第64話 入学式の彼は野球部に入っていたらしい
翌日、何事もなく放課後を迎えていた。
「ノブ~今日は部活無いから帰ろうぜ~」
「悪い、俺が部活」
俺は机に置いていたグローブケースを持ち上げながら秀翔の誘いを断る。
「なんだよ、助っ人業復活か?あんだけ断りまくってたくせに」
「復活っていうか、練習の人手が足りてないんだってさ」
「なるほどな。あんま変わらん気がするけど」
「お前も来るか?前、何回か参加したことあっただろ?」
秀翔は前を思い出すように首をひねった。しばらくすると徐々に記憶が鮮明になってきたらしい。
「あ~思い出した!ランナー役で挟殺の練習して野球部に散々文句言われたやつな!」
「それだよ。お前を連れて行ったの俺だったからめっちゃ"俺が"文句言われたやつな」
挟殺プレーっていうのは、塁間を挟まれて守備の選手に追い回されるやつだ。秀翔の天性の足の速さに加えて、野球部連中に負けない反射神経と瞬発力で永遠に逃げ続け、アウトを取れたら終わるという野球部顧問の宣言がいっこうに終わる気配がなかったという、ある意味野球部連中にトラウマを植え込んだ事件、もとい練習があったのだ。
誘ったのは俺だが、秀翔を連れていけばそれだけで間違いなく文句を言われるに決まっている。
「やっぱ先帰れ」
「急に冷たいな!?まぁ参加はしないけどな」
「綾奈と予定でもあるんだろ」
たしか今日は陸上部も休みだったはずだからな。
「せいか~い。じゃぁお先な」
鞄を持って秀翔は出て行った。ちなみに綾奈はとっくのとうに女子生徒と一緒に出て行っている。
「田谷~行こうぜ」
「何が行こうぜ~なんだよ」
教室前方で練習着に着替えていた田谷くんは不機嫌そうな顔で俺の元へとやって来た。
「相馬がまた来るんじゃないかとヒヤヒヤしたわ」
「あいつ覚えていないだけで結構野球部の練習かき回してるからな。主に足で」
「そうだな。あいつが守備練でランナーすると練習が終わらなくなる。監督も頑固だから、相馬をアウトに出来るまで練習を続けるとか言うし、相馬は相馬で体力お化け過ぎて全然スピード落ちないし」
「あんまり俺に文句言うの止めてくれない?仮にも助っ人で練習出てやるんだけど」
終わらない田谷くんの文句を聞きながら俺もジャージに着替えた。昼休みに田谷くん彼女である
朝伝えたとおりサイズはバッチリ。
「まぁ確かにな。用意は?」
「完璧」
「一色さんは?」
「生徒会・・・、なぁ不干渉って言ったよな?」
「冗談だよ。じゃぁ行くとするか」
田谷くんは自分の席に戻って荷物を纏めた。俺もまた鞄を手にして、他の荷物も全て持つ。
結構重いんだよな。グローブとスパイクって。
田谷くんと部室に行くと外で1年生が着替えていた。まだ女子の残る教室の中で着替えるのは抵抗があるらしい。こいつらも1年のときはそうだったはずだが、知らぬ間に堂々と女子がいようがなんだろうが着替えるようになった。
女子も普通にしているからまぁ何を言うわけでも無いんだけどね。ただ、明らかに尋常でない視線を送っている女子がいることだけは言っておく。
後輩らは田谷くんの姿を見て「こんちわー!」とか「お疲れさまです!」としっかり挨拶をしていた。やはり部活をする上では大事なことだとは思うが、俺はこういうのが苦手で部活をやっていない。っていうのもまた1つの理由だ。
「お疲れ様。あ、この人今日助っ人で出てくれる鷹司信春な」
「よろしく」
とりあえず挨拶をしたら、さっきと同じように皆が挨拶を返してくれた。しかしそんな声の中で1つ聞き慣れた声があった。
俺はその声の主を探す。
「「あっ」」
向こうも俺の顔を見て気がついたようだ。
「君、バレー部じゃなくて野球部に入ったんだ」
「はい。小学校の時は野球もバレーもやっていたので。それにしても鷹司先輩が来てくれるなんて嬉しいです!」
キラキラした目で言われて俺も田谷くんも、そして他の1年も困惑する。なんで俺そんなに尊敬されているんだろうか・・・。
「なんだ、鷹司?藤原と知り合いだったか」
「いや、知り合いってほどでもないけど。名前だって今藤原なんだって知ったし」
「あ、本当ですね。僕、
「藤原くんね、よろしく」
「じゃぁ1年、着替え終わったら用意な」
「「「はいっ」」」
1年生の間をくぐり抜けた俺は部室の中へと入った。明らかに俺の顔を見て数人が嫌そうな顔をした。
「よぉーっす。今日の助っ人連れてきたぞ~」
そして田谷くんが俺を助っ人と言うとまた、そして露骨に警戒した表情へと変わる。
「そんなに警戒しなくても秀翔は帰ったからな」
「んだよ~」
他クラスの野球部員が安堵の息を漏らした。それと同じように3年連中は息を吐く。
秀翔、お前ドンマイだな。知らないところでこんなに嫌われているなんて・・・。
逆に顧問からは尋常じゃなく気に入られている。1番の理由は練習が大好きな人だから、どんな理由であれ練習が続くと嬉しいらしい。
野球をしていると家庭の嫌なことが忘れられると言っていた。大変なんだろうな、色々。
とまぁそんな具合で俺の助っ人業は始まるのだった。
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