第3話 テレキャスターとリサイクルショップ

「やあ、また来てくれたんだな」

 授業を終えて旧部室棟にある軽音楽部の扉を叩くと、そこにはギターを抱えた渚がいた。ただ、昨日と違うとすれば、渚が抱えているギターがテレキャスターではないということだ。

「テレキャスターじゃ、ない?」

「ああ、これか?これはGibsonのレスポールスタジオ。これが本来の私のギターさ」

 楓は豆鉄砲を食らったようにキョトンとした顔をする。あれほどまでにテレキャスターに取りつかれていて、今日もてっきりあのテレキャスターに会えると思っていたのだ。

「昨日のテレキャスターはうちの親父のものだよ。勝手に持ち出したおかげで怒られちまった」

 渚は舌を出してはにかんだ。おそらく彼女のことだ、いつも父親のギターを勝手に持ち出しては怒られているのだろうと楓は静かに納得した。本来の渚のギターだというワインレッドのGibsonレスポールスタジオには、相当弾き込まれたであろう擦り傷や金属部品のくすみが沢山あった。渚はアンプのスイッチを入れて、やや控えめな音量でそれを鳴らし始める。

「どう?こいつも弾いてみる?」

「いいの?」

「もちろん」

 楓は渚からレスポールスタジオを受け取ると、昨日教えてもらったEメジャーのコードを鳴らした。テレキャスターに比べてボディは重く、ネックも太い。そしてそのせいなのか、サウンドも丸くて柔らかい、それでいて力のある音だった。これはピックアップがテレキャスターとは異なり、シングルコイルを2つ合わせた構造をしたハムバッカーと呼ばれるものがついているせいだ。このおかげでレスポールのサウンドは中音域にパワーが出て、高音域がやや弱くなる。テレキャスター以外にも世の中には様々なエレキギターがあるのだが、不思議と楓にはこのレスポールスタジオはピンとこなかった。というより、昨日のテレキャスターが衝撃的過ぎて、そのあとにどんなギターが来ても印象がぼやけてしまうのだ。

「なんかイマイチって顔してるな。そんなに昨日のテレキャスターが良かったのか?」

 楓の考えていることは表情から駄々洩れだったようで、渚にはバレバレのようだ。

「うん、テレキャスターのほうが好き。でも、値段が高くて手が出ない」

 楓はテレキャスターが欲しいという衝動駆られている旨を渚に伝えると、渚は腕を組んで考え込んだ。楓にとって、安く見積もっても数万円はするFenderのテレキャスターは手が届かない物。しかも、この田舎町にはギターを何本も置いているような楽器屋は無く、買いに行くにしても鉄道かバスを使って秋田か盛岡まで遠出しなければならない。ネット通販で購入することもできると言えばできるが、やはり実物を見てから買いたいというのが本音だ。

「そんじゃ、あそこ行ってみるか。リサイクルショップ」

 渚の口から出てきたのは意外な言葉だった。確かに新品のギターよりも、中古のものであれば幾分安くは手に入るだろう。ただ、望みの品があるかどうかは運次第。しかも、学校からは結構な距離がある。

「私の原付で行けばいい、90ccだから二人乗りできる。ヘルメットはこの部屋に予備のやつが置いてある」

 渚のお言葉に甘えた楓は、ヘルメットを手にとってサイズを確認すると、渚の原付バイクが停めてある校舎裏の目立たない駐輪場に向かった。

「これ、羽織るといい」

 楓は薄手のウインドブレーカーを受け取った。原付バイクの緩やかなスピードとはいえ、夏が過ぎた東北の風はやっぱり冷たい。そして何より、羽織っておけば制服が見えないので、近隣住民からの変な噂も立ちにくい。

 SUZUKI K90跨った二人は、颯爽と校門から国道7号線へ続く坂道を下っていく。放課後のこの時間帯、徒歩や自転車で大館駅に向かう生徒たちをどんどん追い抜いていった。

「そういえばあんた、名前は?」

 7号線に合流する手前、市役所と秋北バスターミナルのちょうど中間くらいで信号に引っかかり、渚が前を向いたまま楓に問いかけた。

「楓。1年F組」

「F組かぁ。私は渚、D組だから体育も音楽も一緒にならないね」

 そんな他愛もない話をしていると、歩者分離式の信号は青になった。そのまま国道7号線をずっと奥羽本線の下川沿駅方面へ走らせると、大手スーパーやホームセンターが建ち並ぶショッピングモールの少し離れた一角にあるリサイクルショップへたどり着いた。

 明らかに人を乗せることを考慮していない渚のK90の荷台に座っていたので、楓は少しお尻に不快感を覚えていた。仮にテレキャスターが見つからなくても、荷台に敷いておく適当なクッションくらいは買ってもいい。そう思った。

 北国特有の風除室がある自動ドアをくぐり抜けると、リサイクルショップ特有の鼻に突っかかる匂いが二人を出迎えた。この店の勝手知ったるという感じの渚についていくと、淀みない足取りで中古のギターが陳列されているコーナーにたどり着いた。

「おっ、あるじゃんテレキャスター。楓、これなんてどう?」

 渚が指差す先には、真っ白なテレキャスターがあった。ボディもピックガードも白、指板もメイプル指板なおかげで、遠目から見ると本当に雪のように真っ白だ。

「値段、一万二千八百円。………買えなくはない」

 しかし、どうも楓には引っかかるところがあった。中古とはいえ、この値段は安すぎる。何か裏があるに違いない。訝しげな眼差しをテレキャスターに向けていると、値札にはこう書いてある。

『人気の高いFender直系のSquier製!ボリュームノブとトーンノブにガリがあるため特価品』

 限られたスペースに情報を上手に詰め込んだのだろうけれど、そもそもの知識がない楓には何のことなのかさっぱりわからない。せいぜいわかるのは、『Squier』はスクワイアと読むことくらいか。

「Squierは、Fender社の安いモデルに付いたブランド名だよ。偽物じゃないし、れっきとした『テレキャスター』を名乗れる正規品さ」

「それは分かった。じゃあ、『ガリがある』って何?お寿司の付け合せ?」

 渚は楓のボケなのか真面目なのかよくわからない言動に笑いを堪えながら答える。

「ノブをいじったときに、ガリガリってノイズが出るってこと。これぐらいなら私に直すツテがある」

 なるほどと楓が理解すると、ギターコーナーの隅に『試奏できます』の張り紙を見つけた。すぐさま店員を呼んでセッティングしてもらい、渚に弾いてもらうことにした。

 試奏用アンプのRoland JC-22からはとても澄んだ音が出た。渚のお父さんのテレキャスターに比べると、シャキシャキっとしていて若さが感じられる元気な音。

「ほら、楓も弾いてごらんよ」

 唯一楓が鳴らすことのできるEメジャーのコードを鳴らすと、目の前が開けるような、ミント菓子を齧ったときのような爽快な感じに襲われた。確かにノブをいじるとガリガリ音が出るが、傷も少ないしネックも反っていない。コンディションは良好だ。

「これ、買います」


 帰りのK90の荷台は、楓が跨っても不思議と不快感は無かった。

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