第2話 春を謳う酒の香。神に捧ぐ魔の宴


「右。木陰より一つ。よし、そのまま背後へ切り払え。そなたの背を狙いもう一つ。それで最後だ。」


水飛沫を上げて石が川を跳ねるよう太刀が滑る。

締めて4匹。今回の襲撃はこれまでに比べ数が多かったと言えるだろう。

山に蔓延る結界の中に踏み込み歩くこと早2時間といったところ、初めのはぐれたにも思えるクロイヌやクビツリに比べ、今は纏まった群れによる襲撃を受けていた。


「それにしても段々と襲われることが多くなってきたようね。近づいてる…って考えていいのかしら?

代わり映えのしない景色で実感が湧かないわ。…はぁ。こんな状況じゃなかったらとっても素敵なシチュエーションなのに。あなたみたいな人と満開の桜の下をデート、だなんて。だからそんな怖い顔しちゃダメよ?

…ふぅ、ちょっと休みましょ。」


更なる刺客に備えて目を細く辺りを探っていた巳ノ水は毒気を抜かれたようにぱっと顔を上げ、今回の作戦でのバディ。八乙女香を瞳に映した。


「やや、これは恥ずかしいところを見せてしまったようだ。説教とは、これではどちらが永く在るのかと問われても仕方がないな。久方ぶりなので随分と肩に力が入ってしまうよう。はは、失敬失敬。」


「説教だなんて、そんなつもりはないわよ。ただそんな怖い顔してると折角のイケメンが台無しよってだけ。

あ。あそこなんていいんじゃないかしら。少し腰を落ち着けましょうよ。ここに踏み込んでから向こう歩きっぱなしで疲れちゃったわ。それに…なんだか少し酔ったような、お酒を無理やり飲まされてるようなそんな感じがして。」


何?と巳ノ水が空を仰ぎ見てその手を伸ばす。

空を覆い薄く隠す霞へと指を絡めたと思えば…


「……そなたよ。肩を貸そう。ここは。休むならばこの先だ。…厄介なものよ。まるで後悔が尽きぬ。やはり閉じ篭っているうち衰えた。」


「なにか…気づいたのね?どうしたらいいのか話して頂戴。」


「うん。この霞。巧妙に隠されているが…悪い酒の香りがする。しかしこれはそなたら人にとってのものだ。これは、神に捧げた酒なのだろうよ。私にも覚えがある。

このような酒を好むなど、神の程度が知れるというものだが。いずれにせよ人にとって悪い酒には変わりない。長く吸えばその身をゆるく蝕んでゆくだろう。


…良かった。幸い私にはこれを清める術がある。そなたが聡い子で良かったよ。」


肩を抱かれ移動すること半刻。ようやく腰を落ち着け一息入れる。

桜の木に背を預け、香を座らせると巳ノ水は手で杯を作りその中に水を集めていく。

この者の異能。水を集め清めるもの。魔に誘う霞なれど、この手にかかれば造作もない。


「これを。息が上がり始めているようだ。少しは落ち着けるだろう。私の能ならば魔を退けることができるでな、楽になる筈だ。

その間に私は少し周りを見てこよう。そなたは身を休めることだ。

何かあれば刀を手に取っておくれ?それで私を呼び戻せる。」


手の器からその口へと水を飲ませ、一息入れたのを見ると立ち上がる


「まだ立てなくなる程じゃないんだけど、こうしていた方がいいのよね?

気をつけて。でも、あまり離れないで頂戴ね?」


頷き離れていく背に一言。


「…少し一緒にいるだけでも分かってしまうものね。あの人、きっと隠し事が下手なんだわ。」


笠を深く被って思い詰めた顔を隠す人に苦笑を。



しず…しず……。音を立てぬよう忍び寄る。気配を絶ち、声を殺して。

主の敵の前に立ちはだかる。


「道を譲ってくれぬか。主を山頂まで連れ行くにここを通りたくてな。

…良いだろう?」


目が合うオオガマ。睨み付ける。それだけで動き出そうとした巨躯が止まる。

糸を張り詰めた緊張はない。水が流れるのが当たり前のように一方が歩けば他方が退く。自然の摂理がそこにはあるだけ。


ついに堪らずオオガマが退く。踵返して一目散に。


「……何とかなるものだな。くく、蛇睨みとはいかなかったようで逃げられてしまったが。さて、これで主の役には立てたろうか。」


苦笑を残してこちらも踵を返す。山の頂きまではあと1刻もあれば辿り着けようか。


「凄いのね。睨んだだけで妖魔をどこかへやっちゃうなんて。私も少し怖くなっちゃった。」


「そなたよ。…冗談はよしてくれ。私はただの付喪よ。それよりも、良いのか。もう暫し休んでいても良いのだぞ?」


「あなたが遅いから探しに来たのよ。それにじっとなんかしていられないわ。みんなを助けに行くんでしょ?」


近くまで来ていた香の姿に笠を深く蛙に見せた顔を見られぬようにして。


「そなたには礼が尽きぬな。…先を急ごう。この霞。長居はできぬようであるから、疾く済ませて二人ゆたり山を降りるとしよう。景色を眺めながらな。」


「いい考えね。それを聞いたら元気がでてきたかも。さ、いきましょう?」



この先待ち受けるは何ぞやと。問うも返すは知らぬとあれ。されど二人続けよう。何であろうと打ち倒すのみ。それが我らの使命なれば、進む足は留まるを知らず。

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【創作企画】刀神・参加作品 霞に花の色匂へよ @GAU_8

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