第59話 それは昨日のお返しだったらしい
朝目が覚めると、そこは俺の部屋ではなかった。っていうかベッドの上ですらない。
肩にはブランケットが掛けられていて、そこからとてもあまい香りがした。
そこまでしてようやくここがどこかを思い出す。
「寝てたのか・・・」
昨日優里さんの氷枕を取り替えに来たとき、交換しようとしたら寝ぼけた優里さんにがっちり腕を掴まれて離れることが出来なくなったのだ。
しばらくしたら離してくれるだろうと、不可抗力ということで寝顔を堪能していたのだがいつまで経ってもその手が離れることはなく、結局そのまま寝落ちしてしまったのだった。
「つーか今何時だ?」
机に置いていたスマホを手に取り電源を入れる。時間はちょうど7時になるところだった。いつもなら6時に起きて朝ご飯を用意しているのに。
「・・・寝坊かよ」
慌てて飛び起きてリビングに出る。変な姿勢で寝ていたから腰が少し痛い。腰をさすりながら扉を開けると、すでに制服に着替えた優里さんがキッチンに立っていた。
見た感じ、昨日よりも全然元気そうだ。よかった。
「あ、おはようございます。信春君」
「お、おはようございます」
「そんなところに立ってないで、早く朝ご飯食べてくださいね」
リビングの机には俺が寝る前に用意していたサラダと、焼きたてであろう食パンが並べてある。優里さんの目の前ではお湯が沸かされているから汁物もありそうだ。
「もう大丈夫なんですか?」
「昨日信春君が付きっきりで看病してくれたので元気になりました。ありがとうございます」
無理している様子もない。昨日のように辛そうに笑うこともなくて安心した。
「お風呂に入るために少し早めに起きたのですが、朝の用意が全部終わってしまったので朝ご飯を用意してみました」
「用意って・・・それ」
俺が突っ込みを入れようとしたら口に人差し指を立ててシーッとする仕草をする。この話を聞いているのは俺と優里さんだけだ。誰に聞かせるわけでも無い。
にも関わらずそんな事をされると、朝から幸せな気分になってしまうじゃないか。
そんなホクホクした気分のままリビングの椅子に座った。
「いただきます」
「インスタントのお味噌汁とコーンスープがありますが、どちらが良いですか?」
「ん~・・・、コーンスープでお願いします」
「わかりました」
今まで何度も思ったことだが、ここで改めて言わせてもらおう。新妻感が強すぎる。両親のこんな姿を見たことも、想像したくもないが一般的に結婚した夫婦ってこんな感じなのではないだろうか?
もちろん優里さんにそのつもりがなく、いつも通り接してくれているのは分かるのだがどうしてもそんな邪なことを考えてしまう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
カップには混ぜるようのスプーンも入っていた。俺が受け取るとしたのだが手を離してくれない。
「離して貰わないと食べられないんですが?」
「あのですね・・・、このスープ出来たてでとっても熱いんです」
「はぁ」
それはわかる。手にしている部分も結構熱いし、湯気もかなり出ている。
しかしそれは見たら分かるわけで、わざわざ言ってもらうまでもない。
「ですから私が冷ましてあげようかな~って・・・」
「え・・・」
「「・・・」」
お互いに気まずい沈黙が流れる。俺は理解できずにだが、優里さんはそういうのでは無いのではないだろうか。
「あのそれってどう」
「忘れてください!」
突然手を離されたカップは勢い余ってこぼれそうになった。
「あぶなっ!?」
「あっ!?大丈夫ですか!?」
そっぽむきかけた優里さんだったが、驚きの声に反応して真っ赤な顔を俺に向けて心配してくれた。
その表情と反応を見て確信する。
昨日俺がやったことをそのまま俺にやって困らそうとしたのだろう。
しかし我慢できずに先に撤退したと。可愛いことをするものだと思った。
「大丈夫です。それよりも今日は可愛らしい髪型をしていますね。あ、もちろんいつも可愛らしいんですけど」
話題を逸らして優里さんの助け船を出そう。ちょうど目の前にポニーテールのまとめた部分がゆらゆらしていたから、そのことに触れてみた。
しかしあまり期待した効果は無かったようだ。
むしろヒドくなった。
「え!?あ、あの今日はキッチンに立ったので、髪が長くて邪魔になったので、後ろで纏めてみたんですが・・・、変じゃないですか?綾奈さんがいつも可愛らしいので真似してみたんですが」
「あ、そういう・・・、凄く似合ってますよ」
「よかったです」
それだけ言うと慌てた様子でキッチンに駆けて行ってしまった。なんだかよく分からないけど元気になってくれて良かった。これなら今日は学校に行けるだろう。
俺達の日常は1日で帰ってきた。
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