第51話 思いやる気持ちはお互い様らしい

 帰宅後、脱衣所にストックしてあるタオルを持って玄関へと戻った。制服のブレザーを脱ぎながら俺を待っていた優里さんも結局雨で濡れてびちょびちょになってしまっている。

 雲雀駅で電車を降りて、駅から外へ出ると横殴りの雨だったのだ。まぁ小高い丘にある駅なうえに、風を遮るようなものが何一つない。

 小さめな傘1本ではどうにもならず、結局雨で濡れてしまったということになる。


「はい、ある程度拭けたらすぐに風呂に入ってください。タオルを取りに行くついでに風呂を入れておきましたから」

「駄目ですよ。私よりも先に信春君が入ってください。風邪ひいちゃいます」

「それはお互い様です。俺は優里さんよりも風邪を引かない自信があるので、先に優里さんから入ってください」

「なんですか、その自信は!駄目です」


 全然優里さんは折れてくれない。しかし俺だってここで退くわけにはいかない。相変わらず傘を俺に押しつけていた優里さんは思った以上に濡れているんだ。今も現在進行形で体温は低下しているはず。さっさと折れて貰わないと。


「そもそも考えてみてください」

「何ですか。そう簡単に諭されはしませんよ」

「優里さんが体調を崩したとします」

「はい」

「そうなると元気な俺が優里さんを看病しなくてはいけないのです」

「そうですね。そこまで深刻なものになるかはさておきですが・・・」

「仮定の話です。そこで想像してくださいね、俺が優里さんを看病している姿が想像できますか?うまくやれていますか?」


 優里さんはしばらく想像に浸っていた。たまに嬉しそうにしているのが気になったが、どうやら想像は終わったらしい。

 そしてへにゃけた顔で俺を見た。


「信春君の看病体験したいです!」


 何でそうなるんだ。俺が看病とか想像つかないだろ。


「そもそも体験っていいますけどねぇ・・・。まぁいいや、続けて想像してください」

「はい」

「俺が体調を崩して優里さんが元気だったとします。優里さんにはできることなら看病をして貰いたいです」

「そうですね。できることなら信春君が今までやってくれている家事を全部私がやっておかゆを作ってあげるくらいはしてあげたいですけど・・・」


 そうそう俺も優里さんの看病を体験したいっ・・・じゃないわ。まぁ確かにとても魅力的な状況ではあるんだよ?でも問題はそこじゃない。

 つまり最悪の場合それが出来るか出来ないかが問われてくる。

 俺は一人暮らしが長かったから誰かを看病するといったことを出来る気がしない。その点優里さんなら、


「ですけど私まだそんなにお料理できませんし、おかゆも作ったことないです。それにお掃除も苦手ですから。前信春君にご迷惑をかけたばっかりですし」


 迷惑かけたっていうのは休日に一緒に掃除をしたのだが、優里さんの周りがいっこうに片づかなかった時の話のことを言っているのだと思う。

 まさかあの日のことがこんな足を引っ張ってくるなんて思いもしなかった。


「しょうがないですね。じゃんけんで決めましょうか。勝った方がどうするか決めれるということで」

「じゃんけんですね。これなら公平です」


 優里さんはじゃんけんの構えをとる。俺も構えをとって頭を巡らせる。実は話したことがなかったが、これまで何度か優里さんとじゃんけんをする機会があった。その経験から推測するに優里さんの初手はパー率が圧倒的に高い。俺はそのデータを出して以降、ほどよく勝ったり負けたりして優里さんに勘づかれないようにしてきた。

 ここまでの苦労をここで開放する。


「「じゃんけん、ぽん!」」


 俺はチョキ、優里さんはグー・・・、なんでだぁぁ!!??俺が自身の手を見ながら信じられない物を見るようにプルプル震えていると


「信春君気がついていないかも知れませんが、私とじゃんけんするときチョキ率がかなり高いんですよ?ですからそのデータからを使ってグーを出してみたら、予想通りです」


 手をグーにしたままルンルンの優里さん。ランダムで勝ったり負けたりをしていたと思っていたのだが、重要な局面ではなるべく勝てるように立ち回っていたから、その印象が強く残ってしまったらしい。完全に俺の失敗だ。


「では勝った私に決定権があるということですので、信春君は私の指示に“必ず”従ってくださいね」


 かくして風呂をどちらが先に入るか論争は終わりを迎えたのだった。

 ちなみにかれこれ30分、俺達は玄関でこの不毛なやりとりを繰り広げていた。

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