第3話 驚異の仮面戦士

ベリルは悩んでいた。

そして恐れていた。

聖龍のごとき恐ろしい力を手にし、それを、みんなの前で使ったら、誰もが自分を恐れて除け者にされてしまうのではないかと…。


聖龍の思念はその考えをいち早く察してベリルに伝える。

『何じゃ、他の者に除け者にされるのが怖いのか?!それなら簡単じゃ、正体を知られないように仮面を被ればええことじゃ。』

「仮面を?」

『そうじゃ、仮面を付けていれば他の者達からも、その者がベリルであることは気付かれん。ワシが、この首飾りを仮面に変化させるからお前はそれを被り、その力を奴にお見舞いしろ!』

「か、仮面ですか…そ、そうですね、それなら大丈夫かも知れませんね。わかりました。」

『じゃあ決まりだな、支度をしろ。』

「はい。お願いします。」

ベリルは聖龍からそう言われると直ぐに母親のところに行って話し掛け、父親の様子を見に行ってくるといって外に出たのだった。


マアサには最初、

『危ないから止めなさい』

と言われたが、

『危ないことはしない、火事だったら近付かないで、遠くで見ているから』

と言って、マアサを納得させた。

家の扉から出た瞬間に、ベリルの体の周囲に光が噴き出す。


そして、あっと言う間に、頭部に龍の姿を型どった様な異形の仮面を被った人間が現れた。

服装も、村人が着るようなものではなく、鋼鉄の鎧の様な硬さと絹製の様な滑らかで艶のある特徴を兼ね備えた様な素材で作られた不思議なものであった。


「あっ!」

ベリルは走っていて驚く。

「物凄く体が軽い!?」

『ふはははは!驚いたか?ワシの力を分け与えているのじゃから当然じゃ!速く動けて力も強い。暗いところでも遠くまで見通すことが出来る。まあ、人間と比べれば天と地程も違うからのお。その力、気を付けて使えよ。』

「ありがとうございます!」


ベリルは今までこの様な全能感覚を味わったことはなかった。

身体だけではなく頭に流れ込む知識も例外ではなかった。

今なら何でも出来る様な気がする。


そんな事を思いながら、走っているとあっと言う間に火事の現場に到着した。

当然ながら、盗賊達が燃える家の近くで騒いでいる。

その中に父親とアンジェがいた。


アンジェはグリルを守るためなのか、剣を抜いて、盗賊達と対峙していた。

グリルは怪我をしているのか、足を押さえている手が血まみれの状態だ。


盗賊のかしらと思われる大柄な男が大きな斧を持ってアンジェに近付く。

体は周りの盗賊達と比べてもかなり大きく、その丸太の様な腕から見て力も強そうだ。


いくらアンジェが強いと言っても、到底敵いそうには見えない。

それにアンジェとグリルの背後はゴウゴウと音を立てて燃え盛る家があり、背後に逃げる場所はない。

それと、盗賊の頭の周りには手下と思われる屈強そうな盗賊達が周りを取り囲んでいるため横へも逃げることも出来ない様子である。


「あっ!」

盗賊の頭がアンジェに近付いたと思った瞬間、アンジェの持っていた剣を斧で弾き飛ばしていた。

王都の騎士でもこれほどの動きをするものは少ない。


『全く反応出来なかった…』

アンジェは盗賊の頭の動きに全く対応出来ないばかりかあまりの威力に手が痺れてしまっていた。

アンジェは剣を持っていた側の手を押さえながら後退あとずさりする。


「フェフェフェ、お嬢ちゃん、そんな危ないものを持ってちゃ駄目だぜぇ。」

盗賊の頭は下卑た笑いをアンジェに見せながら、じわりじわりと近付く。

アンジェが剣の他に武器を隠し持っていて反撃されることを想定しているのか隙の無い動きだ。


「お、お嬢様、私のことは構わずお逃げください!」

グリルが足の傷の痛みに顔を歪めながらアンジェだけでも逃げてもらおうと声を掛ける。


「何を言う!私はこの地を治める領主の娘、領民を放って逃げることなど出来るはずもない!」

アンジェは素手で盗賊の頭に構える。


「そんなんじゃ、誰も守れないよお、。」

アンジェにもう武器が無いと判断したのか、盗賊の頭は先程と同じ様な速度でアンジェに近付き、今度は頭上から斧を振り落とした。


ゴシュッ!!

誰もがアンジェの頭に斧が突き刺さっていると思ったその瞬間だった。


「ぐぎゃあああああー!」


盗賊の頭の悲鳴が暗闇の中に響き渡る。

よく見ると盗賊の頭の両腕が途中からもぎ取られるかの様に無くなっていたのだ。


「お頭ぁー!!」

「何だ!?」

「一体どうしたんだ?!」

盗賊達は突然、自分達の頭の腕が無くなり、血が噴き出すのを見て驚く。

一体何が起こっているのか全くわからなかった。


「なっ?!」

驚いたのは盗賊達だけではなかった。

アンジェも突然の出来事に呆然となる。

殺されると思った瞬間に、相手は腕を失っていた。


そして、次の瞬間には盗賊の子分達の首や胴体が次々とちぎれて飛ばされていく。

何者かが目に見えないくらい物凄い速さで自分達の目の前を移動しているのはわかったが、その正体は全く見えない。


アンジェがようやくその姿を目にした時は、盗賊の頭以外の盗賊が全て殺された後だった。


それは龍の頭部を型取ったような異形の仮面に、魔導師が着るような艶やかな青緑色のローブを纏った人物だった。

そのローブの下には鎧のようなものもチラチラと見え隠れしている。

手には何も持ってはいないため、剣士なのか魔法使いなのか全くわからない。


「あ、貴方は一体…?」

アンジェがその謎の人物に近付こうとした瞬間、視界から消えていた。


そして、少ししてから、家の陰からベリルが現れグリルのところに走ってやってきた。


「父さん!!」

既に聖龍の魔力を借りた姿はしていない。


「おお、ベリル!あ、痛たた…」

グリルも盗賊が倒されホッとして痛みを思い出したのか、再び足を押さえる。


「父さん、大丈夫?!」

「なあに、大丈夫だ、っててて!」

グリルは平気なフリをしようとしたが、結構深手だった様で、他の村人達から手当てを受けていた。

村人達は、盗賊が全て倒された事を知ると、直ぐに燃えている家の消火作業を始め出し、怪我人の手当てをし始める。

アンジェの他に村に来ていた伯爵家の騎士達は両腕を失った盗賊団の頭を捕縛していた。

後でわかったことだが、アンジェの周りに他の騎士達の姿が見えなかったのは他に村の中にいた盗賊の対応に追われていたからであったらしい。


「ベリル!」

アンジェもベリルに気付き声を掛ける。


「あ、はい…。」

「お前、ここへ来るときに何か見なかったか?」

「えっ?何かって…」

「あ、例えるならば魔物、いや、龍の様な仮面を付けた人物なのだが…」

ベリルはオドオドしながら返事をする。

アンジェが言わんとしていることは自分が変身していたあの龍の仮面の人物のことであるとわかっていたが、流石に言うことは出来なかった。


「あ、あの…」

「あ、いや何でもない。ところでお前は大丈夫なのか?」

「ああ、はい、大丈夫です…今、この騒ぎで駆け付けたところです。ところでアンジェ様、これは?一体何が?」

「盗賊団だ。それも名うてのな。」

「と、盗賊ですか?」

ベリルもこの者達が盗賊だとわかってはいたが、その盗賊達の詳細な正体までは知らなかったがアンジェが教えてくれた。


「こやつらは王都から手配が為されていたグロウグ盗賊団という奴らだ。」

「グロウグ盗賊団?」

「そうだ、そしてコイツがその頭目のグロウグなんだがな。」

そう言ってアンジェは、両腕の傷口からこれ以上血が出ないように腕を布で覆い紐で固く縛って応急措置をされている盗賊の頭をアゴで指す。

グロウグと呼ばれたその男は腕を失い、既に戦意を喪失しているのか、その場に座り込みうなだれていた。


アンジェの話では、グロウグ達は王都を荒らし過ぎたため、王国から追っ手が掛けられたのだが、潜伏していた王都のアジトから逃亡を計り、何とかいつものように王都内を逃げ延びていたようだが、今回は普段と違って冒険者ギルドや警備隊から執拗な追跡にあったためか、たまらず王都を飛び出し、田舎のフリークス領まで逃げて来たようで、事前に王都から連絡を受け、警戒していたアンジェ達の警備の網に引っ掛かったという話だった。

だが、流石に王都がA級手配するほどの盗賊であり、頭のグロウグは、悪人とは言え騎士レベルの腕前とも言われており、手下達もそれなりに強い者達で構成されていた。

普通、王都の騎士であれば一人で兵士10人くらいの力を持つと言われている。

そのため実際にアンジェ達は相手を見つけるも、討伐や捕獲どころか、どんどん領内を移動され、領内の最奥であるモノ村まで軽々と移動されていた。

そんな理由で彼等は、アンジェ達と、このモノ村まで交戦しながらも、ほとんど無傷でやって来たという話しだった。

これが戦争なら騎士達全員が殺されていても仕方がないレベルだったのだ。


「そんなに強かったんですか?」

「ああ、悔しいが、私なんぞ全く歯が立たなかった。」

アンジェが悔しそうにグロウグを睨み付けた。

「そ、そうなんですか、でも良かったですね、命が助かって。何か相手の人、どこかで怪我でもしていたんですか?」

ベリルは事情を知らない人間を装い、アンジェに質問する。

「うむ、それなんだが、何者かはわからんが、先程も言った龍の姿を型どった仮面を被った恐ろしく素早い奴がコイツ達をこの様な目に合わせたのだ。」

アンジェはそう言いながら、辺りに転がる死体を見つめる。


「龍の仮面ですか…」

ベリルもそう言いながら多くの死体を見てドキッとする。


盗賊とはいえ自分の手で多くの人間の命を奪ってしまったのだ。

聖龍の魔力の影響で、仮面を被っている間は罪悪感や恐怖感はある程度というかかなり抑えられている様で、その時は大した罪悪感もなかったが、悪人とはいえ素に戻ったベリルは、聖龍からはある程度の精神耐性を与えられ幾分か落ち着いてはいるものの、今更ながら自分のしたことに恐れを抱き、動揺していた。


「彼が何者かはわからんが、相当の手練れと思われる。盗賊を倒したことからも悪人ではないとは思うのだが…」

そう言いながらアンジェは何かを考えている様子であった。


「何か気になる事でも?」

ベリルはアンジェに尋ねた。

「あ、いや何でもない。の事を何と報告すれば良いのか…」

「彼?龍の仮面の人は男の人なんですか?」

「ああ、恐らくな、ん?そう言えばお前の体つきとよく似ておったな。まさか…」

アンジェはそう言うとベリルの方をジッと見る。

『ま、マズイ!バレちゃうかも…』

ベリルは正体がバレてしまうかもとドキドキしていたが、アンジェは納得したようにフッと口元に笑みを浮かべ、

「うん、まさかだな。」

と言ってベリルから視線を外した。

到底、一村人にあの様な達人的な動きが出来るとは思えなかったのであろう。


『クックックッ、良かったのおベリル。』

聖龍の思念が流れてきた。

『笑い事じゃありませんよ!アンジェ様にバレたら大変なんですから!』

ベリルは頭の中で返事をする。

『まあ、普段のお前を知っているからこその判断だろうて、彼女の思い込みに有り難く感謝することだな。』

と聖龍がベリルに言う。


まあ、確かに普段のベリルならあんな動きは絶対に出来ない。

龍の仮面あってのことだ。


「あ、名前!」

ベリルが突然思い出したようにアンジェに言う。

「名前だと?」

アンジェが怪訝な顔をする。

「ええ、あ、あのですね、あの龍の仮面の男の名前を付けるんですよ!」

「ほう、それに何か意味があるのか?」

「え、いや意味とかは無いんですけど、無いと、いつも『龍の仮面の男』って言わなくちゃならないので、逆に呼びにくいかなと、だから普段のあの者の呼び方を決めておけば言いかなと思いまして。」

「なるほど、それもそうだな…で、例えばどんな名前だ。」

「えっ?」

ベリルはまさか言い出しっぺの自分が名付けろと言われるとは思っても見なかったようであり、言葉に詰まる。


「ふっ、はっはっはっ!まあ、お前の言わんとしている事はわかる。確かに正体不明のやからだからな、とりあえず上に報告するにも仮の名前が必要だ。」


アンジェも流石に教養の無いベリルに名前を付けろと言うのは冗談が過ぎたと思い、少し笑いながら謝ると、ベリルの提案に賛成の意を示した。

ベリルもホッと胸を撫で下ろす。


「では…何と?」

「そうだな、差し当たり『ドラゴンマスク』というのはどうだろうか。」

アンジェはベタ過ぎる名前を出してきた。


「へっ?」

流石のベリルも、このあまりにもベタすぎる、と言うかアンジェのネーミングセンスの無さに表情が固まる。

だが、領主の娘にダメ出しは出来ない。

なので、

「あ、あーなるほど、龍の仮面だから『ドラゴンマスク』かあー、ふんふん、流石ですアンジェ様!素晴らしい、最高です!」

ベリルも言いたくないお世辞を飛ばす。


「そ、そうか、ちょっとベタすぎるとは思うのだが…」

アンジェも自分自身のネーミングセンスの無さに絶望感を垣間見たのだがベリルが褒めちぎるものだから、別の名前を出す事が出来なかった。


結局、龍の仮面を被りながら、グロウグ盗賊団を片付け、名を名乗らず姿を消した謎の男は、

『ドラゴンマスク』

という名前で伯爵に、そして王都に報告されたのだった。





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