裏話:沈む

 ボロアパートの二階のとある部屋。

 そこには男が住んでいた。

 隣りがどんどんとうるさい。

 何度注意してもその騒音がやむことはなく半ばあきらめていた。

 その日は嫌なことがたくさんあった。

 仕事先、通勤中、気分転換に寄ったレストラン、エトセトラ、エトセトラ。

 気分が沈んで、そこに追い打ちの騒音だ。

 死にたくなってくる。

 今日は忙しかったんだ。

 沈むように寝たいんだ。

 そんな気持ちで、布団に寝転ぶ。

 沈んだ気分が地面に傾く様な気がした。

 だが、何か、なんか、変だ。

 設置している体の部分が泥に沈み込むような感覚に包まれている。

 瞑っていた目を開いて、驚く。

 横たわって寝ているのだから視線が低い位置にあるのは当たり前だが、それよりも低い。

 まるで頭だけが横向きで倒れ込んでいるようだ。

 そして気づいた。

 体が床に沈んでいるんだ。

 心が沈んでいるんだ。

 今なら、このままどんどん沈んでいきそうな気がする。

 いっそこのまま。

 しんでしまいたいな。

 眠気が残る脳内でそう思って、改めて考える。

 異様、異常。

 それに心が沈むどころではなくなった瞬間、沈む感覚がなくなった。

 体が半分沈んだのだが。

 沈んだのだが。

 床が元に戻ったらしい。

 心臓も、脊椎も、脳幹も、床板で真っ二つになっていた。

 絶命は一瞬で、刹那、男は声を上げた。


 「あ」

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