第65話 思い出のあの場所はまた新たな思い出へと更新されるらしい

『さぁこーい!』

『サード!』


 窓の外からは今日も部活をしている野球部の姿が見えました。ここ数日は暑い日が続いていますが、皆元気に声を出しているので私の気を引いたのだと思います。

 生徒会の会議中ではありましたが、なんとなく外の景色を眺めていました。

 1年生の時も教室から外を眺めることが好きでしたが、私にとっての娯楽は今も変わらないようです。


『追い込め!追い込め!』

『また躱される気かっ!!』


 野球部の監督さんの怒号も聞こえます。

 そういえば今日から部活の助っ人だと言われていました。信春君もあの中にいるのでしょうか?

 よく見てみると1人だけジャージの生徒がいます。遠くで顔までは見えませんが、あの感じはきっと信春君でしょう。

 野球のルールは詳しく知りませんが、部員の子たちがボールを投げ合って信春君らしき人を必死で追いかけています。しかし信春君はそんな本職の人たちを躱してベースに到達しました。

 また監督さんが怒鳴っているのが聞こえてきました。信春君はというと、後ろで控えている別の部員とハイタッチしています。


「一色君、聞いているのか?」

「・・・」

「一色君?」

「優里先輩っ」


 横野さんに制服を引っ張られてようやく八神君に呼ばれていることに気がつきました。皆不思議そうに私を見ています。


「え?・・・えーっとごめんなさい。少しボーッとしていました」

「君が話を聞いていないなんて珍しいな。体調でも悪いのか?」

「いえ、体調は万全です」


 八神君が本気で心配してくれているのが伝わってきますが、本当は信春君のことを目で追っていたという事実のせいで罪悪感が凄いです。

 八神君は私の言葉を疑うそぶりを見せませんでした。しかし私の背後のにいる後輩さん達はどうやらそうでもないようで、


「そんなに必死に目で追ってて、鷹司先輩のこと大好きですね」


 私に聞こえるくらいの小声でボソッと横野さんが囁き、安宅さんはクスクスと笑うそぶりを見せます。もはや私の行動など手に取るように分かるのではないでしょうか。そう思うと急に恥ずかしくなって顔が熱くなってしまいます。


「そこ3人、ちゃんと話を聞いているのか?」

「げっ」


 安宅さんらしくない声が聞こえたような気がしましたが気のせいでしょうか?しかし今のままではとても会議に集中できる状態ではありません。一度気分転換を行うべきですね。


「申し訳ありません。やっぱり気分が少しすぐれないので外の空気を吸ってきても構いませんか?」

「やはりそうだったか。無理せず帰ってもいいのだぞ?」

「いえ、そこまでではありません。リフレッシュしてまた戻って来ますね」

「分かった。無理はしないようにな」

「ありがとうございます」


 生徒会室から出た私はその足でグランドに出れる通路まで歩き、そこから外で出ました。上履きでもいける範囲なので、何かあってもすぐに戻ることが出来るでしょう。

 ここなら信春君の姿がよく見えるでしょうか?そういえば、彼を初めて見たときもこの場所だったと思います。あの時は1人で練習していましたね。

 そして後日行われた練習試合で大活躍。彼が助っ人として各部活に呼ばれ始めたのはその日がきっかけでした。

 皆信春君を万能だとか、部活に入らないのが勿体ないとか色々好きなことを言っていますが、彼は他の誰よりも努力家だったのです。決してセンスだけで色々な部活に参加しているわけではありません。

 でも、1人で練習していることを誰にも言った様子はないのです。

 あの時は不思議に思いました。何故自身の努力を誇らないのかと。正当に評価されるべきだろうにと。

 しかし、友人に誘われて観戦に行ったとある大会で分かってしまったのです。彼は誰よりも熱心に練習をしていたけど、誰よりも冷めてプレーをしていることに。

 あの時は、ただ単純に役目をこなしているだけという印象でしたが、今は違います。

 グランドを駆け回っている信春君は楽しそうにしています。まるであの時とは違うように。

 もしその変化に私が関われているのだとすれば、それはとても嬉しいことです。

 勝手な私の想像に過ぎませんが、そう思うと胸の中がスッとした気分になりました。これで残りの会議も頑張れます。

 中に入ろうとしたところで、あることに気がついたのです。野球部はどうやら休憩中のようなのですが、ベンチで休む信春君の隣にはマネージャーと思わしき女子生徒がとても至近距離に座っています。しかしそれを信春君はとがめようともしない・・・。

 やはり今日は先に帰らせていただきましょうか。

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