第4話 テレキャスターとQRコード

 中古ながらついにテレキャスターを手に入れた楓は、早く部室に戻って鳴らしたいという一心だった。

 軽音楽部室の扉を開けると一目散にシールドをテレキャスターに挿し、アンプのスイッチをパチリと入れる。シングルコイル特有のハムノイズがスピーカーから溢れるが、これはこれで一興。楓はすぐさま覚えたてのEメジャーコードを押さえると、部室に落ちていた適当なピックを拾ってテレキャスターをかき鳴らした。その姿は立派なギタリストと言ってもいい。

「なんだか急に様になってきたな。やっぱり自分の楽器を鳴らすのは楽しいよな」

「楽しい。ずっと鳴らしていたい」

 楓は初めての自分のエレキギターに興味津々で、ピックアップセレクターをいじったりボリュームノブを回したりと、まるで赤ちゃん向けのおもちゃのようにいじられるところを手当たり次第にいじった。やはり値札の注意書きにあったとおり、ノブを回すとガリガリとノイズが出る。普段演奏している分には気にする必要ないかもしれないが、直せるものなら直しておきたいと思う楓だった。

「このガリガリってノイズ、直したい」

「それならアテがある。――今日は無理そうだから、また明日だな」


 しばらく楓がギターをいじっていると、ふと渚は軽音楽部の部室にある堅牢なスチール棚へ向かい、そこにある物という物が詰め込まれたプラスチックのコンテナから何か道具を数個取り出した。出てきたのはニッパーと何かハンドルっぽいものがついたもの、あとはナイロン製のベルトとクリップ状のものだ。

「これ、とりあえず持っておいた方がいいものだから楓にあげる。使い方は、……わかるわけないか」

 ニッパーとハンドル状の道具は弦交換に使う。このハンドル状のものは『ストリングワインダー』という名称があるが、通称『アルトベンリ』などと呼ばれていて、ギタリストやベーシストなら一つはまず持っている。使い方は簡単。弦を張っているペグのツマミ部分にアルトベンリをかぶせると、ハンドル回しと同じ要領でペグが回せるので、弦を張るのが楽になるというものだ。ニッパーはお察しの通り弦の切断用、ナイロン製のベルトはギターを立って弾くときに使うストラップ、クリップ状のものはギターのヘッド部分に挟んで使うチューナーだ。

「これ……、もらっていいの?」

「構わんよ。ずっと部室に置きっぱなしだったし、使い手がいないと道具の意味がないしな」

「ありがとう」

 渚は歯を見せてニッと笑う。彼女もまた、ギターを弾く仲間がまた一人増えたことに喜びを感じていた。

「それと、一番大事なものを渡しとく。――スマホ出して」

 楓は言われるままにスマホを出すと、渚からQRコードを読み取るよう言われた。渚が渡した『大事なもの』とは彼女自身の連絡先のことだった。緑色でお馴染みのメッセージアプリを開くと、渚が新しい友だちとして連絡先に追加されていた。彼女のアイコンは椅子に腰かけて愛機のレスポールスタジオを弾いている姿だった。おそらく渚の自宅で撮影したんだろうと楓は察した。

「私の連絡先は激レアアイテムだからな。知ってる奴なんてこの世に数えるくらいしかいない」

「意外。たくさん友達がいる人だと思ってた」

「友達はいるよ?ただ、家にいるときとか、出かけているときに連絡を取りたいかっていうとなんか違うかなって」

「私はいいの?」

「いい。ただし、長電話とか愚痴は勘弁してくれ」

 渚のうんざりした顔を見ると、楓はフフッと笑った。おそらく以前に痛い目を見たのだろう。もちろん楓はそんなことするつもりはなかったし、渚同様長電話や愚痴の言い合いは好まない。高校入学と同時に手に入れた楓のスマホは、親への連絡とちょっとした調べもの、あとは少し動画や音楽を嗜むくらいしか使っておらず、そのせいかクラスにいるスマホ中毒の女子たちとは違って、楓はやや浮世離れしていると言ってもいい。とはいえ、全てがかけ離れている渚とは比べ物にならないのだけれども。


 日が暮れてきたので二人は帰ることにした。SUZUKI K90をかっ飛ばしていく渚を見送った楓は、ギターを買ったときに一緒に付属してきたペラペラの黒いソフトケースにテレキャスターを仕舞い、ひもを肩から斜めにかけて背中に背負った。そういえば渚のレスポールスタジオは『Gibson』のロゴが入った丈夫なケースに入っていたことを思い出し、少し羨ましくなった。せっかくの愛機なのだから、せめていいケースに収めてあげたい気持ちがある。家に帰ったらケースについて調べてみようと楓は思った。

 帰り道、人通りのあるところでは見慣れないものを背負っている自分に対する視線が楓には気になった。Eメジャーコードしか弾けないのに、一丁前にギタリスト面してギターを背負って自転車をこいでいる自分がなかなかにむず痒い。もっと堂々とこのテレキャスターを背負って歩けるようになりたい。そう思いながら楓はペダルを強く踏んだ。

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