中古ショップで一枚の皿を見つけた。

 上京し、何もそろっていないという事もあり、食器でも買っておこうという魂胆だった。

 それにしても、見つけた皿はほかのどれよりも輝いて見える。

 ただの白い皿。

 ふちに金のラインが引かれているくらいのどこにでもありそうな一枚なのに、どうしても視線は引き付けられてしまって、離れない。

 だから買った。

 九十三円、安かった。

 勝手から気づいたが、その皿のう一部は欠けていた。

 多分、前のオーナーはそれが嫌で売ったのだろう。

 自分ならそのくらい気にしないのに、などと思いながら帰路につき、床に臥す時間。

 時計は十二時過ぎを指している。

 夜の静寂は慣れているが、その中で慣れない、新たな感覚がひとつ。

 音、聴覚の刺激だ。

 その音はぎぃーぎぃーと、気が軋むような音だった。

 眠りにつきかけの脳に響く異音。

 その音に耳を傾けた。

 ぎぃぁーぎぃぁー。

 木の軋む音ではない?

 ぎぁーぎぁー。

 声のようにも、聞こえる?

 ぉぎぁーぉぎぁー。

 子供の声、のような気がする?

 ぉぎゃぁーぉぎゃぁー。

 子供の、赤ちゃんの泣き声か?

 おぎゃーおぎゃー。

 あぁ、わかった。

 赤ん坊の泣き声だ。

 わかって、寝たまま首だけを動かし、買った中古の皿を見た。

 普通なら見えないはずだ。

 横から皿を見て、皿の中が見えるはずがない。

 だが、見えた。

 あれは、子供、赤ん坊、それよりもっと小さい。

 人と呼ぶには未完が過ぎる。

 胎児だ。

 皿の中に胎児が乗っている。

 その胎児が泣いている。

 おぎゃーおぎゃーと。

 その日、恐ろしくも目が離せず、眠る事は出来なかった。

 当然、翌朝、その皿はハンマーでたたき割り、処分した。

 そして、しばらく後にこんな話を聞いた。

 ある一家の父親が娘を殺した。

 娘の遺体は腐敗が進んだ状態で発見され、父親は自殺した状態で発見された。

 娘の遺体には腹部に掛けて、何度も刃物で刺され、腹部を、それも子宮あたりが切り裂かれた跡があったそうだ。

 どうやら、その娘は妊娠していたらしく、何らかのいざこざが原因で父親と争い、命を落としたのだろうと結論付けられた。

 その事件が判明する直前、自殺する前の父親が、あの皿を例の中古ショップにて売却していたという噂があったそうだ。

 そこから、思う。

 あの皿、娘の子宮から取り出した胎児を乗せていたのではないだろうか。

 そして、母子ともに死を迎え、毎晩のように響く、赤ん坊の悲しい鳴き声に父親は恐れを抱き、売ったのではないだろうか。

 欠けた皿だから、売ったのではないだろう。

 母子が呪いを掛けた皿だから、売ったのだろう。

 はせべ ようこ、彼女の安否がようやくわかった。

 あのときにはもういなかったんだな。

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