第58話 なかなか風邪はよくならないらしい

「おかゆ持ってきましたよ」


 部屋に入ると優里さんは久しぶりに身体を起こした。まだしんどそうにしているが、せめてご飯だけでも食べて貰いたい。


「ありがとうございます。えっと、皆さんは?」

「さっき帰りました。優里さんにお大事にだそうです。俺は言ってもらってないです」


 微かにだが微笑んでくれて良かった。今日はあまり笑ったところを見ていない。まぁ喉も痛くて、熱も出て、身体も重いのに笑えというのもきつい話だけど、それでもずっと暗い顔でいるよりは良いと思った。


「皆さんから見て信春君はもう大丈夫だと思われたのかも知れませんね」

「ただ単に忘れていただけだと思いますけどね」


 俺は机をベッドの側まで引っ張ってきて、その上に耐熱の敷物と鍋を置いた。一度部屋から出て取り皿とスプーン、あとはお茶とかスポーツドリンクとか色々用意してまた優里さんの部屋へと戻る。


「はい、好きなだけ食べてしっかり水分を取ってくださいね」

「ありがとうございます」


 とは言うものの優里さんはボーッと鍋を見続けていて、いっこうに食べる気配がない。


「優里さん?」

「あ、ごめんなさい。まだ少ししんどくて・・・。食べないと元気にならないとは分かっているんですけど」

「そうでしたか」


 まぁ食べたいという意志があるのが分かっただけで十分だ。食べ方など如何様にもなる。

 俺は一度は優里さんの目の前に差し出した取り皿を持って、自分で鍋からおかゆをよそった。そしてスプーンを持って取り皿に取った分のおかゆを少し掬う。

 まだ比較的できたてで湯気がホカホカだ。熱いだろうか?


「あの・・・、信春君?」

「ちょっと待ってくださいね。冷ましますから」


 少し息を吹きかけてご飯を冷ます。っていうか俺も風邪引いているけどこれして大丈夫なのだろうか?いや、むしろ風邪を引いているから問題ないのかもしれない。


「の、信春君!?」

「はい、これなら優里さんが動かなくても食べることが出来ますね。今は俺の方が元気なんですから存分に甘えてください」

「いえ、あの・・・そうではなくてですね?」


 ご飯を冷ますことに集中していて、今一度顔を上げたときには優里さんの顔が心配になるくらいに真っ赤になっていた。

 もしかして再発したのだろうか?


「顔赤いですよ?大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です・・・」


 声がだんだんと小さくなっている。あまり良くなさげだ。息も少し上がっているようだし、やはり身体を長時間起こしていたのが問題だったのかもしれない。


「とにかくさっさと食べてしまいましょう。それから薬を飲んで様子見です」


 俺は手に持っているスプーンを優里さんの口付近へと差し出した。優里さんの視線は差し出されたスプーンに釘付けだが、口を開ける気配がない。


「あの?あーんって口を開けて貰わないと食べられないですよ」

「ふぇ?あ、あ、あーん」


 少しの躊躇いの後、ようやく一口目を頬張る。恥ずかしそうに顔を逸らされるとなんだかいけないことをしている気になるから止めて欲しい。

 それからも優里さんが納得するまでおかゆを運び続けた。

 佐々岡先生のおかゆは相当美味しかったようで、俺が差し出す手は止まらないし優里さんの口も止まらない。

 何度も同じ事を繰り返し、気がつけば鍋の中にはほとんどおかゆが残っていなかった。


「信春君、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」

「本当ですか?次学校に行った日に佐々岡先生にお礼を言っておかないといけないですね」

「そうですね。あの、お薬も貰って良いですか?」

「じゃぁ取ってきます」


 俺が部屋から出た直後、背後から何やら声が聞こえた気がしたが何だったのだろうか?

 リビングに置いてある薬と、水を入れたコップをもって部屋に戻ると優里さんは布団に顔を押しつけて何かをしていた。俺が入るのと同時に顔を上げて平静を装ったようだが少し遅かった。

 その奇行をばっちり見てしまったのだ。

 また顔を赤らめている。


「見ましたか?」

「何をですか?」

「見てないんですね。それならいいんです」


 優里さんは俺から薬と水を受け取り、一息で飲んだ。


「お風呂どうしますか?正直、今の状態でお風呂に入るのは俺としても結構怖いんですけど」

「それは、だから一緒に入ろうというお誘いですか?」

「違いますよ。汗で気持ち悪いのなら水に浸したタオルで身体を拭いて、明日の朝調子が良ければちゃんと入ったら良くないですか?という提案ですから」

「・・・それでいいです」


 部屋にタオルとお湯を入れた風呂桶を持ってきて部屋から出た。

 次の日、俺も優里さんも無事に風邪は治ったのだった。

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