第12話 とりあえずは当面の平和のために。

 七日後、九か国から出席者が急拵えの会議場に集まった。

 パピルス人民共和国主席ビン・ハーン。

 シロプス調和の国調和会議副議長ミモ・リモ。

 エデンアダム復活国首席枢機卿サラエル・ラモン。

 ハッシリ企業連合国副会頭ミシェル・フォン。

 ガダ合藩国大老ナオキ・サエグサ。

 愛の国ミーム教皇プリラ・グレイ。

 ナテム共和国外務大臣ティロ・ファロ。

 ダン城壁連邦国防長官シーラ・ガンジン。

 ワイズ商王国宰相レッド・ハル。

 これにエバが加わった十名で会議が行われる。

「これより『世界を破滅から救う会議』を開催する。目的は勃発が危惧されている世界大戦を回避することだ。各国から参加してくれた皆に感謝する。議長は会議の発起人であるエバに頼みたいと思うが、いかがだろうか」とビン・ハーン主席が口火を切った。

「それでかまわない」「同意する」などとシロプス調和の国、ハッシリ企業連合国、ガダ合藩国、ナテム共和国、ワイズ商王国からの出席者が賛成した。これらはエデン教エバ派が主流の国々だった。

「エバはあくまでオブザーバーでしょう」「議長は九か国代表者の互選で決めよう」などとエデンアダム復活国、愛の国ミーム、ダン城壁連邦からの出席者は反対した。この三か国はエデン教アダム派が強固な国々だった。

「私はこの会議の提唱者ですし、完全に中立的な立場で参加しています。どの国にも肩入れしていません。ただ平和を求めるのみです。ぜひ議長をやらせてください」とエバはすかさず主張した。

「ハーン首席とじっくり話し合われているのではないですか」と愛の国ミームのプリラ・グレイ教皇が微笑みを湛えて言った。「すでに何らかの密約を交わしているかもしれない」

「ハーンさんとは、会議の準備以上のことは話していません」

「そもそもあなたは神の言いつけに逆らって生命の樹の実と知恵の樹の実を食べた悪魔ではないか」とエデンアダム復活国のサラエル・ラモン首席枢機卿がきびしい口調でエバを糾弾した。

「私はただの人間で、悪魔ではありません。知恵の樹の実を食べなければ、あなたがたの話を理解できるようにはなれなかった。やむを得なかったのです」

「エバさんには決定権のない進行役をしてもらいませんか」とハッシリ企業連合国のミシェル・フォン副会頭が発言した。

「意義なし」という複数の声があがった。

「いいでしょう」とプリラ・グレイ教皇が折れた。サラエル・ラモン首席枢機卿とシーラ・ガンジン国防長官もうなずいた。

「では進行役をやらせていただきます」とエバは言った。「『世界を破滅から救う』ために提案があります。九か国平和条約を締結してください。とりあえずは当面の平和のために。いずれは核兵器の廃絶を含む恒久平和を目指して」

 会議場が沈黙に包まれ、やがていくつかの失笑が漏れた。

「いきなり平和条約の締結とは。無理でしょう。パピルス国が我が国固有の領土であるサンダ県から兵を引けば考えてもいいですが」とシロプス調和の国のミモ・リモ副議長が冷え冷えとした声を響かせた。

「サンダ県はパピルス人民共和国の領土である」とビン・ハーン主席が断固として言った。

「核兵器こそ使用していませんが、現に我がダン城壁連邦とガダ合藩国は交戦中です。ガダ軍は我が国の壁の一部を破壊し、侵入している。和平など話し合える状況にはありません!」シーラ・ガンジン国防長官が早口でまくし立てた。

「あの凸型の壁がガダ領にはみ出しているのが悪いのだ!」とナオキ・サエグサ大老が声高に反論した。

「平和条約は時期尚早です。まずは経済協定を結びましょう。関税を引き下げ、自由貿易を活性化させれば、おのずと平和が訪れる」とワイズ商王国のレッド・ハル宰相が言った。

「検討に値する提案です」とミシェル・フォン副会頭がうなずいた。

「ハッシリ製の粗悪な核ミサイルの輸出が今日の混迷を招いた。貿易はむしろ縮小するべきだ」とナテム共和国のティロ・ファロ外務大臣が突っぱねた。

「エバ派の国との平和条約も経済協定もどちらも議論するのは無駄だ」サラエル・ラモン首席枢機卿は声を荒げた。

 エバは収拾がつきそうになくなった会議場を眺めて、こんなものだろうな、と思っていた。彼女なりに蛇人類世界のことを学び、各国の対立の状況はつかんでいた。

「平和条約の締結は無理ですね。撤回します!」と彼女は大きな声で言った。

「核兵器不使用条約ではいかがでしょうか」

「一考に値する提案だわ」プリラ・グレイ教皇が微笑んだ。愛の国ミームは最小の都市国家で、核ミサイル一発で滅亡してしまう。

「今ここで決めることはできないが、国に持ち帰り、国会で可決することはできそうだ」とティロ・ファロ外務大臣が続いて言った。ナテム共和国は昨年原子力発電所でメルトダウンを起こし、原発反対運動が激しく、核兵器へのアレルギーも強い。

「核兵器の輸出は禁止されないのでしょうな」ミシェル・フォン副会頭の顔には警戒感がにじみ出ていた。ハッシリ企業連合国では軍需産業の力が強く、核ミサイルの輸出で稼いでいる。

「ええ。禁止するのは使用だけですよ」エバはニコニコとしてみせた。

「賛成だ」とビン・ハーン主席が言った。彼はパピルス人民共和国の実質的な独裁者で、彼の意志は国の意志とイコールだった。

「ガダ合藩国が締結するなら」とシーラ・ガンジン国防長官が言った。

「ダン城壁連合が締結するなら」とナオキ・サエグサ大老が言った。

「調和会議に諮ることはできるでしょう」ミモ・リモ副議長が言った。シロプス調和の国は寡頭制で、七人の議員の過半数が賛成すれば、議案は通る。

「商王にお伺いしてみましょう。締結する方向で」とレッド・ハル宰相が言った。ワイズ商王国の王は九歳の少年で、宰相の傀儡である。

 八か国の出席者が核兵器不使用条約の締結に前向きな発言をした。残るはエデンアダム復活国だけだ。サラエル・ラモン首席枢機卿に注目が集まった。

「法王は私に全権をゆだねると言ってくださった」と彼は言った。「核兵器を使用したいとは思わない」

 会議場の緊張が緩んだ。

「全員賛成のようですね。国へ戻ったら、国論をまとめてください。後日再度お集まりいだだき、九か国核兵器不使用条約を締結しましょう」とエバは総括した。

「有意義な会議だった」ビン・ハーン主席が立ち上がって、拍手した。「酒と料理を提供しよう。晩餐会だ」

 会議場にパピルス料理とワインが運び込まれた。この日、エバは初めて酒を飲み、ハイになって笑い転げた。達成感があった。

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