に守られていないと外にさえ出れず、何も出来無いという状態だったのだ。

だが、今回、その媒介となる『魔石』が手に入ったことにより、聖龍はこの世界へ自分の力を干渉させる事が可能になっていた。

会話が可能になったことも、その魔石のお陰であったが、世界への干渉はそれだけではなかった。


媒介となるその魔石に膨大な魔力を送り込み、魔石を利用して緑柱石から素晴らしいネックレスを作り上げたのだった。


緑柱石の魔石を中心に銀色をした龍のトップと鎖で装飾されたデザインのネックレスは聖龍の魔力で中央の魔石がぼんやりと輝いていた。


「これは!?」

『これはな、ワシの思念と魔力が込められたネックレスじゃ。ワシもな、こんな辛気くさい洞窟の祠の中でずーっと過ごすことに飽き飽きしていたのでな、そろそろ外へ出て、今のこの世界を見てみたいと思っておったのじゃ。そんな矢先にお前がこの緑柱石を持ってきたのでな。この機会に、お前にワシを外へ連れ出してもらおうと思ったのじゃ。』

聖龍はベリルにまくし立てた。


「は、はあ、それはわかりましたが、それで良いのですか?私はこのまま村に戻りますが、龍神様が言われる様な、外の世界へ出て見て回ることはできないと思うのですが?」

『ふっふっふっ、心配することはない、お前は絶対に村の外に出ることになるのだからな。』

「はあ。」

ベリルは龍神様の言う意味深な言葉に首を傾げながらも宙に浮かぶネックレスを手に取った。

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