第5話 魔物に歴史アリ。


 「それは、遠い昔の話じゃ」



 しゃがれ声が洞窟に響く。

 俺が育ち、ソフィアが生まれた、地底湖から少し離れた場所。

洞窟の最下層より少し上の層の、岩だらけの鍾乳洞を思わせる場所。


 そこに、しゃがれ声が響く。


 岩トロールが声高らかに、幼子へと話す。

 人間ヒュームで言う、物語の読み聞かせ。


 それを、オレたちにやろうとしていた。



 「遠い昔、人も魔も忘れ去るほど過去の話」



 俺とソフィアがちょこんと座る。

 俺は2歳半になり、ソフィーは1歳になった。

物語を聞くには、幼すぎる年齢だ。

 

 なのに、その前で、岩トロールは話している。

 そして、小石のような人差し指を立てる。


 歳老いた、小さな岩トロール。

 その名はラルガ・コル・レルカ。

俺らの臨時ベビーシッター替わり。



「過去……っちゅーても、ワシは覚えとるがな?」



 メローの魔洞サファイア・迷宮ダンジョン

 その中でも、一番に年老いている魔物が彼だ。

迷宮の最長老であり、メローの次に発言力がある。


 若い頃はブイブイ言わせていたらしいが、それはさておき。


 ラルガは、ただでさえシワクチャな額に、新しいシワを刻む。



 「人間と魔物、どちらが先かは知らねえが……――戦争が始まったんだべ」



 オレは生唾を飲む。

 偽物の角を揺すってみせる。


 大袈裟なリアクションは話し手を喜ばせる。

 雑談系のコラボ配信で学んだ教訓。

特に、エピソードトークの類はコレが刺さる



 「人間側の勇者軍と魔物側の魔王軍が殺し合った戦。その血で血を洗う大戦は、600年続いた……」



 隣のソフィアも生唾を飲んでいる。

 こっちは、ただのオレの真似だ。


 順調に、配信者の仕草に染まり出している。


 そんな娘の大袈裟な反応に気を良くしてか。

 ラルガは、大きな身振り手振りをしだした。



「戦は激化していき、その合戦の最中、初代魔王イクス様が大怪我を負った。今から30年くらい前の話じゃな」



 「これは最近の話じゃの」――とか付け加える、ラルガ。

 これに突っ込みたくなるのは、人間である俺だけなのだろう。


 魔物と人間では、感覚が違う。

 食物、趣向、特に――時間の感覚。

そして、この感覚の違いには触れない方が良い。


 恐らく、そうだと感じ取った。

 この異世界では、数年生きただけだ。

だから、ここの常識は分からない。


 だが、メロー達、俺らの親は、“感覚”の話を絶対にしなかった。



「この怪我により、前線からイクス様は引退なさった。その後の“サーナトスの決戦”で何があったかは言うまでもない」



 そう言ってから、ラルガは黙った。


 数秒の静寂。

 ラルガの瞳、紫色の宝石二つが曇る。

人間で言う、目蓋を閉じた状態だ。



「魔王軍は負けた。イクス様の知略を欠いた軍は、機能不全に陥っておった」



 ラルガの両の眼の宝石に、紫色の光が宿った。

 その紫は今、俺を見ていた。



「イクス様は、敵である人間の心を先読みする策がお上手でのぅ。その奇抜な策に、当時は噂が飛び交ったもんじゃ。そういや、イクス様……――」



 ふっ――と笑う長老。

 俺は寒気を感じる。



「実は元人間――なんて噂もあったか」

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