第6話 テレキャスターと白衣の少女

「あの子は一体……?」

「ああ、みなと?隣の物理部の部員だよ。電子工作とか好きみたいでさ、よくギターとかアンプの配線とか直してもらうんだよね」

 弦を買いに行く途中、渚は物理部のみなとという子のことを教えてくれた。確かにサイエンス系の部員らしく、みなとの出で立ちは白衣をまとっていてまるで科学者だ。パッと見無口そうで、教室では片隅でずっと本を読んでいそうな印象だった。

「あいつ、同じクラスなんだけどいっつも一人でさあ、見るに見かねて声かけてみたら案外面白いやつだったわけ」

「具体的にどう面白いの?」

「『Rage Against the Machine』のアルバムのジャケット見て、『これは見た目ほど熱くない、これで修行したことになるなら僧侶は楽でいい』なんて言うんだぜ?傑作だった」

 楓には何のことか全くわからなかったので、とりあえず愛想笑いを返した。彼女はあとから調べてこのアルバムのジャケットが『油をかぶった僧侶に火がついている』写真であることを知り、その時改めてみなとという子のセンスが世間からややずれているということを思い知った。だがこれはまた別の話。


 渚が楓を連れてやってきたのは学校からそれほど遠くない小さな楽器屋。楽器を売ることよりピアノ教室や調律などで食っているような、いわゆる地元の楽器屋だ。店内はそれほど広くはなく、ギターの弦以外にも吹奏楽部にあるような木管楽器のリードとか、小学生が使うような鍵盤ハーモニカとか、そういった学校向けのものが多い。

 渚は淀みない動きで、弦が陳列された棚の前に楓を連れてきた。棚には色とりどりのパッケージングがされた弦が並んでいるのだが、もちろん楓には何が何なのかさっぱり分からない。

「楓にはこれがいいかもね」

 渚が手に取ったのは、六本ワンセットの弦が三セット入った、いかにも徳用といった感じのパッケージだ。ワンセットあたりの値段も他のものに比べると断然安い。

「ゲージ……、太さは一番細いやつ。エクストラライトゲージにしとこう」

 渚に言われるがままに弦を選んだ楓は、そのままそれをお会計に持っていく。そして店員が丁寧に弦のパッケージを紙袋に包もうとしたところで、袋が必要ない旨を楓は店員に伝えた。裸のままのパッケージを楓は持ってきたかばんに入れ店を出ると、そのまま二人は来た道を帰り旧部室棟に戻ってきたのだった。

 帰り際に物理部の部室をそーっと二人で覗いてみると、みなとがハンダごてを持って作業しているのか見えた。まだ部品交換には時間がかかりそうだったので、楓は軽音楽部の部室に戻り、渚のギターを借りて弦交換の練習をすることにした。

「まずは古い弦を全部外す。ペグを回しまくってとにかく緩めるんだ」

 楓は渚のレスポールの6弦ペグを捻ってテンションを緩めた。それなりに手入れがしてあるおかげで、ペグは軋むことなくくるくると回る。

「……これ、結構大変じゃない?」

「そうなんだよ。ペグを手で愚直に回すのは結構疲れる。――だからストリングワインダーを使うのさ」

 楓はハッと思い出した顔を浮かべたあと、昨日渚からもらったペグ回しの秘密兵器を取り出した。

「これ、弦を張るときだけじゃなくて緩めるときにも使えるんだね」

「そりゃそうさ。使って楽になるならどんどん道具を使ったほうがいい」

 ペグを緩め切って、ダルダルになった古い弦をすべて取り外すと、今度は買ったばかりのパックから弦を1セットだけ取り出した。

「あとの2セットのうち1セットは楓の分、もう1つは部室に置いておこう。私も弦切りがちだし」

「渚でも弦を切ることあるんだね」

「そんなん当たり前だろ、どんなに上手くても切るものは切る」

 てっきり弦を切ってしまうのは下手である証拠だと思っていた楓は、何故か少し安心した。

 楓は渚に教わりながら、新しい弦をテレキャスターに張っていく。弦をペグの穴に通したら、そこから隣の隣にあるペグまでの距離をペグのポールに捨て巻きする。こうすることで摩擦によって弦の張力が安定し、チューニングがずれにくくなる。

 全ての弦を張り終えたら、張った弦を摘まんで引っ張る。張りたての弦は段々と伸びていくので、最初のうちに伸ばしておくと弾き始めからチューニングが安定しやすくなる。ギター歴がそこそこ長い渚にとってはもはや当たり前のように繰り返されているようで、そんな彼女の慣れた手つきを見ている楓には少し渚に対する尊敬の気持ちが生まれてきた。


 トントンと部室のドアを叩く音が聞こえた。楓が扉を開けると、物理部員のみなとが白いテレキャスターを持って立っていた。

「施工完了」

「あ、ありがとうございます。……ええっと、みなとさん」

「みなとでいい。私もあなたと同級生」

「じゃあ、私のことも楓って呼んでください」

「……うん。それじゃあまた」

 みなとはテレキャスターを楓に渡すと、やや丈の長い白衣を引きずりながら物理部室に戻っていった。

「じゃあ、さっきの要領でこっちにも弦を張っちゃおう」

 ギターの機種こそ違えども、基本的に弦交換でやることは同じ。ブリッジが固定されている分、レスポールよりはテレキャスターのほうが幾分弦交換が楽である。

 1日に2回も弦交換をするなんてこれまでの楓の人生からしたら思ってもみないことだったが、それほど要領の悪くない彼女は2度目ということもあってあっさり自分のギターの弦交換ができてしまった。

 部室のアンプに繋いだテレキャスターの音は、ノブをひねってもガリガリと音が出ることはなく、心なしか楓の耳には幾分透き通って聴こえた。

 そして、ぎこちない『Let it be』のコードワークが校舎の端っこで鳴り響いた。

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